ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

リーン、結婚する

 そして月日は流れる。


 
 第一回アルデシア大陸会議が、宰相エイダの指揮の下で開催された。
 天への道を昇るという奇跡を見せた新王リーンを前に、反抗の意を示すものは誰一人としておらず、新しく上奏された王国憲法は、全会一致で承認された。
 そしてついにアルデシア大陸は、エヴァーハル王国国王リーンの名の元に再統一され、絶対王政から立憲君主制へと移行したのだった。


 そして本日、白風の月、吉日。
 国王リーンと、王妃アルメダの挙式パレードが行なわれた。


「おふたりとも、準備はよろしいですか?」


 外城の正門ホールに作られた控え室。
 翡翠のドレスを着てにっこりスマイルのエイダが、二人に聞いてきた。


「ああ、ばっちりだ!」


 燃えるような真紅のドレスを着たリーンが、勇ましく答える。


「いつでも大丈夫です、エイダさん」


 輝くような純白のドレスを着たアルメダが、天使の微笑とともに答える。


「はいっ、では参るのですっ!」


 エイダはそう言うと、門兵に向かって合図を送った。
 正面の門が開かれる。
 外の日差しとともに、群集の巨大な歓声が吹き込んできた。


――ウオオオオオオ!
――百合王さまー!
――アルメダさまー!
――ワアアアアアア!


 リーンとアルメダは、エイダに先導されて、ゆっくりと外に歩み出た。
 そして城の周囲に押し寄せている民衆に向かって、手を振って答えた。
 警備兵がずらりと並ぶ大通りの両脇には、大陸中から集まった大勢の人々が詰め掛けてきていた。


 パレードの始まりの場所に、8頭立ての巨大な馬車がおいてある。
 8つの車輪をもつ、船のように大きいその馬車は、日の光を浴びて真っ白に輝いている。
 馬車の上には、ハーレムの女達が勢ぞろいしている。


 No.2からNo.21までの、総勢20名。
 みな色とりどりのドレスを着て、王と王妃を待っていた。
 あたかも馬車の上に、虹色の花が咲いているかのようだった。


「お姉さま、素敵です……!」
「王妃様も、びっくりするほど綺麗なんだガルっ」


 馬車の乗り口のところで、ヨアシュとランが待っていた。
 ヨアシュは薄桃色のドレス、ランは萌黄色のドレスをそれぞれ着ている。


「ありがとう、ヨアシュ、ラン」
「ありがとうございます、お二人も、とても可愛らしいですっ」


 そして四人は、互いに握手を交わす。


「一生に一度の晴れ舞台なんだガル。王妃様をしっかりエスコートするガルよ? リーン」
「おうよっ」


 リーンはそう言って笑みを浮かべると、アルメダの手をとって馬車の搭乗口へと導いた。
 搭乗口を昇るアルメダに、黄色いドレスを着たジュアが、上から手を差し伸べてくる。


「ありがとう、ジュア」
「どういたしまて、王妃様」


 アルメダに続いて、リーンも馬車に乗り込んだ。
 馬車の上からは、詰め掛けた観衆の全てが見下ろせた。
 城の敷地内は、まさに人の海になっていた。


「おめでとう、リーン」


 そう言って紫色のドレスを着たメイリーが出迎えてきた。


「晴れの舞台だけど、危険もいっぱいなのよ? 気をつけてね」
「ああ。何かあった時は頼むぜメイリー」


 リーンはメイリーの案内をうけて、アルメダはジュアの案内をうけて、それぞれ先頭の席へと移動する。
 メイリーとジュアの二人は、ハーレムメンバーとして車上を飾る存在であると同時に、リーンとアルメダを一番近くで守る護衛役でもあるのだ。


 馬車の周囲は、金と銀の甲冑をきた近衛兵達で取り囲まれている。
 総指揮を執る近衛兵長のシャルロッテが、鎧馬に跨って馬車の後方で目を光らせている。


 馬車の前方には、兵士団の中から選りすぐった精鋭部隊が、華麗な装飾を施した甲冑に身を包んで長い隊列を組んでいる。
 その先頭を務めるのは、金の甲冑を着たバルザーだった。
 さらに馬車の後方には、医法師団と魔術師団のメンバーが、これまた派手なローブに身を包んで並んでいた。


