ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

解明、強靭な魂

 無事に宿に戻ってきたリーンとヨアシュを見て、宿の女達はみな安堵の息を洩らした。
 その後すぐに女中服に着替え、何事もなかったように仕事を始める。
 宿の客は少なく、することもあまりなかったので、リーンはヨアシュと一緒にひたすら床の水拭きをしていた。
 明日が作戦決行日だとはとても思えないような、穏やかな午後が過ぎていった。


「こんばんわ」
「おっ、ゲンリ」


 日が暮れた頃に、灰色のローブを纏った魔術師が訪ねてきた。
 最後の打ち合わせをするためだ。


「いらっしゃいませ魔術師様。いまお茶を用意しますので、奥でおまちくださいっ」


 と言ってヨアシュがパタパタと駆けて行く。
 リーンは残りの仕事をメイリーとマーリナに任せて、ゲンリとともに事務室に入った。


「とうとうここまで来ましたね、リーン」
「ああ、やれることはみんなやったんだぜ」


 そう言って二人は席につく。


「昼間は、ギリアム様の客人にトラブルがあったと聞いてひやりとしました」
「ああ、医法師長のおっちゃんが良い人で助かったぜ」
「本当に大胆なことをしたものです。変装して直接のりこむなんて……」
「まあ結果オーライだ。何とか話に持ち込むことはできた」
「そのようですね。それで、いかがでしたでしょう。ギリアム様は部屋に引きこもってしまったそうですが。それはつまり、静観してくれる……ということでよろしいのでしょうか」
「うーん、どうなんだろうなー」


 リーンは腕を組んで難しい顔をした。


「なんとも言えねーな。ありゃあ。気分次第でどっちにも転びそうな様子だ」
「……それは、よろしくありませんね。もし、医法師長が協力してくれなければ、作戦は間違いなく失敗するでしょう。実は、魔術師団の中で、協力してくれるはずだった者が、かなりの数、西に飛ばされてしまったのです」
「なんだって……!?」
「うかつでした……。国王はもとから、内部叛乱が起こることも想定していたようです。国王の施政に懐疑的な一派が、軒並み大防壁構築の下準備に回されてしまいました。恐らく、残りの戦力では近衛兵団を相手に出来ません」
「むむ……やべーなそりゃ」
「はい、ですので、医法師組合の協力を取り付けられないようでしたら、私は作戦の延期を進言しようと思っていました」


 そこで二人は口をつぐんだ。
 思っていたより、状況は良くないようだ。


「失礼します」


 そこにヨアシュがお茶を持ってきた。
 二人の前にティーカップを置いて、その様子を交互に見る。


「ええと……」


 そしてもちろん、その場の空気が重みを察知した。


「では、ヨアシュはこれで……」
「あっ、ちょっと待ってくれヨアシュ、ここにいてくれないか?」
「えっ、良いのですか? 大事なお話中なのかと……」
「うん、まあ、そうなんだけど。ヨアシュがいてくれた方が、気持ちが落ち着くんだ」
「そ、そうですかっ?」


 ヨアシュはゲンリの様子も伺う。


「リーンがそう言うなら、私もかまいませんよ、ヨアシュ」
「は、はい……では」


 ヨアシュおずおずと椅子を引き出して、そこに腰を下ろす。
 少女が席に着くのを確認してから、リーンは言った。


「作戦の延期は出来ねえな」


 きっぱりと首を振る。


「どんなに時間をかけても、ギリアムのおっちゃんの考えが変わるとは思えねえ。むしろ時間が経つほど良くないことが増えていく気がするんだ」
「ふむ……そうですか」
「やるなら今だ。俺のハートがそう言ってる」


 そう言ってリーンは、ゲンリに強い視線を向ける。
 魔術師は顎に手を沿え、静かに思案しているようだった。


「リーン、もう少し詳しく、ギリアム様と話したことを教えてくれますか?」




 * * *




 リーンはゲンリに、午前にギリアムと話した時の様子を伝えた。
 ヨアシュが所々、それに補足の説明を入れた。


「……なるほど、医法師長が引きこもった原因は、エルレン氏の告白だったのですか」
「そうなんだ。エルレンが、俺の魂のことを口にしたあたりから、おっちゃんの様子がおかしくなった」
「ふむ……なるほど……そういうことでしたか」


 と言って、ゲンリは一人で頷いた。


「おいおい、ゲンリまで一人で納得しないでくれよ。俺には何が何だかわからねえんだ」
「ヨアシュもです……」
「ああ、これは失礼。ええ……いや、ですが、これを説明するのは少々難しいのです。うーん、どうしたものでしょうか……」


