ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

必死、陣地構築

 神輿は壊れたベッドの廃材で作られていた。
 両手に抱える程度の壷が、丁度一つ載る大きさだ。
 大人が数人いれば容易に持ち上げられる。
 乗せられている壷にはしっかりとフタがされていて、中身が零れ出ないようになっていた。


「なあ、その壷の中身って」


 足早に階段を上がりながら、リーンはエイダに問いかけた。


「うん、王様に溶かされちゃった、あの魔物ちゃんよ」
「うわあ……なんたってそんなもんを!」
「魔物ちゃんの屍骸は魔素の材料になるの。私とドーリアちゃんで、その魔素をつかって雨乞いの儀式をするのです」
「雨乞い……? そうか!」


 魔物達にとって、一番の敵は天の円盤から降り注ぐ光である。
 その光を、雨雲を呼ぶことによって遮ろうというのだ。
 ドーリアとは、あの全身に刺青の入った暗黒祈祷師の女の名前だった。


「うんっ、魔物ちゃん達には、みんな厚手のローブを着せてあるけど、やっぱり外で戦うのは大変だから」
「はぎとられたら終わりだもんなー」
「だから、あの溶かされちゃった魔物ちゃんの力を借りて雨雲を呼ぶのです」


 リーンはエイダの言葉に頷く。
 そして、神輿を担ぎながら階段を駆け上がってくる、魔物の女たちを見た。
 彼女らの眼には、ある種の決意がみなぎっているようだった。
 死んだ同胞の弔いをする。
 そんな強い意志が見て取れた。


「なんて名前だったんだ? その子」


 リーンがそう問いかけると、始終ひまわりのような笑顔を浮かべているエイダの顔が、少しだけ悲しみに曇った。


「みんな、ティーちゃんって呼んでいたのです。茶色い肌で、リスのような目をしていて、とても手先が器用で、好奇心旺盛で……。でも私が目を離した隙に、鍵をこじ開けて出て行っちゃったの。それで……」


 エイダの口調には、どこか自分を責めているようなニュアンスがあった。
 自分の不注意で彼女を失ってしまったのだと思っているのだ。


「やっぱり、ハーレムに閉じ込められているのが嫌だったのか?」
「ううん、それよりも、あの子は人間の世界が見てみたかったんだと思うの。ハーレムを出た向こうには、人間が沢山暮らしている街があるってことを知っていたから」


 エイダはちらりと神輿の方を振り返る。


「でも結局、見張りの魔術師に見つかっちゃって。国王さまが直々にあの子を見せしめにしてしまったのです」


 そこまで言ってエイダは首を振った。


「いいぜ、大体わかった」


 リーンはそんなエイダの肩をポンと叩く。


「今日はその子の弔い合戦だ。俺たち戦いを、空の高くから見ていてもらおうぜ」
「はいなのです、リーン」


 エイダは、さりげなく目じりを拭う。
 そしてすぐにもとの笑顔に戻り、リーンに続いて階段を駆け上がっていった。




 * * *




『レヴィル・エウィル・ストルム!』
 -獰猛なる雷光の激流-


 本殿前の広場に雷鳴が轟く。
 灰色魔術師ゲンリが放った、上級雷撃魔法だ。


 魔術師団が本陣を構築しているのは、以前リーンが勇者登用試験を受けた中庭だった。
 本殿居住棟の手前に位置する玄関口。
 その正面門の前に広がる施設である。


 主に精鋭兵の閲兵や御前試合などに使われるその施設は、四方を壁に囲まれているため陣地の構築に向いている。
 先ほどゲンリが放った雷撃は、正面門から突入しようとしてきた近衛兵団を牽制したものだった。


 ゲンリを始めとする5人の灰色魔術師が、正面門の前に並び立って不断の警戒を続けている。
 その他の赤色、紺色、黒色の魔術師達は、広場の地面に巨大な魔方陣を描いている。
 構築に成功すれば、いかなる攻撃にも耐えうる魔法防壁になる。


 だが。


「急いでください、みなさん! もうすぐゴールドが来ます!」


 現在、広場への突入を試みている近衛兵は、みな銀色の甲冑をきたシルバーと呼ばれる部隊だ。
 それとは別に、ゴールドと呼ばれる国王のごく近辺を警護する部隊がある。
 ゴールド近衛兵は、それぞれが赤色魔術師級の魔力をもち、さらには大陸随一の武力を誇っている。


