ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

祭壇、黄金色の王女

「良く来たのう、リーンよ」


 巨大な闇空間に、国王の威厳に満ちた声が響き渡った。


「どこだ! おっちゃん!」


 リーンは闇の空間に向かって叫ぶ。
 するとそこから、暗黒の霧を引き裂くようにして、白銀の輝きが現れた。


「ここじゃよ」
「うおおっ?」


 その輝きは、国王の全身から放たれていた。


 国王は空中に浮かんでいるように見える。
 しかし飛翔魔法を使って浮かんでいるわけではないようだ。
 どうやら、見えない足場のようなものの上に立っているようだ。
 国王の隣には、宰相ゴーンも控えていた。


「くくく、小娘が。踊らされてるとも知らずに、ノコノコやってきよりましたな」
「ふぉふぉふぉ、それを言うでないゴーンよ」


 そう言って二人は、見えない足場からリーン達を見下ろしてニヤニヤと薄ら笑みを浮かべる。


「俺が生きてたことを知ってたみたいだな」


 リーンはスプレンディアを抜いて、国王達のいる場所に向かって歩いていった。
 ギリアムとゲンリもそれに続く。
 相変わらず黄金色に輝いているアルメダを、エイダが守るようにして進んでくる。


「ふぉふぉふぉ、どんなことをしようと、ワシの目は誤魔化せんのじゃ」
「一度は俺を殺そうとしたくせによ。今度はおびき出してどうしようってんだ?」
「ふぉふぉふぉ、それは知らない方が幸せなことじゃ」
「よけーなお世話だぜ」


 リーンは国王達の足元まできた。
 闇の霧に包まれるようにして、そこには巨大な祭壇が鎮座していた。


「なんだ……これ?」


 祭壇は三層構造になっていた。
 石で出来た円形の台座が一番下にあり、リーンの胸ほどの高さがある。
 その上に箱型の、恐らくはマギクリスタル製の台座が乗っており、紫がかった怪しい光を放っている。
 最上部には金色の棺のような物体が二つ、並べておいてある。
 それらの三層を繋ぐための昇降階段が、祭壇の各所に設けられていた。


 リーンはなんとなく予感する。
 エリィは、あの棺のどちらかに入れられているのではないか、と。


「わかったぜ、国王のおっちゃん」
「ほほう?」
「あんた、俺を生贄か何かにするつもりなんだろ? この剣の呪いで死ななかった俺に、何か特別な価値を見出したんだ」
「ふぉっふぉっふぉ、面白い推理じゃのう」


 だがハズレだ。
 そう国王と宰相の微笑みは語っていた。


「違うのか? でもまあ、そんなことはどうでも良いんだ。俺はここでおっちゃん達をぶち倒して、エリィを助け出すだけなんだからな!」
「エリィじゃと?」


 どういうわけか国王は、そう言って首を傾げた。


「エリィとはなんじゃ?」
「とぼけんじゃねえ! おっちゃん達がさらってったんだろ!」
「はて、ワシは知らんのう。何か知っとるか? ゴーンよ」
「いいえ、国王さま。何のことやらさっぱりです」


 と言って、あくまでも知らないと言い張る二人。
 リーンは怒りに肩が震えた。


「ジュアが言ってたんだ。宰相のはげちゃびんに頼まれたってな!」
「なんと、そうなのか? ゴーンよ」
「いえ、国王様。わたくしめ、さっぱり身に覚えがありません」
「そうかそうか。リーンよ、そういうことじゃ、ワシらはエリィなぞ知らぬ」
「なにーっ!?」
「ジュアというのは、あの首になった近衛兵のことじゃな? リーンよ、ジュアが嘘を付いていないと言い切れるのか?」
「むっ……」


 言われてみれば確かに……。
 と、リーンは思う。
 実際、ジュアが何を考えて行動しているのかは、さっぱりわからない。
 彼女は彼女の企みに従って動いているのだ。
 それこそ、国王や宰相の名まで利用して。


「はっ……」


 そしてリーンは、ある事実に思い至る。
 先日、ヨアシュを拉致しようとした三人組の男。
 あれは、もしかしたらジュアの仲間なのではないか?


