ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

説教、老女騎士

 近衛兵長シャルロッテは、国王の側近を数多く輩出してきた名家の生まれである。
 幼い頃から魔術と剣術、宮中における礼儀作法を叩き込まれ、生粋の王室付き兵士として育った。
 年齢は定かではないが、おそらくは国王とそう変わらないだろう。
 そんな老女騎士が、リーンを指差して言う。


「魔物のメスどもをかどわかし、無垢な魔術師達を襲わせるなど、およそ人の為す所業ではありません!」
「はああ?」


 驚きのあまり、リーンは開いた口が塞がらない。


「お、俺がやらせたわけじゃねーんだぜ?」
「だまらっしゃい!」
「うお!?」


 心臓を突き刺すような鋭い声に、リーンは思わずたじろいだ。


「魔物どもの真ん中に立っているという事実だけで、十分すぎるほどです! このケダモノめ!」
「ちょ……おい……」
「私はこれまで、異常な欲望を持つ者達を、それこそ数え切れぬほど見てきました。いたいけな子供に欲情する者……、動物に欲情するもの……、多数の者と同時にまぐわろうとする者……、相手を汚すことで興奮する者……、そして、同性同士で愛を育もうとするもの……。全て異常な精神の持ち主。一刻も早く、この地上から駆除すべき者達です!」


 リーンははじめ、シャルロッテが何を言っているのかわからなかった。
 だがその意味を理解し、そして彼女が、心の底からそう思って言っていることを理解して怖気が走った。


 彼女は、絵に描いたような潔癖主義者なのだ。


「その中でも、あなた方は極めつけですわね、リーン、そしてマジス。よりにもよって、魔物と愛し合おうなどとは!」
「それは差別だぜ!」


 リーンは反射的に抗議の声をあげた。
 だが、それにも勝るシャルロッテの気勢が、その言葉をかき消した。


「差別もキャベツもありません! 子供を産むため以外の性欲は、すべて異常な欲求です!」
「な、なにぃ……?」


 どうにも話にならない。
 そう思いかけていたところに、マジスとルーザが歩みでてきた。


「ワレらはちゃんと子供を作れるし、きちんと育てる意志もあるのだがのう? シャルロッテ兵長」
「イノチ、ハ、アイト、ヨクボウノ、ケッショウ、ネ」


 シャルロッテは、指先をブルブルと震えさせながら、金縁眼鏡を直した。


「人と魔物の間に、子が生まれた例は確かにあります…………ですが!」


――クワッ!


 老女騎士の双眸が見開かれる。


「みな不幸になっておりますわ! 人と魔物の混血が、まともに育つはずがないのです!」


 シャルロッテの全身から、その強い意志が衝撃波となって放たれた。
 広場にいた全員が、その衝撃波を受けてよろめいた。


「うっ……! なんて婆さんだ!」
「良いですか? 人を不幸に導く自由など、真の自由ではないのです。それはただの無節操な欲望にすぎません。あなた方、異常性愛者は、その捻じ曲がった欲望を非難されると必ず言うのですわ。差別であると!」


 シャルロッテは、黄金の盾の中から、精緻な装飾が施された小剣を抜く。
 そして、リーンにむかって突きつけた。


「人を幸福に導けるものは秩序、ただそれのみです! そしてその秩序を守れるものは、規律と節制のみ! それを理解せず、無秩序に己の欲望を増大させ続ける者達を、私は容赦いたしませんわ!」
「……ぬぬぬっ」
「繰り返して言いますわ。『人の子』を産むため以外の性的行為は、その一切が恥ずべき愚行です!」


 老女騎士はどうやら我慢の限界といった様子だった。
 だが、それはリーンとて同じだった。
 ここまで一方的に言われて、黙っていられるはずが無かった。


「……俺はよ、女を泣かせる男がこの世で一番嫌いなんだ。そんでもって、その次に嫌いなのがお説教だ」


 リーンもまたスプレンディアを抜く。
 そして、シャルロッテに突きつけた。


「だから俺も、説教みたいなことは言いたくねえ。だから一回しか言わねえぜ? よく聞けよ? 規律とか節制とか言ってるアンタは、アンタ自身は、いままで一度だって好きな奴とイチャイチャしたいって思ったことが……」
「あ・り・ま・せ・ん・わ!」


 シャルロッテの剣先から、黄土色の波動が飛び出した。


――ゴオウウン!


