ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

突入、大宮殿

 城下町の人々は、その多くが宮殿の方角を向いていた。


 通りに出ている者はみな、立ち止まって宮殿の一番高い屋根を見ていた。
 建物の中にいる者もまた、窓から顔をだして同じ方角を眺めていた。
 通りを警備する兵士達の中にも、これから起る大事業をその眼に収めようと、仕事を放り出して遠くに眼をやっている者達がいた。


「そろそろか」


 リーンは宮殿の敷地内にある商店街に来ていた。
 雑貨屋で買った粗末な遠見筒で、宮殿の一番高い屋根の上を眺める。
 5階建ての建物のさらに倍は高い防壁の、そのまた三倍は高い位置にある屋根。
 赤い塗装がされたその球根型の屋根の上に、小さな足場が取り付けてある。
 そして、金色の甲冑に身を包んだ三名の近衛兵によって警備されていた。


 まもなく、その下の階段から国王が現れるはずだ。


 リーンはひとまず商店街の雑踏を抜けて、宮殿正門へと続く大通りへと出た。
 そこにも多くの人々が詰めかけていた。
 所定の位置に下級兵がずらりと並んで壁を築き、そこから先に見物人を通さないよう見張っている。
 その兵達の中には、バルザーの姿もあった。


「よっ」


 見物人の間をすり抜けて、兵士達の壁の前まできたリーンは、何の躊躇もなくバルザーに話しかけた。


「…………」


 しかし、仕事熱心なバルザーはまったく反応しない。
 無骨なねずみ色の鎧に身を包み、槍と盾を構えて直立不動だ。


「ごくろーさんだなー」


 構わずリーンは続ける。


「こっから行くからよろしくな」


 と言って、彼の鎧の胸をコンコンと叩く。


「下がっていろ!」


 バルザーは強くそう言うと、盾でリーンの体を押して下がらせた。


「へいへい」


 リーンは言われたとおり、すごすごと後ろの群集の中に引き下がる。
 そして大人しく、これから始まる世紀の大事業を見物する野次馬の一人になった。
 誰も勇者の存在に気付いていない。
 人ごみの中にまぎれていれば、リーンはただの放浪剣士にしか見えないのだ。
 実際この城下町において、リーンを見知っている者はごく僅かだった。


「国王さまだー!」


 遠見筒を覗き込んでいた男の一人が叫ぶ。
 それと同時に、周囲にどよめきがあがった。
 この日のために商売人達がこぞって量産した遠見筒が、次々と宮殿の屋根へと向けられていく。


「おおー」


 リーンは筒は使わずに、肉眼を凝らして屋根の上を見た。
 足場の下の階段から、国王がゆっくりと歩き出てきた。
 少し遅れて、宰相のゴーンも現れる。
 国王は足場の上に立つと、眼下の国民達に向かってひらひらと手を振った。


――国王さまー!
――国王さま万歳!


 一部の熱烈な信望者が、喝采の声を上げる。
 だが、他の多くはただの見物客だった。
 その声はまばらで、あまり大きくはない。


――ふぉっふぉっふぉ、我が勤勉なる臣民達よ。これよりわれは、大防壁の儀を執り行うぞよ。


 魔法によって増幅された国王の声が、広場に太くこだました。
 畏怖に震える信望者の何人かが、口に手を入れて白目を剥き、そのまま後ろにバタンと倒れた。


――とくと見よ、我が大魔力が成す技を。ふぉふぉふぉーっ


 国王が杖を振りかざした。


――おおおおっ!


 すると、国王が立っている場所の周辺の景色が、まるでレンズで捻じ曲げたようにグニャリと歪んだ。
 続いて七色の光が、その歪んだ空間から飛び出してきた。


――キエエエエエーイ!


 するどい国王の咆哮が半径1エルデンの距離にまでこだました。
 瞬間、群集の視界を強烈な閃光が襲った。


――うわあああああ」
――眼がアアアアア!


 遠見筒を覗き込んでいた者達が、次々と手で眼を押さえて屈みこんだ。
 強烈な光を直接受けて、目をやられてしまったのだ。


「なんも見えねえぜ!」


 リーンもまた、手で眼を覆っていた。
 あたり一面、夥しい光で真っ白だ。


――ほーれほれほれ、ホーーーーイ!! 


 国王の号令とともに、一瞬、光が弱まった。
 眼が慣れてきたリーンは、その眼を細めて空を見上げる。


 その瞬間。


――バリバリ、バババーン!


