ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア131~166



(131)
 ノルコは知らない男について行くほどお尻は軽くない。ぷんっとそっぽを向いてその場を後にした。ノルコ(しかし、何か気になる) 特にあの失われた両耳が。そして何もかもを見通したような、あの言動が。振り返えってみると、男はちょうど曲がり角に消えていくところだった。


(132)
 ノルコ(ちょっとだけ……) ノルコはいったん道を引き返し、近くのマンションの植え込みに隠れて、あの青年の動向をうかがった。 謎の男「トゥールットゥ~、ルーララ~♪ やあ!」 男はクルクル周りながら通りを歩き抜け、時々通行人に唐突な挨拶をして驚かせていた。ノルコ(変な人!)


(133)
 ノルコ(ただの変わった人なのかな? 本当に悪い人ならとっくに捕まってるだろうし) バイオツイッターによる監視網が徹底された今は、歩きタバコ犯でさえ一瞬で捕まってしまう世の中だ。 ノルコは男が角を曲がったのを見計らうと、小走りでその後を追いかけた。ノルコ(どこに行くんだろ?)


(134)
 男は太い通りから、徐々に入り組んだ住宅地へと進んで行った。ツイナビがあるので迷子になることはないが、追跡がだんだん難しくなっていく。ノルコは男の後ろ10mくらいを歩き、一戸建ての塀や植え込みに隠れながら尾行をつづけた。しかしとうとう見失ってしまった。


(135)
 ノルコ(あれれ?) あちこちキョロキョロしてみるも、どこにも居ない。そしてハッと気づく。君は僕について来る、という青年の言葉通りのことをしてしまった。 ノルコ(口惜しいわ……) そして諦めて引き返そうとしたとき。「ビバーチェ」 ノルコは飛び上がった。


(136)
 謎の男「ほうらやっぱりついて来た! 僕んちすぐそこだよ、カモーン!」 そういって青年はノルコを担ぎ上げた。 ノルコ(!!っ~~~) 謎の男「ハハハー!」 男はそのまま100mほどダッシュ。その先にあったのはなんと……ツイッター協会の施設だった。 謎の男「ただいまー!」


(137)
 教会ではなく協会だ。十字架とかが立ってそうな場所に鳥の姿をしたモニュメントが飾ってある。ツイート鳥。ノルコ(あわわ……) 男は建物の中に入るとロビーのソファーにノルコを下ろした。謎の男「君はここでちょっと待つ。おばさんが紅茶を運んでくる」


(138)
 男はの奥へと消えていった。どうやら何人かの人がここで共同生活をしているようだ。ノルコがどうしたものかと思案していると、お茶のポットを持ったおばさんが、たまたま通りがかった。 おばさん「あら?」 ノルコがあわてて立ち去ろうとすると。おばさん「お待ちなさい!」


(139)
 おばさん「そこに座って。お茶でも飲んでいきなさい! 何か事情があって来たんでしょ?」 ノルコ(困ったなぁ……) 話そうにも呟けないし、来たのではなくて連れてこられたのだ。 おばさん「まあ、もしかして呟けない? 何かあったのね……。ともかくいったん落ち着きましょうね」


(140)
 おばさんは茶器とスコーンを持ってきてノルコにふるまった。お茶はハーブティーのようだ。本当は別の所に持っていくものだったのだろう。ノルコはまるで自分が、迷える子羊になってしまったような気がして、ぶるぶると恐縮してしまった。 おばさん「遠慮しなくていいのよ、どうぞ召し上って」


(141)
 ノルコはそう言われてお茶を一口。ノルコ(おいしい!) おばさん「ここはツイッター協会。世間では『ツイートピア』なんて呼ばれているわね。ツイート社会になじめない人や、問題を抱えた人達の相談にのったり、保護をしたりしているの。あなた小学生?」 ノルコはコクコクとうなずく。


(142)
 おばさん「下校してすぐここに来たのね。何か帰れない事情があるのかしら? ときどき家出して行き場がない子がたずねてくることもあるのよ、ここは」 ノルコはぶんぶんと首を振った。そして建物の奥の通路を眺めた。あの男の人はどこに行ってしまったんだろう?