 何重にも展開された魔法防壁が、その衝撃でメキメキと音を立てた。


「なななっ………」


 リーンは呆れてものも言えなくなった。


――本当なのか?


 疑問符で頭のなかが一杯になった。
 この世に人として生を受けて、好きな人とイチャイチャしたいと、一度も思わない者がいるのだろうか?
 とてもじゃないが信じられない。


「誰かを好きになったりしなかったのかよ?!」
「節度のある方々でしたら、私は好いておりますわ」
「いや、そうじゃなくて、もっとこう……ムラムラっと来るような」
「汚らわしいですわね。嫌悪感しか覚えません」
「むむー……?」


 もっとシャルロッテの論理を突き崩すような、強力なアイデアはないかとリーンは首を捻る。


「あっ、でもよ、国王のおっちゃんはハーレムで魔物の女を囲ってたんだぜ? そこんとこどうよ?」
「国王さまは良いのです」
「そんなのおかしいぜ!」
「いいえ! 国王さまはこの国の法そのもの。何をしても悪くないのです! それに、国王さまがハーレムを囲っているのは、ご自身の魔力を高めるため。この国の安寧を守るために、しかたなくやっていることなのです!」
「……どうだかなぁ」
「もう、貴方とはいくら言葉を交わしても駄目なようですね」
「ああ、そうだな! 一万年話したって何も変わりゃしねえや!」
「ならば実力で排除するのみ!」
「来るなら来いってんだ!」


 リーンの全身から紅蓮の闘気が噴き出す。
 シャルロッテもまた、黄土色のオーラでもって圧迫してきた。
 魔法防壁を挟んで両者はにらみ合う。


 だが。


「ぐぬぬぬ……」
「ぐぬぬぬ……」


 そのまま状況は膠着してしまった。


「この状況はいかんともしがたいですね、リーン」


 ゲンリが話しかけてくる。


「今の我々には、近衛兵団を撃退できるほどの戦力はありません」
「あっちも魔法防壁があって手を出してこれねえんだよな」
「はい、まさにドン詰まりです」
「まいったな……」


 そして何となく気になって、彼女のレベルを調べて見る。


 守護騎士 女
 Lv?? 土属性 


「うほっ」


 マジスよりもレベルが上だった。
 その全身から放たれるオーラの量からして、エイダと同等ではないかとリーンは推測した。


 膠着した状況を見てシャルロッテは、そのシワのよった口元をニヤリと歪ませる。


「丁度良い状況ですわね。これで心置きなく説教できるというものです。それこそ、三日でも四日でも」
「ごめんこうむりたいぜ!」


 このままではヤバイとリーンは思った。
 説教は、される側よりする側の方が精神的に優位だ。
 根負けするのはどう考えてもリーンの方だろう。


 どうしたものか。


 一番良い方法はここから逃げ出してしまうことだ。
 説教など嫌だといって逃げてしまえば良いのだ。
 すぐにリーンはそう思い至る。


「なあゲンリ、他に入り口はないのか?」
「あります、が……。恐らくは封鎖済みでしょう。近衛兵の数が想定より少ないですから」
「鍵かけて回ってるってことか」


 ゲンリは頷く。
 どうやら、説教でやられる前に力ずくで突破しなければならないらしい。


 一か八か。
 リーンは覚悟を決めた。


『エンデ・ラルダ!』
 -炎よ、出でよ-


 スプレンディアの刀身が真っ赤に染まる。


 一撃必殺の切り札で、あの口うるさい老女騎士を無力化する。
 他に手はないとリーンは踏んだ。
 そしてさらに魔力を込める。
 臨界に達したスプレンディアの刀身が、眩い白色光を放ち始めた。


