ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

爆砕、黄金の甲羅

『リージェ・イムクリーヌ・ンナーメ』
 -ミンナノ、マリョクヲ、ヒトツニ-


 ブラックソーシャルのルーザは、クネクネとその肢体をくねらせながら、広域支援魔法を唱えた。
 彼女の足元に黒い六芒星が生じ、そこから螺旋状に暗紫色のオーラが立ちのぼる。
 すると、その場にいた全ての魔術師達の胸に、暗黒の波動が渦巻き始めた。


――フオオオオォォォ……!!


 魔力とはすなわち“魔の力”である。
 ルーザは、人の内にある魔を、己の魔と結び合わせることによって増幅させることが出来るのだ。


「ではいくのです!」


 続いてエイダが広域撹乱魔法を唱える。


『タドール・エイヤ・テイマール・エゾロシカーム!』
 -鏡面小房、隔離撹乱-


 空間に次々と亀裂が入り、近衛兵団を包み込むように、数多もの鏡の小胞が生じた。
 空気中の微細な水分を操ることで、エイダは無数の半透明の鏡を作り出しているのだ。


 その半透明の鏡の小胞に閉じ込められた者達は、直ちに自分達の位置を見失ってしまう。
 どこを向いても自分しか見えないのだ。
 目に頼っている限りは。


「まどわされてはいけません! 目を閉じて、相手の存在を直接を感じるのです!」


 シャルロッテの指示は的確だった。
 だが、士気の落ちている兵士達の中には、指示通り動けない者もいた。
 多くの者は、エイダ達に向かって盾を構えて隊列を組んでいるが、そのうちの何人かはあらぬ方向を向いていた。


「ファファファ! そこだ!」


 その隙をついて、マジスが爆撃魔法を打ち込んだ。


――ドドドドド! ドッカーン!


 黄金の閃光を伴う巨大な爆発が近衛兵団を襲った。


――グワアアアッ!


 兵士達が派手に飛び散り、その隊列が真っ二つに割けてしまった。
 兵団の中央部分に、小隊が通り抜けられるほどの道が開ける。


「中央突破して前後から挟み撃ちにするのだ! 腕に自信のある者はワレに続けーい!」


――ヤアアアアー!
――ニンゲンニ、シキ、サレテマスワー!


 魔物の女達を中心にした一隊が、マジスを先頭にして本城正面門に向かって突っ込んでいく。
 人間の魔術師に率いられて、魔物達は大喜びだ。
 黒い塊となった集団が、稲妻の如く部隊の裂け目を駆け抜けていく。
 時おり、マジスの爆撃魔法が爆ぜる。


――ヤホーイ!
――キンピカ、ノ、ミナサン!
――アトデ、タプーリ、ペロペロ、スルデス!


 士気は最高。
 全員ノリノリだった。


「みんな! マジスさんの部隊を援護をするのです!」


 エイダの掛け声とともに、人間のハーレムの女達と、魔術師団の者達が、一斉に攻撃を始めた。


 光、炎、水、風、土、金


 様々な種類の魔法攻撃が、次々と近衛兵団に浴びせかけられていく。
 稲妻が轟き、炎の嵐が吹き荒れ、水柱があちこちで弾け上がり、真空の刃が宙に踊る。
 大地がえぐれて剣山のように突き上げ、その上方で目も眩むような連続爆発が起る。
 情け容赦ない全力一斉射撃は、近衛兵達の視界を完全に奪い去ってしまう程だった。


 だが。


「なんのこれしきですわ!」


 シャルロッテは守護魔法を全力展開し、その怒涛の攻撃に耐えた。
 近衛兵達の盾から投射された黄金の大盾は、まるで亀の甲羅のようにくまなく近衛兵団を覆っている。
 魔法が弾き返され、七色の残滓になって激しく舞い散る。


「さあ、魔の女達よ、ワレらも攻撃に参加するのだ!」


 近衛兵団の後ろに回りこんだマジスたち魔物軍団もまた、攻撃を始めた。
 暗黒の波動が女達の手の平に凝結し、一斉に解き放たれる。


――ギュォォォオオオオッ!


