ガチ百合ハーレム戦記
決裂、捨て身の告白
「…………は?」
リーンはその場で少しよろけた。
「やはり貴君はまだ、若すぎる」
「…………そうかよ」
はっと息を吐き出し、ガックリ肩を落とす。
「やっぱ伝わらなかったか……」
「わかっていながら来たのかね?」
「ああ、俺たちみたいな若造の言うことは、大抵年寄りには通じないもんだ」
「その逆もしかりだな」
「まったくだ。ちっくしょう、始めっから勝算なんてなかったんだぜ」
「貴君が将来有望な人間であることは承知している。ただ、若すぎるのだ。あと10年……いや5年。経験を積んで成長すれば、間違いなく王の器となるだろう。今その花を散らすのは余りにも惜しい……」
「余計なお世話だ!」
リーンは握った拳を執務机に叩きつけた。
「俺には時間がないんだ! 5年も待ってたら大事なもん全部なくなっちまう! それじゃあ遅いんだよ!」
「若者はみなそう言う」
「わかってんなら協力しろよ! あんただって昔は若かったんだろ? 年寄りの言うこと聞いて、素直に導かれてたわけじゃなかったんだろう?!」
「だが、聞いておけばよかったと思う言葉もあった」
「ちっ!」
リーンはギリアムに背を向けた。
「少しは話になるかと思ったんだけどな!」
そのままズカズカとその場を去る。
「ヨアシュ、帰るぜ」
「お、お姉さま……」
「これ以上は何言っても無駄だ、帰って作戦を立て直す」
「は、はい……」
リーンに肩を叩かれて、ヨアシュは仕方なく長椅子から立ち上がる。
「通報しないのかい? おっちゃん」
「貴君らは私の正式な客人だ。普通に城から出たまえ」
「けっ、ありがた過ぎて涙がでるぜ」
それはつまり、リーンの王としての資質は認めているということだった。
協力できない理由は「若さ」
ただその一点であるという事実に、リーンははらわたが煮えくり返る思いだった。
リーンは怒りと失望を抱えながら、ヨアシュとともに執務室の扉へと向かった。
だが、その時。
「まってください!」
全員がその声に振り返る。
そこには水色のローブを着た少年が、決意の眼差しとともに立っていた。
「僕は……、僕は、リーンの意志を尊重すべきだと思います!」
* * *
ギリアムは、エルレンの様子をしげしげと観察した後、こう切り出した。
「つまり、貴君は私の経験よりも、彼女の意志を尊重するというのだね?」
「……はい、そうです」
「なにゆえに」
エルレンの足は震えていた。
医法師としては、その数にも数えられないほど下っ端の自分が、最高権威である医法師長に口ごたえをしている。
これは、己の人生をかけた戦いであると、少年は自覚していた。
「僕は……」
少年はその理由を述べることをためらう。
それを言ってしまえば、自分の医法師としての命運が尽きてしまうことを知っていたからだ。
「エルレン、何を言う気なんだ……!? やめなさい!」
父親がすかさず止めに入る。
リーンも、嫌な予感がしてならなかった。
「エルレン、だめだ、お前は何もしなくて良いんだ!」
「………っ!」
だが少年は、奥歯を強くかみ締めると、首を強く横に振って否定した。
「いいえ、リーン。僕はリーンの力になりたいんです」
「エルレン!」
「そうすることが、僕に与えられた使命なんだって、あの時からわかっていたんです!」
「………まさか、お前!?」
少年は静かに頷くと、ギリアムに向かって告げた。
「ギリアム医法師長。僕は…………僕は、リーンの魂を見ました!」
「…………!?」
医法師長の双眸が、これ以上ないというほどに見開かれた。
「僕は……返魂術をつかいました。そして、リーンの魂の形を、その輝きを、この全身で感じ取りまし……」
「黙れ、エルレン!」
ギリアムが怒鳴る。
「それ以上の発言は許さん!」
これまでの落ち着き払った医法師長の態度からは、 信じられないような言葉の荒さだった。
ギリアムは顔面蒼白な上に、肩で息をしていた。
リーンは悟った。
それほどに、この老人はエルレンのことを買っていたのかと。
「私は何も聞いておらん……みな、今日はもう帰ってくれ!」
「医法師長さま!」
だが、エルレンは引き下がらない。
「もし、医法師長さまがリーンに協力してくれないと言うのなら、僕はこのことを国王様に告白します」
「ふざけたこのを申すでない! そうなれば、もはや私とてお前を庇い立てすることはできん!」
「覚悟の上です!」
「……なんと!?」
今度は老人がよろけて引き下がる番だった。
よろよろと力なく椅子に腰を下ろす。
頭を抱えて、がっくりとうな垂れる。
「うむぅ……よもや反魂術など……その歳で……」
