ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア472~493



(472)
 ――きーんこーんかーんこーん。朝の予鈴がなった。遅ればせに登校してきた子供たちが、足早に教室へと向かっていく。ジェネ「うーん……」 保健室の一角では、机の上で保険医のジェネ先生がノルコのバイオデータをチェックしていた。ジェネ「なかなか治らないわねぇ……ノルちゃんのツイート」


(473)
 ジェネ先生はウェーブがかったブロンドをさりげなくかき上げ、淹れたばかりの特濃コーヒーを口に運ぶ。近ごろ蒸し暑い夜が続いて寝不足ぎみなのだ。ジェネ「バイオロジーネットワークに異常はなし、もういつツイートが戻ってもおかしくない状態だけど」 そう言ってジェネ先生はうーむと考え込む。


(474)
 ジェネ「もしかして、つぶやき方を忘れている? 何かきっかけみたいなものが必要?」 しかしジェネ先生には、そのきっかけの作り方が今ひとつ思いつかない。ジェネ「困ったわね。そのうち自然になおるのかしら?」 とんとんとん。ドアがノックされた。ジェネ「はーい、どうぞー」


(475)
 クオ「失礼するおっ」 入ってきたのは「眠りのウィスパーボイス」の二つ名を持つクオ先生だった。ジェネ「あら、どうしたんですか?」 クオ「いやあ、そのお。ちょっと今朝からお腹の調子がよくないんだお。何かいい薬ないかなと思っておっ」 ジェネ「ふわああ~~。ちょっと待って下さいね」


(476)
 生あくびを噛み下しつつ、ジェネ先生は棚から整腸剤を取り出した。ジェネ「はい、どうぞ」 クオ「どうもなんだおっ」 クオ先生は薬を上着のポケットにいれると、ぼんやり窓の外に目をやった。クオ「今日はいい天気ですお」 ジェネ「ええ、本当にー。うつらうつら」 ジェネ先生、今にも寝そう。


(477)
 クオ「今週いっぱい天気がいいらしいんですお。それでその……今度の水曜の祝日、もしお暇だったらお……」 ジェネ「こっくり、こっくり」 クオ「一緒にパラグライダーなどやりにいきませんかおっ、おっおっおっ」 クオ先生は額に汗だったが、ジェネ先生は鼻からzzzマークがもれていた。


(478)
 ――きーんこーんかーんこーん。お昼休みの予鈴がなる。ジェネ先生が催眠術のような眠りから覚めたころ、ノルコ達のクラスでは給食の準備をしているところだった。ヤマオがトレーを渡し、ルイが白飯をよそい、ノルコがつみれ汁をつぎ、レイタがだし巻き卵をのせ、リンが金平と佃煮を添え、カズノリが牛乳を配る。


(479)
 給食の準備ができたころ、突然レイタがノルコに言ってきた。レイタ「だし巻きやるよ。好きだろ?」 そういってだし巻き掴んだトングをググイと突きつけてきた。ノルコはオタマを持ったままポカーン。ノルコ(……いったいどういう風のふきまわし?) しかし、だし巻きはしっかり頂いた。


(480)
 レイタ「……悪かったな、いろいろ」 そう気まずそうに言い捨てると、レイタは自分のトレーを持って行ってしまった。ルイ「なんなのかな? いまさら」 ノルコは首を傾げつつ、自分の分のつみれ汁をついで席へ向かう。そして全員着席し「いただきます」をする段取りとなった、その時……。


(481)
 レイタ「ちょっとまった!」 レイタがいきなり立ち上がって叫んだ。教室にどよめきが走る。レイタ「今、この場でガンバールやってるやつ、スタンダァップ!」 申し合わせたかのように、クラスの半分以上が立ち上がった。ルイもなんとなく、つられて立ち上がってしまった。


(482)
 ルイ「レイタぁ?」 レイタはルイの怪訝な視線も気に留めず言う。レイタ「俺は……俺は今ほど嬉しいと思ったことはない!」 といって胸の前に握りこぶしを作る。レイタ「全員、ノルコに向かって敬礼だ!」 ばばばっ! いくつもの敬礼が、突然ノルコに向かってなされた。ノルコ(な、なにごと!?)