 陣地構築の成否。
 それはゴールド部隊が来る前に、いかに迅速に構築できるかにかかっていた。


『ウィル・ヴェーラ・レビン!』
 -乱舞せよ紫電-


『エンデ・ルブーン!』
 -炎の大嵐-


『エアラ・ジン・ストルム!』
 -吹き荒れよ、風の刃-


 再び広場に激しい閃光が走る。
 三人の灰色魔術師が同時に魔法を放った。
 一人は雷撃、一人は炎風、そしてもう一人は真空の竜巻をそれぞれ放つ。
 突入を試みてきた3名の近衛兵は、銀の盾を正面に構えて魔法を押し戻そうとしてきた。


「させません!」


 ゲンリともう一人の灰色魔術師も攻撃に加わる。
 魔法と盾の衝突点から、七色の魔力残滓が激しく飛び散る。
 5本の強烈な魔法攻撃を食らって、さすがの近衛兵も門の向こうに引っ込んだ。


「ふう……命が縮む思いです」


 ゲンリが額に浮かんだ汗を拭う。
 もし門を突破されて、中庭内での乱戦にもちこまれたら、魔方陣を描いているどころではなくなる。
 こと近接戦闘においては、絶望的なまでの力の差があるのだ。


「むっ!」


 その時、居住棟のベランダの一角から、金色の閃光が飛んできた。


「ぐわっ!」
「なんと!」


 灰色魔術師の一人が、その閃光を受けて右腕を負傷した。


「ついに来ましたか!」


 ベランダの上には、金色の甲冑を身に包んだ5人の兵士が、金色に光る弓を構えて並んでいた。
 同時に弓を引き絞り、ゲンリ達に向かって放ってくる。
 先ほどの閃光は、彼らの放った矢だったのだ。


『ウェーリエ・ベリェ・ルクサ!』
 -多重光壁-


 ゲンリはすぐさま防御魔法を詠唱する。
 ゴールド部隊がはなった矢の軸線上に、幾重もの光の壁が展開する。


――キィィィイイイン!


 ただの矢であれば即座に弾かれたであろう。
 しかし、それはただの矢ではなかった。
 強い魔力がこめられているのだ。
 金色の光を放ちながら、凄まじい勢いで回転を始める。


――パッキィィイイン!


 最初の光壁が砕かれる。
 続いて二枚目に亀裂が入る。


――ピギィィッ!


「くっ! このままでは」


 ゲンリの展開した防壁に、次々と魔弾の矢が突き刺さる。
 さらに、ゴールド部隊の攻撃にあわせて、再びシルバー部隊が突入を試みてきた。
 空中の防御にあたるゲンリと負傷した一人を除く三人が、全力の魔法を門に向けてはなつ。
 空中で、地上で、激しい応戦が始まった。


「応援を!」


 ゲンリの号令とともに、魔方陣の構築にあたっていた赤色魔術師が数名、防御に加わった。
 突入部隊にさらなる炎弾が叩き込まれ、空中には矢の進路をかき乱す滝の壁が発生した。


 ベランダの上の弓兵が、さらに矢を放ってくる。
 合計16本の金色の矢が、きりもみ運動を続けながらジリジリとゲンリたちに迫ってきていた。


「みなさん、あと一息です! 頑張ってください!」


 魔方陣はその9割がたが完成している。
 本当にあと一息だった。


 だが、そんなゲンリの鼓舞をあざ笑うかのように、門の奥から黄金の大盾を構えた部隊が姿を現した。
 既に門の前まで出てきていたシルバー部隊が脇に避け、その間から進撃してくる。


「――――くっ!」


 ゲンリはその表情を険しくした。
 あと一歩及ばなかったか。
 そんな悔恨が胸をよぎる。


 ここで陣の構築に失敗した場合、外城の正門前ホールまで撤退することになっている。
 そうなれば確実に長時間に及ぶ持久戦に突入する。
 国王の魔力が弱っているうちに撃破するという作戦は、事実上失敗に終わるのだ。


 黄金の盾は、灰色魔術師三人分の全力射撃をものともせず、まるでその力を見せ付けるようにして、ゆっくりと中庭に侵入してきた。


――もはやこれまで。


 そう、ゲンリが諦めかけた、その時だった。


「またせたな!」


 中庭のど真ん中を横切って、一陣の熱風が駆け抜けた。


――ガゴーン!