 魔物達が放った暗黒弾は、それぞれ寄り集まって巨大な黒い槍と化し、凄まじい威力で近衛兵団に襲い掛かった。
 黒い槍は、黄金の大盾に突き刺さると、突破口を求めてグネグネと暴れ狂って、近衛兵達に強烈なプレッシャーを与えた。 
 近衛兵団は最終防御体勢にあった。
 まるで、群生する昆虫のように身を寄せ集めて、四方八方に盾を向けて攻撃に耐えているのだ。


――ドドドドドドド!!


 魔術師部隊には土属性の魔法を使える者もいる。
 魔法攻撃は四方だけではなく、下からも突き上げてくる。
 近衛兵団が防御陣形を築いている箇所の地盤は、土魔法によってボロボロに崩壊していた。
 そこへさらに水柱による攻撃も加わり、地盤はまさに泥沼状態になりつつあった。


――ズガガーン!
――ピシャーン!


 さらに二発、灰色魔術師による雷撃魔法が加えられた。
 それは上部の守りの隙をついて、ゴールド部隊の一人の延髄に突き刺さった。


「ファファファー!、これぞまさに飽和攻撃!」


――ドゴーン!
――ズガーン!
――ドンガラガッシャーン!


 マジスが高笑いをしながら、容赦ない大爆撃を連続で叩き込む。
 爆風と閃光で何も見えなくなり、聞こえなくなる。
 前後左右上下に激しく揺さぶられて、シルバー部隊の何名かが失神した。


 100人以上いた近衛兵団は、あっという間に70名程度にまで減ってしまった。


「耐えるのです! 魔法攻撃は無限には続きません! 敵はひ弱な魔術師ばかり! 耐え切れば勝利です!」


 シャルロッテの悲鳴のような鼓舞が入り、近衛兵を守る黄金の大盾が強勢さを取り戻した。
 マジスの大爆撃でさえ弾き返すほどの力強さだ。
 さすがの魔術師長も、思わず舌うちをした。


「ちぃ! 流石に硬いわ! だがもう一息で敵は瓦解するぞ! みなのもの、最後の一滴まで絞りつくせい!」
「撹乱魔法を全力展開するのです! みんなも巻き込んじゃうかもしれないから、気をつけて!」


 実はエイダ、これでもまだ手を抜いていた。
 最大出力で撹乱魔法を展開すると、味方まで巻き込んでしまうからだ。
 ゆえに彼女は、この決戦に及んでもなお、その力を抑えていた。


「ファファファ、やるが良いエイダよ! 大陸第二のその力、とくと味あわせてやれい!」
「いくのですっ!」


 エイダは鋭く両手を前方に突き出し、その全身に真っ白なオーラをほどばしらせた。
 そのオーラは、純白を通り越してキラキラと輝き、まさに白銀の領域にまで達しようとしていた。


――大陸第二の力だって……?!


 近衛兵達に動揺が走った。
 それはつまり、エイダの魔力はシャルロッテを上回るということだ。
 魔術師としての階梯で言えば、国王と同じ白銀級に届く魔力を有しているのだ。
 現状でさえ、敵がどちらにいるかを判断するだけで精いっぱいだというのに、これ以上やられたら……。
 兵士達は、恐れおののき、震え上がる。


「うわっ!」
「あう!?」


 エイダの全身から発せられるオーラが最大限に達した時、魔術師団の者が数名、あらぬ方向に魔法を撃ってしまった。


――バリバリ!
――ズゴーン!


 建物の一部が爆発、破壊される。
 早くも味方が混乱をはじめていた。
 エイダの周囲に展開された鏡の小胞は、さらにその複雑さと密度を増して、広場全体にまでその先端が広がろうとしていた。


「ごめんねー! がんばってなんとかしてー!」


 だがエイダは手を緩めない。
 その始終ニコニコしている表情が、今だけは鋭かった。
 気持ち程度の鋭さではあるが。


――ドガゴゴーン!


