ガチ百合ハーレム戦記
乱舞、祭壇の間の戦い
「くらえええぇぇぇぇ!」
スプレンディアの白熱した刀身から、天を焦がさんばかり炎が噴き出した。
祭壇の間に満ちる闇の霧を切り裂いて、部屋の隅々まで明るく照らす。
リーンはその渾身の一撃を、国王の懐めがけて打ち込んだ。
「ふぉっふぉ!」
――ギイイィィィン!
「なに!?」
だが突如、空間に鋭い音が鳴り響いた。
スプレンディアの刀身が見えない障壁に受け止められている。
国王の髭先ほどの位置に、魔法防壁が展開されているのだ。
紙よりも薄く、金剛石よりも強靭な光の壁が、リーンの渾身の一撃をやすやすと防いでいる。
「ぐううううっ!」
刀身と国王の髭先の間には、指三本分ほどの隙間しかない。
あと一押しで、そのもじゃもじゃとした白髭を、くるくるパーマに出来そうな距離である。
だがリーンがどんなに押し込んでも、スプレンディアは一寸たりとも先へと進まなかった。
「所詮その程度か、勇者よ」
凄まじい熱量がリーンの全身から噴き出し、国王が展開している魔法防壁にぶつかって、両脇に突き抜けていく。
さながらその光景は、スプレンディアを中心として灼熱の翼が開いているようだった。
常人ならば近づくことさえ困難な状況の中、国王は涼しげな顔で言う。
「こんなもん、鼻をほじりながらでも防げるわい」
「うぜええええ!」
リーンはさらに魔力を高めた。
今度はスプレンディアの切っ先を国王に向けて、腰溜めにして突き出した。
すべての威力が剣先の一点に集中し、ドリルのように魔法防壁を穿ち始める。
激しい火花が周囲に飛び散る。
「そうまでして王位が欲しいか、リーンよ」
「あったりめえだぜ!」
「王位とは、そなたが思うほど良いものではないぞよ? 文句を言われることはあっても、褒められることはまず無いのじゃ。おまけに始終、命を狙われる」
「そりゃアンタに人徳がねえからだ!」
「ふぉふぉふぉっ、手厳しいのう」
ひらり。
国王のかざした手の平に、鋭い閃光が走った。
それと同時に、魔法防壁全体が爆発した。
――ドゴォォォーン!
「うおっ!!?」
リーンは咄嗟に剣を引き、刀身に渦巻いている炎の力で、防壁の爆発力を相殺した。
その反動で、リーンの身体は大きく後ろに飛ばされる。
すると次に国王は、リーンが着地したところを狙って、無数の光球を飛ばしてきた。
――ズババババババババババババババババババババ!!
「げえっ!?」
リーンは咄嗟に飛び退いた。
その直後、夥しい量の光球が殺到し、床にあたって盛大な火柱の群と化した。
一瞬にして視界が炎一色になる。
「うわわわわっ!」
リーンはコオロギのように地を跳ねて、次々と襲い来る魔法の光球をかわしていく。
一つ一つが即死級の威力だ。
身体強化の魔法は常時使用状態。
にもかかわらず、リーンは国王の攻撃をかわすので精いっぱいだった。
「じれったいのぉー」
しかし国王は、片手で光球を乱発しながらあくびをするほどの余裕だ。
「外なら一瞬で片付けられるのじゃが」
呑気なことを言いつつも、国王の攻撃は休まることがない。
リーンは飛んだり跳ねたり宙返りしたりと、祭壇の回りをグルグルと逃げ回る。
国王の全力の攻撃は、ともすれば城ごと吹き飛ばしてしまう威力がある。
故にこうして、小規模の攻撃を連続して行っている。
「遊んでんじゃねーぞ! こらー!」
「これ以上強い魔法を使うと、祭壇の間が壊れてしまうのじゃー」
反撃の機会を伺うも、光球による猛攻を前に手も足もでない。
まさに、生かさず殺さずの状態。
国王はこのままジリジリとリーンを疲弊させ、なぶり殺しにするつもりなのだ。
「ゴーンよ、あの者達の相手でもしておれ。ちと時間がかかりそうじゃ」
「はっ、国王様」
あちらこちらで火柱が上がる中、宰相ゴーンは悠々と祭壇の下に降りて、ゲンリ達と向かい合った。
その手に紫電を滾らせつつ、凄みをきかせて言う。
「あの娘の次は貴公らだ。黙って見ておれば、まだしばらくは生きられるぞ?」
「黙って見ているはずがありません!」
ゲンリが咆える。
「ギリアムさま、エイダさま、宰相は私が引き受けますので、リーンの援護を!」
「しかしゲンリ!」
