ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

覚醒、近衛兵団

 魔術師本部のある城内西側から、本殿を挟んだ城内東側に医法師本部はある。
 医法師本部は、長方形の建物に円柱形の塔を突き刺したような構造になっていて、その最上階がギリアムの執務室になっている。
 塔の先端が外城の防壁よりも高い位置にあるので、執務室からは城下町の景色が一望できるのだ。


「うひょー、やっぱ高えなー」
「城内でも一番新しい建物なのです」


 リーンとゲンリは、その塔を目指して走っていた。
 やがて、建物の長方形の部分が見えてくる。
 入り口の前で、金色のローブを着た数人の医法師達が、不安げな様子で立ち話をしていた。


――あっ……!
――きたかっ!?


 彼らはリーン達の姿を見るとすぐに、立ちふさがるようにして身構えてきた。
 今のところ医法師団は、リーン側と国王側、どちらにつくか決めかねている状態だ。


「簡単には通れそうにねえな」
「敵でも味方でもない状態ですからね。無理もありません」


 城内に常駐している医法師の数は、20を上回ることはない。
 無理やり通ろうと思えば、それも可能だったが、味方についてくれるかもしれない相手に、手荒なことはしたくなかった。
 それに。


「あの塔登るの嫌だなぁ……」


 通れたとしても、ギリアムの執務室まで、実に15階分もの階段を昇らなければならないのだ。


「昇降機は使えないでしょうからね」


 最新の建物である医法師本部には、塔の最上階に上がるための昇降機が備え付けられている。
 だが基本的に、ギリアム以外の者は使用できないようになっている。
 稼動させるための鍵は、彼しか持っていないのだ。


 塔の階段を昇るだけでも一苦労である。
 そして、今はそんな暇はなかった。
 リーンはゲンリに提案した。


「ゲンリの魔法で飛び込めねえか?」
「ふふふ、言うと思いましたよ、リーン」
「やっぱ難しいかっ? すげー魔力を使うんだよな?」
「確かに飛翔魔法は魔力の消耗が激しいです。ですが、今は時間をかけていられません。やりましょう、リーン」


 リーンとゲンリは、医法師本部の20歩手前で足をとめた。


「……そわそわ」
「……はらはら」


 医法師達が強張った顔をして、二人を警戒してきている。


「では、飛びます。突っ込む際に、どこか適当な窓を破壊してください」
「わかったぜ!」


 リーンが腰のスプレンディアに手をかけるのを確認すると、ゲンリはおもむろに詠唱を開始した。


『エーリア・ルッサ・リベストック・エイリリージア・アラブラム!!』
 ――風よ、光よ、精霊よ。我らを引きて、天へいざなえ!――


 リーンとゲンリの体が光に包まれる。
 灰色の魔術師は、精霊の力を借りて、己の中にある魔力を全力で放出した。
 二つの体が、なだらかな曲線を描きつつ、塔の先端へと吸い込まれていった。


「うひょー!」


 リーンは空中でスプレンディアを抜く。


「えいっ!」


 そして、塔の最上階の窓めがけて投擲する。


――ガシャーン!


 窓ガラスが盛大な音をたてて砕け散り、投擲されたスプレンディアがその先の通路に突き刺さった。
 開いた窓から二人は飛び込む。


「よっしゃ!」


 二人はあっけなく塔の最上階への侵入を果たす。
 リーンは床に突き刺さったスプレンディアを引き抜いて、よろけ気味のゲンリの肩を支えた。


「大丈夫か?」
「大したことはありません。少し休めば元どおり動けます」


 二人のすぐ目の前が執務室の扉の前だった。
 リーンはいちおうノックする。


――コンコンコンッ


「うーむ……」


 そしてしばし待つ。
 だが、反応はまったくなかった。


「留守か?」
「そんなはずはないのです」
「じゃあ居留守か、いい歳こいてなにやってんだ」


 やはりギリアムは、完全にお篭り状態なのだった。
 こうなればもはや、無理やり入るしかない。
 執務室の扉は、何の変哲もない木の扉だ。
 高価な木材が使われていて、よく磨き上げられてツヤツヤしている。
 壊すのは少し惜しい気がしたが、ぐずぐずしている暇はなかった。


「ゲンリ、ちょっと下がっててくれ」
「わかりました」


 ゲンリは一歩引き下がる。
 リーンはスプレンディアを上段に構えると、ひと思いに振り下ろした。


――バキーン!


