ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア19~40



(19)
 ノルコが午後の授業をうけているころ、母のイズミ・ヨコはスーパーに買い物に来ていた。リプライが飛んできた。店長「よっ、奥さん相変わらず若々しいね! お子さんがいるとは思えねえや」 水色ワンピース姿のヨコ。よく学生と間違われ、ナンパされる。ヨコは返信する。ヨコ「うふふ、当然なのよ店長」


(20)
 ヨコは野菜と肉をカゴに入れ、お米売り場に向かう。ヨコ「3kgと5kgどっちにしましょ?」 ヨコは耳たぶクリックでお米売り場のTLを開いた。「まあ、お向かいさんったら30kgも一度に……欲張りねえ」 そして5kgのお米をよいしょと担ぎ――そのままスーパーを出た。


(21)
 店長「奥さんちょっとー!」 店長が必死の形相で追いかけてきた。ヨコ「あらなにかしら?」 店長「奥さん、今日はシュウマイが5割引なんですよ! 買っていってくださいよ!」 といってシュウマイをヨコに押し付けてきた。店長「まったく、奥さん欲がないんだからっ!」 


(22)
 ヨコは車に乗ると、行き先を自宅に設定して発進させた。そしてシュウマイが5割引きであることの意味を考えた。ヨコ「つまり、いつもの感覚より2倍多く買ってもひんしゅくを買わないのよね。買っても買わない、うふふ」 今は全てがTLで管理される。マネーという概念は時代遅れになったのだ。


(23)
 つぶやね市は太平洋に面しており、年間を通してカラっとした気候。ノルコの父、イズミ・アフレルは臨海地区にある研究所で働いている。家から車で30分ほどの場所だ。アフレル「うわっち!」 試験管が絵に描いたように爆発して、ネバネバした液体が飛び散った。アフレル「やっちまったか」


(24)
 アフレルは服や髪やメガネについたネバネバを溶剤でふき取る。はたして何作ってるのか? アフレル「口に入れても大丈夫な糊を作ってます」 糊――地味ではるが、重要な工業製品の一つだ――ところでアフレル君は絶倫なんですか? アフレル「い、いたって普通ですが?!」


(25)
 アフレル君はなぜ化学製品に関わろうと? アフレル「本当は僕、『火星』開発に行きたかったんですよ。でも学力が足りなくてだめでした」 なるほど化学製品の『化製』と『火星』をかけてるんですか。ダジャレがお上手で。アフレル「いや……そういうわけじゃ」


(26)
 アフレル「僕がここで働いているのは、たんに僕がこの仕事をこなせるからです。僕にできる仕事の中で緊急性が高かった仕事、それが『食べられる粘着剤の開発』だった訳です。平凡な理由ですよ」 なるほど。ところで一人ツイートの多いアフレルさんを見て、同僚の方が心配そうな顔をしています!


(27)
 実験を終えたアフレルはデスクに戻った。夕日が海に沈もうとしていた。デスク上の電子フォトに家族の笑顔が写っている。アフレル「ふう、今日も良く働いたなー」 アフレルが火星を目指したのは事実なのだ。そして彼は、火星に行けたら幼なじみのヨコに告白するつもりでいたのだ。


(28)
 妻のヨコは昔からよくモテた。アフレルは自分と彼女では釣り合わないと思っていた。だがある日、アフレルは意を決してこうつぶやいたのだ。アフレル「もし僕が火星に行けたら、そこからヨコにプロポーズの手紙を送るよ」と。笑って流された。しかしヨコは密かにそのツイートをファボっていたのだ。


(29)
 アフレルは一心不乱に勉強した。理系の大学に進学し、修士課程まで進んだ。その後就職し、資格を得るための職務経験をつみつつ、夜遅くまで勉強した。しかし彼が第5次火星開発選抜に合格することはなかった。次の選抜は10年後だった。彼は、あの約束は忘れてくれと、ヨコにDMを送った。


(30)
 ヨコ《じゃあ私も一緒に連れてってくれるのね、火星に!》 それがヨコから届いた返事だった。あれから月日が流れ、二人の子供が生まれ、今に至る。アフレル「そろそろ帰るか」 外に出ると、空に星がまたたき始めていた。アフレル「ちゃんと約束守らないとね」 彼はそう呟きつつ、家路についた。


(31)
 ノルコ「おなかすいたよう……」 学校から帰宅したノルコは自室でそうつぶやいた。今日はいつもの【おやつ】が置いてなかったのだ。弟に聞いてみたところ。ワク「ヴェイ? シュウマイなんて知らナッシン!」とのことだった。ノルコ(今夜の食事はきっと荒れるなぁ……) ノルコは率直にそう思った。


(32)
 アフレル「ただいまー」 父のその声が夕飯の合図だった。ノルコはダイニングに飛んでいった。テーブルの上にたくあんが一切れだけのったご飯が置いてあり、その前で弟がグズっていた。 ワク「whyばれた」 ヨコ「お母さんにはみんなわかっちゃうんだから、ワクは悪い子ね」


(33)
 弟のワク(セルゲイピッチ・ロマーノフ)は友だちとの交友で悪いことを覚え始めた。食卓でシュウマイを食べると、食卓TLにその記録が残ってバレるけど、自室でコッソリ食べれば大丈夫だろうと思ったのだ。ヨコ「レンジでチンした時間が、ノルコが帰ってきた時より20分も早かったのよ?」


(34)
 アフレル「だめじゃないかワク。ほら、ちゃんと謝って」 しかしワクは、たくあんご飯を持って部屋に閉じこもってしまった。きっと泣いている所を見られたくないのだろう、そうノルコは思った。部屋のTLは人に見られないように、部屋主の権限でロックをかけられるのだ。 


(35)
 ノルコは夕食中、姉としてなんとか弟を更生させねばと思っていた。そこで弟に対してDMを送ることにした。DMは二人の間にしか聞こえない、言わば心の声である。ノルコ《意地はっててもいいことないよ? お母さん、目が本気なんだから》 しかし返事はなかった。


(36)
 そのころ母のヨコもまた、密かにワクにDMを送っていた。ヨコ《今の世の中、悪いことをするとなんでもすぐにバレちゃうの。でも良いことするとすぐに褒めてもらえるの。だからお母さんはワクに良い子になって欲しいの》 しかし返事はなかった。


(37)
 父のアフレルもまた、ワクにDMを送っていた。アフレル《ふほほおー、やっぱり母さんの作る料理はうまいなあー。このショウガ焼きさいこー! ふほっふ。ワクー、早く戻ってこーい。みんな待ってるぞお?》 しかし返事はなかった。


(38)
 三人ともDMに集中しているので、食卓は異様なまでに静かだった。一方ワクは、部屋の机につっぷしたままDMを受信していた。ワク(ショウガ焼き……ウウィィ) こみ上げる食欲に負け、ワクはすごすごと食卓に向かった。どうやらアフレルのへんてこなDMが、一番効果的だったようだ。


(39)
 ダイニングにやってきたワクに、三つの視線が注がれていた。ワク「ソーリィ……」と言ってモジモジ。ヨコ「もっとちゃんと謝るの」 ワク「あ、アイムソーリーなんだYO!」 三人は互いに視線を交わし、そしてワクの方を見て、同時に言った。「日本語で!」


(40)
 ワク「おやつ食べちゃってごめんなさい……」 ヨコ「いいわ」 そう言ってヨコはワクのショウガ焼きを暖めなおした。その日ワクはご飯を2回おかわりした。育ち盛りなのだ。ヨコはおやつを増やさなきゃと思った。ノルコ「ところでシュウマイ美味しかった?」 ワク「オフコース!」





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