「このオジサンはどうみてもゲンリ君より強いの!」
「わかっておりますっ! しかしこの状況、国王を倒せなければ全て終わりです!」
ギリアムとエイダはしぶしぶ頷いた。
そして、無数の火柱の中で懸命に回避行動をつづけるリーンの元へと走っていった。
「くくく、灰色如きが、舐められたものだ」
ゴーンは暗黒の雷を両手に滾らせて、ゲンリに迫ってきた。
「足止めくらいでしたら、何とでも出来ます!」
ゲンリもまた、その両手に光の雷をまとわせる。
「ならば試してみようぞ!」
「望むところ!」
ゴーンは両手の紫電を突き出す。
ゲンリはその両手をそのまま受ける。
「ぬうううううん!」
「はああああああ!」
そのまま両者は手四つに組んで、魔力比べの状態に入った。
* * *
国王はさらに光球の連射速度を上げた。
秒間32発の猛攻撃で、リーンの視界が真っ白に染まる。
「こなくそー!!」
流石にかわしきれなくなったリーンは、スプレンディアを振るって光球を弾き始めた。
紅蓮の炎を纏った刀身を削るようにして、光球が後方に突き抜けていく。
「器用な娘じゃ」
面倒くさそうな顔でそう言って、国王はさらに一発一発の威力を上げる。
リーンの全身にかかる負荷が、さらに凄まじいものになった。
無数の光球のプレッシャーに、今にも膝から崩れ落ちそうだ。
だが、ここで体勢を崩せば一貫の終わりである。
リーンは全神経を研ぎ澄ませ、全身全霊でもって国王の猛攻をしのぎ続ける。
「うおおおおおおおお!!」
スプレンディアに進路を反らされた光球が、リーンの背後に着弾して途切れることない爆発を続けている。
このままでは、とてもじゃないがもたない。
リーンは打開策を必死に考える。
――なにか弱点はないのか!
何か一つくらいあるはずだ。
いかに一人で一国の軍隊に相当する力を持つとはいえ、国王も人の子であることに変わりは無いのだから。
「…………はっ!」
その時、リーンの脳裏に稲妻のような閃きが走った。
――国王のおっちゃんは、魔力でゴリ押しするようなことばかりしてくる……なんでだ?
どうしようもない威力の、国王の飽和攻撃。
だがその攻撃力こそが、実は国王の最大の弱点を示しているのではないか。
リーンはそこに思い至った。
「ふぉふぉふぉー、いつまでもつかのうー?」
なおも攻撃は続いている。
スプレンディアの刀身が纏っている炎の渦が、どんどんそぎ落とされていく。
リーンの集中力と体力も、そろそろ限界に達しようとしていた。
――なんとか前に進めねえか……!?
必死にその方法を探るが、今は国王の攻撃をしのぐことで精いっぱいだった。
「リーン!」
その時、エイダの声が響いた。
『アブリミ・アイサ・カレット!』
-無尽氷結小板-
詠唱とともに、リーンの前方に無数の氷の板が発生する。
そして、国王の光球を次から次へと防ぎ始めた。
「エイダ!」
光球を防いだ氷板は、爆散して氷片と水蒸気になる。
エイダは、秒間32連発の猛攻をさらに上回る速度で氷の板を展開し、その無数の盾でリーンを守る。
度重なる連続爆発で、リーンと国王の間の空間が、瞬く間に爆炎の花束で埋め尽くされた。
「おお、なにも見えんくなってしもうたわ」
攻撃対象を見失った国王。
だが、その表情に変化はなかった。
「じゃが、打ちまくっておればそのうち当たるじゃろ」
そう言って、さらに光球の数を増やした。
秒間48連発だ。
「エイダ!」
氷片と水蒸気と爆発による大輪の花が咲き誇っている中、リーンはエイダに声をかけた。
「考えがある! あとどれだけもつ!?」
「せいぜい一分なのですっ!」
エイダの目は糸のように細くなっていた。
眉間にもシワがよっている。
精神に相当な負荷がかかっているようだ。
「一か八か、祭壇に登ってみる! おっちゃん、あの祭壇だけは壊したくないみたいなんだ!」
エイダはもはや返事をする余裕もなく、ひたすら国王の猛攻を防ぐことに神経を集中していた。
視界が殆ど無い中、雨のように降り注ぐ国王の光球を抜けて祭壇に上がることは、絶望的に困難な作戦と言えた。
だが、他にこの状況を打破する方策はなかった。
――国王のおっちゃんは、きっと単純な魔法しか使えない。
相手を眠らせたり、身動きを封じたり、混乱させたり。
