ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

新王、昇天する

――アルメダ様の姿をまったく見ない……。


 最近になって、人々の間でそういった言葉が交わされるようになった。
 元より、あまり人前に姿を現さなかったアルメダ姫だが、国王が交代してからというもの、本当にまったく姿を見せなくなってしまった。


――アルメダ様は本当にご存命なのか?


 そう考える者さえ現れはじめていた。
 本城が倒壊した時に巻き込まれてしまったのではないかと、もっぱらの噂である。 
 大陸中の人々の信望を集めていた王女の不在は、民衆の心を確実に動揺させていた。


――アルメダ様はどうした?
――アルメダ様は何をしておれられる?
――ちょっとだけでも良いから、ご尊顔を拝見したい!


 そんな不満の声が、アルデシアの各地で上がり始めていた。


 このことについて新王リーンは、もちろん何らかの対策をしなければと考えていた。
 そして、ゲンリに対して天へと昇ることを告げた翌日、アルメダ姫の写真を使って、大陸中の人々にその近況を報告したのだった。


『実はアルメダは、俺と前国王との戦いに巻き込まれて、大怪我をしちまったんだ』


 事実とは微妙に異なるが、まるっきり嘘とも言えない内容をリーンは伝えた。
 人々は、アルメダ姫が生きていることにはひとまず安堵したが、その怪我の容態を心の底から憂慮した。


『城の医法師達が治療を続けているんだけど、まるっきり目を覚まさねえ。もう、医法師のみんなも匙を投げかけている。そこで俺は今、あることを試してみようと思っているんだ』


 大陸中から有能な医法師を集めて結成された城の医法師団でさえ、匙を投げてしまうほどの大怪我。
 それを新王リーンは、一体どんな手でもって救おうというのか。
 多くの人々が、固唾を飲んでリーンの言葉を待った。


『信じてもらえないかもしれないけど、俺には、天への道が見えているんだ』


 大陸中にどよめきが走った。
 天への道。
 それは、空に輝く天の円盤へと至る道であり、エルグァの血をひく者が、極稀に発見する光の筋のことである。


 天への道の伝承は、アルデシアにおいては知る人ぞ知ること。
 故に多くの人々にとっては、新王リーンの言っていることはさっぱり訳がわからないものだった。


『俺はアルメダを背負って、その天への道を登ってみようと思う。天上で暮してる人達なら、アルメダの傷を治す方法を知っているかもしれない』


 新王が、傷ついた王女を背負って天へと昇る。
 それは多くの人々にとって、まさに御伽噺のようにしか聞こえなかった。


 新王はご乱心されたのか?
 天への道など、本当に存在するのだろうか?
 アルメダ姫は助からないのか?
 アルデシアはどうなってしまうのか?


 新王リーンの摩訶不思議なその発言は、大陸中の人々を混乱の渦に巻き込んだ。
 王権を掌握して以来、確実に高まりつつあったリーンへの信望は、ここで一気に崩れ落ちることとなった。


 
 * * *


 
「新紙幣が暴落を始めたのですっ!」


 エイダが冷や汗を浮かべながらリーンに報告してきた。
 リーンは城の中庭に一人ポツンと立って、遠くにそびえる光の塔を眺めていた。


「そうか。そりゃ大変だぜ」
「大変どころではないのですっ。市場は大混乱で、お城の財布もピンチなのですっ!」


 珍しく焦りの表情を浮かべているエイダをよそ目に、リーンはただ呆けたように天を見上げていた。


「大変よリーン! 城の回りをうろついてる不審者が、一気に増えたわ!」


 今度は、城の警備を担当しているメイリーが、防壁の上から飛び降りてきた。
 メイリーはいつぞやの黒装束を着ていた。


「ボーっとしてると寝首をかかれるわよリーン! みんな貴方のこと、頭がおかしくなったと思ってる!」
「うーん、そりゃ困ったぜ。俺の頭はいつだって爽やかだってのによー」
「リーン、本当にどうしちゃったの?」


 リーンは、ゲンリ以外の者には一切相談せず、天への道が見えることを人々に暴露した。
 そのことに最も驚いたのが、エイダとメイリーだったのだ。


「ファファファ。各地の旧諸侯らが、再び蜂起の動きをみせているようだ」


 そこに今度は、マジスがやってきた。
 その大きな体を揺らしながら、悠々と中庭を歩いてくる。
 珍しいもの好きの集団である魔術師団の者達は、比較的落ち着いていた。


「いやはや、驚きましたわ。よもや新王が天の使いだったとは。ファファファー」
「やっぱり俺って、そういう種類の人間なのかな? ずっとおかしいと思ってたんだ、俺にだけあんな塔が見えるなんて」
「まっこと世界は不思議に満ちておりますのー」


 と言って、朗らかに笑うマジス。
 リーンはその様子を見て、すこし心強くなった。
 たとえ少数であっても、理解を示してくれる人がいることは、心強いものだ。


 だが、以前として多くの者達はリーンの爆弾発言をうまく飲み込めずにいた。
 庶民だけではなく、新しく編制した国の役人達の間にも、深刻な動揺が広がっていた。
 このままでは国家の運営が、その基盤から苦連れ落ちてしまうかもしれない。