 あの三人組を撃退した時に、リーンはその一人の男の覆面を剥ぎ取っている。
 金色の髪と、切れ長な目をもつ、美男子だったと覚えている。
 その面影は、今にして思えば、ジュアに似ていなくもないのだった。


「どうやら思い当たる節があるようじゃのう?」
「うーむ……」


 流石のリーンも困ってしまった。
 ここに来た理由の一つ、エリィの救出という目的が、ここにきてあやふやになってしまった。


 だが。


「それでも俺が、国王のおっちゃんを倒すことには変わりねえんだぜ」


 と言ってリーンは、スプレンディアの切っ先を相手に向けた。


「エリィのことは、それからだ!」
「ふぉふぉふぉ、まっこと単細胞な娘のよう。そんなことでは、国家の長など務まらぬぞよ?」
「王室は権謀術数の坩堝。そのようなぬるい頭では、とてもやっていけぬわ」


――フォッフォッフォ
――ガッハッハッハ


 国王と宰相の笑い声が、闇空間にこだました。


「国王。この祭壇は一体どのようなものなのですかな」


 そこで、ギリアムが一歩前にでて言った。


「見たところ、生命に関する設備のようですが」


 医法師であるギリアムは、一目見ただけでその祭壇の機能を見抜いたようだ。
 その祭壇は、人の体になんかの操作を行うために存在しているのだった。


 国王は顔色一つ変えずに言う。


「おお、ギリアムよ。まさか、そなたに裏切られるとは思ってなかったのじゃ」
「私とて、こんなにも早くこの時機が来るとは思っておりませんでした。まさに世代交代の時が訪れてしまったのです。国王は大防壁の儀を行うことで、その時機を自ら早められた」
「ふぉふぉ、ワシが墓穴を掘ったというのじゃな?」
「左様です。国王が御自らの魔力の維持に心血を注いでいれば、世代交代の時期はもっと先に延ばせたはず」
「確かにのう。先には延ばせたやもしれぬ、先にはな」


 と言って国王は、その豊かな白髭を手で撫でながら、不敵に笑った。


「じゃが、いずれ老いて魔力を失い、結局は別の者に取って代わられてしまうのじゃ」
「国王、それは全ての権力者にとっての宿命です。古来より、永遠の王位を欲した者は数知れずおりますが、その者達は全て……」
「ふぉふぉふぉ、ろくな事にはならなかったのじゃ」
「そのとおりです。まさか国王は、この祭壇を使って、永遠の命を得ようなどとは思っておりますまいな?」
「やはりギリアムは医法師じゃ。真っ先にそのことを疑ったか。だがそれはない。安心せよ」
「ならば、この祭壇は一体なんのです? どうやらとんでもない量の魔力が蓄えられている様子。こんなものを一体何に使うのか」
「ふぉふぉふぉ、気になるか」


 と言って国王は、厳かに右手を頭上に掲げる。


「ならば見せて進ぜよう」


 掲げられた手の平に閃光が走った。
 その瞬間、国王達が立っているマギクリスタル製の台座が、激しく発光した。


――ピカッー!


「うわっ!」


 そのあまりの眩しさに、リーンは思わず目を覆う。
 発光した台座は、その上に乗っている黄金の棺の一つに、どうやら魔力を注ぎ込んでいるようだった。
 七色の光が、ぐるぐると渦をまきながら棺の底部に吸い込まれていく。
 やがて臨界に達した棺の中の魔力が、一筋の光線となってリーンの後方めがけて照射された。


「きゃあっ!」
「アルメダ!?」


 光線が照射された先は、なんとアルメダ姫だった。


「うううっ!」


 光線を胸に受けたアルメダは、一瞬にして全身を硬直させた。
 そしてまるで、その光線に持ち上げられるようにして、空中に浮かびあがっていった。
 アルメダの体は、さきほどよりもさらに強く発光していた。
 どうやら彼女の体は、祭壇上の黄金の棺と共鳴しているようだ。