そういった特殊な魔法は、恐らく使えない。
リーンは、それこそが国王の弱点だと予想した。
ならば、祭壇の上に登ってしまえば、うかつに攻撃してこれなくなるだろう。
自らの絶大な魔力によって、己の魔力の貯蔵庫たる祭壇を、破壊してしまうことを恐れて。
「むおおおっ!」
「うおぉ?!」
そこに、ギリアムが老体に鞭打って転がり込んできた。
「ゲッフ、ゲッフ! ひどいものだ!」
「無茶すんな爺さん!」
「まだ爺さんと呼ばれるほどは老いとらん! それよりもリーン、あの祭壇に登るのだな?」
「そうだ、時間がねえ!」
今はエイダ一人で耐えている。
早くなんとかしなければ。
「聞けリーン! これよりお前に神経加速の術をかける」
「神経加速?!」
「一時的に極限の反射速度で動けるようになる。そこに貴君の身体強化魔法を重ねるのだ!」
「わかった、すぐにやってくれ!」
「一つだけ注意するのだ。術が切れた瞬間にひどい眩暈に襲われる。だが、その眩暈に抵抗しようとするな。放っておけば治るが、抵抗すれば泥沼にはまる。そうなったら終わりだ、良いな?!」
そこまで説明すると、ギリアムはリーンの返事も待たずに詠唱した。
『ナーブ・エレキス・テレクルス!』
-神経光気励起-
「おおおっ!!?」
瞬間、リーンの神経活動が急加速を始めた。
激しい耳鳴りがして、こめかみに鋭い痛みが走った。
眼球が勝手にグルグル回り、鼻からきつい臭いがツーンときて、無性に涙が流れてきた。
舌先もビリビリ痺れている。
全身の皮膚があわ立って、かすかな空気の振動さえも感じられるようになった。
全身の感覚器が極限まで鋭敏化していく。
思考回路が加速を始め、周囲の動きが非常にゆっくりと感じられるようになっていく。
目の前で繰り広げられている、光球と氷片と爆発の演舞も、その一つ一つがしっかりと目で追えるようになっていく。
リーンはその視線をエイダに向けようとした。
そして己の身体に、えもいわれぬ違和感を感じた。
――体が重い!!
加速された神経活動に、肉体がまったく追いついてこない。
まるで無数の鉛の重石が、髪の毛の一本一本にぶら下がっているかのようだ。
リーンは渾身の力をこめてエイダの方に顔を向けた。
戦闘の最中にあるエイダは、爆風にあおられて、その短い黒髪を激しくはためかせている。
だが今のリーンには、その一本一本の毛先のうごきさえ、手に取るようにわかった。
その表情の色から、あとどれだけエイダが持ち応えられるかもわかった。
あのエイダでも、あれほど追い詰められた顔をするのだなと、この時リーンは思った。
もう、時間は殆どなかった。
――ゆけっ! 勇者よ!
隣にいたギリアムの視線から、意志の波動が飛んでくる。
彼は早くもエイダの援護に向かう構えだ。
両手を前に突き出しつつ、口元の筋肉に力を入れて何かの詠唱を始めようとしている。
リーンもまた詠唱した。
鉛のように重くて、精神の動きにまったくついてこれない体に、ありったけの炎を吹き込むために。
『ジオ・エンデ・イン・エクスパー・グレイバー!』
-獰猛なる炎よ、我が身の内で爆ぜ狂え-
極大身体強化魔法。
リーンの全身から灼熱の炎が噴き出す。
限界まで加速された神経で、限界まで強化された肉体を駆動する。
物理の限界ギリギリまで肉体を酷使して、リーンは爆風轟く戦場へと一直線に飛び込んでいった。
「――ォォォぉぉぉぉオオオおおおおおお!!」
リーンは稲妻のように、秒間48連発の猛烈な弾幕の隙間を潜り抜ける。
骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげ、靭帯が引きちぎれそうになる。
限界のギリギリの応力を身体の各所に負荷させながら、地面すれすれをジグザグに跳躍していく。
国王の放つ光球を紙一重で回避しながら、リーンは一瞬にして祭壇の一段目に到達した。
「ふぉっ!?」
爆風を抜けて突如足元に現れたリーンを見て、国王は目を見開いた。
「なんと!」
とっさにリーンに向けて光の防壁を展開する。
だが、次の瞬間にはすでに、リーンは祭壇の反対側にまわっていた。
――余裕ぶっこいてる奴は大抵負けるんだ!
