ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

新王、憂慮する

 ジュア達と別れたリーンは、城の外に出て正規兵の訓練場へと向かっていた。


「だいぶ人が減ったなー」


 外城と、王宮の敷地をぐるりと囲む防壁。
 その間には、士官達や役人、兵士達が暮すための宿舎が並んでいる。
 だが、その宿舎の多くは、今はもぬけの殻だった。


 軍隊は再編され、兵数はおよそ3分の1になった。
 役人達も、役に立っていない者から順に次々と解雇された。
 いくつかの宿舎は、悪事を働いていた役人や士官を収容するための監獄に改修されていた。


 広大な訓練場も、今はすっかり閑散として、ただの広場になっていた。
 所々に建設資材が積み上げられている。
 その多くは石材だが、中には木材も見え隠れしている。
 訓練場の跡地には議事堂が建てられる予定だ。


「お、いたいた」


 その訓練場の片隅、武具庫の入り口の前で、数人の士官が立ち話をしていた。
 その中に、軍備再編のごたごたの中で一気に昇進してしまったバルザーの姿があった。


「やあ兄さん、ちょっといいかい?」
「はっ、国王さま。なんなりと」


 と言ってバルザーはその場に膝を付いて敬礼してきた。
 リーンは苦い顔をした。


「おいおい、勘弁してれよー」


 国王の座についたリーンではあったが、偉い人扱いされるのはとても嫌なのだった。


「普通にしてくれって命令しただろ!」
「……ふふ」


 バルザーはニヤリと笑って立ち上がった。
 どうやら、わざとやっていたようだ。


「人がわりーなー、兄さーん」
「少しは国王らしく振舞ってもらわなければ、こちらとしても困るからな。それで、何のようだ?」
「約束を果たしにきたんだ」
「約束?」
「なんだよ、忘れたのかよ。スノーフルまでの護衛を頼んだ時の約束だ」
「ああ、あれか」


 リーンは、剣の呪いを解くためにスノーフルへと向かった際、エルレンの警護をバルザーに頼んだ。
 その時にリーンは、バルザーと一戦交える約束をしていたのだ。


「今さらだな……」


 バルザーは困った顔をして言った。
 リーンが国王になってしまうとは、露にも思っていなかった時に交わした約束である。
 無理も無かった。


「ここんとこ、ずっと忙しかったらな。忘れてたわけじゃないんだぜ? 俺はこういうことはキチンとしておきたい性質なんだ」


 と言ってリーンは、バルザーと話をしていた士官達に目をやった。
 彼らはまだ、会釈すらしてきていない。


「なんなら、話が終わるまで待ってるけど?」
「いや、大した話ではない。大丈夫だ」
「んじゃ行くか。広場のど真ん中で盛大にやろうぜ」


 そしてリーンは、士官達に向かって手を振る。


「わりーな、じゃあ」


 そこでようやく彼らは、リーンに対して頭を下げてきた。


 
 * * *


 
「リーン。わかっていると思うが、お前の力を信じていない連中が、まだ沢山いる」
「ああ、そうなんだよなー。まいったぜ」
「俺もいまだに信じられないからな。お前が国王さまを倒したなどとは」
「まー、実際怪しいところなんだよな……」
「ん?」
「いや、なんでもないぜ。とにかく、一度ガツンと俺の実力を見せ付けなきゃならねーんだよな」
「そういうことだな。ん……?」


 二人が目を向けた先、訓練場の片隅に置いてある角材の上に、一人の老人が腰掛けていた。


「ふぉふぉふぉ。我が兵士達は、諸侯らを良く見張っておるかのう。ふぉふぉふぉ」


 そして、どこかうわ言のように、空に向かって呟いている。


「おっちゃーん……」
「国王さま……」


 二人はその老人を見て同時にため息をついた。


 それは旧国王だった。
 王冠を外し、赤い豪奢な外套をも脱ぎ捨てた王は、もはやただの髭もじゃの老人だった。


「やあ、国王のおっちゃん」


 リーンは国王の側まで歩いていく。


「散歩かい?」
「ふぉふぉふぉ。これはこれは。勇者リーンと、その仲間のバルザーではないか。こんな所で何をしておるのじゃ?」
「いまから訓練しようと思ってさ」
「訓練であるか。ふぉふぉふぉ。訓練も良いが、それよりもはやく魔界に行って魔物どもと戦ってくるのじゃ。実戦こそなによりの訓練なのじゃ。ふぉふぉふぉ」
「ああ、そうだなおっちゃん。その通りだぜ」