 だが。


「見えるものは見えるんだ」


 リーンはまったく動揺していなかった。


「みんなも、俺が天へと昇っていく姿を見れば、きっと納得してくれるはずだ」


 と言ってリーンは、エイダ達が不安げな表情を浮かべる中、一人腕を組んで仁王立ちしているのだった。


 リーンが天への道のことを話した理由はニつあった。 
 一つは、アルメダ姫を救う手助けをしてもらうため。
 そしてもう一つは、リーンのことを新王として認めていな者達に、王としての特異性を見せ付けるためだった。
 それには、可能な限り多くの人々の注目を惹いておいた方が効果的だ。
 今はリーンに対するネガティブなイメージが先行しているが、天に昇るという実績を示してみせれば、そのイメージは一気にひっくり返る。
 リーンが狙っているのは、まさにそれだった。


「本当に、天へと昇る自信があるのですか? リーン」


 リーンの片腕たる宰相エイダも、そのことには気付いていた。
 民衆に向かって奇跡を目の当たりにして見せることは、民心を掌握するにあたっての、この上ない強みになる。


「ああ、もちろんだぜエイダ」


 リーンはエヴァー湖の方角を眺めつつ言う。


「今こそ、あれを昇る時なんだ」




 * * *


 
 そして、天への道を昇るための準備が始められた。


 測量士の計測によって、天の円盤は、アルデシア大陸より10エルデンの上空にあることがわかった。
 地表の上であれば、徒歩で10日の距離であるが、登るとなれば一体どれだけかかるかわからない。


 リーンは試しに、城の中でもっとも高い建物である、医法師本部の塔を登ってみた。
 医法師本部の塔は、15階建ての建物と同等の高さがあり、エルデンに換算すると0.006エルデンになる。
 リーンはこの高さを、重たい荷物を背負ったまま、可能な限り急いで駆け上がってみた。


 すると、およそ2分という結果がでた。
 このペースで登り続ければ、単純に計算して、二日と半日で10エルデンの高さを登りきれることになる。


「ぜえ、ぜえ……はあ、はあ……」


 だが、リーンはすっかり息を切らしていた。
 3段飛ばしの猛ダッシュで駆け上がったのだから、無理もなかった。
 実際は、これよりも5倍はゆっくりなペースで登らなければならないだろう。
 さらには、登る時間の半分近くを休憩にあてなければならない。


 とすれば、実際に登頂に必要な時間は、2.5*5*2=25。
 25日間という計算になる。


「うーん、間違ってないよな……?」


 頭の中で何度も検算をするリーンだが、そう計算通りにはいかないのだ世の常だ。
 水と食料の問題もあるし、天の円盤に近づくほど、その日照も厳しくなる。
 最後の方は、殆ど夜の間しか登れなくなるはずだ。


 工夫が必要だった。


 
 * * *


 
 稲穂の月の末日。
 リーンとアルメダを乗せた船が、ついにエヴァー湖の港を出発した。
 船団は全部で5隻。
 それぞれ大量の食料と兵員を載せている。
 この5隻がこれから一月にわたって光の塔の下に待機して、リーンの援護にあたるのだ。


 水はエヴァー湖の湖水を利用する。
 天へと登るリーンに、食料と水を大砲で打ち上げて供給する算段になっている。
 もっとも、大砲による打ち上げが可能なのは、およそ2エルデンの距離までだ。
 風の抵抗を打ち消す魔法をかけた「無減速砲弾」と呼ばれるものを、現存する最強の大砲で打ち上げるのだが、それでも2エルデンを超える高みに砲弾を届けることは出来ない。
 そこから先は、リーン自身が背負えるだけ荷物を背負って、自力で天の彼方を目指すことになる。


「まったくいい天気だぜ」


 船の舳先に立って、リーンは進む先にそびえる光の塔を見据えていた。
 暦はまもなく、霧夜の月に移り変わろうとしている。
 この季節になると天の円盤の日照量が減り、夜は非常に涼しくなって霧がでるようになる。
 だが、昼間の暖かさは相変わらずで、上空に輝く天の光は、いまも燦々とリーンの肌を焼いていた。