リーンは祭壇の反対側から跳躍した。
灼熱の光とかした勇者の体が、一直線に祭壇の最上段へと突き抜ける。
黄金の棺のある場所へと突き刺さるようにして。
だが、空中では方向転換がきかない
いかに神経と身体を限界まで加速させようとも、空中では身動きが取れないのだ。
「させぬわあ!」
リーンの手が、あとほんの一刹那で黄金の棺に届こうとしたとき、国王の指先から放たれた5筋の光線が、リーンの胸元を襲った。
光の速度で放たれたその攻撃は、神経を加速していたリーンでさえ視認は不可能だった。
『エンデ・バルスト!』
-大爆炎-
――ドドーン!!
しかしリーンは読んでいた。
前方に爆炎を放って進路を変える。
加えて、国王の視覚からも逃れた。
そしてフワリと身体が舞い上がったところで、こんどは天井に向かって再度爆炎を放つ。
――バババーン!!
全身が急激に下方へと加速され、リーンの身体は打ち付けられるようにして、二つある黄金の棺の間に着地した。
リーンの放った二発の爆炎魔法は、傍から見れば一発にしかみえなかっただろう。
爆発が起きた次の瞬間、気付けばリーンは祭壇の上にいた。
周囲の者の目にはそう見えただろう。
「はあ……はあ……はあ……」
リーンの全身はボロボロになっていた。
限界まで酷使したその肉体は、いまにもクズ肉と化してしまいそうだった。
リーンは歯を食いしばって身体を起し、黄金の棺の陰に身を隠しつつ、鋭い目つきで国王をにらみつけた。
「ふほほ、そうきたかリーンよ……」
国王は真面目な顔になっていた。
よもや弾幕を抜けて祭壇の上に陣取るとは思ってもいなかったのだ。
「なかなか楽しませてくれるわ」
――あたりまえだぜ!
そうリーンは口にしようとするが、出来なかった。
限界まで加速されている思考に、口の動きが追いつかないのだ。
――ここで負けたら、全部終わりだ! だから、負けられねえ!
代わりに、炎をギラギラと滾らせた瞳で国王を睨む。
ここで負けたら全て終わりである。
宿のみんなも、グリムリールの娘達も、リーンがこれまで世話になってきた全ての者達が、国王の手によって抹殺されてしまうだろう。
だから、絶対に負けることはできないのだ。
「――――ぐっ!?」
そこで、リーンにかけられていた神経加速の術がきれた。
神経の働きが正常な速度に戻るにあたって、強烈な眩暈が発生した。
体をグルグル回している間は目は回らないが、その回転を止めた途端に猛烈な平衡感覚のブレに襲われる。
今リーンの体で起っていることは、それを何十倍にも強力にしたような現象だった。
「うぁ……、うががが……」
腹の底が、胃袋に重石をいれられたように重くなり、逆に意識は、頭に羽が生えたようにふわふわと、リーンの身体の中から浮かび上がろうとする。
加えて、先ほど強烈なジグザグ運動をした際に、三半規管が揺さぶられ、方向感覚がまったくといっていいほど失われている。
リーンは今、自分の頭が上にあるのか下にあるのかさえわからない。
あたかも、立ったまま逆立ちをしているような気分だった。
「……ぐううう!」
リーンは棺の陰に身を隠し、静かにその場に片膝を付く。
体の異変に気付かれないよう、その目だけはギラギラと国王に向けている。
「ふぉふぉふぉ、そこに立たれてしまうと、ワシは攻撃できんのじゃ。困ったのう」
予想通りだった。
国王は単純な魔法攻撃しか出来ないのだ。
――大丈夫だ、まだ勝ち目はある。
そう思いながら、リーンは必死で眩暈が引くのを待った。
スプレンディアの白熱した刀身から、天を焦がさんばかり炎が噴き出した。
祭壇の間に満ちる闇の霧を切り裂いて、部屋の隅々まで明るく照らす。
リーンはその渾身の一撃を、国王の懐めがけて打ち込んだ。
「ふぉっふぉ!」
――ギイイィィィン!
