ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア738~759



(738)
 そのころノルコは、ゲンの名前でつぶやいたツイートが、驚くほど沢山の人に読まれていることなど露も知らず、母と弟の三人で夕食後の家族会議を開いていた。ヨコ「さて、まずは当選おめでとう、ノルコ」 ワク「コングラッチュレーション!」 ノルコは(いやはや……)といった感じで頭をかいた。


(739)
 ヨコ「お父さんと連絡がつかないんだけど、きっとお仕事の関係だと思うの。ひとまず3人で考えましょ?」 ノルコとワクは頷いた。3人は「トイレ法」を可決すべきかどうかの検討を始めた。ヨコ「まず! この法案の発案者はミタ・セイさん。32歳の男性よ。発案者としては、かなり若いほうね」


(740) 
 ヨコ「出身校はケイオウ、法学部を出ているわ。とても頭のいい人なのね。しかも会社の社長さんなのよ? この若さで本当にすごい人だわ」 本当に、思わず唸ってしまうほどすごい経歴だと、ノルコとワクは思った。ワク「ホワッツ・カンパニー?」 ヨコ「B・ソーシャルの会社よ」


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 B・ソーシャルは社会生活を便利にしたり快適にしたりするためのプログラム製品の総称である。ワクがはまっている「救星機神ガンバール」もB・ソーシャルの一種だ。バイオツイッターのネットワーク環境に上乗せする形で使用される。バイオツイッターをOSとして駆動するアプリケーションソフトのようなものだ。


(742)
 バイオツイッターそのものは誰でも好きに使っていい。しかし、B・ソーシャルの開発や使用には様々な法的制限が加わる。そのためソーシャル・アプリの開発者には、情報工学の知識のみならず、法学、社会環境学、心理学など、広範にして高度な知識が要求されるのだ。


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 ノルコ(ふむむ……ただものではない) やっぱり法律を作るような人は、すごい人なんだとノルコは改めて思った。そんなすごい人の考えたことを、平凡な小学生である自分にいったい何が言えるというのか? ヨコ「『さわやか日常』っていう会社ね。通称サワニチ。あの『不審者チェッカー』もここの製品よ」


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 ヨコ「ところでノルコ、実はつぶやき治ってたりしない?」 ノルコ(え?) いきなりだなぁ、なんだろう? そう思いつつもノルコは、頑張って呟こうとしてみた。ノルコ「…………☆※?」 ヨコ「無理そう?」 ノルコはうなずく。ヨコ「そう、残念ねえ。でもきっともうぐ治るから大丈夫よ!」


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 母がやけに確信めいてそう言うので、ノルコ少し首をかしげる。ノルコ(あっ!) その時、重要なことに気づいた。ノルコ(つぶやけなくても国会に出られるの?) ヨコ「国会までに治ればいいんだけど、もし治らなくても大丈夫よ。みなさんの議論をちゃんと聞いて、きちんと自分で判断して投票すればそれでいいんだから」


(746)
 ノルコ(そうだったのか) ノルコは国会議員というと、あれこれと難しい話し合いをしなければならないイメージを持っていた。しかし言われてみれば確かに、国会議員の最終的な役割は議決をすることなのだ。ノルコはトイレ法に関して最終判断を下すことを、多くの人達から任されたのだ。


(747)
 ヨコ「国会決議の仕組みについておさらいしておきましょうか。まず、誰かが発起人になって法案を常設議会に出さなきゃいけないのね。発案自体は誰でもなれるけど、だいたい企業の役員さんとか、大学の教授さんとか、市民団体の人とかがやることが多いわ。まずは法案を作って常設議会に提出するのよ」


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 ワク「ジョーセツギカイ?」 ヨコ「常設議会っていうのは、提出された法案を審査して、優先順位をつける議会のことね。月に一回、何もなくても選挙をすることになってるでしょ?」 ワク「オーイエス!」 ヨコ「常設議会には他にも、政府や裁判所を生暖かく見守るお仕事とかがあったりするのね」