 リーンは後ろを振り返る。
 木の甲板の上に、アルメダの身体を収めた金の棺が置かれている。


 さらにその後方には、大量に詰まれた資材。
 そして魔術師と兵士達の姿。
 彼らはみな、何とも表現しがたい、微妙な表情をしている。


――本当に天への道などあるのか?
――我々には何も見えない……。


 そんな、彼らの心の声が聞こえてくるようだ。


「エイダ、俺だ」


 リーンは赤百合のバッチを取り出して言った。


『光の塔は見えていますか? 国王さま』


 すると、エイダの不安そうな声が返ってきた。


『本当に大丈夫なの? リーン』


 さらに、その隣から声をかけてきたのは、黒装束を着たメイリーだった。


「ああ。ばっちり大丈夫だ。もう少しで、大陸中のみんなをアっと言わせてやれるぜ」


 リーンは自信満々にそう答え、改めて湖の中央に目を向けた。


 そこには巨大な金色の螺旋階段が鎮座していた。
 湖の底から突き出して、天の彼方まで続いて行くその階段は、間違いなくリーンの視界の中にある。


「しばらく留守にしちまうが、後のことは頼んだぜ」


 リーンのその言葉を聞いて、通信映像の向こうにいる二人は、しばし顔を見合わせた。
 そして一瞬、何かを諦めたような顔をしてから、リーンに向かって言ってきた。


「国王さまなら、きっと奇跡を起してくれると信じているのですっ」
「後は私たちに任せてリーン。ちゃんとお姫様を天まで連れて行くのよ!」


 どうやら二人とも吹っ切れたようだった。


「ああ、任せろっ」


 それだけ言って、リーンは二人との通信を終えた。


「ファファファ。ようやく信じてもらえたようですなぁ、リーン国王」


 船団の指揮を担当している魔術師長のマジスが、その大きな体を揺すりながら歩み寄ってきた。


「ま、仕方ねえさ。俺以外のやつには全然見えてないんだろう?」
「いやはや、ワレにもまったく見えませんからな」
「どうして俺にだけ見えるんだぜ」
「さぁて。それもきっと、昇ってみればわかるのでしょう」
「そうだな。長い戦いになるけど、一つ宜しくたのむぜ、マジスのおっちゃん」
「ファファファ。どんとお任せあれ国王。こんなにも胸の高鳴る仕事は、本当に久しぶりですわ」


 船は、水面に白い飛沫をたてながら、湖の中央に向かって進んでいく。
 巨大な螺旋階段が湖面に接している部分が、いよいよ目前に迫ってきた。


 リーンは細かく指示を出して、最初の足場へと向かって船団を誘導していった。
 近づけば近づくほど、天へと続く螺旋階段は巨大なものになっていく。
 最終的に螺旋階段の径は、5隻の船団をすっぽりと覆いつくしてしまうほどになった。


 リーンは湖水の下に目を光らせた。
 階段は天上だけはなく、湖の底に向かっても続いているようだった。
 アルデシアの下部にあるとされる魔界に向かって、恐らくは続いている 
 世界を縦に貫通する螺旋階段。
 それこそが、リーンが今まで見てきた、光の塔の正体だったのだ。


 リーンは、程よい場所に船を停止させると、アルメダが眠る金の棺へと歩み寄った。


「行こうか、アルメダ」


 そしてその蓋を開けてアルメダの体を持ち上げる。
 齢14歳の小柄な王女は、真っ白な絹に包まれて、赤ん坊のように眠っていた。
 リーンは、王女を包んだ白絹を背中にたすき掛けにして、胸の前できつく結んだ。
 さらにロープを使って自分達の身体を縛って、絶対に体から離れないようにした。


「では国王、これを」


 マジスが銀色に輝く厚手の外套を持ってきた。
 そして、リーンとアルメダの体に被せた。
 天の円盤の日差しを防ぐために作られた、特別製の外套だった。


「ありがとう、マジス」
「ではリーン国王。ご武運を」


 リーンは最低限の食料と水を担ぐと、船の舳先から光の螺旋階段に向かって足を踏み出した。
 船の舳先が、階段の一部と完全に重なり合ってしまっている。
 まるで蜃気楼の中に船が頭を突っ込んでいるように、リーンには見えるのだった。


 もちろん、この船と階段の交差は、リーン以外の人間には見えていない。
 光の螺旋階段は、これだけ近づいても、他の者には見えないのだ。


「……ごくり」


 リーンは恐る恐る、階段の上に片足をのせた。
 そこには確かに階段があった。
 硬くてつるつるした感触が足裏に伝わってくる。
 まるでガラスを踏んでいるようだ。


「……よし!」


 間違いなくそこに階段があることを確かめたリーンは、さらにもう片方の足を持ち上げた。
 両足が完全に光の螺旋の上にのる。
 そしてリーンの体はついに、船の上から完全に浮き上がったのだ。


――おおおおおっ!


 船団からどよめきがあがった。


 浮いている。


 国王が宙に浮いている!


 リーンはそのまま、2歩3歩と階段を昇っていった。
 何もない空中に、螺旋を描くようにして上昇していく国王の姿を見て、船上の者達は次々と膝をついて天を仰いだ。


――奇跡だ!
――天への道は本当にあったんだ!
――見える……!
――見えないけど見えるぞ!
――本当に道が天まで続いている!


 どよめきはすぐに喝采に代わり、やがて大きな歓声となって湖上の空間を満たした。


「絶対に助けてやるからな……アルメダ!」


 背中で眠る王女にそう告げて、リーンはさらに足を踏み出した。


 多くの者達に見守られながら、赤百合の王がそらへと昇っていく。













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