「なに!?」
だが突如、空間に鋭い音が鳴り響いた。
スプレンディアの刀身が見えない障壁に受け止められている。
国王の髭先ほどの位置に、魔法防壁が展開されているのだ。
紙よりも薄く、金剛石よりも強靭な光の壁が、リーンの渾身の一撃をやすやすと防いでいる。
「ぐううううっ!」
刀身と国王の髭先の間には、指三本分ほどの隙間しかない。
あと一押しで、そのもじゃもじゃとした白髭を、くるくるパーマに出来そうな距離である。
だがリーンがどんなに押し込んでも、スプレンディアは一寸たりとも先へと進まなかった。
「所詮その程度か、勇者よ」
凄まじい熱量がリーンの全身から噴き出し、国王が展開している魔法防壁にぶつかって、両脇に突き抜けていく。
さながらその光景は、スプレンディアを中心として灼熱の翼が開いているようだった。
常人ならば近づくことさえ困難な状況の中、国王は涼しげな顔で言う。
「こんなもん、鼻をほじりながらでも防げるわい」
「うぜええええ!」
リーンはさらに魔力を高めた。
今度はスプレンディアの切っ先を国王に向けて、腰溜めにして突き出した。
すべての威力が剣先の一点に集中し、ドリルのように魔法防壁を穿ち始める。
激しい火花が周囲に飛び散る。
「そうまでして王位が欲しいか、リーンよ」
「あったりめえだぜ!」
「王位とは、そなたが思うほど良いものではないぞよ? 文句を言われることはあっても、褒められることはまず無いのじゃ。おまけに始終、命を狙われる」
「そりゃアンタに人徳がねえからだ!」
「ふぉふぉふぉっ、手厳しいのう」
ひらり。
国王のかざした手の平に、鋭い閃光が走った。
それと同時に、魔法防壁全体が爆発した。
――ドゴォォォーン!
「うおっ!!?」
リーンは咄嗟に剣を引き、刀身に渦巻いている炎の力で、防壁の爆発力を相殺した。
その反動で、リーンの身体は大きく後ろに飛ばされる。
すると次に国王は、リーンが着地したところを狙って、無数の光球を飛ばしてきた。
――ズババババババババババババババババババババ!!
「げえっ!?」
リーンは咄嗟に飛び退いた。
その直後、夥しい量の光球が殺到し、床にあたって盛大な火柱の群と化した。
一瞬にして視界が炎一色になる。
「うわわわわっ!」
リーンはコオロギのように地を跳ねて、次々と襲い来る魔法の光球をかわしていく。
一つ一つが即死級の威力だ。
身体強化の魔法は常時使用状態。
にもかかわらず、リーンは国王の攻撃をかわすので精いっぱいだった。
「じれったいのぉー」
しかし国王は、片手で光球を乱発しながらあくびをするほどの余裕だ。
「外なら一瞬で片付けられるのじゃが」
呑気なことを言いつつも、国王の攻撃は休まることがない。
リーンは飛んだり跳ねたり宙返りしたりと、祭壇の回りをグルグルと逃げ回る。
国王の全力の攻撃は、ともすれば城ごと吹き飛ばしてしまう威力がある。
故にこうして、小規模の攻撃を連続して行っている。
「遊んでんじゃねーぞ! こらー!」
「これ以上強い魔法を使うと、祭壇の間が壊れてしまうのじゃー」
反撃の機会を伺うも、光球による猛攻を前に手も足もでない。
まさに、生かさず殺さずの状態。
国王はこのままジリジリとリーンを疲弊させ、なぶり殺しにするつもりなのだ。
「ゴーンよ、あの者達の相手でもしておれ。ちと時間がかかりそうじゃ」
「はっ、国王様」
あちらこちらで火柱が上がる中、宰相ゴーンは悠々と祭壇の下に降りて、ゲンリ達と向かい合った。
その手に紫電を滾らせつつ、凄みをきかせて言う。
「あの娘の次は貴公らだ。黙って見ておれば、まだしばらくは生きられるぞ?」
「黙って見ているはずがありません!」
ゲンリが咆える。
「ギリアムさま、エイダさま、宰相は私が引き受けますので、リーンの援護を!」
「しかしゲンリ!」
「このオジサンはどうみてもゲンリ君より強いの!」
「わかっておりますっ! しかしこの状況、国王を倒せなければ全て終わりです!」
ギリアムとエイダはしぶしぶ頷いた。
そして、無数の火柱の中で懸命に回避行動をつづけるリーンの元へと走っていった。