 リーンは席に付く前に、ぐるりと周囲を見渡す。


 魔術師団の中に、ゲンリとマジスの姿を見つけた。
 医法師団の中に、ギリアムとエルレンの父親の姿を見つけた。
 兵団宿舎の屋上に作られた特別観覧席に、エリィとその両親、そして満月亭の女将マーリナとその夫の姿を見つけた。
 大通りの脇を埋め尽くす群集に混じって、エイダの父親のロレンが、子犬を抱いて立っていた。
 その反対側には、いつしかステーキを焼いてくれたあの料理屋の店主が。
 そして、随分と世話になったあの酒場の店主が、腕を組んで立っていた。


 リーンはその一人一人に向かって視線を送り、笑顔をとともに感謝の意を送る。


 続いて馬車の上に目を向ける。
 後ろの座席には、20名のハーレムメンバー。
 メイリー、ヨアシュ、ラン、エイダ、エルレン、ジュア、ルーザ、カテリーナ。
 そして、大陸各地の有力者達から差し出された、選りすぐりの美女達だ。


 最後に、隣に座るアルメダ姫の姿を確認してから、国王リーンは観衆に向かって大きく手を振った。


「みんな、来てくれてありがとなー!」


――ウオオオオオオオ!
――ワアアアアアアア!
――パチパチパチパチ!
――ヒューヒュー!


 静まることを知らない観衆達の歓声に、リーンはひたすら手を振ってこたえ続けた。
 馬車はこれから大通りを進んで市街に出る。
 そして城の敷地を囲む外防壁に沿って、ぐるりと一周して戻ってくるのだ。


――ダンダカダカダンダン!
――パンパカパーン!


 高らかなラッパの音と、軽快な太鼓のリズムが鳴り響く。
 それと同時に、8頭の白馬が足並みを揃えて歩きだす。


 いよいよ、パレードの始まりだ。


 
 * * *


 
 やはりアルメダ姫がいなければ始まらない――。


 そう判断したリーン達は、前国王と宰相ゴーンが作った祭壇を使って、新しいアルメダを作成することにした。
 もちろんそのアルメダはもとのアルメダではない。
 まったくの別人だ。


 アルメダの復活にあたって、リーンは長いこと悩み抜いた。
 起きている時間の半分以上を、アルメダを復活させるか否かの判断に費やした程だ。
 その間リーンは、何度も天上にいるアルメダの魂に問いかけた。


――俺が新しいアルメダを作って結婚したら、お前はどう思う?


 人工生命を作り出すということは、それそのものが人間界における禁忌だ。
 しかし、やらなければ国全体が困ったことになってしまう。
 お姫様のいない国は、砂糖の入っていないクッキーのようなものだ。
 いるといないとでは、国民の意識がまったく違ってくる。


 また、新しく作ったアルメダを身代わりのようにして愛することは、なんとも不誠実なことのようにリーンには思えた。
 以前のアルメダに対しても、新しいアルメダに対しても、中途半端な気持ちで向き合うことになってしまうからだ。


 新しい生命を生み出す以上、リーンのその全責任をもって、その者を全力で愛し抜かなければならない。
 そのためには、以前のアルメダを忘れる必要さえあったのだ。


――俺は一体どうしたらいいんだ、アルメダ……!


 リーンの葛藤が最高潮に達した、その時のことだった。


――あなたはもう、私の存在に縛られなくて良いのです。


 にわかに天の声が聞こえてきた。


 リーンは思わず外に飛び出て、天の円盤に向かって両手を仰いだ。
 その声は、理屈では説明しようのない方法で、リーンの心の中に直接注ぎ込まれてくるのだった。


――どうか自由に生きてください。貴方が貴方らしく生きてくれることが、私は一番嬉しいのです。


 その言葉を聞いて、リーンは目が覚める思いだった。


「そうか……そうだったのか!」


 そして決心した。


「俺たちは、いつだって一緒なんだな……!」


 新しいアルメダを生み出して、その命に対して全力で責任を負う。
 そして精いっぱい大切にする。
 それが答えだった。


 ただちに、新しいアルメダの作成が始められた。
 ギリアムを中心とした医法師団の術者達が、寝ずの作業にあたった。


 そして三日後。
 黄金の棺の中から、眩い光があふれてきた。
 それは、新しい命がそこに宿ったことの証だった。
 元宰相のゴーンも、その場に立ち会った。


 みなその光景に心を奪われ、しばらく何も話せなくなった。
 医法師長のギリアムでさえ、言葉を失っていた。


「すまない、ギリアム。こんなことは、もう二度とやらないからな……」


 人為的に命を作り出すことの恐ろしさをひしひしと感じつつ、リーンは言った。


「お気遣いなく国王。確かに我々は、禁忌中の禁忌を犯しました。しかし私には何故だかこれが、やってはいけないことだとは思えないのです」


 リーンは医法師長の言葉にしかと頷いた。
 この度のアルメダの復活は、例外中の例外でもある。 
 それこそ、何がどういう理由で例外なのか、それさえもわからなくなるほどの例外なのだった。


