ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア691~717



(691)
 そのころ……。アフレルは呟音駅に着いたところだった。アフレル(ヨコ、今なにしてるのかな) ふとそう思い、TLを開いて確認する。アフレル(ん……成田? 友達とでも出かけてるのかな?) まだしばらく帰ってこないようなので、アフレルは駅前で暇をつぶすことにした。


(692)
 アフレルは書店に寄った。書店とはいっても、本そのものはどこにも置いていない。本のタイトルが書かれたARコードが、ジャンルや出版社ごとに整理され、並べられている。いまや書店は本を得るための場所ではなく、今の自分にはどんな書物が必要かということについて、じっくり考える場所になっている。


(693)
 アフレルはセルフサービスのエスプレッソをいただき、甘口のマキアートにアレンジして休憩所へ持って行った。書店の中央に設置された休憩所は、腰を据えて本探しが出来るよう、一人がけのソファーが並べられている。アフレル「……ふーむ」 アフレルは店内に流れるジャズを聴きながら、女心に関する書物を検索した。


(694)
 ヨコ(この車を予約するのだって大変だったはず……) 帰りの車はワゴンタイプの迎賓車だった。後部座席が向かい合って座れるようにセッティングされている。目的地に向かう間、ヨコは家族のことについて話した。ヨコ「それでね、ノルコがのぼせてたのを勘違いして、病気が悪化したのかと思っちゃったの」 ホウ「はっはっは」


(695)
 話題の中心は、やはり失呟症になってしまったノルコのことになった。ホウはそのことを知っていたが、いま初めて聞いたように振舞った。ノルコとの間に面識があることは、彼女のために伏せておく必要があった。ホウ「それで、その後どうしたんです?」 ヨコ「娘はいまPCをもっているから……」 ホウ「ほほう」


(696)
 ヨコ「それで何とか会話ができるんですよ。でなかったら私、無理やり娘を病院に連れて行くところだったわ」 ホウ「ふぅむ……呟けないというのも、なかなか大変ですね」 ヨコ「本当にね。そうだ、ホウさんなら何かわからない? 娘の病気がいつ治るかとか、そういったこと」


(697) 
 ホウ「現時点での予測でしたら……しかし、あくまでも現時点です、さっきも言いましたけど、未来はちょくちょく変化する」 ヨコ「それでかまわないわ。ちょっとでもわかることがあれば教えてもらいたいの。もう、この頃は娘のことばかりが気がかりで」 ホウ「では僭越ながら……」


(698)
 ホウはすこし考え込んでから言った。ホウ「ふむ……娘さんは3日以内にはツイートを取り戻すようです」 ヨコ「え? そんなにすぐ?」 ホウ「はい」 何事もなければ――とは、ホウは付け足さなかった。実を言えばノルコのツイッター、もう治っているのだ。ただそのことにノルコが気づいていないだけで。


(699)
 ヨコ「3日以内ってことは、今日にでも治る可能性があるってことね?」 ホウ「ええ、いつ呟いてもおかしくない状態のようです」 ヨコ「まあ……ホウさんにそう言ってもらえて何だか安心したわ」 ホウはニッコリ笑ってそれに答えた。しかし、心の奥では厳しい表情をしていた。


(700)
 今、ホウに見えているノルコの未来は、とても危うげなものだった。まるで見えない蔓草に、ノルコの全身が捕われてしまっているようなのだ。そしてその蔓草の動きは、ホウの予見眼をもってしても予想不能だった。ホウ(あれがノルコ君の呟きを封じようとしているのか、それとも……)


(701)
 ヨコ「ホウさん」 ホウ「うぅむ……」 ヨコ「ホウさん?」 ホウ「え、あ、はい」 ヨコ「着いたみたいですよ? ここ、遊園地ですか?」 ホウ「ああっ、すみません。なんだかボーっとしていました」 ヨコ「あら、具合でも良くないの?」 ホウ「いえいえ、きっと貴方が目の前に居るからですよ」 ヨコ「まあ、ホウさんったら」


(702)
 そこは呟音市の近郊にあるちょっとした遊園地だった。噴水広場にメリーゴーラウンド、野外ステージと、いくつかの遊具。10分もあれば回れるような、こじんまりとした場所だ。ホウの目的はメリーゴーラウンドだった。ホウ「昔からの夢だったんです。……好きな人と一緒に、メリーゴーラウンドに乗ることが」


(703)
 ヨコはハッと息を飲む。そして胸元を手で押さえた。ヨコ(きっとお馬の上で抱きしめられるんだわ!) ホウ「一緒に、乗っていただけませんでしょうか。ヨコさん」 ヨコはまっすぐホウを見つめつつも、揺れ動く気持ちに翻弄されていた。ヨコ(……ダメよヨコ、私には夫が、家族が……) 


(704)
 そしてヨコは決心した。ヨコ「私は馬車に、貴方はお馬に。それでも……良いです?」 それは否定の言葉だった。貴方とは恋仲になれない。でも、親しい間柄でいたい。そんな我儘を、ヨコはあえて押し通した。ホウはその答えがわかっていたかのように答えた。ホウ「もちろん、よろこんで!」