「くくく、灰色如きが、舐められたものだ」
ゴーンは暗黒の雷を両手に滾らせて、ゲンリに迫ってきた。
「足止めくらいでしたら、何とでも出来ます!」
ゲンリもまた、その両手に光の雷をまとわせる。
「ならば試してみようぞ!」
「望むところ!」
ゴーンは両手の紫電を突き出す。
ゲンリはその両手をそのまま受ける。
「ぬうううううん!」
「はああああああ!」
そのまま両者は手四つに組んで、魔力比べの状態に入った。
* * *
国王はさらに光球の連射速度を上げた。
秒間32発の猛攻撃で、リーンの視界が真っ白に染まる。
「こなくそー!!」
流石にかわしきれなくなったリーンは、スプレンディアを振るって光球を弾き始めた。
紅蓮の炎を纏った刀身を削るようにして、光球が後方に突き抜けていく。
「器用な娘じゃ」
面倒くさそうな顔でそう言って、国王はさらに一発一発の威力を上げる。
リーンの全身にかかる負荷が、さらに凄まじいものになった。
無数の光球のプレッシャーに、今にも膝から崩れ落ちそうだ。
だが、ここで体勢を崩せば一貫の終わりである。
リーンは全神経を研ぎ澄ませ、全身全霊でもって国王の猛攻をしのぎ続ける。
「うおおおおおおおお!!」
スプレンディアに進路を反らされた光球が、リーンの背後に着弾して途切れることない爆発を続けている。
このままでは、とてもじゃないがもたない。
リーンは打開策を必死に考える。
――なにか弱点はないのか!
何か一つくらいあるはずだ。
いかに一人で一国の軍隊に相当する力を持つとはいえ、国王も人の子であることに変わりは無いのだから。
「…………はっ!」
その時、リーンの脳裏に稲妻のような閃きが走った。
――国王のおっちゃんは、魔力でゴリ押しするようなことばかりしてくる……なんでだ?
どうしようもない威力の、国王の飽和攻撃。
だがその攻撃力こそが、実は国王の最大の弱点を示しているのではないか。
リーンはそこに思い至った。
「ふぉふぉふぉー、いつまでもつかのうー?」
なおも攻撃は続いている。
スプレンディアの刀身が纏っている炎の渦が、どんどんそぎ落とされていく。
リーンの集中力と体力も、そろそろ限界に達しようとしていた。
――なんとか前に進めねえか……!?
必死にその方法を探るが、今は国王の攻撃をしのぐことで精いっぱいだった。
「リーン!」
その時、エイダの声が響いた。
『アブリミ・アイサ・カレット!』
-無尽氷結小板-
詠唱とともに、リーンの前方に無数の氷の板が発生する。
そして、国王の光球を次から次へと防ぎ始めた。
「エイダ!」
光球を防いだ氷板は、爆散して氷片と水蒸気になる。
エイダは、秒間32連発の猛攻をさらに上回る速度で氷の板を展開し、その無数の盾でリーンを守る。
度重なる連続爆発で、リーンと国王の間の空間が、瞬く間に爆炎の花束で埋め尽くされた。
「おお、なにも見えんくなってしもうたわ」
攻撃対象を見失った国王。
だが、その表情に変化はなかった。
「じゃが、打ちまくっておればそのうち当たるじゃろ」
そう言って、さらに光球の数を増やした。
秒間48連発だ。
「エイダ!」
氷片と水蒸気と爆発による大輪の花が咲き誇っている中、リーンはエイダに声をかけた。
「考えがある! あとどれだけもつ!?」
「せいぜい一分なのですっ!」
エイダの目は糸のように細くなっていた。
眉間にもシワがよっている。
精神に相当な負荷がかかっているようだ。
「一か八か、祭壇に登ってみる! おっちゃん、あの祭壇だけは壊したくないみたいなんだ!」
エイダはもはや返事をする余裕もなく、ひたすら国王の猛攻を防ぐことに神経を集中していた。
視界が殆ど無い中、雨のように降り注ぐ国王の光球を抜けて祭壇に上がることは、絶望的に困難な作戦と言えた。
だが、他にこの状況を打破する方策はなかった。
――国王のおっちゃんは、きっと単純な魔法しか使えない。
相手を眠らせたり、身動きを封じたり、混乱させたり。
そういった特殊な魔法は、恐らく使えない。
リーンは、それこそが国王の弱点だと予想した。