そしてぶつぶつとぼやき始めた。
「申し訳ありません、医法師長さま。リーンは剣の呪いで、一度完全に死んでしまったのです。助けるには、反魂術を使うしかありませんでした」
「……どうして使うことが出来たのだ、一体どういう教育をしておった……」
その問いはエルレンの父に対するものだった。
彼もまた息子の発言に驚愕し、言葉がないようだった。
「僕が勝手に覚えたのです。読んではならないと言われていた本を、こっそり読んで」
「……読んだだけで覚えたのか」
「……はい」
「なんということだ……」
ギリアムは両手を広げて天を仰いだ。
「この少年は天の使いか……!?」
よもや弱冠10歳の少年が返魂術を使うなどとは、ギリアムにも想像できなかったようだ。
「はあ……」
そして弱弱しくため息をついた。
エルレンは言った。
「あの時、リーンの魂は、まるで僕の心を突き動かすように話しかけてきたのです。信じている……と。とても神々しくて、力強い輝きでした。きっと、リーンの魂だったからこそ、僕はあの反魂術を成功させることが出来んです。僕に、特別な力があったわけではないのです」
「うむう……」
「死してなおその魂が人を導くなんて途轍もないことです。リーンは本当に特別な何かを持っています。上手く言葉には出来ませんが、僕にはそう感じられてならないのです。だから……」
エルレンは胸元で拳を握った。
「僕は何より、その魂が生み出す意志を信じたいのです、医法師長さま」
「…………」
「天の使いは僕などではなく、むしろ……!」
「それ以上は言わんでよい!」
そう怒鳴りつけてエルレンを黙らせると、ギリアムは眉間を指を強く押して、沈鬱な様子で黙考を始めた。
エルレンは『魂』という言葉を何度も使った。
生命の働きに干渉する魔術こそが医法術。
その使い手は、熟練するほどに、その『魂』という領域に近づいていく。
本来であれば、未熟な医法師が口に出してよい概念ではない。
だがエルレンの言っている『魂』は、確かに、十分に熟練した医法師の言葉だった。
本当に少年は、生命の神秘、その最奥に触れたのだ。
「……なぜ、返魂術が禁じられているかを言ってみなさい、エルレン」
ギリアムは静かに問う。
「はい、返魂術に失敗した場合、その人の魂が壊れてしまうからです」
「そうだ、壊れた魂を持って蘇生した人間は、それはそれは悲惨な最期を遂げる。身も心も腐り果て、周囲の者の魂をも汚染してゆき、やがて日に当たって干からびた魔物のような姿になって息絶える。そしてその魂は、死後も永遠に苦しみ続けるのだ」
「はい……」
「知っててやったのかね、エルレン」
「はい……その恐ろしさを知ってなお、僕はためらうことすら出来ませんでした」
「そうか……なるほど……そうか」
そう言ってギリアムは何度も頷いた。
「……どういうことだぜ?」
リーンには、二人の医法師の間で交わされているやりとりが、さっぱり理解できなかった。
彼らは、どこか常人の到達し得ない、聖域のような場所で語らっているかのようだった。
* * *
リーンはヨアシュと二人、とぼとぼと宿に向かって歩いていた。
その後ギリアムは一切口をつぐんでしまい、何も語ることはなかったのだ。
そして、もともと用事のあったエルレンとその父までをも追い出して、一人、執務室の中に閉じこもってしまった。
「エルレンが返魂術を使ったのが、そんなにショックだったのか?」
ギリアムがエルレンに目をかけて、大切に育てようとしていたことは明らかだった。
そのエルレンが、よりにもよって最大の禁忌である返魂術を使っていたのだから、その衝撃はひとしおだっただろう。
だが、ギリアムの様子にはそれを超えた何かがあった。
「ヨアシュは、お姉さまが一度死んで生き返ったという話を聞いただけで、とんでもなくショックだったのです。なんだか夢見たいなお話です……」
「まあ、それもそうかぁ」
「本当にお姉さまは、もうどこも悪くないのですか? 実は気分がよくないのに、無理して隠したりしてませんか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。全然すっきりさっぱりなんだぜ」
「そうですか……」
ヨアシュは、神妙な顔つきで言った。
「もしかしたら……それが逆にショックだったのかもしれません……医法師長さまは」
その意外な意見に、リーンはきょとんとする。
「俺がピンピンしてることが逆にショックだって?」
「はい……。一度死んだ人がなんともなく生き返るなんて、そんなのは……」
だがヨアシュは途中まで言いかけて首を振った。