 大鐘を鳴らすような音を響かせて、大盾を構えた兵士の一人が、門の向こう側へと吹き飛ばされた。


「リーン!」
「どうやらヤバかったみたいだな、ゲンリ!」


 金色の甲冑に凄まじい体当たりを決めてみせたリーンは、土ぼこりをあげながら地面に着地すると、灰色魔術師にむかってそう言った。


――ズガガガーン!


 続いて、弓兵部隊が構えていたベランダが、黄金色の光を放って大爆発を起した。


「おおっ!」


 ゲンリが感嘆の声を上げる。
 一切の予兆のないその爆発は、弓兵部隊の全員を一撃で吹き飛ばした。
 部屋の奥へと吹き飛ぶ者があり、ベランダの外に放り出される者があり、一瞬にして上方からの狙撃力が消え去る。


「ファファファ、みたかリーン。ワレはこのように、ド派手な魔法も使えるのだ!」


 本殿正面門とは反対側の門に立っていたマジスは、続いてその手の平を大盾兵に向けた。


――ドーン!!
――バーン!!


 絵に描いたような爆発が起り、中庭に侵入していた二人を吹き飛ばす。
 爆発の予兆がまったくないので、回避することはおろか、防御することさえ出来ない。
 重装甲の巨漢の兵士が放物線を描いて空を舞い、壁の向こう側へと墜落していった。


「やるじゃんか、おっちゃん!」
「ファファファ!」


 リーンと魔術師長の到着によって、場の士気は一気に上がった。
 残りのシルバー部隊に攻撃力を集中させ、一瞬にして行動不能に追いこむ。


「魔方陣、完成しました!」


 広場の真ん中にいた赤色魔術師が声を上げる。
 魔方陣の各部には既に、8名の紺色魔術師が控えていた。
 即座に、正門前の迎撃にあたっていた三人の灰色魔術師が後ろに下がる。
 そして、魔方陣の真ん中に描かれている三つの星印の上に立った。


『ジ・オー!』
 -巨大-


『マギテル!』 
 -魔法ー


『ウェーリエ!』
 -防壁-


 三声同時詠唱。


 瞬間、中庭が光に包まれた。


「うおおおおお!?」


 その光圧に、リーンは危うく吹き飛ばされそうになった。


「こっちです!」


 その手をゲンリが掴む。
 そして魔方陣の中に引き込んだ。


 円状に描かれたその魔方陣の周辺から、円筒状の光壁が立ち上った。
 その光壁は、まさに天を貫くまでに延び上がり、その頂点から四角錐の光線が降り注ぐ。


――シュィィィィィン!