ならば、祭壇の上に登ってしまえば、うかつに攻撃してこれなくなるだろう。
自らの絶大な魔力によって、己の魔力の貯蔵庫たる祭壇を、破壊してしまうことを恐れて。
「むおおおっ!」
「うおぉ?!」
そこに、ギリアムが老体に鞭打って転がり込んできた。
「ゲッフ、ゲッフ! ひどいものだ!」
「無茶すんな爺さん!」
「まだ爺さんと呼ばれるほどは老いとらん! それよりもリーン、あの祭壇に登るのだな?」
「そうだ、時間がねえ!」
今はエイダ一人で耐えている。
早くなんとかしなければ。
「聞けリーン! これよりお前に神経加速の術をかける」
「神経加速?!」
「一時的に極限の反射速度で動けるようになる。そこに貴君の身体強化魔法を重ねるのだ!」
「わかった、すぐにやってくれ!」
「一つだけ注意するのだ。術が切れた瞬間にひどい眩暈に襲われる。だが、その眩暈に抵抗しようとするな。放っておけば治るが、抵抗すれば泥沼にはまる。そうなったら終わりだ、良いな?!」
そこまで説明すると、ギリアムはリーンの返事も待たずに詠唱した。
『ナーブ・エレキス・テレクルス!』
-神経光気励起-
「おおおっ!!?」
瞬間、リーンの神経活動が急加速を始めた。
激しい耳鳴りがして、こめかみに鋭い痛みが走った。
眼球が勝手にグルグル回り、鼻からきつい臭いがツーンときて、無性に涙が流れてきた。
舌先もビリビリ痺れている。
全身の皮膚があわ立って、かすかな空気の振動さえも感じられるようになった。
全身の感覚器が極限まで鋭敏化していく。
思考回路が加速を始め、周囲の動きが非常にゆっくりと感じられるようになっていく。
目の前で繰り広げられている、光球と氷片と爆発の演舞も、その一つ一つがしっかりと目で追えるようになっていく。
リーンはその視線をエイダに向けようとした。
そして己の身体に、えもいわれぬ違和感を感じた。
――体が重い!!
加速された神経活動に、肉体がまったく追いついてこない。
まるで無数の鉛の重石が、髪の毛の一本一本にぶら下がっているかのようだ。
リーンは渾身の力をこめてエイダの方に顔を向けた。
戦闘の最中にあるエイダは、爆風にあおられて、その短い黒髪を激しくはためかせている。
だが今のリーンには、その一本一本の毛先のうごきさえ、手に取るようにわかった。
その表情の色から、あとどれだけエイダが持ち応えられるかもわかった。
あのエイダでも、あれほど追い詰められた顔をするのだなと、この時リーンは思った。
もう、時間は殆どなかった。
――ゆけっ! 勇者よ!
隣にいたギリアムの視線から、意志の波動が飛んでくる。
彼は早くもエイダの援護に向かう構えだ。
両手を前に突き出しつつ、口元の筋肉に力を入れて何かの詠唱を始めようとしている。
リーンもまた詠唱した。
鉛のように重くて、精神の動きにまったくついてこれない体に、ありったけの炎を吹き込むために。
『ジオ・エンデ・イン・エクスパー・グレイバー!』
-獰猛なる炎よ、我が身の内で爆ぜ狂え-
極大身体強化魔法。
リーンの全身から灼熱の炎が噴き出す。
限界まで加速された神経で、限界まで強化された肉体を駆動する。
物理の限界ギリギリまで肉体を酷使して、リーンは爆風轟く戦場へと一直線に飛び込んでいった。
「――ォォォぉぉぉぉオオオおおおおおお!!」
リーンは稲妻のように、秒間48連発の猛烈な弾幕の隙間を潜り抜ける。
骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげ、靭帯が引きちぎれそうになる。
限界のギリギリの応力を身体の各所に負荷させながら、地面すれすれをジグザグに跳躍していく。
国王の放つ光球を紙一重で回避しながら、リーンは一瞬にして祭壇の一段目に到達した。
「ふぉっ!?」
爆風を抜けて突如足元に現れたリーンを見て、国王は目を見開いた。
「なんと!」
とっさにリーンに向けて光の防壁を展開する。
だが、次の瞬間にはすでに、リーンは祭壇の反対側にまわっていた。
――余裕ぶっこいてる奴は大抵負けるんだ!