(483)
 ――ノルコばんざーい! ノルコのパパばんざーい! 戦え我らのガンバール! 地球の未来に光あれ!―― 謎の唱和斉唱が、ノルコを中心としてなされていた。ルイ「……そういうことか」 レイタ「俺、ノルコのクラスメートでほんっとうに良かったぜ! 友達の父さんが秘密基地の研究員だなんて、まじ最高だぜ!」


(484)
 レイタ「なあノルコ! 俺たち友達だよな! な! 食いもんを交換する仲だよな! 大親友だもんな!」 そしてノルコの手をとり強制ハンドシェイク。レイタ「で、今度ノルコの親父さんの職場に行ってみたいんだが――」 と、そこまで言ったところで、ノルコの膝蹴りが彼の尾てい骨に炸裂した。レイタ「あ”ー!!」


(485)
 給食後、ノルコ達は会議を開くことにした。例の迷惑リプライについてだ。放課後ノルコの家にいって、ゲンお爺さんのPCで「ミギノウエ」について調べるのだ。ルイ「犯人はミギノウエってやつなのか、変わった名前だな」 カズノリ「しょ、小学生に政治の話をけしかけるなんて。ふ、フトドキな人だよ!」


(486)
 ノルコの席を囲むようにして、ルイ、リン、カズノリが座っている。少し離れた窓際では、ヤマオがボーっと外を眺めている。レイタは体育館だ。テコンドーの修行をするらしい。リン「ミギノウエ……さん? なんだかどこかで聞いたような?」 ルイ「えっ、どこで?」 リン「どこでっていうか……なんだろう?」


(487)
 カズノリ「あ!」 秀才肌のカズノリ君が何かに気づいたようだ。そしてヤマオの方を振り向いた。カズノリ「や、ヤマオ君の。よ、四番目のツイート」 ノルコ(!!) ルイ&リン「あ! そうだった!」 そして4人の視線がヤマオに集まる。ヤマオ「…………」 ヤマオの切れ長な目と福耳が、ゆっくりこちらを向く!


(488)
 一同ごくり…… ヤマオはしばし首だけをこちらを向けた状態で佇み、そして再び窓の外に視線を戻した。ルイ「なあヤマオ。まさかとは思うけど、何か関係あったりするか? ミギノウエって人と?」 ヤマオは両腕を組むと、やや上方を見やって考え込んだ。そしておもむろに首を振る。知らないということだ。


(489)
 ルイ「そうだよな、ただの偶然だよな。ごめんなヤマオ」 ヤマオは手の平をこちらにかざし(問題ない)と伝えてくる。カズノリ「な、何はともあれ、げ、ゲンお爺さんとの、か、関係を、し、調べないと、ねっ」 政治問題とかに強そうなカズノリも、今日はノルコの家に行くことになっている。


(490)
 やがて5時限目の始まりを告げるチャイムがなった。ノルコ達は席に戻って準備をする。タッチパネルになっている机の天板を綺麗に拭いてノートを起動し、耳たぶクリックで教科書を表示、タッチペンを机の隅に置いて準備完了。ノルコ(……ん?) ヤマオがノルコの方を見ている。なんだろう?


(491)
 先生が教室に入ってきて、電子黒板の落書きに黒板消しをかけていく。その間中、ヤマオはジッとノルコを見つめていた。ふくよかな顔の輪郭に埋もれる切れ長な瞳。その瞳がさらに細く糸のようになる。極限にまで収斂されたその視線は、ノルコの網膜さえ貫いて、まるで頭の中に直接メッセージを伝えてくるかのようだった。


(492)
 「起立! 礼! 着席!」 日直の号令とともにノルコはヤマオの視線から開放された。ノルコは席に着きつつ思う。ヤマオ君は私に向けて何か重要なことを伝えてきたのでは? 実はミギノウエっていう人と関係がある? ヤマオ君とミギノウエさんは、実はやっぱり知り合いなのか?


(493)
 考えるほど謎は深まるばかりだ。ノルコ(問題が山盛り!) つぶやけない病気、ミギノウエの政治勧誘、秘密基地員になったお父さん、ナンパされたお母さん、ホウとGPTL、ヤマオの意味深な視線……。ノルコ(もう何が何やら!) まったく思考がまとまらない。ノルコはひたすらタッチペンを回し続けるのだった。





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