「ふふふ、そんなオモチャでこの私をどうにかできるとでも?」


 だが老女騎士は、まるで表情を曇らせることなく、涼しげな様子で盾を構えた。


「やってみなきゃわかんねえだろ!」
「残念ながら無駄ですわ!」


 シャルロッテはそう言って金縁眼鏡を光らせた。


『ゴールディアン・ソーディアー!』
 -守護神の黄金壁-


 そして詠唱。
 シャルロッテの盾から、プリズムを通したような七色光が放たれた。


「なにっ?!」


 リーンは驚愕に目を見張る。
 シャルロッテの左腕に装着された小ぶりな盾から、その全身を覆いつくすような巨大な黄金の盾が投射されたのだ。


「私のだけではありませんよ?」
「げええっ!?」


 さらに、その巨大な黄金盾は、その場にいた全ての近衛兵の盾に生じていたのだ。
 軍隊を構成する全ての兵士への守護魔法。
 それこそが、老女騎士シャルロッテの奥義だった。
 タダでさえ絶望的だった中央突破の可能性が、これで完全についえた。


「こなくそーっ!」


 それでも、振り上げた剣の行く先は一つしかない。
 リーンはまさに、破れかぶれの心境でシャルロッテに切りかかっていった。


――ガキイィィィイイインッ!


「うおおおおおおお?!」


 リーンが放った一撃は、シャルロッテからゆうに5歩は離れた位置で止められてしまった。
 とんでもない防御力を持つ黄金の盾が、リーンの全身をすっぽりと覆いつくすほどに展開されている。
 このままではいたずらに魔力を消耗するだけだと感じたリーンは、すぐに剣を引いて飛び退いた。


「ふふふふ……いかがでした? 私の盾の硬さは」
「堅物軍団とはよく言ったもんだ!」


 ものの見事にカチンコチンだった。
 この盾が全ての近衛兵に備わっているのだと思うと、もはや絶望を通り越して笑いが込み上げてくるくらいだった。


――近衛兵団は強い。


 先日、ギリアム医法師長に言われた言葉を思い出す。
 その強さとは、つまり守りに特化した強さだったのだ。


「まさにその通りだったぜ、ギリアムのおっちゃん」


 そうして、いよいよ万策尽きたかに思えたその時。
 魔物の女達が思いも寄らぬ行動にでた。


「オバーチャン、オバーチャン」
「ネエネエ、オバアチャン」


 どうやらシャルロッテに興味を持ったらしい数名の魔物達が、前に歩み出て来たのである。


「むむむっ? いきなり人に向かってオバアチャンとは何ですか。失礼な……」


 と言って老女騎士は、さも心外であると言った表情を浮かべた。


「ワタシタチ、ニモ、セッキョウ、シテクレマス、カ?」
「なんですってっ?」
「ニンゲン、セッキョウ、サレル、ニンゲン、ナル」
「何を言っているのですかね、魔物風情が……。人間の子なら、きちんとした大人に指導されることによって、立派な人間になれます。ですが、あなた達には無理です。魔物なんですから」
「オオ……ウレシイ」
「ウレシイネ、ソレッテ、トッテモ、ウレシイネッ」
「ええっ??」


 流石のシャルロッテも首を傾げた。
 魔物達は、これ以上はないほど冷たくあしらわれているにも関わらず、嬉しそうに頬を染めているのだった。


「なぜ喜ぶのですっ! あなた方は魔物! どう足掻いても人間にはなれません!」
「オオッ! モット、モットイッテホシイ!」
「ゾクゾクッ、ブルブルッ」


 どんなにきつく言ってもこたえない。
 それどころか、さらに身をよじらせて魔物達は歓喜した。


「なんなのですか!? 魔物だけに、やはりおかしな性癖を持っているのですね、あなた方! なんとけしからない!」
「オオイエースッ!」
「ヤー! イヤアーッ!


 その時リーンは、シャルロッテが口にしている、ある言葉にピーンときた。


「なるほど、なるほど……」


 そして隣にいるゲンリに耳打ちする。


「ひそひそ…………あの婆さん、無意識のうちに、魔物達『あなた方』とか言ってんの気付いてないんだぜ……ひそひそ」
「おおっ、確かにそうですねっ……」


 シャルロッテは、魔物達のことを罵りつつも、「あなた」という言葉で、きちんと人間らしく話しかけているのである。


「ワタシモ、セッキョウ、ウケルネー」
「セッシャ、モー」
「ソレガシ、モー」


 そのことに気付いた魔物達は、次々と老女騎士の足元に群がっていった。


「最悪ですわ! 気色悪いですわ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすシャルロッテ。
 しかし魔物達はますます喜ぶばかりだ。


「おいっ、ばっちゃん! 教えてやろうか?」
「なんですか、ばっちゃんとは! きちんと『シャルロッテおばさま』とお呼びなさい!」
「おうよ、シャルロッテおばさま。みんなも一緒に!」


――シャルロッテ、オバサマー!