 木の扉が、真ん中から斜めに切断された。
 リーンはさらにもう一度剣を振り下ろして、扉の上4分の3程を切り取ってしまった。


「やあ、おっちゃん、昨日ぶり!」
「来たか……勇者よ」


 ギリアムは執務机に座って腕を組み、微動だにせず構えていた。


「わるいな、ドア切っちまった。急いでたんだ」
「ふむ……それに窓ガラスと通路の床もな」
「俺が王様になったら、どっちもすぐに直してやるぜ」


 リーンはそのままドカドカと執務室に入って行った。
 そして机の前の長椅子に腰掛け、ギリアムと同じように腕を組んで向かい合う。
 ゲンリは遠慮がちに扉の残骸をまたぐと、リーンの後ろまで来て控えめに立った。


「どうだね首尾は。うまく行きそうかね?」
「ちょっと苦戦してるな。近衛兵長のばっちゃんがあんなに頭堅いとは思わなかった」
「シャルロッテか。だから言ったであろう、そう簡単にはいかんと」


 と言ってギリアムは、頬に傷の入ったいかめしい顔に、苦笑いを浮かべた。


「確か、我々医法師団が、静観するか味方になるかすれば勝てると言っていたな」
「ああ、言ったぜ」
「口ほどにも無いとはこのことだ。我々は一切の妨害をしていないというのに」
「まだわからねーぞ? ハーレムのみんなが意外に上手くやってるんだ。あのばっちゃんは、時間はかかるかもしれねえが、間違いなく落ちるぜ」
「ふむ……」


 ギリアムはちらりと窓の外を見た。
 どす黒い雲が空を覆いつくしていて、部屋の中は暗かった。
 先ほどから雨粒が、しきりに窓ガラスを叩いている。


 攻める側、守る側、とちらにとって良いことがない。
 曇天の空は、そんな不吉な予感をギリアムに伝えていた。


「でもな、このままだと結構な被害が出そうなんだ。最後はどうしても正面からぶつかり合わなきゃいけないからな。そこで、ギリアムのおっちゃんに、最後のお願いにきたってわけだ」
「どうしろと言うのだね?」


 ギリアムは心持ち首を傾げて聞いてきた。
 リーンは胸を張った。


「おっちゃんの魔法で、シャルロッテのばっちゃんを眠らせて欲しい。そうすれば、殆ど戦わなくて済む」
「断ると言ったら?」
「仕方ねえから、このまま突っ込む。怪我人がいっぱい出ると思うけど、それは全部おっちゃんのせいだ」
「酷い話だな……」


 ギリアムはやれやれと首を振る。


「仮にも医法師の長が、大勢怪我人が出るのを黙って見ているのか? それは無いんじゃねーか?」
「私に責任を押し付けられても困る。騒ぎを起したのは貴君だ」
「こっちだって仕方なくやってるんだ。エリィをさらわれたり、宿のみんなが狙われたりしてな。もう後には引けない状況なんだ。それもこれもみんな、国王のおっちゃんがいけないんだ」


 リーンは身を乗り出して、凄みを利かせるようにして言う。


「俺は悪くない。むしろ被害者なんだぜ」
「ふむ……」


 ふてぶてしいと言えばふてぶてしい。
 だが、不思議と納得できるリーンの言葉に、ギリアムは返す言葉がないようだった。
 おもむろに組んでいた腕をほどくと、机の上において指先をトントンし始める。
 どうやら、かなり困っているようだ。