 そう言って微笑むリーン。
 その後ろに控えるバルザーは沈んだ表情だ。


「ううむ……」


 歯を食いしばって、瞳の奥から込み上げてくるものを必死に抑えるバルザー。
 その肩をリーンが叩く。


「なあバルザー、せっかくだから国王のおっちゃんに見てもらおうぜ? 俺たちの訓練」
「……ああ、そうだな。国王さま。お願いできますでしょうか」


 バルザーがそう言うと、旧国王はニコリと笑って答えた。


「しかたないのぉ。お主らはワシが見ておらんとなんにも出来んのじゃから」


 国王は立ち上がると、訓練場の真ん中にむかって歩いていく。
 リーンとバルザーもそれに続く。


 あの一戦以来、国王はすっかり恍惚となってしまった。
 自分は未だ国王の座にあると信じ、あちらこちらをフラフラと歩き回っては、指揮を取ろうとしているのだ。


 すっかり減ってしまった兵士達は、みな遠くに遠征したと思いこんでいる。
 本城の崩壊は、自分が過ってアルメダを暴走させてしまったからだと思い込んでいる。


 しかし特に害はないので、誰もその国王の妄想を否定しない。
 本人が満足ならそれで良いのだろうと、城の者達は考えているのだ。


「この辺でよいかの」


 20歩ほど進んで国王は立ち止まった。
 そして、リーン達の方を振り向いてくる。
 厳しい顔で二人を見据え、頃合を見計らって右手を振り上げた。


「それでは双方、剣を抜けい!」
「おうよっ!」
「ははぁ!」


 リーンとバルザーは、その合図に従って剣を抜いた。
 距離をとって対峙する。


「はじめーい!」


 国王の号令とともに、二人は一気に間合いをつめた。


「うおおおおお!」
「とあああああ!」


 剣と剣がぶつかり合う軽快な音が、訓練場に響き渡った。


 
 * * *


 
 魔法抜きの真剣勝負で、リーンに勝ち目があるわけがなかった。
 そこそこ良い勝負にはなったが、あと一踏みが足りない。
 結局三度戦って、三度ともボコボコにされてしまった。


「ふぉっふぉっふぉ。まだまだ修行がたりんのー、勇者よ。ということで、ワシは忙しいのでもう行くぞよ。それじゃーのー」


 と言って元国王の老人は、機嫌が良さそうにどこかに行ってしまった。


「イテテ……すっかりやられちまったぜ」
「お前は本当に国王さまを倒したのか?」


 老人を見送りつつ、首を傾げるバルザー。
 だが彼は、剣の力だけが人の強さではないこともわかっていた。


「だが、倒したのだろうな……」
「魂の力さ」
「魂だと?」
「そうだ。技も力も負けてたけど、魂の力だけは勝ってたんだ。たぶん、それが勝因だな」
「なるほどな」


 リーンは足についた土ぼこりをはらって、肩をぐるぐると回した。
 そして、天の円盤を見上げる。
 その光の色調は、そろそろ夕時であることを示していた。


「んじゃ、ちょっとエイダのこと行って来るわ」
「ああ、大変だな」
「まあ、これでも国王だからな! あんがとよ、手合わせしてくれて」
「ふん、こちらこそだ、国王」


 ぶっきら棒な別れの挨拶を交わして、リーンは訓練場を後にする。


 そしてリーンは、訓練場から程近い、士官宿舎の立ち並ぶ区画に向かった。
 そこは元々、位の高い士官達が暮していた区域で、会議場などもある場所だ。
 だが今は、そこに住んでいた者達はみな立ち退いている。
 この場所は、議事堂が出来るまでの間の、仮設議場として使われる予定だ。


――ゴンゴンゴン
――ドルルルルルルルッ!


 金槌や魔導ドリルの音が響き渡る。
 士官宿舎の一つが議場に改修されている。 
 その工事現場の片隅に、純白のローブに鉄兜という姿のエイダがいた。


「おーい、エイダー」
「あ、国王さまなのですー」


 エイダはリーンの方を向くと、手を振って答えてきた。
 安全のためにかぶっている鉄兜が、おそろしく似合っていない。
 胸元には『5』の番号が振られた赤百合のバッチがつけられている。
 エイダもまた、リーンのハーレムの一員なのだった。


「調子はどうだい?」
「上々なのですっ。この分だと、来週には最初の議会を開けそう」
「そうかそうか。それにしてもスゲーな。この辺の工事は、殆どエイダ一人で仕切ってるんだろ?」
「そんなことないのですー。お父様とメイリーちゃんにも手伝ってもらってるのですっ」
「なんか任せっきりでわるいなー。俺は政治とかそういう小難しいことはわからねーからさ」
「大丈夫ですよリーン。パンはパン屋さんと言うではないですか」
「まっ、そうなんだけどな。俺に出来ることは、みんなの力を信じてお願いすることだけだぜ」