「なにをしたんだ! おっちゃん!」
「ふぉふぉふぉ、アルメダよ、来るが良い」


――はい、お父様


「アルメダ? アルメダー!」


 すると黄金色に輝く美姫アルメダは、まるで吸い寄せられるようにして祭壇へと浮遊していった。
 その目からは一切の生気が失われていた。


「この祭壇はな」


 国王の顔に悪魔が浮かぶ。


「アルメダを生みだすための設備なのじゃ」
「なんだって?!」


 まるで操り人形のような姿になってしまったアルメダ姫。
 このままではいけない。
 いきり立ったリーンは、反射的に身体強化の魔法を唱えていた。


『エンデ・イン・エクスパー!』
 -爆ぜよ、内なる炎-


 そして、祭壇に吸い寄せられていくアルメダを奪い返すべく、高く飛び上がった。


「どうしちまったんだ! 目を覚ませ! アルメダ!」


 その姿はまるで、真昼の天の円盤のように輝いていた。
 触れただけで全身が燃え尽きてしまいそうなほどだ。
 それでもリーンは、アルメダに向かって跳躍し、両手を広げてその燃盛る体に飛びついた。


「おおおおおっ!」


 すさまじい密度の魔力が、リーンの全身を焦がしていく。


――リーン……だめ……!


「アルメダー!」


 それでもリーンは、空中でアルメダを抱きしめていた。
 だが、棺に向かって吸い寄せられていくその動きは、どうやっても止めることができない。


「くそっ! どうなってんだ!」
「ふぉふぉふぉ、無駄な足掻きを」


――リーン……私は……私は……!


 アルメダは首から上だけを動かして、必死に口の動きだけでリーンに何かを伝えようとしてきている。


「なんだアルメダ? 何が言いたいんだ!」


 彼女の瞳は、まさに死人のそれであった。
 一切の光が消えうせ、泥のような沈黙がその奥に潜んでいるだけだった。
 そんなアルメダの頬に、一筋の涙が流れる。


――私から……離れて……!


「そうかそうか、アルメダよ。お前はその女を好いてしまったのか」


 国王が何かを言っている。
 だが、リーンにはさっぱり理解できない。


「それは苦しかろうのう。ワシはお前が余計に苦しまんで良いように、男を好きになれない設定にした。じゃが、その代わりに女を恋うようになるとは思わなんだ。どれ、今楽にしてやろう…………ホイッ」


 国王の指先から、なにやら青白く光る文字列のようなものが飛び出してきた。
 その文字列を弄るようにして、国王の指先が空を掻く。


「なにをする気だ!? おっちゃん!」
「ふぉふぉふぉ、アルメダが女を好きになれないよう、設定しなおすのじゃ」
「設定だって……?! おっちゃん! さっきから何を言っているんだ!」
「だから言ったであろう。ここはアルメダが生み出された場所だと」


 国王が指先の操作を終了した。
 アルメダの体が一瞬、リーンの腕のなかでピクリと跳ねた。
 それはまるで、吊り上げられた小魚が、最後の一足掻きをするような動きだった。


――あ、アア…………リーン……。




 そしてアルメダの体は、一切の意志を失ったように、グッタリとしてしまった。


「アルメダー!」
「ふぉふぉふぉ、我が愛しき人形よ。その邪魔者を排除せい」


――了解、致シマシタ、オ父サマ。


 人形と化したその体から、無機質な声が零れ出る。
 それと同時に、アルメダの全身が鋭い閃光とともに爆発した。


――ピシャーーーーン!


「うわああああーー!」


 リーンはその爆発をもろに食らい、そのまま部屋の隅まで吹き飛ばされた。
 石の床にたたきつけられ、弾んだ拍子に入り口のアーチ門の横に叩きつけられ、そして再び床に転がる。


「リーン!」


 エイダが慌てて駆け寄る。


「なんということかっ!」


 続いてゲンリが、その身を盾にするように、国王とリーンの間に割って入った。
 ギリアムは、祭壇の下から、今しがた起った出来事を呆然と見上げていた。


「まさか国王、アルメダ姫は……」
「そうじゃ、ギリアム。アルメダはホムンクルスじゃ」
「むうう……!?」


 白色医法師の老いた顔が、今までにないほどに険しく歪む。


「リーン! しっかりするのです! リーン!」
「う、うう……」


 部屋の片隅では、朦朧とした意識でいる勇者の名を、エイダが必死になって叫び続けていた。















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