 二枚、三枚、四枚と光のヴェールが下ろされて、リーン達の陣取る中庭は、あっという間に強固な魔法防壁で囲まれた。


「見たか、この堅物軍団めが!」


 マジスは挑発的な仕草をしつつ、近衛兵団を罵った。
 近衛兵は、すでに三十名ほどが集まっていたが、その誰もが歯軋りをして悔しがっている。


「「「ぐぬぬぬっ!」」」


 その場で地団駄を踏み、盾やら剣やら兜やらを、揃って地面に叩きつける。
 よほど悔しかったらしい。


「なんだなんだ、仲悪いのか!?」
「はいリーン。近衛兵と魔術師団は、遠い昔から水と油なのです」


 ゲンリが説明する。


「そうなのか!」
「近衛兵団は生真面目な者ばかりで、魔術師団は変わり者ばかり。理解しあえるわけがないんです……」


 だからって、あの悔しがりようは異常じゃないか?
 リーンは率直に思う。


「子供みてえだな……」
「ええ、まあ……みなさん初心うぶですから」


 近衛兵団も魔術師団も、みな卓越した魔法の才を持っている。
 それはつまり……。


「揃いも揃って童貞か!」
「身も蓋もない言い方をすれば、そうなりますなっ」


 魔法の才を維持するためには、まず何より異性との交わりを断たなければならない。
 人が本来持つ欲望の一部を、なんらかの方法で抑えこまなければならないのだ。


 魔術師団はその欲望を捻じ曲げることによって制御している。
 近衛兵団は規律と節制で抑えこんでいる。
 医法師団は医学的な関心事として割り切っている。


 それぞれ、根本的な思想からして異なるのだった。


「なんか、ため息が出るぜ……」


 能力の割りには幼稚な彼らの行動を見て、リーンはふうとため息をついた。
 何はともあれ、陣地の構築には成功した。
 魔術師団は、みな揃って歓喜の声を上げていた。


「ところでリーン、ハーレムのみなさんは?」
「ああ、陽に当たらないようにって、壁の中の通路を走ってきてるんだ。もうすぐ来ると思うぜ?」


 リーンが言うか言わないかのうちに、なにやら後方の建物から異様なオーラが漂ってきた。


「話をすればなんとやらだ、来たようだぜ……ん?」
「おおっ?」


 リーンは首を傾げた。
 建物の入り口の奥に、なにやら不穏な視線が光っている。


――オオ……ニンゲン
――ニンゲンノ、オトコ……
――ジュルリ……
――ペロリ……
――エヘ、エヘヘヘ……


 ゲンリはごくりと生唾を飲み下した。
 魔物の女達の目は、ただならぬ欲望のオーラに満ちていたのだ。


「一つ聞きます。あの方々は味方ですか……?」
「うーん、どうだろうな……」


 ここにきて大誤算かも――。
 リーンの頬に冷や汗が伝う。


「オトコ……」
「ワカイ、オトコ……!」
「シンピン、ピカピカ……!!」


――ウヒョヒョーイ!


 魔物の女達が、堰を切ったように中庭になだれ込んできた。


「うわわー!」
「これはなんとしたことかっ!」


 喜びムード一色だった中庭は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄に変わった。


――オトコー!


 空から燦々と降り注ぐ陽の光も気にせずに、魔物女達がその肢体をブルブル揺らしながら走ってくる。


「な、なんだー!?」
「怖ぇええー!!」
「に、逃げろー!」
「逃げろってどこに!?」


 突然襲い掛かってきた、女の形をしたケダモノを前に、魔術師達は成す術もなく逃げ惑う。


「ペロペロ~~」
「ひいぃぃぃぃ!」


 早くも掴まった一人が、ローブをひん剥かれて首筋をペロペロされ始めた。


「だめよみんなー! さくらんぼ狩りなら後にしなさーい!」


 遅れて飛び出してきたエイダが、懸命に声をあげるものの、魔物達の暴走は止まらない。
 その皮膚が陽の光にあたって、焦げ始めているにも関わらず、男達を襲うのをやめられない。


「どんだけ飢えてたんだお前らー! つうかエイダ! 後でならいいのかっ!」
「だってぇー、うまく行ったらご褒美欲しいってみんなが言ってたからぁー」
「だからあんなにやる気満々だったのかっ!」


 リーンとエイダが言い合っているうちにも、状況はどんどんエスカレートしていく。
 数人がかりで壁際に追い詰められ、逃げ場をなくした赤色魔術師が尻をめくられていた。
 魔方陣を維持していた灰色魔術師も、馬乗りになられてもがいている。


「おお、このままでは魔法防壁が……!」


 ゲンリが頭をかかえてうろたえる。
 その時、後方から二人の人物が歩き出ていた。


「ファファファ」
「ウフフフー」


 それは、魔術師長のマジスと、最も高レベルな魔物であるルーザだった。


「人と魔物でも、こうして手を携えて歩くことができる」
「スバラシイノネー」
「いづれ、人と魔物の垣根は消えてなくなるだろう。我々はその先陣を切るのだ」
「ドンナ、コンナンガ、マチウケテ、イヨウトモ……ネ?」


 手と手をとりあって進むその姿は、まるでこれらか挙式に臨もうとしている新郎新婦のようだった。


「……ど、どういうことだ?」


 二人は中庭の中央に歩き出ると、リーンに向かってこう言った。


「我らは、この戦いが終わったら夫婦となろうと思う」
「なんだってー!」


 流石のリーンも飛び上がって驚いた。


「話が早すぎるんだぜ! どういうことだ! めでてえ!」


 エイダとゲンリも、あまりに急な結婚宣言に開いた口が塞がらない。
 しかも二人は、人と魔物である。


「うむ、まあ……初めて目と目が合った時に……。な? ルーザよ」
「マジス、ワタシノ、ウンメイノヒト、ネッ」


 と言って、恥ずかしそうにその金色の髪を揺らすルーザ。
 どうやら冗談ではないようだ。


「うん……まあ……そりゃあ、めでたい! でも今は、この状況をなんとかしねえとよ!?」


 中庭では相変わらず破廉恥な光景が繰り広げられていた。
 ほぼ全裸にされてしまった男までいる。
 先ほどから、その男達の悲鳴が止まらない。


――たすけてー!
――ママー!
――大人になっちゃう!