 空を真っ二つに引き裂く極太の光線が、西の彼方へと向けて放射された。
 バリバリと雷鳴に似た音を立てながら、身の毛もよだつほどの大出力で飛んでいく。
 周囲の空気が瞬間的に加熱され、まるで空間そのものが歪んでいるかのように見えた。


「げげえ!!?」


 それはもはや、魔力という概念を超えた技だった。
 もし、地上に向けて放っていれば、エヴァーハル城下町が丸ごと吹き飛んでしまっていただろう。
 個人が成せる領域を遥かに超えた、超自然的な光景だった。


――おおお……!


 全ての者が、その現象を呆然と眺めていた。
 天の円盤の日差しすらかき消してしまうほど強力な閃光が、建物と人々の後ろに長くて黒い影を作り出していた。


 国王の放った光線は、大陸のほぼ半分、140エルデンの距離を一瞬で横切った。
 そして、その軸線上にいる全ての人々に観測されながら、大陸の西の果て、ウェスターナ辺縁地区へと着弾した。


――ブズズズズ……


 どこからともなく地鳴りのような音が響いてきた。
 多くの者は、それが地の果てに大防壁が築かれた音だと思った。
 だが実際は違う。
 そんな遠くの物音が、すぐに伝わってくるはずはないのだ。
 その音は、光線によって強い魔力を帯びた空気が引き起こしている現象だった。
 だがそれでも、見物している人々に恐怖と驚きを与えるには、十分すぎるものだった。


「あがごごごご……」


 リーンの近くにいた老婆が、口から泡をふいて卒倒した。


「おいっ、しっかりしろ婆さん!」


 リーンは慌ててその肩を抱く。
 そして静かに地面に横たえる。


「ふおおお……まさに神の如きかな……むふおおお」


 白目を剥いている老婆の介抱を誰かに頼もうと、リーンは周囲の群衆を見渡す。
 だが、その誰もが呆然とした表情で立ち尽くしており、まるで案山子かかしのようになってしまっていた。


「おいっ! お前ら! ここに婆さんが倒れてんぞ!」


 しかし群集に反応はまったくない。
 そればかりか、壁を作っている兵士達までが、光線の通り過ぎていった後を見上げてポカンとしていた。


「くそっ!」


 リーンは群集をかき分けて進んでいくと、バルザーの胸を強く突いた。


「おいっ! 倒れた人がいるんだ! 何とかしろ!」
「………むっ!」


 そこでようやく我に返ったバルザーは、両隣の兵士の背中を叩いた。


「……はっ!」
「……うあっ!」


 さらに我に返った二人の兵士が、さらに隣の兵士の背中をたたく。


……はうっ!
……はっ!
……んがっ!
……むわ!


 次々と我に返っていった兵士達は、互いに合図を送りあって状況の確認を始めた。
 そして群集の中に倒れている者が多くいることを知り、その処理にあたった。
 ただの案山子になってしまった群集を押しのけるようにして、灰色の鎧を着た兵士達が入り込んでいく。
 リーンはバルザーを案内するようにして、倒れた老婆のもとまで導いてやった。


「じゃあ、あとは頼んだぜバルザー」
「うむ……」


 リーンは老婆の介抱を始めた彼にそう告げる。
 そして、身体強化の魔法を唱える。


『エンデ・イン・エクスパー!』 
 -爆ぜよ、内なる炎-


 リーンの体に炎が滾る。
 もう一切の迷いはなかった。
 あとはあの馬鹿みたいに高い壁の中に突っ込んで、好き放題に暴れまわってやるだけだ。


 リーンは腰の剣に手を当てて、突入体勢を取った。
 兵士達はまだ混乱している。
 今なら殆ど気付かれずに抜けられるはずだ。


「半端はするなよ……!」


 バルザーが声をかけてきた。
 やるならとことんやれ。
 彼らしい、素直ではない口調だった。


「おう、まかせとけ!」


 勇ましく返事をすると、リーンは矢のような勢いで宮殿に向かって走っていった。


――誰か走ったぞ!


 そう兵士が声を上げたのは、それから随分と遅れてのことだった。




 * * *




「どけどけどけー!」


 宮殿のすぐ前の通りを警備していた兵士を蹴散らす。


――ガッシャーン!
――グワーッ!


