ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア552~584



(552)
 その後ノルコ達は、WEBアプリで夕方までひとしきり遊び、それぞれの家へ帰ることに。ルイ「あ、カラスがないてるぜ」 リン「カラスがなくから」 カズノリ「か、帰ろうか」 ヤマオ「……」 ノルコはみんなを玄関前でお見送り。ヨコ「ちょっとみんな、これ持って帰って食べてっ」


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 そういってヨコは、リボンでラッピングされた袋をわたす。中身は手作りマドレーヌだ。一同「ありがとうございます!」 ヨコ「また来てねー」 みんなバイバイと手を振って、それぞれの家路につく……が。リン「私、ちょっと買い物してかえるね!」 そしてどういうわけかヤマオとアイコンタクト。


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 ルイ「お、おおう。気をつけてな!」 カズノリ「ま、また明日」 そしてリンとヤマオは二人で別方向に歩いていってしまった。ルイとカズノリはそれを見送ると、照れくさそうにモジモジし始めた。カズノリ「お、送るよ」 ルイ「べべ、別に一人で帰れるってっ」 カズノリ「で、でもそんなと、遠くないし……」


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 なんだかんだ言いつつ、二人は並んで歩き始めた。街は夕日に照らされていた。カズノリ「きょ、今日は、なんだか色々、べ、勉強になった、ね」 ルイ「あ、ああ……そうだな」 二人ともまったく逆の方を向きながらのぎこちない会話だ。ルイ「ノルコも大変だよ。つぶやけないってだけで、こんなに色々面倒になるんだな」


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 それでぷっつりと会話は途切れた。でもそれで構わなかった。なにせ保育園からの仲だ。いまさら会話の間を気にするような間柄でもない。二人はただ黙って家路を進む。茜色に染まった街角は、夕食の買出しをする人や仕事を終えて帰宅する人で賑わっている。野球道具を肩に担いだ、部活帰りの学生もいる。


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 二人は特に意味も無く、それぞれの耳たぶをクリックした。すぐさま視界に夥しい数のAR情報が空間投影される。道行く人の頭上に簡易プロフィールとTLが表示され、店先には広告用AR映像が流れ始め、監視装置の存在を表す光点がいたる所で光りだす。生まれた時から慣れ親しんだ、ごくありふれた光景だ。


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 カズノリ「と、特に危険は、な、ないみたい」 ルイ「まあ……街の中だしな」 市街地は相互監視網の密度が非常に高いので犯罪はめったに起こらない。カズノリはコンソールを操作して「不審者チェッカー」を表示させた。これは人々の移動経路を調べ、挙動不審な人をピックアップするサービスだが、よほど用心深い人しか使わない。


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 同じ所をウロウロしたり、不自然にゆっくり歩いたりするとチェッカーに引っかかる。誰かにくっついて歩いても引っかかる。それが赤の他人でも友達でも関係ない。そのため、今のルイにとって一番の不審者はカズノリという結論が出てしまっている。カズノリ「わ、わけがわからないっ」 ルイ「ほへ?」


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 とはいえ、カズノリはやはり男の子であり、好きな女の子のことを何としても守りたいと思うのは当然だった。ルイ「カズノリはホント心配性だなー」 カズノリ「そ、そんなことないよっ」 二人の馴れ初めは保育園時代までさかのぼる――ルイは今にもまして男らしく、そしてカズノリはさらに吃音がひどかった、あの頃。


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 いじめっ子1「ちゃんとつぶやけっつーの!」 昔の話である。保育園のすみで本を読んでいたカズノリは、少年達にいじめられていた。バイオツイッターの形成に不具合のあったカズノリは、深刻な吃音障害を抱えていた。カズノリ「ほ、本……か、かか、かえ、え、えし、かえして!」 いじめっ子2「ちゃんとつぶやけたら返してやるよ」


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 ルイ「てめえらなにやってんだー!」 口と同時に手足が出る。腰の入った右ストレートと後ろ回し蹴り、一瞬のうちに二人を吹き飛ばした。ルイ「人の弱みにつけこむなんてサイテーだな! その本返しやがれ!」 いじめっ子2「暴力だってサイテーだろこの男女!」 ルイ「なに!? もういっぺんいってみろ!」