「ふーむ……」


 深く息を吸って吐くと、ギリアムはどこか観念したように首を振った。


「どうしようも無い……といことか」
「そういうことだ。最初からわかってたんだろう? ギリアムのおっちゃんは俺につく以外にない。それがおっちゃんの“魂”なんだってな」


 リーンは座ったまま背筋をピンと張って、強い声でそう言った。
 ギリアムの眉間にシワが寄り、眉毛が神経質にぴくぴくと動いた。
 自分の孫ほどの歳の娘に、己の魂のことを見抜かれてしまった。
 権威ある立場のギリアムとしては、やはりやりきれないことだった。


「ギリアム様。私からもお願いします。どうか、リーンに手を貸してやってください」


 そんな医法師長の心境を気づかうように、ゲンリが深々と頭を下げた。


「ゲンリよ」
「はっ」
「そなたはいつからこうなることを予想していた」
「そっ、それは……」


 おごそかな声で問われて、ゲンリはまるで、ヘビに睨まれたカエルのように身を強張らせた。


――お前が止めなかったから、こうなったのではないか?


 ギリアムの言葉には、そう強く問い正すような響きがあった。


 実際、ゲンリがリーンをエヴァーハルに連れてこなければ、この事件は起らなかった。
 それは確かに間違いないことだった。
 リーンは片田舎のやんちゃ娘として、今でも村の娘達を喜ばせたり泣かせたりしていただろう。


「責任は感じておらぬのか?」
「それは……感じてはおります。ですが、私がリーンを見出さなくとも、いずれ別の誰かが勇者の素質ありと認め、そして国王の元に連れてきたでしょう。遅かれ早かれ、この状況は発生していたものと思われます」
「そうだぜギリアムのおっちゃん。俺はあんな田舎で終わるような器じゃねーんだ。もちろん、育ててくれた村のみんなには感謝してるけどなっ!」


 リーンがそう言うと、ギリアムは再びむっすりと沈黙してしまった。
 心の中ではわかっているはずである。
 ここはリーンに味方するのが最善であると。
 それが今の自分に与えられた“魂の役割”であると。
 だが、そう簡単に首を縦に振れない事情が、彼にはまだあるようだった。


「なあ、おっちゃん。何がそんなに心配なんだ?」


 そんなギリアムの事情を察したように、リーンはずばり核心を突いた。
 今のリーンには、周囲にいる人々のことが手に取るようにわかった。
 何もかも、自分の思った通りになるとさえ、感じられてしまうくらいだった。
 それはリーンが、まさに“あるべき位置”に収まりつつあることの予兆でもあったのだ。


 今、世界の中心軸は、国王からリーンに移り変わろうとしている。
 そのことに気付いていないギリアムではない。
 事実、ギリアムの葛藤は、王位継承に関する様々な懸案事項、その最後のものだった。


 つまり、リーン自身のことを案じていたのである。


「俺のことなら大丈夫さ、もう15なんだ。何があったって、自分の力で乗り越えてみせる」
「…………」


 ギリアムは無言のまま席を立つと、くるりとその場で後ろを向いた。
 そして窓の外に広がる曇天の空を見上げ、ふぅと一つため息をついた。


 
 * * *


 
 一方、広場では、シャルロッテ率いる近衛兵部隊と、マジス率いるハーレム&魔術師部隊がにらみ合って……。


「キャー! オバサマー!」
「ぐむむっ……」


 いなかった。


「オバサマー! コッチミテー!」
「ワタシタチ、ヲ、ノノシッテー!」
「キャー! ニラマレマシタワー!」
「キマシタワー!」


 魔物達に散々はやされて、流石のシャルロッテもへこたれていた。
 窪んだ眼窩はさらに落ち窪み、鋼鉄の棒でも入っていそうだったその背筋も、心なしか折れ曲がってきているように見える。
 その金縁眼鏡の向こうには、明らかに疲労の色あいがあった。