 ゲンリは首を捻って考える。


「そうですね、やはり身を持って実感していただくのが一番良いでしょう」
「んん?」
「リーン、ちょっと立っていただけますか?」
「お、おう」


 リーンとゲンリは椅子から立ち上がると、席の横で向かい合った。


「……ほええ」


 ヨアシュは一人席についたまま、ことの次第を見守っている。


「どうするんだ?」
「まずはリーン、私と手を握ってください」
「ああ」


 リーンとゲンリは体の正面で右手を繋いだ。


「では私は今から、この手にまったく力をこめずにリーンを転ばせてみせます」
「おおお? なんだそれ? 魔法かよ?」
「ふふふ、魔法の親戚のようなものです。ではいきますよ」


 そう簡単に転ばされてはなるものかと、リーンは腰を落として踏ん張った。


「…………」
「…………」


 しばしの間、二人はそのままの状態だった。
 だが。


――ガタンッ!


「……????!」


 気付けばリーンの右膝が床についてしまっていた。


「な……!?」


 あまりの出来事に、リーンは言葉もなかった。


「え? えええ?!」


 ヨアシュも驚きの表情で見ている。


「いかがでしたか?」
「いや……なんかこう……どうにもできなかったぜ?」


 繋いだ手には一切の力が加えられてなかった。
 にも関わらず、リーンはその膝を折ってしまった。
 何か得体の知れない力に、その全身を支配されてしまったのだ。


「今のは、気を結んだのです」
「気を結んだ?」


 リーンはひとまず立ち上がり、繋いでいた手を離した。


「そうです。“気”です。気は全ての生命体の中に流れているもので、肉体と魂を繋ぐ役割を果たしているものです。今私は、リーンの気と私自身の気を結んで動かしたのです」
「んんん???」


 ゲンリの言ってることは、すぐに腑に落ちるようなものではなかった。
 手品かまじない事のような話だった。


「理解できなくとも無理はありません。しかしこの“気”という力は、私達が魔法を使っている時とか、体を動かしている時などに、自然に使っている力なのです。リーン、貴方はなぜ自分が魔法を使ったり体を動かせたりするのか、説明できますか?」
「いんや、なんとなく出来るってだけだぜ?」
「そうです。大抵の人は、なんとなく魔法を使ったり剣を振ったりしています。ですが、肉体と精神の働きをよくよく探っていくと、やはり人の身体の内には、魂とよばれる核があって、それを取り巻くようにして“気”が巡っていることがわかるのです」


 ゲンリは指を弾いて、空中に大きな人体の解説図を出した。


「このように、人の中心にまず、ぽっかりと明いた空間、魂があり、その周囲から気の流れが生じて、我々の体の隅々まで、魂の影響を伝えているのです」
「うーん、なんとか無理やり理解したぜ」
「はいっ。そして人は、この“気”の流れまでは、自分の意志で制御することが出来るのです。そしてまた、相手の気と自分の気を結ぶことで、先ほど私がリーンにしたように、自分の意のままに相手を動かすことも可能になるのです」
「なるほど、わかったぜ、じゃあ今度は俺の番だ!」


 と言って、リーンは女中服の腕をまくる。


「そう簡単には出来ませんよ? 私でも、これを習得するのに10年かかりましたから」
「でもなんだか出来る気がするんだ」


 リーンは右手を突き出す。


「仕方ありませんねえ」


 ゲンリはニヤニヤしながらその手を握った。


「では、いつでもどうぞ」
「じゃあいくぜ」


――ガタンッ


「~~~~!?!?」


 ゲンリは声にならない声を出して、その場に両膝を付いた。


「なっ、できたろ?」
「お、おおお……、なんという」


 ゲンリはそのまま頭を抱えてガタガタと震えた。


「私が十年かけて身につけた技を、いとも簡単に……」


 そしてそのまま床に突っ伏す。
 リーンは流石に悪いことをしたなと思い、ゲンリの肩を叩いて謝る。


「すまねぇ……ちょっとばかし才能出しすぎた……」
「もう、リーンに教えることは何もない気がしてきました……」




 * * *




「んで、これとギリアムのおっちゃんが引きこもった理由と、どんな関係があるんだ?」


 ゲンリは気を取り直して続ける。


「気の話をしたのは、気の働きを理解していないと、魂の話が出来ないからです」
「気の力のことはよくわかったぜ」
「でしたら話は早いです。リーンは先ほど、気の力をどうやって制御しましたか?」
「うーんとな、なんつーか、無心だな」


 無心。
 心を無にして、相手の全てを受け入れる。
 そうすることで相手と自分を一体にする。


「あとはゲンリが勝手に倒れてくれたようなもんだ」
「……はい、完璧な答えです。まさにそれが気を結ぶということ。では、無心の境地となったリーンの中の一体どこに、私を倒そうという意志があったのでしょう」
「それは……わからねえな」
「リーンはどうして、何も考えていないのに私を倒すことが出来たのか……その答えこそが、魂なのです」