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 いじめっ子1「何度だって言ってやるよ男女! ぜってー嫁の貰い手ねーぞお前」 いじめっ子2「そーだよこんにゃろー!」 お返しとでも言わんばかりに、少年はルイの顔めがけて拳を振るってきた。ルイ「っ! てめえら顔ねらいやがったな!」 いじめっ子1「いーだろ、おめー女じゃねーもん!」


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 いきなり勃発した肉弾戦に、周囲の子供らがざわつき始めた。「またルイちゃんがやってる……」「せ、先生呼ばなきゃ!」「喧嘩しちゃだめー!」 いじめっ子1「女扱いしてほしかったらもっと女らしくすればいいんだ」 いじめっ子2「そーだそーだ。またルイが人殴ったってリツイートしまくってやる!」


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 ルイ「うぐっ……」 普段から「もっと女の子らしくしなさい」と大人たちに言われているルイは、またカッとなって手を出してしまったことを後悔した。逆に弱みを握られるハメになったのだ。ルイ「……てめえらホントに腐ってやがる!」 いじめっ子達はそのルイのつぶやきをすかさずリツイートした。


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 いじめっ子1「口の汚い女子はいやですなー」 いじめっ子2「いやですのおー」 ルイ「ぐぬぬ……」 いじめっ子1「てめえら、じゃなくて、あなた様方、って言いなさーい?」 いじめっ子2「くくく、がはははっ」 ルイ「間違ってる……お前ら絶対間違ってる!」


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 カズノリ「……る、るる、ルイち、ちゃん。も、ももも、もう、もうい、いい」 ルイ「カズノリ?!」 いじめっ子1「だーかーらちゃんとつぶやけっての! うひゃひゃ! 笑い死ぬ!」 カズノリ「き、ききき、きみの、の、ひひひょうばん、わ、悪く、な、ななちゃうよ」


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 ルイ「だけどさ!」 カズノリ「い、いい、いいい、ん、だ」 そしてカズノリはルイと少年らの間に割って入った。いじめっ子1「なんだぁ?」 いじめっ子2「やんのかこのもやし野郎」 カズノリは彼らに奪われた本を指差す。カズノリ「あ、あああ、げ、あげ、る、よ、そ、そそ、それ」


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 いじめっ子1「はぁ?」 カズノリ「べ、べべ、べん、きょ、きょきょうする、といい、いい、いいいい、よ、そ、そそれ、それで」 いじめっ子2「笑えない冗談ですなあー」 カズノリ「き、ききき、きみ、きみ、たち、は、あ、あ、あ、あああ、あたあた、あま、あたま、がががわ、わ、わ、わるい!」


(570)
 二人のいじめっ子は互いに顔を見合わせ、そして額に血管を浮かび上がらせながらカズノリをにらみつけてきた。いじめっ子1「なめた口きいてんじゃねーぞゴラァ!」 そして拳をボキボキ……鳴らないが、鳴らすふりだけした。いじめっ子2「歯ぁ食いしばれや!」 ルイ「か、カズ……!」 カズノリ「うぐっ!」


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 カズノリは右頬を思いっきり殴られた。いじめっ子2「どーだ、痛いだろう」 いじめっ子1「はやく謝らねーともう一発いくぞ? あーん?」 カズノリ「うっ、うう……くっ!」 カズノリは歯を食いしばって痛みをこらえ、そして殴られた反対側の頬、すなわち左の頬を少年らに向かって差し出した。


(572)
 カズノリ「そ、そそ、そその、ほほほ、ほん、ほん、に、かかか、かいて、ああるよ」 カズノリが奪われた本、そのタイトルは「せかいのせいじんたち」だった。カズノリ「こ、ここ、こっち、こっちの、ほほ、頬、ほおも、な、な、なぐ、なぐる、と、いいんだ……よ!」 その時、タイムラインが火を噴いた。


(573)
 二人は本当にぶち切れて、カズノリに殴りかかってきたのだが、直前で動きを止めた。いじめっ子1「な、なんだこの感じ」 いじめっ子2「あ、頭が、頭がぁ! わあああー!」 そして二人は頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。ルイ「な、なんだ……」 カズノリ「こ、こここ、これ、は、は」