「ファファファ、どうしたのじゃ? シャルロッテよ。流石のお主でも、魔物達を黙らせることは出来ぬか?」
「忌々しいですわ……どうしてこのようなことに……」


 そう言ってシャルロッテは、自らが率いる部隊を見た。
 本城に続く全ての出入り口を閉鎖して戻ってきたシルバー部隊が、またさらに5名ほど加わった。
 総勢112名の近衛兵が、唯一の突入口である本城正面門の前に立ち並んでいる。
 対して、ハーレム魔術師混成部隊は、全て合わせて73名だった。


「ファファファ、どうだねシャルロッテよ。ここは一戦交えてみないかね?」
「その手には乗りませんわ!」


 魔法防壁は、正面の一部が解除されている。
 近衛兵団を挑発するために、先ほどマジスの指示で行われたものだ。
 守備に特化した部隊が、盾を構えて隊列を組んでいる限り、現状を打破する手段はない。
 もし勝機があるとすれば、それは広場での混戦に持ち込むことだった。


 マジスの後ろには、エイダとルーザが控えている。
 白色級の魔術師が三名もいるわけだ。
 いかにシャルロッテの守護魔法が金剛の壁であるとはいえ、乱戦になれば結果はどう転ぶかわからない。


「だがいずれ、そなたの我慢も限界に達するだろう、ファファファ。ここは潔くかかってきたまえ」
「そんなことはありませんわ! これしきの挑発、一週間でも一ヶ月でも余裕で耐えてみせますわっ!」
「それはどうかしらー?」


 と言って、一歩足を踏み出したのはエイダだった。


「この勝負、絶対に魔物ちゃんたちに分があると思うのです!」
「ふんっ、何を根拠に」
「根拠は、頭の柔らかさなのです、シャルロッテおばさま」


 エイダは自らの頭をつんつんとつついた。


「魔物ちゃんたちは、人間よりずっと柔軟な思考回路を持っているのです。常識にとらわれないのですっ。だからこの先、おばさまが想像もできないようなことを、次々とやってくれちゃうと思うのです。それでもシャルロッテおばさまは、余裕をもって耐え抜く自信がありますか?」
「これ以上、どうハレンチになろうと言うのですか……」


 老女騎士は表情を険しくした。
 エイダは続ける。


「魔物ちゃんたちはみんな自分に正直。自分を誤魔化したり、変に我慢したりしないのですっ。それに比べておばさまは、ご自身に正直じゃないのです。ご自身を誤魔化して、我慢してしまっているのですっ」
「お黙りなさい! この小娘が!」


 エイダの言葉によほどカチンと来たらしい。
 シャルロッテの声は裏返っていた。
 それでもエイダは一歩も引かない。


「自分に嘘をついている者と、正直でいる者。どちらがより精神的に強いかは、おばさま。言うまでも無いことだと思うのですっ!」


 近衛兵団に動揺が走った。


――シャルロッテ兵長がご自身に嘘をついている……?
――このままだと、俺たちは戦わずして負けるのか……?


 国王を守る盾である近衛兵団。
 だがそれ以前に、みな一人の戦士である。
 宿敵を前にすれば、やはり戦って勝ちたいと思うのだった。
 しかも彼らは、先ほどの魔法防壁をめぐる戦いにおいて、一度敗れている。
 このままジリジリと精神攻撃を受けて、再戦しないまま敗れるというのは、彼らにとって屈辱極まる事態だった。


「敵の言葉に耳を傾けてはなりません!」


 シャルロッテが、動揺を始めた兵団に喝を入れた。


「相手が姦計を弄してくるのは、まともにやりあって勝てないと自覚しているからです! 我々がここで盾を構えてる限り、敵は何も出来ません! 国王様が回復するまで守りきれば、我々の勝利です!」