 エイダは宰相の地位についていた。
 旧国王が一切の魔力を失ったため、彼女は現在、アルデシア最強の魔術師なのだ。
 その強大な魔力を後ろ盾に、有無を言わさぬ力技で、官僚機構を一気に再編してしまった。
 役に立っていない役人は、適当な退職金を掴ませて追放し、有能な人物を大陸各地から次々と登用した。
 無駄な地位やら肩書きやらをバッサリ切り落として、リーンを中心とする効率的な行政の仕組みを作り上げたのだ。
 そして今は、アルデシア大陸初の国民議会を開催すべく、各地の有力者達との交渉を進めているところなのだった。


「そうそうリーン。憲法の草案が出来たから目を通しておいて欲しいのです」


 と言ってエイダは、懐からスクロールを取り出してリーンに渡した。
 その巻物の太さから言って、相当な文章量だ。


「まじかっ! いつ寝てるんだよエイダ!」


 リーンはその巻物をざっと開いて目を通す。


「どれどれ……国王は国家の元首であり、アルデシアにおける全ての統治権を有する……。うわっ、なんか俺スゲー偉そう!」
「実際偉いのですー。リーンは憲法が許す限り、どんなことでも出来ちゃうのです!」


 リーンはクルクルとスクロールを回して条文を読み進めていくが、とても一日では読みきれない量だった。


「ひとまず、もって帰ってゆっくり読むぜ」
「ちゃんと頭に入れておかないと、あとで困ったことになるのです。しっかり読んでおくのですっ」


 まさに、獅子奮迅の活躍のエイダだった。


「ところで国王さま。またちょっと、一筆書いていただきたいのです」
「おお、またお金を刷るのか? 大丈夫かよー、あんなに紙切ればら撒いちまって」
「大丈夫なのです。インフレにならないよう、ちゃんと計算しているのですっ。担保の領地もまだまだいっぱい余っているのでーす」
「うーん、何だかよくわかんねーけど、エイダが言うなら大丈夫なんだろうな!


 リーンはポケットから一枚の紙幣を取り出す。
 それにはリーンの肖像画が印刷されていて、1万ルコピーと記されている。


「城の領地に埋まってる財宝を担保にするなんて、俺には一生かかっても思いつかないことだぜ。そんなもん、本当に埋まってるのかよ」
「紙幣の価値が下がったら、国王様が頑張って掘り起こすのですよ?」
「その有るのか無いのかわからない財宝で、この紙切れの価値を保証するんだろ? 何度聞いても詐欺みてえな話だぜ……」
「お金は不思議なのですっ」


 と言ってエイダは、えっへんと胸を張った。


「んで、金がいるってことは、また大量に人を処分するってことなんだな?」
「そうなのです。お金を積んで辞めてもらっちゃいますっ。名付けて『金の落下傘』作戦なのです!」
「でも、城の役人達はもう随分減らしたんだろ?」
「今度は大陸中のお役人さんの首を切るのです。なんだかんだで実権を握っている旧貴族の人達にも手を引いてもらいますっ」
「大陸中か。こりゃまた大きくでたもんだな」
「これからは中央集権の時代なのです。アルデシアには200以上の領土区分があって、徴税の仕方もバラバラなのです。これを4分の1くらいにすっきり統合して、効率の良い仕組みに作りかえるのです。長い戦いになるのです」
「本当の意味で、アルデシアを一つにするんだな。今までは国王のおっちゃんが力ずくでまとめていたのを、もっとうまく出来るようにするんだ」
「なのですっ。そのためにエイダは、この命を捧げるつもりなのです!」


 と言ってエイダは、胸の前でキュッと拳を握って、ニッコリと微笑んだ。
 のちに彼女は、情け容赦ない改革を実行した者として、氷の宰相と呼ばれるようになる。


「うーん。俺にも何か出来ることはないのか?」
「もちろんあるのです」
「言ってくれ。何だってやってやるぜ」
「でも、ちょっと言いにくいことなのですー」
「気にしないで言ってくれよ。というかな、それとなくわかってるんだ」
「そうなのです?」
「ああ、きっと俺の人望の問題なんだろう?」


 エイダは満足げにニンマリ微笑むと、リーンの頭をよしよしと撫でた。


「さっくり言ってしまうと、そういうことなのです。まだリーンのことを国王だと認めていない人が沢山いて、交渉の障壁になっているのです。どうにかして、リーンの実力を世に知らしめる必要があるのですよ」
「うん、まあ、そんなこったろうと思ってたぜ」
「もしかして、何か考えがあるのですか? リーン」
「うーん、まあな……」


 そこでリーンは、何か物を想うようにして天の円盤を見上げた。
 ぼちぼち日が暮れそうだ。


「もう少し考えさせてくれ。近いうちに教えるよ。かなりやばいアイデアなんだ」
「それは楽しみなのです! エイダも何か良い方法がないか考えておくのです」


 そしてリーンはその場を後にする。
 続いて向かった先は、城下町の方面だった。















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