「ルーザよ、初めての共同作業だ」
「イエス、マイダーリン」


 ルーザはマジスの肩に手を回した。
 恰幅のよい男であるマジスは、軽々とルーザの体を持ち上げてお姫様だっこをする。
 ルーザはその体勢のまま両手を天に向かって大きく開き、独特の詠唱をした。
 カボチャのように巨大な胸が、見せ付けるようにしてブルンッと揺れた。


『ルービン・コントロー!』
 -ミンナ、オチツケ-


 ルーザの全身から紫色のオーラがほとばしる。
 そのオーラは彼女の両手を伝って、中庭で暴れている全ての魔物女の体にとりついていった。


「……ハッ、ワタシハ、イッタイ」
「オオ、ハシタナイ、ハシタナイ……」
「タイヨウ、ガ、マブシイノネッ」


 するとみな、すぐに平常心を取り戻し、組し抱いていた男達から離れた。
 そして陽の光から体を守るべく、厚手のローブで身体を覆った。


 ルーザの能力。
 それは、魔物達の間にある『感情の泡』を制御する力だった。


「つか、おっちゃんは何もしてなくね?」
「ファファファ、ルーザの体を持ち上げただけじゃー。ファファファー」


 女達から解放された魔術師達は、よろよろと起き上がって脱がされた服を着なおす。
 幸いなことに、大人になってしまった者はいないようだ。


 魔物達はすごすごとルーザの後ろに引き下がる。
 建物の中から様子を伺っていた人間の女達も、場が落ち着いたのを見て、中庭に歩き出てきた。


 ここにようやく、ハーレム軍団と魔術師団の結集が成った。


「よしっ、ひとまず落ち着いたな」


 リーンはエイダに向かって言う。


「んじゃ早速、雨乞いの儀式を始めようぜ?」
「ええ、リーン」


 エイダは頷くと、暗黒祈祷師のドーリアと供に、建物の中へと引き下がっていった。
 壷の乗せられた神輿は、その中に放置されている。


 リーンは二人を見送ると、本殿へと続く正面門へと足を踏み出した。
 さらにその数を増した近衛兵団が、隊列を組んでこちらを睨んでいた。


「……ん?」


 その隊列の真ん中から、一人の小柄な兵士が歩み出てきた。


「まあまあ、これはハレンチ極まる光景ですわねぇ」


 それは女性だった。
 しかも老女である。
 近衛兵団の中には、かつてのジュアのような女騎士も数名いるが、その数は多くない。
 並みいる男性騎士のなかにあって、一際小さいその姿は、かえって異様なまでに存在感があった。


 毛先の部分だけ紫色に染められた白髪。
 金の鎖飾りのついた金縁眼鏡。
 その窪んだ眼窩の奥には、ギラギラとした眼光が滾っている。
 まるで老成した猛禽を思わせるような女騎士だった。


「誰? あんた?」
「人に名を聞くときは、まず自分から名乗りなさいっ!!」
「うげっ!?」


 教育熱心な母親のような鋭さで、老女はリーンを叱りつけた。
 リーンの肩がビクリと跳ねる。


「お、おおお、俺はリーンだ!」


 一番苦手なタイプだ。
 リーンは条件反射的にそう思う。
 老女は金縁眼鏡を指で直すと、リーンに向かって己の名を告げた。


「私は近衛兵団団長のシャルロッテ」


 そしてリーンをピシャリと指差して、鋭い声でこう言った。


「リーン。貴方はまさに、ハレンチの権化のような娘ですわね! この私自ら、教育してさしあげますわ!」
「きょ、教育だって?」


 リーンは、口の奥から苦いものが込み上げてくるの感じた。















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