 ピシャリとそう言って、老女騎士は場の動揺を鎮めた。


「私が自分に嘘をついているですって? それは一体どんな冗談かしら? 雪原のエイダ」
「その通りの意味なのです。おばさまは近衛兵団を統率するために、ご自身に過剰な節度と節制を課しているのです。それこそ、無理をしてまで」
「私はなんの無理もしてはおりませんわ。私は近衛兵長という地位を、何よりも誇りに思っていますし、今ある生活の全てを心の底から愛しておりますの」
「だったらどうして、初めて会ったとき、リーンのことを『ハレンチの権化』なんて言って責めたのです?」
「いけないことを、『いけない』と言って何が悪いのでしょう」
「悪くはないのですー。でもちょっとおかしいなーと思うのです。本当にシャルロッテおばさまが、今の生活を愛しているのなら、別にリーンの性格のことを、とやかく言う必要はなかったと思うのですっ!」


――ソーダ、ソーダ!
――コタエテ、オバサマー!


 魔物達もエイダの発言にのってはやし立てる。


「人の趣味趣向を責めるのは、ご自身に何か後ろめたいことがあるからなのですっ。シャルロッテおばさまは、この世に同性愛者とか、魔物ちゃんを愛しちゃう人とか、そういう人がいたら、なによりご自身が困ってしまうのです。だからその相手を責めるのですっ!」


 そう言ってエイダは、右の人差し指で、右の頬っぺたをプニリとやった。
 決めポーズだ。


「それがなんです! 当たり前じゃないですか。人の心を乱す者を非難してなにがいけませんこと?!」
「ですから、どうして心が乱れるのです? 気にしなければ良いだけなのですっ」
「目の前の汚物を見てみぬふりをするなど不可能ですわっ」
「汚物だなんて思わなければ良いのです。そもそも、汚物だなんて思っているのは、ご自身の中にもその汚物があるという証拠なのですっ。そうでなければ、汚物だなんて認識すること自体が不可能なのですっ。無垢な子供は、目の前で女の人同士が愛し合っていても、なんとも思わないのですっ」
「悪魔の妄言ですわ! 私、あなたが言っていることの意味がわからない!」


 エイダは唇に指をあてて首を傾げた。


「うーん」


 どうしてこんなに石頭なんだろ?
 そう思いつつ。


「シカタナーイのデース、エイダー」
「ルーザちゃん」
「コノ方ニハ、立場ガ、アルノデース」
「立場かぁ、それはしんどいねー」


 近衛兵団は、己の欲望を規律と節制で無理やり抑えこんでいる。
 つまり、エイダが指摘した通り「無理をしている」のは明らかなのだが、それを認める訳にはいかないのだった。
 己の欲望の存在を認めるだけでも、近衛兵団の意思は“揺らぐ”
 その揺らぎさえ許さないほどに、近衛兵団の規律は硬いのだった。


「ファファファ。話してわかるくらいなら最初から味方についてもらっているのだー、エイダよ」
「うーん、そうなのですねー。困ったのですー」


 エイダはそのつぶらな瞳を細めて、ウンウンと悩み始めた。


「それってなんだか可愛そうなのですっ。同じ人間なのに、愛し合えないなんて……」
「何を甘えたことを! 強く正しくあるためには、そうせねばならぬのです!」
「ほえほえ~~?」
「ならぬものは、ならぬのです!」


 とうとうエイダは、シャルロッテの気勢に押されて何も言えなくなってしまった。


「それ見たことですか! どうみても我々の方が、兵力、精神力、ともに優位に立っておりますわ! おーほほほ!」


 そしてシャルロッテは、高らかに笑った。
 勝利宣言だった。


「あうー、ねえルーザちゃん。ルーザちゃん達もやっぱり、ちょめちょめしちゃうと弱くなっちゃうの?」
「セクース、ハ、ヨクナイノネー」
「じゃあどうしてるの? 我慢してるの?」
「オニャノコ、ドウシ、モンダイ、ナイネ?」
「そうかー、やっぱりそうなのかぁー」


 するとエイダはニコリと笑い、シャルロッテと向き合って胸を張った。


「わかりました! じゃあ近衛兵団のみなさんはこうすればよいのです!」
「……は?」


 その自信満々な様子に、シャルロッテは金縁眼鏡をいぶかしげになおした。
 エイダはずらりと立ち並ぶ、金と銀の甲冑を纏った兵士達、主に男達の姿をぐるりと見渡す。


 そして、言った。


「男の子同士で愛し合えばよいのですっ!」
「…………え?」


 シャルロッテの眼鏡がずり落ちた。
 それの言葉はまさに、禁断の扉の鍵だった。


――な、ななな、なんだってー!