リーンは祭壇の反対側から跳躍した。
灼熱の光とかした勇者の体が、一直線に祭壇の最上段へと突き抜ける。
黄金の棺のある場所へと突き刺さるようにして。
だが、空中では方向転換がきかない
いかに神経と身体を限界まで加速させようとも、空中では身動きが取れないのだ。
「させぬわあ!」
リーンの手が、あとほんの一刹那で黄金の棺に届こうとしたとき、国王の指先から放たれた5筋の光線が、リーンの胸元を襲った。
光の速度で放たれたその攻撃は、神経を加速していたリーンでさえ視認は不可能だった。
『エンデ・バルスト!』
-大爆炎-
――ドドーン!!
しかしリーンは読んでいた。
前方に爆炎を放って進路を変える。
加えて、国王の視覚からも逃れた。
そしてフワリと身体が舞い上がったところで、こんどは天井に向かって再度爆炎を放つ。
――バババーン!!
全身が急激に下方へと加速され、リーンの身体は打ち付けられるようにして、二つある黄金の棺の間に着地した。
リーンの放った二発の爆炎魔法は、傍から見れば一発にしかみえなかっただろう。
爆発が起きた次の瞬間、気付けばリーンは祭壇の上にいた。
周囲の者の目にはそう見えただろう。
「はあ……はあ……はあ……」
リーンの全身はボロボロになっていた。
限界まで酷使したその肉体は、いまにもクズ肉と化してしまいそうだった。
リーンは歯を食いしばって身体を起し、黄金の棺の陰に身を隠しつつ、鋭い目つきで国王をにらみつけた。
「ふほほ、そうきたかリーンよ……」
国王は真面目な顔になっていた。
よもや弾幕を抜けて祭壇の上に陣取るとは思ってもいなかったのだ。
「なかなか楽しませてくれるわ」
――あたりまえだぜ!
そうリーンは口にしようとするが、出来なかった。
限界まで加速されている思考に、口の動きが追いつかないのだ。
――ここで負けたら、全部終わりだ! だから、負けられねえ!
代わりに、炎をギラギラと滾らせた瞳で国王を睨む。
ここで負けたら全て終わりである。
宿のみんなも、グリムリールの娘達も、リーンがこれまで世話になってきた全ての者達が、国王の手によって抹殺されてしまうだろう。
だから、絶対に負けることはできないのだ。
「――――ぐっ!?」
そこで、リーンにかけられていた神経加速の術がきれた。
神経の働きが正常な速度に戻るにあたって、強烈な眩暈が発生した。
体をグルグル回している間は目は回らないが、その回転を止めた途端に猛烈な平衡感覚のブレに襲われる。
今リーンの体で起っていることは、それを何十倍にも強力にしたような現象だった。
「うぁ……、うががが……」
腹の底が、胃袋に重石をいれられたように重くなり、逆に意識は、頭に羽が生えたようにふわふわと、リーンの身体の中から浮かび上がろうとする。
加えて、先ほど強烈なジグザグ運動をした際に、三半規管が揺さぶられ、方向感覚がまったくといっていいほど失われている。
リーンは今、自分の頭が上にあるのか下にあるのかさえわからない。
あたかも、立ったまま逆立ちをしているような気分だった。
「……ぐううう!」
リーンは棺の陰に身を隠し、静かにその場に片膝を付く。
体の異変に気付かれないよう、その目だけはギラギラと国王に向けている。
「ふぉふぉふぉ、そこに立たれてしまうと、ワシは攻撃できんのじゃ。困ったのう」
予想通りだった。
国王は単純な魔法攻撃しか出来ないのだ。
――大丈夫だ、まだ勝ち目はある。
そう思いながら、リーンは必死で眩暈が引くのを待った。
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