(705)
 そして二人はメリーゴーラウンドに乗った。騎士のように白馬にまたがるホウ。お姫様のように馬車に揺られるヨコ。二人の間の距離は2メートルばかり。遠くはないが、きらびやかなメロディーにかき消されるから、二人の間に声は通らない。――ツイッターが使えれば、話せるはずなのに――二人ともそう思わずにはいられなかった。


(706) 
 二人の時はゆっくり流れた。二人が、恋に関するあれこれにを思い尽くすに十分な時間をかけて、メリーゴーラウンドはめぐり巡った。精一杯胸を張って白馬を駆る青年を、馬車の中で物憂げな表情を浮かべる麗しき淑女を、数人の子供達が指をくわえて見送った。そしてメロディーの終わりとともに、二人の夢は覚めるのだった。


(707)
 ホウは白馬から降りて馬車へと向かい、ヨコの手をとり広場に下りた。ヨコ「すごく楽しかった。本当に久しぶりだったから」 しかしその言葉には“でも昔はよく乗ったの”というニュアンスがこもってしまった。ホウ「ええ……僕は初めてだったんですよ」 ヨコはただうつむいて、車へと歩いていった。


(708)
 帰りの車の中はとても静かだった。プロポーズをするために招待し、されるために招待された二人。その目的が達成され、その結果が決まってしまった今となっては、どんな言葉も白々しく響くだけだ。二人ともそれを承知していた。ヨコ(私の倍は若いこの方が、どうして私なんか……) ヨコはため息を抑えるので精一杯だった。


(709)
 まもなく車はイズミ家に到着した。二人とも車を降りて、玄関の前で向き合った。あとは笑顔で再会の約束をするだけだ。ホウ「今日は忙しい中、本当にありがとうございました」 ヨコ「こちらこそ。とても素敵な一時を過ごさせてもらいました」 ホウ「こんなものでよければ、またいつでも招待……いたします」


(710)
 ヨコ「うん。あ、そうだ。今度はうちに遊びにくるといいわ。チカコさんも誘ってね。旦那が単身赴任なものだから、昼間はとても寂しいの」 ホウ「……はい、是非、伺わせてもらい……」 そこでホウはこらえ切れなくなってしまった。空を見上げて涙を流してしまった。ホウ「ああ……神よ……」


(711)
 ヨコ「ホウさん……」 ホウはこう思っていた。自分はこの先、人として異性と結ばれることはないだろう。なぜならば僕の精神は、GPTLを覗いてしまったことで、神のTLに触れてしまったことで、社会的生命としての階梯を飛び越えてしまったのだから。ホウ「僕はもう、誰からも愛されないんだ……」


(712)
 ヨコ「そんなことないわ!」 そう言ってヨコはホウの腕を掴んだ。ヨコ「しっかりして! ホウ君はすごく素敵な人よ! もうはっきり言っちゃうけど、わたし、これまで付き合ってきた男は数え切れないくらいなの! その中でも貴方はダントツよ! だからきっと間違いないわ、自信を持って!」 ホウ「よ、ヨコさん……?」


(713)
 そういう次元の問題ではないんだけど……そう思いつつもホウは、あまりになりふり構わないヨコの姿に、どことなく心温まるものを感じた。ヨコ「他にもっと若くて素敵な女の子が、貴方に声を掛けてもらえる日を待ってます。だから私なんかのために絶望しちゃダメ」 ホウ「……はい」


(714)
 ヨコ「うーん、まだ納得していない様子なのね……。じゃあ、こうしてあげるわ」 ホウ「えっ!」 そしてヨコはそっとホウの体を抱きしめた。包み込むように優しく。ヨコ「一回限りの大サービスよ。私は貴方の二倍も年上で、夫も子供もいて……わかるでしょ? これ以上は……」 ホウ「……あああ」


(715)
 ホウはただ素直に、ヨコの善意に身をあずけていた。しかし彼女が自分の“二倍年上”とは感じていなかった。ホウには全てが自明のことのように思えていた。彼女が自分を振ることも、こうして慰めてくれることも知っていた。自分はもう、普通の人間が何度生まれ変わっても達することのないような境地に、すでに在るのだ……と。


(716)
 ホウ(……僕はもう、誰からも愛されないかもしれない。でも、僕が誰かを愛することは出来るんだ) ヨコが抱擁を解くころには、ホウの涙は乾いていた。二人はもう一度、互いの姿を見つめなおす。ヨコ「こんなところ、誰かみられてたら大変ね」 ホウ「は、はい……すみませんでした、ははっ」


(717)
 ホウが少し笑ったことでヨコは安心し、バイバイと少女のように手を振って、家の中に入って行った。ホウはその姿を見送り。そして達観したように空を見渡した。そして車に乗り込んで、その場を後にした。自分は全てを知っていると彼は思い込んでいた。しかし、道端で呆然と立ちすくむアフレルの姿は、彼の目には映らなかったのだ。



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