 ゴールド部隊の一人が、まったく反対側に盾を構えた。
 強靭な精神力と集中力で、エイダの撹乱魔法に耐えてきたが、とうとう耐え切れなくなってミスを犯したのだ。
 黄金の甲羅に穴が開き、その内側に容赦なく爆風が吹き込む。
 数名の兵士がその爆風に巻き込まれて、甲羅の内側にむかって吹き飛ばされて気絶した。


「この……! バカものーー!」


 ひっくり返った声で兵達を叱責し、シャルロッテは右腕に装着した小さな盾を、穴が開いた方向にいとも簡単に向けた。
 エイダの撹乱魔法を食らってもなお、方向感覚を失っていないのだ。
 実に恐ろしい精神力だった。


「よろしいですわ! ならばこちらも切り札を使いましょう!」


――えええ!
――まさか兵長!
――あれをやるのですか!


 兵達がざわめいた。
 その拍子にまた一人の兵士が、今度は真上に盾を構えてしまい、魔物女達の暗黒魔法をもろに食らって倒れた。


――ぐわああー!
――イエエエェエー!
――アアアッー!


 さらに数名の兵士が巻き込まれ、みなそろって昏睡状態に陥る。
 だが再びシャルロッテが、苦も無くその穴を塞いだ。
 色とりどりの魔法攻撃の猛攻にさらされながら、老女騎士は一切ひるまず、さらには魔法の詠唱まで始めた。


『メンティア・ミーテア・レグゾッカルティア!』
 -精神を同化せよ、調和し共動せよ- 


 魔法の効果は、詠唱と同時に現れた。
 エイダの撹乱魔法を受けて、非常に怪しい動きになっていた近衛兵達が、いっさいの動揺を見せなくなったのだ。


「むむっ! それは同化魔法、シャルロッテよ、そんな技まで使えたのか!」
「部隊の精神を一つに混ぜ合わせるという、ハレンチ極まりない技なのですわ! ずっと封印してきましたが、こうなってはいたし方ありません! ハアハアハアっ……!」


 シャルロッテの老いた頬が紅潮していた。
 彼女はいま、どうやら男色癖を持つらしい若い男たちと、その精神を一つにしているのだ。


「全ては国王さまのため! この愉悦……否! この屈辱! 私は耐え抜いてみせますわ! ハアハアハアっ!」
「シャルロッテよ、そこまでして……」


 部隊員の全ての精神を一体化させることで、エイダの撹乱魔法を無効化した近衛兵団は、再び鉄壁の鎧を身に纏った黄金の亀と化した。
 ありとあらゆる魔法攻撃が弾き返されていく。


「ファッ!? これはいかん!」


 マジスは目を剥いて驚愕した。
 その大きなどんぐりまなこが、半分以上も眼窩から露出した。
 白色魔術師たる彼の爆撃魔法ですら、弾き返されているのである。
 それはよほどの事態なのだった。
 加えて、ハーレム部隊も魔術師部隊も、ともに明らかに疲弊してきていた。
 魔法は、無尽蔵に撃てるものではない。


「ここは仕切り直しだ! 魔物の女達よ、魔法防壁の中に引き返すぞ!」
「そうはいきませんわ!」


 魔物部隊が、魔法防壁の張ってある中庭へと引き返そうとしたとき、黄金の甲羅の中から、数名の兵士が飛び出てきた。


「なんとっ!」
「反撃開始ですわ!」


――ウホウホ!
――ウホー!


 兵士達の目には光がなかった。
 どこまでも沈み込んだ闇の中に、言い表しがたい暗い熱情が渦巻いているだけだった。
 どこか操り人形のような淡々とした動きで、容赦なく魔物女達に切りかかってくる。


――イヤアアァァー!
――イタイデスワー!