 光が収束するのを待って、リーンは祭壇の上にあがった。
 黄金の棺の蓋を開き、その中に眠る新しいアルメダを抱き起こす。


 そして、最初の言葉を投げかけた。


「おはよう、アルメダ」
「まあ……ここは……? どうして私こんなことに……?」


 するとアルメダは、どうして自分がこんな場所で眠っているのか、まるで理解出来ないといった顔をした。
 それもそのはず。
 アルメダの記憶は、彼女自身がホムンクルスであること気付いたその瞬間まで、巻き戻されているのだった。
 リーンはアルメダを復活させるにあたって、そのように設定しておいた。


「何がどうなったのです? リーン、お父様は……」
「大丈夫だアルメダ。国王のおっちゃんとの戦いには勝てたんだ」


――お前のお陰で。


 その言葉を、リーンはその胸の内にひっそりとしまった。
 リーンは関係者達に対し、アルメダが国王と交わったという事実を伝えることを固く禁じた。
 そして、アルメダ自身にはこう伝えたのだった。


「でもお前は……俺たちの闘いに巻き込まれて……死んでしまったんだ」


 リーンは己の責任で、アルメダに“嘘”と“真実”を与えた。
 嘘とは、アルメダが戦闘の最中に命を落としてしまったということ。
 そして真実とは、今目覚めたアルメダが、二人目のアルメダであるということだ。