 リーンとヨアシュは同時に首を傾げた。


「魂とは、その人の中心にあって、なおかつ、その人自身にはどうすることも出来ないものです。全ての人間、生命は、この魂の力によって、まるでビリヤードの玉のように突き動かされているのです」
「深いな……」
「深いお話なのです……」
「はい。まさに生命の神秘、その最深部の話を、いま私はしています。そしてこの魂の働きについて、誰よりも深い洞察を求められる職業が、医法師なのです。医法術とはまさに、魂と肉体を繋ぐ“気”を、魔力によって調整する術ですから」


 話が徐々にギリアムのことに繋がってきた。


「医法師は、経験を積むにつれ、徐々に魂の領域へと近づいていきます。やがて、人の魂の輪郭をつかめるようになり、最終的には、返魂術の習得へと至ります。金色医法師は、その返魂術を習得しうるか否かによって、判断される位でもあります」
「そうか、だからエルレンは、実際には金色だったんだな」
「はい。あの年齢ですでに、それだけ魂の領域に近づいていたのです。通常、金色医法師になるには、緑色医法師になってから10年以上の経験が必要になります。早い者でも、30を過ぎてから昇格する格位なのです」
「やっぱすげえ奴だったんだな、エルレン」
「しかし……です」


 ゲンリは語気を強めて言う。


「もし、そこから本格的に返魂術の修練を始めたとしても、生きている間に習得できる者は…………おそらく100人に1人もいないでしょう」
「そんなに難しいのか!?」
「はい。ですから、いかにエルレン氏が天才医法師とはいえ、ぶっつけ本番で術を成功させるなどということは、本来ありえないことなのです……」
「ああ……」
「で、では……お姉さまが生き返ることができたのは……」
「まさに奇跡です」 


 とりわけ重い言葉で、ゲンリは断言した。


「ガーン!」


 リーンは、自分が本当に死の淵にあったことを知ってショックを受けた。


「もしくは、リーンの魂がそれほどまでに頑丈だったということです。ギリアム氏ほどの医法師であれば、リーンがいかに強い魂を持っているか、一目で見抜いたでしょう。ですから、いかに怪しげな手段で接触してきたとはいえ、無下にあしらうことはしなかったのです」
「なんだかんだ言って、俺の話をちゃんと聞いてくれたしな」
「そうです。きちんと話をして、リーンのことを見定めて、そしてその魂にとって好ましい方向に導くつもりだったのでしょう」
「めちゃくちゃいい人だ!」
「ええ、ギリアム氏は、実際優れた人格者です。しかしその氏を、リーン、貴方の魂は引きこもらせてしまった」
「…………」


 やっぱり自分のせいなのか?
 リーンは改めてそう思う。


「恐らくは、エルレン氏からリーンの魂のことを言われた時、判断の大修正を余儀なくされたのでしょう。あなたの魂の力は、氏の見立てを遥かに超えていた……」
「……う、ううん」
「恐らくはリーン、あなたの魂は……」


 ゲンリの双眸に鋭い光が宿る。
 リーンは固唾を飲んだ。


「あなた自身の体を抜け出して、周囲の者をも巻き込むほどに強力なのです」
「…………」


 リーンは、まるで自分がここにいてはいけない人間のように感じてきた。
 自分が、周囲の人達にとって、ひどく影響を与えがちな人間であることは前からわかっていた。
 しかし、それほどだったとは。


 エルレンに危険な術を使わせてしまった。
 国の重鎮を引きこもらせてしまった。
 そして今、宿のみんなを危険な状況に追い込んでしまっている。
 流石のリーンも、どうして良いかわからなかった。


「ゲンリ……結局俺は、どうすりゃいいんだ?」


 その問いに、魔術師はただ首を振る。


「どうにもなりません。リーン自身にも、周りの人にも、打てる手はありません。ギリアム氏も、それを理解したからこそ引きもったのです。周囲の人間をも巻き込む、強靭な魂の力を持った者を前にして、出来ることなど何もない。そう悟ったのです」


 何をどう判断して行動しても、それは全てリーンの魂に導かれてのこと。
 その事実につきあたったギリアムの無力感は、計り知れないものだっただろう。


「自分自身の判断に価値を見出せなくなった時、人は引きこもります。氏は事実上、リーンの魂の判断に、全てを委ねたのです」
「協力してくれるってことなのか?」
「いえ、それはわかりません」


 ゲンリは首を振る。
 そして、リーンの胸を指差して言う。


「答えは全て、あなたの魂の中にあるのです」 



















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