 腕や背中をざっくりと切られて、魔物達は黒い血を流して苦しみもがく。
 人間に虐待されることにすら愉悦を覚える彼女達にとってさえ、それは明らかな生命の危機だった。


「殺す気かっ! シャルロッテ!」
「当たり前ですわ! 反逆者はすべて処分されなければなりません!」


 マジスはギリギリと奥歯を噛んだ。
 このままでは、魔物部隊に犠牲者が出てしまう。


「ええいっ!」


――バーン!
――ボーン!


 マジスは爆撃魔法で攻撃部隊を牽制する。
 だが攻撃部隊は、その爆撃魔法をあっさりと盾で受け止めて、さらに追撃をかけてきた。
 中庭に陣取った魔術師部隊からの攻撃も、かなり弱まってきていた。
 一度は白一色に翻ったオセロの石が、また再び黒へと舞い戻ってしまったのだ。


「最後は正義が勝つのです! 規律と節度を失った邪悪な者達に、今こそ裁きの鉄槌を!」


 ついにシャルロッテは、自分達を守っていた守護魔法を解いて、一斉攻撃をかけてきた。


――フオオオオオッ!
――アヒャヒャヒャヒャ!


 他者と精神を同化させ、自分を失った狂騎士達が、おぞましい雄叫びとともに襲い掛かってきた。


「まずいっ!」


 魔法防壁の中にいる者はまだ安全だが、近衛兵団の裏側にまわって挟撃をしかけていたマジス率いる魔物部隊は、まさに丸腰の状態だ。
 このままでは一方的に蹂躙されてしまう。
 マジスは、魔物部隊の壊滅を覚悟した。


「マジス!」


 ルーザが叫ぶ。


「魔物ちゃん!」


 エイダも叫ぶ。


 まさに絶体絶命のピンチ。
 魔物達の命はもやはこれまで。
 誰もがそう諦めかけた――


――その時だった。


『イーンティア・レソルト』
 -意識麻痺-


 どこからともなく、厳かな詠唱が響いてきた。
 それと同時に、魔物達に襲いかかろうとしていた近衛兵達が、一人、また一人と倒れていった。


――ムニャア……
――スヤァ……


「なにごとですのっ……!? うへっ!?」


 シャルロッテが頭を抱えてその場に膝をついた。


「こ、これは……睡眠魔法!?」
「そうだ、シャルロッテよ」


 いつの間にか、シャルロッテの後ろにギリアムが立っていた。
 彼女に対して手の平をかざし、強烈な眠気をもたらす魔法を照射している。


「…………ギリアム! おのれ……! 寝返ったのね!」
「すまんが、どうやらこれが私の役割のようなのでね」
「ぐぐ…………なんということ……。この恨み…………晴らさでおくべくか………………スヤァ」


 ギリアム白色医法師の睡眠魔法をくらって、流石のシャルロッテもあっという間に意識を失ってしまった。


「どうやら、その恨みを引き受けるのも私の役割のようだな」


 シャルロッテが倒れたことを確認すると、ギリアムはそう言って、やれやれと首を振った。


「これでよかったのかね、勇者よ」
「ああ、おっちゃん。流石だな」
「なんとか間に合いましたか……」


 ギリアム、リーン、ゲンリの三人は、なんと本城の中から歩み出てきたのだった。


「ファッ?! なんと言うところから現れるのだ! お三方」


 魔力を使い尽くしてぐったりとしたマジスが、呆れ顔で三人を見た。
 三人が出てきた本城正面門は、マジス達が命がけで突破しようとした場所だった。


「ギリアムのおっちゃんが、鍵を持ってたんだ」
「我々は東の勝手口から入ったのだよ」
「わたくし、二度も飛翔魔法を使ったので、もうヘトヘトです……」


 こうしてリーン達は、最後はなんともあっけない形で、最大の障壁である近衛兵団を打ち砕いたのだった。


「やっぱ、医者とコックは敵に回しちゃダメだよなっ!」



















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