 近衛兵の集団の中から、ドヤドヤとざわめきがあがった。


――その発想はなかったー!


 みな、そう思ってショックを受けている。
 膝を落としてガクガクと震える者あり、天を仰いで奇声をあげる者あり。
 ずっと長いことたまっていた鬱憤が、今この瞬間に噴き出したようだった。


「バカバカしいですわ! 私の部隊には、そのような変態はおりません!」
「それはどうでしょうー?」


 と言ってエイダは、にこやかに近衛兵達を指差した。


「そんな変態おりませんわ……、おりませ…………お前達!」


 指差された先を見て、シャルロッテは愕然とすることになった。
 近衛兵の男たちは、なにやら互いに見つめ合って、その頬を紅潮させていたのだ!


――なあ……お前って髪綺麗だよな……シャンプーなに使ってるん……?
――俺、ずっと……みんなにこの腹筋を見てもらいたかったんだ!
――互いの肉体を褒め称えるのは、普通にありですよね……ウホッ。


 男たちは、みなその頬を紅潮させて、互いの肉体を意識し始めていたのだ!
 エイダはダメ押しにともう一声叫んだ。


「近衛兵団のみなさーん、もしリーンが王様になったら、好きなだけお互いを称え合ってよくなりますよー!」
「や、やめなさい! いけませんよ! あなた方!」


 シャルロッテは、男たちが熱い視線で見つめあうのを慌てて阻止しようとするが、一度意識してしまったものは元にもどらない。
 男たちは恥ずかしそうにもじもじしている。
 何名か混ざっている女騎士達も、男同士でもじもじしている光景には興味深々のようだった。


「ああっ! 私が精魂こめて鍛え上げた部隊が! こんなことになるなんて!」
「精魂こめた甲斐があったというものなのです!」
「そんなことありませんわ! ハアハア……。最悪ですわ! ハアハア……!」


 全力で目の前の状況を否定する老女騎士の呼吸は、何故か荒かった。
 本当はこう言いたかったに違いない。


――最高ですわ!


「ファファファ! 素晴らしきかな雪原のエイダ。相手は完全に士気を失っているぞよ!」
「今が攻撃のチャンスなのですっ」


 魔術師部隊とハーレム部隊が、揃って正門前に集まってきた。
 臨戦態勢だ。


「ルーザ、ミンナのマリョク、ゾウフク、スルネ!」
「ならばワレは、極大爆撃魔法で、敵のどてっぱらに風穴を開けてやろう」
「エイダは、広域混乱魔法で、みなさんの隊列をバラバラにしちゃいますっ」


 ルーザは魔力エンパワーの術を使えるようだ。
 その技によって強化された魔術師部隊とハーレム部隊の能力は、それこそ予測不能だった。
 加えて二人の白色魔術師の爆撃魔法とかく乱魔法。 
 統率を失っている今、それらの波状攻撃を食らえば、流石の近衛兵団もどうなるかわからない。


 シャルロッテの額に、冷や汗が伝った。


「ま、待ちなさい……!」
「ファファファ、実戦に待ったはなしじゃー!」


 完全に形勢は逆転し、責め側に極めて有利な状況になった。
 エイダの弁舌が突破口を開き、オセロの石が一気に黒から白へと翻ったのである。


「お覚悟なのですっ、シャルロッテおばさま!」
「セッキョウ、アリガト、ダッタノネ!」
「ひっ、ひいいい!」


 そのシワの寄った頬を引きつらせるシャルロッテ。
 エイダとルーザは、同時に詠唱体勢に入った。


 そして遂に、戦いの火蓋が切って落とされた。


 











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