 嘘をもってアルメダの純潔を守り、真実をもってアルメダ本人に自分自身のことを自覚させる。
 リーンが伝えた嘘と真実には、そういう目的がこめられていた。


「私は……死んだのですか……?」


 するとアルメダは、目を丸くして言った。


「ああ。 信じられないかもしれないけど、本当なんだ」
「つまり、この私は以前の私ではないのですね?」
「そうだ」
「では以前の私は、今どこに……?」


 リーンは黙って天を指差した。
 アルメダはその指が示す先を見上げる。
 祭壇の間の天井に開いた大穴。
 その先には、白く輝く天の円盤がある。


「そう……ですか……」


 と言ってアルメダは視線を落とした。
 そして、胸が苦しくなるほどに悲しげな表情を浮かべてきた。


 もしかすると、新しいアルメダはこの事実を知った瞬間に狂うかもしれない。
 そうなった時の覚悟も、リーンは決めていた。


「つまり、私のこの記憶はすべて、以前のアルメダのものなのですね……」


 だが新しいアルメダは、驚くほど素直にその事実を受け入れた。


「お気の毒でした……」


 そう言って、死んでしまったもう一人の自分に対して、悔やみの言葉を述べたのだ。
 そしてすぐに気を取り直して、リーンを見つめてきた。


「でも、私は私です。今ここに、こうして生きています。これからもよろしくお願いします、リーン」
「アルメダ……!」


 リーンはもうそれ以上の言葉はなく、ただしっかりと王女を抱きしめたのだった。


 
 * * *


 
 パレードの馬車が街道に出た。
 外防壁に沿って隊列が進んでいく。
 華々しい行進曲の演奏と人々の喝采が、通りを埋め尽くしている。
 人の海はどこまでも続いてた。


「ねえ、リーン」


 人々に手を振って答えつつ、アルメダがリーンに問いかけてきた。


「なんだいアルメダ」
「私はいま、きちんと私らしく振舞えているでしょうか?」


 と言って王妃は、少し不安げな表情を浮かべてきた。
 自分が二人目のアルメダであることは、民衆には知られてはいけない。
 そのことを、しっかりと自覚しているのだ。


 不安そうな瞳で見つめてくる伴侶に対し、リーンははっきりと言い切った。


「ああ、どこから見てもアルメダはアルメダだ。この世で一番綺麗で可愛い、俺の自慢の嫁さんだ!」


 すると王妃は、至上の美しさをもつその顔を薄っすらと赤らめた。
 そして、満面の笑みとともに答えてきた。


「ありがとうリーン、私いま……とっても幸せです!」


 天の光が燦々とその姿を照らしている。
 まさに宝石のように輝くアルメダの姿。
 まるで天上の人々までもが、彼女達を祝福してくれているようだった。 


 狂おしくもどこか切ない、悲しいまでの美を放つ王妃。
 その姿を目の当たりにした人々は、まさに恍惚とした表情でパレードを見送るのだった。




 * * *


 
「ああ、リーン……。私もう、どうにかなってしまいそうです……! はぁはぁはぁ!」
「気持ち悪いぜ! ゲンリ」


 パレードが終わって、女達とともに控え室にもどってきたリーン。
 先に戻ってきていたゲンリが、盛大に興奮しながら出迎えてきた。


「百合王様に、百合姫様。ずらりと並んだお嬢様方! 女同士の関連性、ここに極まれりですな! はぁはぁ!」
「ちょっと落ち着けって、ゲンリ!」
「これが落ち着いていられますか! はぁはぁはぁはぁ!」


 痩身の魔術師はすっかりのぼせ上がってしまって、しばらくは元に戻りそうになかった。
 リーンはひとまず放っておいて、女達に声をかけた。


 まずは、メイリー。


「メイリー、俺がここまでこれたのは、本当にお前がいてくれたからこそだ」
「うふふ、どういたしましてよリーン。これからも一杯お世話しちゃうんだから」


 続いて、ヨアシュ。


「ヨアシュには、人を惹きつける不思議な力がある。その力を、これからも俺のために使ってくれるか?」
「はいなのですっ。その……微力ながら、お姉さまの力になりたいと思います!」


 続いて、ラン。


「ランにも随分と助けられたな。体の調子はどうだ?」
「まだまだ全然元気なんだガル。リーンが変なことしようとしたら、容赦なく噛み付くから覚悟しておくガル」


 続いて、エイダ。


「お前はまさに俺の脳みそだ。思う存分、その腕をふるってくれよな!」
「政治のこととチェスの相手は、このエイダにまかせるのですっ」


 続いて、エルレン……は、少し離れた場所で緊張している。


「みんなが病気になったりしたら頼むな、エルレン。あと、そのドレスすごく似合ってるぞっ」
「ひ、ひええ……お、お恥ずかしいです……。まだまだ未熟者ですが、精いっぱい頑張ります!」


 続いて、ジュア。


「はやく、エルグァ族同士で子供を作れるようになるといいなっ。俺も全力を尽くすぜ」
「うん、ありがとうリーン。でも、あなたは……」


 言いかけたジュアの唇に、リーンは指を当てる。


「慰めの言葉ならベッドで聞くぜ?」
「んなっ……! もうっ、心配した私が馬鹿だったわっ」


 続いて、ルーザ。


「いっぱい日に当たっちまったけど大丈夫か? ルーザ」
「ふぅーむ、最近あんまり気ならないのネ、ニッコウ」
「人間に近づいてきているのかな?」
「キッと、毎日ダーリンとイチャイチャしてるからネ!」
「たまには俺ともいちゃいちゃしてくれよなっ」


 続いて、カテリーナ。


「リーナには、物心ついてからずっと世話になりっぱなしだったな。おしめとか換えてくれてありがとな!」
「もうっ、他に言うことないの? なんなら老後の世話までみてあげるわっ」


 さら続いてリーンは、大陸中から集められた綺麗どころに一声づつかけていく。
 ハーレムは、ただリーンの閨の相手をするための場所ではない。
 政治的な駆け引きも数多く絡んでくる場所なのだ。


 大陸各地の有力者達が、こぞってリーンのハーレムに娘を差し出そうとしてきている。
 リーンはそれを逆手にとって、ハーレムから世界を変えるつもりでいた。


 百合ハーレムによって世界を統治する。
 それはまさに、リーンが目指してきた到達点なのだった。


――百合王様万歳!
――百合姫様万歳!