 魔物達が声をそろえて老女騎士の名前を叫んだ。
 シャルロッテの首筋に、滝のような冷や汗が流れた。


「ええい! なんたること!」
「だからよー、シャルロッテおばさまの言うことは、頭の先から尻尾まで、ぜーんぶ説教なんだよ」
「んまっ!」
「だからこいつら、こんなに喜んでるんだ。人間に説教してもらってるってな」
「むむむーっ!?」


 今度は一転して青ざめた顔になるシャルロッテ。
 その肩がワナワナと震えていた。


「……そうですか……説教は人間が人間に対してするもの。それを私は魔物なんぞに……なんたる不覚……」


 シャルロッテは呼吸を整えて、金縁眼鏡を直す。


「よろしい。ならば私は、もうなにも言いません」
「そうだな、それが良いと思うぜ」
「一言も口にはいたしません」
「俺への説教も出来なくなるなっ?」
「…………」


 シャルロッテの肩がガクガクと怒りに震えている。
 よほど悔しいのだろう。
 こめかみに血管が浮かんでいる。
 リーンはぼちぼち頃合だと思った。


「っつわけでみんな、後は頼んだぜ!」
「ヤー! ワタシタチ、ココデ、オバサマニ、ニラマレテル、ヨ!」


 魔物達もはや、シャルロッテの怒りの視線だけで十分に嬉しいらしい。
 みな地面にぺたりと座りこんで、キラキラした瞳で老女騎士を見つめている。


「そういうわけだ。それじゃーな、シャルロッテおばさま? しかたねえから俺は、ちょっと用足しに言ってくるぜ」
「ま、ままままっ、待ちなさい! どこへ行こうと言うのです?」
「ちょっとそこまで」
「あなたは自分に対する説教を、こんな形で人になすりつけるのですか!」


――ワオオオー!


 魔物達が盛大な歓声を上げる。


「おうよ、こんな形で“人”になすりつけるんだ。俺は説教が大嫌いだからな」
「ふぬぅうう! この恥知らずめが!」
「いまさらだなっ。恥なんて言葉は、オヤジの金玉ん中に捨ててきたさ!」
「小娘ー!!」


 キイイィー!
 と歯軋りするシャルロッテだったが、それ以上のことは何も出来ないのだった。


「じゃあゲンリ、もう一度ギリアムのおっちゃんのとこに行ってくる」
「私もついていきましょう。医法師達が敵対してくるとも限りません」
「おう、じゃあ頼むぜ。実はな、迷わず行けるか心配だったんだ」
「ええ? あんなに目立つ建物をですか?」
「似たような建物がいくつか建ってるからなー」
「ふふふ、では案内いたしましょう。マジスさま、後はよろしくお願いします」
「ファファファー、任せておくが良い」


 リーンとゲンリはその場の指揮を魔術師長にたくすと、ギリアムの執務室がある医法師本部の塔を目指して広場を後にした。


――ドロドロドロ……


「おっ!」
「始まったようですね」


 広場の後方の建物から、どす黒い煙がもうもうと噴き出てきた。
 以前、スノーフルに巨大竜が襲来してきた時に見た、魔素の煙である。


 煙は次々と城の上空へと昇っていって、あっという間に真っ黒な雲となって空を覆いつくしてしまった。
 その雲に引き寄せられるようにして、遠くの雨雲が流れてくる。
 空はますます鉛色に濁って、ぽつぽつと雨粒まで落ちてきた。


「これで魔物のみんなも安心だなっ」


 エイダとドーリアが、雨乞いの儀式を成功させたことを確認して、リーンは医法師本部へと走っていった。















コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品