(143)
 おばさん「無理して呟かなくてもいいのよ。落ち着いたら少しずつ教えてくれればね」 その時、あの男が戻ってきた。黒コートを脱いで、白のカッターシャツ姿になっていた。 謎の男「おばさん! その子呟けない病気なんだよ! 僕が思った通りついてきたから、そのまま連れてきちゃった!」


(144)
 おばさん「またお前が連れてきたのかい? これで何人目か……まあ仕方ないわね」 ノルコ(また?) 謎の男「それよりおばさん! またユウタがふさぎ込んじゃってるよ」 おばさん「そうだよ、いま昼のおやつにしようと思ってたんだけど」 謎の男「よし、じゃあみんなでお茶しよう!」


(145)
 謎の男「さあさあ! こっちこっち!」 男はノルコの手を引っつかむとグイグイ引っ張っていく。 謎の男「おばさん、お茶とお菓子もってきてね!」 おばさん「ちょ、ちょっとお前! お待ちなさい!」 男は通路の奥の部屋を開けて中に飛び込んだ。謎の男「友達を連れてきたよ!」


(146)
 部屋の中にはワクと同じくらいの歳の少年がいた。床の上に座りこんで、うつむいている。視線の先には2体のBOTが置いてあった。猫型BOTと犬型BOTだ。二人が入ってきても少年は微動だにしない。遅れておばさんが来た。 おばさん「やれやれ、まったくこの子は……」


(147)
 おばさん「ごめんねお嬢ちゃん、この人ここの職員なんだけど、ちょっと変わったところがあってね……」 男は少年の側にしゃがみ込んで話しかけた。 謎の男「さあ、BOTばかりみてないで、僕らとお話しするんだ!」 少年は静かに首をふり、そしてつぶやく。ユウタ「リッちゃんが呟かない……」


(148)
 ノルコ(リッちゃん?) 犬型BOT「イタイノ? クルシイノ? ダイジョウブダヨ……」 猫型BOT「……」 犬型BOT「ヨシヨシ、ココガイタイノ? ヨシヨシ」 猫型BOT「……」 リッちゃんとは猫のBOTのことなのだろうか? ノルコはなぜだか胸が苦しくなってきた。


(149)
 ノルコはおばさんの顔を見た。おばさん「まあ、色々とねぇ……」 どうやら複雑な事情があるようだ。 おばさん「それよりホウ、このお嬢ちゃんことを教えて欲しいのだけど」 ホウとは謎の青年の名前であるらしい。 ノルコも早く帰りたいのでそうして欲しかった。だが。ホウ「待って」


(150)
 犬型BOT「オトモダチ、キタノ? シャベルノ?」 猫型BOT「……」 犬型BOT「……」 猫型BOT「……」 犬型BOT「……」 猫型BOT「…………ユー君」 ユウタ「!……リッちゃん!」 猫型BOTが呟いた。そして犬型BOTの名前はユー君。つまりユウタの分身なのだ。


(151)
 猫型BOT「ユー君」 犬型BOT「リッチャン、ヨシヨシ」 猫型BOT「ユー君」 犬型BOT「モウイタクナイノ? ヨシヨシ」 猫型BOT「ユー君、ユー君、ユー君」 突如、少年の瞳に涙があふれた。 ユウタ「うっ、うわぁっ、うわああああああああああ!!!」


(152)
 ユウタ「あああああああ!!」 ホウ「ユウタ君!」 ホウは咄嗟にユウタを抱きしめた。そして一緒になって泣き始めた。ノルコとおばさんは、わけも分からず立ち尽くすのみだった。やがて。ホウ「ちょっと待ってるんだ! すぐ楽にするよ!」 そういってホウは部屋を飛び出していった。


(153)
 ホウはすぐに戻ってきた。なにやら旧式のタブレット端末を持ってきて、ユウタの前にかざした。 おばさん「あんたそれは!」 ホウ「今こそこれを見せる時なんだ!」 見せるっていったい何を? ノルコはだんだん怖くなってきて、足がすくんできた。少年の慟哭がただ事じゃなかったから。


(154)
 ホウ「ノルコ。君はいま僕に説明を求めている」 ノルコ(だから何なの!?) ホウはタブレット端末の電源を入れた。そこに表示されているのはTLのようだ。しかしTLは、見たことも無いほどの超高速で流れていた。ホウ「これは、グローバルタイムライン、GTLだ」 GTL?


