ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア252~285



(252)
 将来は良妻賢母になるんだとノルコは心に決めている。一度PCを終了させて台所に向かう。畑で採れたカボチャをウメナお姉さん(そう呼ぶように言われている)と一緒に料理するのだ。ウメナ「ちょっと若いカボチャだからお団子にしようか」 ノルコは注意深くカボチャを切ってレンジにかけた。


(253)
 ウメナ「友達とはちゃんと喋れたかい?」 レンジの中をジーっと覗き込んでいるとウメナがそう聞いてきた。ノルコはちょっと首をかしげ、そういやそれどころじゃなかったなと思い起こす。ウメナ「別のことに夢中になってたってかい?」 ノルコはウンウンとうなずく。


(254)
 ウメナ「ゲン爺さんのフォロワーさん、まだあんなにいたんだねえ。何か発見はあったか?」 ノルコはちょっと考えて、そして首を横にふった。ウメナ「そりゃ残念だ」 ノルコはその言葉に首を傾げる。ウメナ「ゲン爺さんのことは私に良くわからないんだ、口数の少ない人だったからね」


(255)
 ウメナ「ちょっとは名の知れた論士だったらしいけど、ミチコ義母さんが亡くなってからはとんと喋らなくなっちまった」 ノルコの表情が無意識のうちに真剣になる。それをウメナは見逃さなかった。ウメナ「ミチコお義母さんのこと、聞きたいかい?」 ノルコはウンと強くうなずいた。


(256)
 ウメナ「あたしも、ミチコ義母さんと会った事は3回しかないんだ」 ウメナは食事の準備をしながら続ける。「遊びに行った時に2回、あと1回が……入院してた時のお見舞いだ」 なぜか一瞬、ウメナは言葉を詰まらせた。ノルコ(なんだろう?) ウメナとクメゾウが、中学校以来の仲であることは知っていたが。


(257)
 ウメナ「体が弱いわけじゃなかったのにね、うちの畑を作ったのもミチコ義母さんだったんだよ。本当に、ガンっていうのは嫌な病気だね」 そしてウメナは遠い目をする。ウメナ「綺麗な人だったよ、遺影もそうだけど、あんな麦わら帽子が似合う人はそういないやね」


(258)
 ウメナ「ノルコ、自分から呟けない以外に支障はないんだね?」 ノルコはうなずく。ウメナ「ミチコ義母さんの若い頃の写真があるよ、少ないけどね」 それは是非見てみたい! ノルコは思わずジャンプしてしまった。それを見てウメナはニッと笑う。そして二人の間に数枚の画像が投影された。


(259)
 野菜畑を背景にしたゲンとミチコのツーショット。二人とも宇宙服を思わせるデザインの「東京都公式農作業服」を着ている。すらっとした体形で長い髪を後ろに束ねていて、こうして見ると病気で亡くなったのが嘘のようだ。ウメナ「入植した時の記念写真だね」 ノルコはまじまじと画像を見据えた。


(260)
 イズミ・ミチコは第二次緑園都市計画における東京入植者の一人だ。南東北州の高校の園芸科を卒業している。いつどこでゲンお爺さんと知り合ったのか、それはウメナお姉さんも知らないらしい。ウメナ「こっちの写真は私がとったんだよ」 それは台所で料理をしているエプロン姿のミチコだった。


(261)
 ウメナ「ミチコ義母さんの作るかぼちゃ団子があまりに美味しかったんでね、教えてもらったんだよ」 写真の中のミチコは、もうもうと湯気の上がるカボチャを、片栗粉と一緒にボウルでこねていた。ノルコ(!?) ノルコは驚いた。熱々のカボチャを、なんと素手でこねていたのだ。


(262)
 ウメナ「こねる時に一さじのサラダ油を加える。それがイズミ家に伝わるカボチャ団子の作り方だ。でもやっぱりこねる時の手の感覚なんだね、あの美味しさを生んでいたのはさ。私が何回作ってもあの味にはならないんだ、不思議なことに」 ノルコは思わずうなってしまった。


(263)
 その時ちょうどレンジがチンと鳴った。カボチャを取り出して火の通りを確認する。ウメナ「どうだい?」 スーっと箸が通った。ノルコはOKサインを出す。そしてボウルの中にカボチャと片栗粉をいれ、一さじのサラダ油を加えた。 ウメナ「やってみるかい?」 ノルコは“おーっ”と手を上げた。


(264)
 もくもくと湯気を立てる熱々のカボチャ。ノルコはぐっと息を飲む。ミチコおかあさんはやっていた。そして私はそのひ孫。やって出来ないわけが無い! そう意を決して手を突っ込んだ。 ノルコ(!!) 熱くて飛び上がりそうになった。片栗粉をうまくからめて混ぜないと確実にやけどする。


(265)
 ウメナ「……ほう、やるじゃないか」 ノルコの眉間にびしびしシワがよる。熱くて熱くてたまらない。でも我慢してかき回していく。指先は真っ赤だ。ウメナ「あんまし無理するんじゃないよ?」 でもやる、最後までやりとおす。なぜならばノルコは、健気で勇敢な、お料理上手の美少女なのだから。