 先頭に立っていた一人を思いっきり蹴り飛ばすと、その後ろにいた兵士達まで一緒になって吹っ飛んだ。


 突入開始後、最初の攻撃がそれだった。
 もう後には引けない。


――エル・レガト・ビン……


「むむむっ?!」


 その後ろに待機していた濃紺のローブを来た下級魔術師の一団が、詠唱体勢を取っていた。
 どうやら風系の魔法でリーンを攻撃してくるようだ。


「ちっ!」


 城外にいる末端の魔術師には、まだ作戦の内容が伝えられていない。
 蹴散らしてしまっても良いが、後々の戦力減になってしまう。


――どうする?


 リーンがどう切り抜けるかを考えていると、そこにどこからとも無く雷撃呪文の詠唱が響いてきた。


『ウィル・エウィーレ・レビン!』
 -気の力よ、収束して、降り注げ-


 空中に生じた光の球から、無数の雷撃が降り注ぐ。


――ウワアアアア!


 下級魔術師達は、その雷撃を受けて、次々と地に倒れていった。


「ゲンリか!」


 城の正門を見れば、その入り口が僅かに開いて、そこにゲンリが立っていた。
 いつも正門の見張りをしている二人の赤色魔術師も、その両脇に立っている。


「こっちです、リーン!」


 手招きされるままに正門へと駆け込む。
 ゲンリは両隣にいた赤色魔術師に目配せして、先ほど雷撃呪文で痺れさせた魔術師達の介抱と説得にあたらせた。


「作戦の内容を伝え」
「戦力として加わっていただきます」


 いつもの調子でそう言うと、二人は慌ただしく広場に向けて走っていった。


「来ると思って待っておりました」
「助かるぜ!」


 巨大な観音開きの正門をくぐると、そこには前後に長い作りになっている正面ロビーが広がっていた。
 通路には赤い絨毯が敷かれている。
 その中ほどに6段の段差があって、奥のほうが高くなっている。


 真っ直ぐ進めば、勇者試験の時に使った中庭に行き着く。
 左右には見張り塔に続く細い通路が伸びている。 
 リーンとゲンリ以外に人はいない。
 この場所の警備は、魔術師団の管轄なのだ。
 そのことを確認してからリーンは口を開いた。


「まずは魔術師団のみんなと合流だな」
「はい。魔術師団の詰所は城の西側です」
「ハーレムに続く通路の近くなんだよな。すぐにあいつらを解放して、それから医法師の連中だ」
「その間に我々は、城の中庭に陣を構築いたします」


 二人は頷き合うと、左側の見張り塔へと続く通路に向けて走り出す。


「リーン、見張り塔の下は近衛兵団の管轄になっています」
「一戦交えることになるんだな?」
「はい、しかも応援を呼ばれないよう、隠密に行わなければなりません」
「腕がなるじゃねえか!」
「リーンは魔術師長のレベルモノクルを持っていますね? 用意しておいてください」
「ああ、わかった」


 リーンは懐からレベルモノクルを取り出す。


「それでまず、相手のレベルを確認してください。敵のレベルの合計が我々の倍以上あったら、勝ち目は薄いです。別のルートで行きます」
「おうよっ!」


 二人は足音を殺しつつ、小走りで薄暗い通路を進んでいった。
 所々に、敵の進入を阻止するための鉄格子を下ろせるようになっている場所があり、その石壁のでっぱりが良い遮蔽物になった。


 やがて角に突き当たる場所が見えてきた。
 そこは丁度、南西見張り塔の基部にあたる場所だった。
 円形の部屋がそこにあり、広い入り口の奥に数名の兵士が休んでいるのが見える。


 兵士達は銀色の甲冑を着ていた。
 リーンは早速、物陰に隠れて彼らのレベルを確認した。


 
 精鋭兵 男
 Lv45 金属性


 精鋭兵 男
 Lv40 水属性


 
「二人だけだ。合わせて85」
「ラッキーです、殆どが見張り塔に上がっているようですね」
「ちなみに俺たちはってーと……」




 勇者 女
 Lv48 炎属性


 灰色魔術師 男
 Lv55 光属性


 
「負ける気がしねーな」
「ただし、応援を呼ばれるとマズいです」
「一気にかたをつけなきゃな。よし、俺が先に出て囮になる。ゲンリは後ろから電撃をぶち込んでくれ」
「宜しいでしょう。彼らは仲間を呼ぶための笛を持っています。それだけは気をつけてください」
「わかった。じゃあ、いくぜ!」


 リーンはスプレンディアを引き抜くと、物陰から勇ましく飛び出していった。


 













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