「お?」


 城の外から民衆達の声が響いてきた。
 どうやらもう一度くらい、顔を出しておいた方がよさそうだ。


「よしっ、じゃあみんな、もっぺん行ってくるか!」


 女達はドレスを揺らしながら、民衆達の声援に応えるべく、城壁の上へ続く階段を登っていく――。


 
 * * *


 
 月の夜。
 城の内側は、本城が倒壊したことで、とても見晴らしが良くなっていた
 地下ハーレムに続く階段がある白亜の小宮。
 その建物のテラスで、リーンとアルメダが二人きりで佇んでいた。


「疲れたか? アルメダ」
「ええ、少し。でも大丈夫です」


 二人は肩を寄せ合って夜空を見ていた。
 パレードの後の晩餐も滞りなく終了し、ようやく一息ついた所だ。


 この小宮は、本城が倒壊したのち、国王の住居として利用されている。
 今はリーンとアルメダの二人で住んでいるのだ。


――キャハハハー。
――マッテー。


 小宮の回りで、魔物の娘達が追いかけっこをして遊んでいた。
 綺麗に整備された花壇の周りを走り回っている。
 彼女達は、昼間は地下ハーレムで眠っていて、夜になると外に出てきて遊び始めるのだ。
 夜の見張りの代わりになるので、リーンは好きにさせている。


「楽しそうですね、魔物さん達」
「ああ。こうして見てると、まるで子供みたいだぜ」
「無邪気なんですね」
「そうなんだ。魔物なのに無邪気なんだよ」


 花壇の向こうには大きな池がある。
 池には横にした大きな土管が沈めてある。
 その土管には、あの地下水路にいた黒ぼうずが住んでいる。


「……フゴォォォ」


 今は少しだけ土管から顔をだして、花壇の回りを走り回る魔物の娘達を眺めていた。


 夜空に浮かぶ月が、冴え冴えとした光を放っている。
 虫の声が微かに響いて、少し冷たい夜風がそよいでいる。
 二人の体は、自然と近くなる。


「どうしてこの世界の生き物は、魔物とそうでない者に別れているのでしょう」


 ふとアルメダが、そんな疑問を口にした。
 リーンは夜の景色を眺めながら、それに答えた。


「何か意味があるんだろうな。魔物には魔物の役目があるんだよ、きっと」
「役目……ですか?」
「ああ、そうなんだ。魔物が居なかったら人間もいない、そんな気がするんだ」
「魔物達がいるから、私達は人間とは何かを考えることが出来る……つまり、そういうことなのでしょうか?」
「そうかもしれねえな。そんでもって、俺たちがここでこうして生きているから、あの天の円盤の上には、天人と呼ばれる人達がいるんだ」
「天人さまが……?」
「ああ。それできっと、俺たちのことを空の上から見下ろして、“我々は一体何者なんだろう?”とか、そういう小難しいことを考えているんだよ」
「なんだか、気の遠くなるような話です……」


 二人は天の円盤を見上げる。


「本当におられるのでしょうか? 天人さま」
「ああ、たぶんな」


 リーンはアルメダの体を背負って、天の円盤まで昇った。
 そして、そこにアルメダを置いてきた。


 天の円盤の上で何が起ったのか。
 自分は一体なにを見たのか。
 その記憶は一切ない。


 けれどもあの円盤の上には、確実に誰かがいる。
 誰かが確かにそこにいて、地上の人々を見守ってくれている。
 命がけで天の道を昇ったリーンには、そう思えてならないのだった。


「少なくとも、前のアルメダはあそこにいる。感じるんだよ、あの月を見上げる度に」
「ではやはり、あの月の上には、もう一人の私がいるのですね」


 アルメダは感慨深げに言う。


「不思議です……」
「ああ、不思議だな」


 そのまま二人は、天に輝く月を見上げた。


――ちゃんと愛し合うのですよ?


 すると、どこからか声が聞こえてきた。


「ん? 今何かいったか?」
「いいえ、何も。リーンの方こそ……」
「俺も何も言ってないぜ?」


 二人はキョトンとして、互いに顔を見合わせた。
 そして、再び月を見上げる。


――暖かくして眠るのですよ?