(266)
 なんだかんだでノルコは最後まで混ぜきってしまった。すぐに流水で手を冷やす。しばらくヒリヒリしそうだ。ウメナ「よくやったノルコ。これでお前さんも立派なイズミ家の女だね」 さあ、あとは焼くだけだ。やがて台所にたちこめる香ばしい匂い。ノルコは胸がいっぱいになった。


(267)
 そのころちょうど、食卓の長机でクメゾウとアフレルがビールを一杯やっていた。クメゾウ「くーっ、仕事のあとのビールはやっぱうめえな!」 アフレル「父さん、さっきまでワクと遊んでなかった?」 クメゾウ「こまけーことはいいんだよ!」 アフレル「ええ? うーん……」


(268)
 ワク「ぷはーっ、ヒック!」 ヨコ「麦茶で酔っ払ってるの? ワク」 クメゾウ「なあー、アフレル。仕事ねえなら紹介するぞ? この辺はいくらだって人手がいるんだ、ブラブラしてねーで一つやってみたらどうだ?」 アフレル「いやあ、大丈夫だから」 ワク「ホワッツ、ニート、イズイット?」


(269)
 クメゾウ「ニート(NEET)ってのはな、当時最先端っていわれた職業のことよ。ニード(NEED)から点々とってニート。つまり何かが欠けてても特に問題はねぇ、必要じゃなくなることたぁねえってことだ!」 ワク「インタレスティン!」 アフレル「意味がわからない……」


(270)
 クメゾウ「親父がよくぼやいてたんだがな、昔は働かない奴はメシ食っちゃいけなかったんだ。大変な時代だったろーな」 ヨコ「ええ、それだといつも誰かが飢え死にしなきゃいけなくなっちゃう」 アフレル「全員分の仕事をいつも用意するなんて不可能だからね」 ワク「アンビリーバボー!」


(271)
 クメゾウ「だからって、いつまでも無職でいいわけじゃねえんだぞ?」 アフレル「わかってるよ、ちゃんと探してるって」 クメゾウ「ま、変な仕事が好きなお前のことだ、時間はかかるのかもしれねえ。でもいい加減妥協しろよ?」 アフレル「うん、でももうすぐ見つかりそうな気がしてるだ」


(272)
 ヨコ「ねえねえあなた。いったいどんな路線で探してるの?」 アフレル「うん、まあ、やっぱあれだね」 ヨコ「あれ?」 ワク「ホワッツ、ザット?」 アフレル「夢のある……感じのかな!」 そういってアフレルは照れくさそうにアゴをさすった。何だかみんな、ため息が出てしまった。


(273)
 クメゾウ「まあ……夢もいいが、夢だけじゃ食えねえぞ!」 ヨコ「うふふ、そうですね。ところでさっきからいい匂いがするんだけど、何を作っているのかしら」 ノルコがウメナと一緒に料理を作っている、他のみんなは待っていてと言い残して。みんな、それとなくそわそわしているのだった。


(280)
 まもなくウメナが皿を持ってやってきた。ウメナ「お前ら! 今日のはノルコの手作りだ! ありがたくいただけーい!」 ドーンと置かれた皿の上で、焼きたてカボチャ団子が湯気を立てている。ヨコ「あら美味しそう!」 クメゾウ「ほう、これはなかなか」 クメゾウはさっそく箸を伸ばした。


(281)
 ウメナ「たわけーい!」 一瞬で叩き落とされる箸。クメゾウ「なにすんじゃい! 熱いうちに食うたろうかと思ったに!」 ウメナ「先にやることがあるんだよ!」 すると台所から、小皿を手にしたノルコが歩み出てきた。 ヨコ「ノルコ?」 小皿にはもちろんカボチャ団子が乗っている。


(282)
 ノルコはそのまま仏間に進むと、ゲンとミチコの遺影の前に小皿を置いた。そして正座し、仏鈴を鳴らし、厳かに手を合わせて瞑目した。 クメゾウ「フム」 アフレル「ああ、なるほど」 ヨコ「……ノルコ」 ワク「オーマイガッ」 何となくみんな、そっちを向いて手を合わせてしまった。


(283)
 ノルコは戻ってくると、さあ食べて食べてと手をバタバタさせた。ヨコ「ノルコもこの味を伝授されたのね!」 クメゾウ「じゃあ食うぞ! 腹が減って減ってたまらんのだ!」 クメゾウに続いて、みんなも次々と手を伸ばし始めた。ウメナ「ふふん、じゃあ他の食いもんもぼちぼち出すかね」


(284)
 ウメナの手によって次から次へと食事は出され、いつしか食卓は料理でびっしりに。ノルコが作ったのはカボチャ団子だけだったので、ノルコはまだまだ修行が必要だなと思った。でもみんな喜んで食べてくれたので、ひとまず満足することに。ノルコ(少しでもミチコお姉さんの味に近づけたかな?)


(285)
 お茶を飲んで一服して、落ち着いたところで帰ることになった。クメゾウ「これ持ってけい! ノルコ」 そう言ってクメゾウはノルコに例のPCを手渡した。クメゾウ「ここにあっても仕方がないしな」 ノルコはウンと頭を下げる。そして帰りの車の中ずっと膝の上に抱えて、大切に持ち帰った。





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