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 ヨコ「そして常設議会で決められた優先順位の高い法案から順に、議決国会で審議していくのよ。ノルコが選ばれたのが『トイレ法案衆院議決国会』で、これとは別に『参院議決国会』というのがあるわ。これは、衆院議決国会での議決が、本当に間違のないものかどうか、改めて審議するための国会なのね」


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 ノルコ(なんだかコムズカシイな) ヨコ「これは二院制といって、議会制民主主義が確立したころから連綿と続く、古式ゆかしき伝統なのよ。何事もよーく何度も考えてから決めなさいっていう、先人達のありがたい教えなのね。だから二人ともちゃんと覚えておいたほうがいいわよ」 ワク「イエァ!」


(751)
 ノルコ(シューインとサンインは何か違うのか?) ヨコ「ノルコ、頭の上にクエスチョンマークが出てるわよ? いい質問ね。衆院は庶民が選ばれる傾向があって、参院はインテリさんが選ばれる傾向があるわ。これも昔の二院制の名残ね。でも権限は衆院の方が強いのよ」 ノルコ(ふむふむー)


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 ヨコ「じゃあ、いよいよ本題に入るわよ。トイレ法案の中身!」 そう言ってヨコは、法案の条文をテーブルの上に表示させた。ヨコ「本法案は、公共圏における犯罪抑止を目的とし、そのために必要となるバイオツイッター関連機器を、公衆トイレ、及び公共施設のトイレの内部に設置することを許可するものである」


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 ノルコ(やけに長ったらしい文章だな) それがノルコの最初の感想だった。そしてその次に思ったことが。ノルコ(ん? 公衆トイレ限定なの?) ヨコ「公共施設ってことは、学校とか市役所とかね。あと野球場なんかも。とにかく不特定多数の人が使うトイレにツイッターを設置できるようにしましょうってことね」


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 ワク「コンビニも?」 ヨコ「そうね、入るわね。スーパーとか映画館とかもきっとそうなるわね」 何となく外出しにくくなりそうだな、とノルコは思う、がしかし。ヨコ「お外で急にトイレに行きたくなっても、ツイッターが付いてればきっと安心ね」 ノルコ(!?) 母とは意見が食い違っているようだ。


(755)
 ノルコは知らず知らず表情が複雑になってしまう。ヨコ「ん? ノルコは何か思うところがあるのね?」 ノルコはハッとなって顔を上げた。近ごろ、何も言わなくても色々と伝わるようになってしまった。ノルコは腕を組んでしばし考え込んだ後、大きく一つ「うむ!」といった感じで頷いた。


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 ヨコ「まあ、そんなに簡単な問題ではないかもしれないわね。トイレにツイッターがあると最低でも『いつ、誰が、どれだけそこにいたか』ってことがわかってしまうもの」 だからこそ犯罪抑止の効果があるのだが、そのぶん人は公共の場におけるプライバシーを失ってしまうことになる。


(757)
 ヨコ「ただ、この法案で重要なのは、ツイッター設置を『許可する』って所。許可なのよ許可。義務じゃないわ。だからきっと気の利いたお店とかなら、ツイッターのあるトイレとないトイレの両方を作ってくれるはずよ」 ワク「ワンダフル!」 ノルコ(トイレが四つに分かれるってこと? えー?)


(758)
 これまでの母の話でノルコが感じたことは三つ。母がどちらかといえばこの法案に賛成だということ。世の中にはトイレへのツイッター設置を待ち望んでいる人も少なからずいるだろうということ。そして、トイレが四つに分かれるかどうかは、法案を成立させてみないとわからないんじゃないか、ということだった。


(759)
 ヨコ「ワクはどう思う? 賛成? 反対?」 ワク「muu……」 ヨコ「まだわからない?」 ワク「ノーアンサー」 ヨコ「うふふっ、こんなこと普段考えないものね。でも大事なことだからこれを機によくよく考えてみるといいわよ?」 そんなこんなで夜も更けてきたので、今夜はこの辺でやめることにした。





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