 声なき声が、二人の胸に響いていた。
 月はいつだって見守ってくれている。
 そして、人々の平穏な日々を祈ってくれている。


「なあ、アルメダ」


 ひとしきり月を眺めた後、リーンは話しを切り出した。


「俺さ、出来るだけ早く王様をやめようと思っているんだ」
「まあ、そうなのですか?」
「ああ。それでそのあとは、どこか田舎の方に引っ越して暮したいと思ってる」
「どうしてまた、そんなことを?」


 するとリーンは、どこか照れくさそうに指で頬をかいた。


「実はさ、俺には変なオヤジがいるんだ」


 そして、自らの出自について語り始める。


「オヤジは森の奥で一人で住んでてさ、切った木を売ったりして暮してるんだ。いっぺんその小屋に入ってみたことがあるんだけど、そりゃあ酷い有様でさ……。ビックリするほど酷い暮らしぶりだった。でもなんでかな、そういう生き方も良いなって、王様になってから思うようになったんだ」


 リーンは遠くを見ながら言う。
 アルメダは、ただ黙ってその話に耳を傾けていた。


「あれこそ、最高の暮し方なんじゃないかって、この頃よく思うんだ。変かな?」
「そんなことないと思います」


 と言ってアルメダは、リーンの胸に頬をよせる。


「静かな場所で二人きり。思い煩うことも少なくて良いかもしれません」
「ああ、そうだよな。やっぱ憧れちまうよな」
「ではいずれ私は、貴方と二人、森の小屋で暮すことになるのですね……」
「嫌……か?」
「いいえ、リーン」


 アルメダは首を横に振る。


「貴方の一緒なら、どこでも天国ですから」


 と言って、とびきりの笑顔を浮かべてきた。


「アルメダ……」


 思わぬ不意打ちに、リーンの頬が赤くなる。


「そう言ってもらえると……嬉しいぜっ」
「うふふふ。ただ、一つだけ心配なことがあります」
「え? なんだ?」
「あまりに長いあいだ人里を離れていたら、みなさん、私たちのことを忘れてしまうかもしれません。それだけが気がかりです」
「ああ、それなら……」


 リーンは、ニコリと笑ってアルメダに答えた。


「それならきっと大丈夫さ、絶対にみんな遊びに来てくれる。もしかしたら、俺たちの小屋の周りに住み始めるかもしれないな! そうじゃなくても、みんなが元気にやってるって話は、いつだってここに舞い込んでくるさ」


 と言ってリーンは、胸につけた赤百合のバッチを示す。
 全大陸魔法通信装置「アルメダ」。
 その通信端末を。


「今はこれがあるからな。そう簡単に、忘れられたりしないさ」
「まあ……それもそうですね。私がそのシンボルなのに、うっかりでした……てへっ」


 といってペロリと舌を出したアルメダに、またもやリーンはやられてしまうのだった。


「こいつうっ」
「きゃあっ」


 可憐な笑顔を浮かべるアルメダの肩を、リーンはしかと抱き寄せた。
 そしてしばし見詰め合う。


「愛してるぜ、アルメダ」
「私もですわ」


 そして二人は、月の光が織り成すシルエットの中で、静かに唇を交わした。


 新しいアルメダは、以前のアルメダと瓜二つだ。
 しかしその性格は、少しずつ変化してきている。
 いまリーンの腕の中にいる者は、もう立派な一つの魂なのだ。


 リーンは抱擁を解くと、アルメダの目をみた。


「引退する前にまず、やることをやらないとな」
「ええ、リーン」


 そして、月夜の下に宣言する。


「いつかこの世界を“みんな”のハーレムにするんだ」


 世界が一人のためにあり、一人が世界のためにある。
 そんな人の世の地平線を目指して、リーンは今まさに王の道を進もうとしている。


「俺はそのためにこそ頑張りたいと思う。ついてきてくれるか? アルメダ」
「はい、リーン。あなたと二人どこまでも」


 二人はしかと頷きあうと、そのまま美しい月夜の下で身を寄せた。


 道はどこまでも続いていく。
 この先も、幾多の困難が彼女達を待ち構えているだろう。
 だが、その胸に宿る熱い炎が、何度でもその困難を跳ね返すだろう。


 いつ果てるともしれない道を進むリーンとその仲間達。
 懸命に生きようする地上の人々を鼓舞するように、どこからともなく声が響いてきた。




――はらわた勇者に栄光あれ。
――勇者の仲間達に栄光あれ。
――全ての乙女達の未来に、大いなる幸よあれ。




 天の円盤から放たれる月の光は、今日も静かに人々の夜を見守っている。
 天上に生きる、無数の星々の想いをのせて。


 リーンは今一度その夜空を見上げる。
 そして心の中でそっと、「ありがとう」とささやくのだった。














【はらわた女勇者のガチ百合ハーレム奮闘記】 


  終幕





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