(155)
 ホウ「この世の全てのツイートが流れるタイムラインだよ!」 名前は聞いたことがあったが、見るのは初めてだった。そして少年は泣き続けていた。ホウ「さらにこれがパーソナルタイムライン、PTLだ」 そういってスイッチを押す。すると今度は、訳のわからない暗号の激流が表示された。


(156)
 PTL? そんなものは聞いたことがない。 ホウ「PTLは、その存在が公に知られていない。個人情報を多分に含むもの、というより個人そのものだから」 ホウはノルコの顔をキッと見つめて言った。ホウ「そしてさらにその上位TLが存在する。それが……グロスオブPTLだ!」


(157)
 グロスオブPTL、何だそれは? ノルコはもうわけがわからない。そしてふと気づいた。ユウタが泣き止んでいるのだ。そしておそらくユウタ自身のPTLが表示されてるのであろうディスプレイを、ボーっと覗き込んでいるのだった。ホウ「グロスオブPTL。それはつまり、神のTL……」


(158)
 ホウ「神のTLは全ての苦しみを癒す。全ての孤独をあがなう。そして、この世の全てを見るものに教える!」 そう言ってホウはスイッチに指をかけた。おばさん「けれどホウ! それを見せたらその子もお前みたく……!」 ホウ「だけど今この子に必要なのはこれなんだ! ノルコ、君も見るかい?」


(159)
 ノルコは直感的に理解した。このグロスオブPTLこそが、ホウがノルコの病気を治せると言った理由なのだろうと。 ノルコはディスプレイを見つめた。呪文のように暗号化されたTLだ。ホウがスイッチを押せば、そこに全世界の人間の意志が、暗号化されて表示されるのだ。


(160)
 ノルコは咄嗟に両目を手で押さえた。見ない、絶対に見てはいけない。呟けない病は早く治したいけど見ちゃいけない。戻れなくなる。そんな気がする。 ホウ「フフフ……そうだね、それで良いんだ、君は」 ピッとスイッチが押される音がした。数秒してもう一度ピピッと音が鳴った。


(161)
 ホウ「もう目を開けて大丈夫だよ。お茶にしよう!」 ノルコが恐る恐る目を開けると、少年ユウタの表情が見違えるほどに明るくなっていた。 ユウタ「リッちゃん……いつでも一緒なんだね……もう痛くないんだね!」 その代わりにおばさんが、顔を抑えてシクシクと泣いていた。


(162)
 ユウタは驚くほど元気になり、お腹がすいたと言ってお菓子をねだってきた。4人はロビーに戻ってスコーンを食べ、紅茶を飲みながらお話をした。ノルコは聞いているだけだったけど、ユウタが幼馴染みのリッちゃんの事をあまりに楽しそうに話すので、ついつい顔がほころんでしまった。


(163)
 ノルコの事情を理解したおばさんは「あやうく人さらいじゃないか!」と、ホウを叱責した。ホウは「すべてはGPTLの思し召しさ」といってとぼけた。どうやってホウがGPLTを発見したのか? そしてユウタの幼馴染みに何があったのか? ノルコは聞かないでおくことにした。早く帰らねば。


(164)
 ユウタ「また遊びに来てね、お姉ちゃん!」 ノルコは3人に手を振りその場を後にした。 そして家に向かいつつ色々と反省する。今日起きたことをお父さんが知ったらきっと酷く怒られる。お父さんは普段はアレだけど、怒ると本当に怖いのだ。ノルコは想像してブルブル震えた。


(165)
 道路を横断するため歩道橋を渡るノルコ。呟音市の光景が目の前いっぱいに広がる。手を繋いで買物に行く親子。道路を行き交う自動車の流れ。マンションの影からちょこんと覗く、あの協会のツイート鳥。いつもと同じ景色のはずなのに、いつもと違う景色に見える。ふとノルコはそう思う。


(166)
 不意に、ノルコの瞳に一筋の雫が伝った。ビックリして思わず袖で拭う。ノルコ(今日の私、なんだか変……) 帰ろう。ノルコは強くそう思う。暖かいご飯と優しい家族が待ってる自分の家へ。ノルコはキッと前を見て、静かな微笑みに満ちる街角を、一目散に駆けていった。





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