(574)
 二人のTLに、ご近所の、いや日本中の説教好きな人たちからの説教リプライが押し寄せていた。バイオツイッターによるリプライは、その人の脳内回路に直接送信される。いっきにリプライが流れ込んだ影響で、脳がパニックを起こしたのだ。いじめっ子1&2「頭が痛い! 痛いよー! わあああー!」


(575)
 すぐに先生たちがやってきて、炎上したTLの火消しにあたる。少年らのツイッターは自動的にログオフされたが、二人はしばらくその場に伸びていた。いじめっ子達への説教リプライは、彼らはおろか、彼らの両親、兄弟、親族にまで飛び火し、保育園の先生や、どういうわけかカズノリとルイのTLにまで送られて来た。


(576)
 10分ほどでTLは鎮火した。後日、いじめっ子の二人は、知恵熱を出してしばらく休むことになった。その間うわごとのように「ごめんなさいぃ」とか「もうしませぇぇん」とかつぶやいていたらしい。その一件以来だった。ルイとカズノリの間に、友情とはちょっと違った、仄かな感情が芽生え始めたのは――。


(577)
 話は現在に戻る。ルイの家がある集合住宅が見えてきた。二人は暮れ行く夕日を眺めながら、とてもゆっくりと歩いていた。ルイ「なあ」 カズノリ「んっ?」 ルイ「いまどんなこと考えてた?」 そうルイの方から話しを振ってきた。 カズノリ「ああ……む、昔のこと、とか」 ルイ「昔の? いつのだ?」


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 カズノリ「ほ、保育園のとき、の……こと」 ルイ「ほあ?、そりゃまたずいぶん昔の話だな」 カズノリ「ぼ、僕が、ま、まだ全然うまく、うまく呟けなかった、あのころ。よく、いじめられて、ルイに、助けられた」 ルイ「だなー、しょっちゅう喧嘩してたっけ。ま、今でもそうだけどさ」


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 カズノリ「む、昔っから喧嘩っぱ、ぱやかったよね。ルイは」 ルイ「まーなー。アレでも精一杯抑えてたつもりだったんだけど、全然女として扱われてなかったなー。いや今でもだけどさっ」 そういって自虐的に笑うルイだったが。カズノリ「そ、そんなことないさ!」 ルイ「えっ……そ、そうか?」


(580) 
 カズノリ「る、ルイは……その、や、や、やや、優しい、い、じゃないか、げっふげっふ!」 ルイ「お、おいっ、無理すんな……って、私は優しくなんかないぞっ」 カズノリ「そんなことない、ルイは、優しいよ、お、女の子らしいって」 ルイ「お、おま……か、痒いじゃんか、そんな言われたら……どうしたんだよ」


(581)
 カズノリ「だ、だだ、だって。じ、じじ、自分のこと、女らしくない、とか、な、何度も言うんだもの。よ、よくないよ、自虐的に、な、なるのは」 ルイ「そ、そうかな?」 カズノリ「ルイは、お、女の子、らしいよ、大丈夫だよ」 ルイ「だ、大丈夫とか! なんか病気みてーじゃないか! 逆にはら立つってば!」


(582)
 そうこうしているうちに、もうルイの家の前だ。5階建ての集合住宅、そのゲートの前で、なんとくなく名残惜しそうな二人。ルイ「ついちゃったな……って! 別に深い意味はねーんだからなっ」 カズノリ「う、うん、わかってる」 ルイ「わわわ、わかっちゃダメだろ!」 カズノリ「ご、ごめん……」


(583)
 ルイ「じゃ、じゃあな。また明日なっ。ちゃんとメシ食えよ? じゃねーと筋肉つかねーぞ?」 そう言ってルイはカズノリの肩をたたく。カズノリ「うん、ちゃんと食べるよ」 ルイ「ちゃんと歯も磨けよ? 黄ばむぞ?」 カズノリ「うん、ちゃんと磨くよ」 ルイ「お、おおう、じゃあな!」 カズノリ「うん、ま、また明日」


(584)
 ルイを見送って、少年はその場を後する。ルイとはずっとこんな調子だ。僕らはまだまだ子供なんだと少年は思う。でも僕達は友情とは違う何かでつながっていて、みんなも応援してくれている。カズノリ「うふふ」 少年はそっと含み笑いをこぼした。ルイ「な、なに笑ってるんだぜ?」 カズノリ「ううん、別になんでもないよ、ルイ」





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