「いいえ……お姉さまはお姉さまですっ」
と言って、リーンの手をギュッと握ってきた。
「生きててくれて本当に良かったのですっ」
「あ、ああ……」
何故ヨアシュが言いよどんだのか。
それは何となくわかった。
ヨアシュは一瞬、リーンが本当にただの人間なのかと疑ってしまったのだろう。
一度死んだにもかかわらず、なんともなく蘇ってしまう人間。
そんなのは普通ではない、と。
「なにもかもエルレンのおかげさ」
リーンはヨアシュと繋いだ手に意識を注ぐ。
少しヒンヤリとした、小さくて可愛い手。
一度繋いだら、けして離したくないと思わせるような手だ。
そして繋いでない方の手をジッと見つめる。
閉じたり開いたりして、それが間違いなく自分の手であることを確かめる。
炎の意思を宿した、何でも掴もうとする野蛮な手だ。
エルレンに生き返らせてもらったからこそ、自分は今こうしてヨアシュと手をつなぐことが出来る――。
そう考えて、ふとリーンはその考えを改める。
「いや……」
生き返らせて“もらった”のではないのだ。
きっと。
「……生き返らせ“させた”のか」
返魂術を使うことを、ためらうことさえ出来なかった。
そのエルレンの告白が意味するものは、きっとそういいうことだ。
「えっ?」
リーンの独り言にヨアシュが振り向く。
その瞳の先には、目の前で手を握って難しい顔をしている、リーンの横顔があった。
リーンはその場で少しよろけた。
「やはり貴君はまだ、若すぎる」
「…………そうかよ」
はっと息を吐き出し、ガックリ肩を落とす。
「やっぱ伝わらなかったか……」
「わかっていながら来たのかね?」
「ああ、俺たちみたいな若造の言うことは、大抵年寄りには通じないもんだ」
「その逆もしかりだな」
「まったくだ。ちっくしょう、始めっから勝算なんてなかったんだぜ」
「貴君が将来有望な人間であることは承知している。ただ、若すぎるのだ。あと10年……いや5年。経験を積んで成長すれば、間違いなく王の器となるだろう。今その花を散らすのは余りにも惜しい……」
「余計なお世話だ!」
リーンは握った拳を執務机に叩きつけた。
「俺には時間がないんだ! 5年も待ってたら大事なもん全部なくなっちまう! それじゃあ遅いんだよ!」
「若者はみなそう言う」
「わかってんなら協力しろよ! あんただって昔は若かったんだろ? 年寄りの言うこと聞いて、素直に導かれてたわけじゃなかったんだろう?!」
「だが、聞いておけばよかったと思う言葉もあった」
「ちっ!」
リーンはギリアムに背を向けた。
「少しは話になるかと思ったんだけどな!」
そのままズカズカとその場を去る。
「ヨアシュ、帰るぜ」
「お、お姉さま……」
「これ以上は何言っても無駄だ、帰って作戦を立て直す」
「は、はい……」
リーンに肩を叩かれて、ヨアシュは仕方なく長椅子から立ち上がる。
「通報しないのかい? おっちゃん」
「貴君らは私の正式な客人だ。普通に城から出たまえ」
「けっ、ありがた過ぎて涙がでるぜ」
それはつまり、リーンの王としての資質は認めているということだった。
協力できない理由は「若さ」
ただその一点であるという事実に、リーンははらわたが煮えくり返る思いだった。
リーンは怒りと失望を抱えながら、ヨアシュとともに執務室の扉へと向かった。
だが、その時。
「まってください!」
全員がその声に振り返る。
そこには水色のローブを着た少年が、決意の眼差しとともに立っていた。
「僕は……、僕は、リーンの意志を尊重すべきだと思います!」
* * *
ギリアムは、エルレンの様子をしげしげと観察した後、こう切り出した。
「つまり、貴君は私の経験よりも、彼女の意志を尊重するというのだね?」
「……はい、そうです」
「なにゆえに」
エルレンの足は震えていた。
医法師としては、その数にも数えられないほど下っ端の自分が、最高権威である医法師長に口ごたえをしている。
これは、己の人生をかけた戦いであると、少年は自覚していた。
「僕は……」
少年はその理由を述べることをためらう。
それを言ってしまえば、自分の医法師としての命運が尽きてしまうことを知っていたからだ。
「エルレン、何を言う気なんだ……!? やめなさい!」
父親がすかさず止めに入る。
リーンも、嫌な予感がしてならなかった。
「エルレン、だめだ、お前は何もしなくて良いんだ!」
「………っ!」
だが少年は、奥歯を強くかみ締めると、首を強く横に振って否定した。
「いいえ、リーン。僕はリーンの力になりたいんです」
「エルレン!」
「そうすることが、僕に与えられた使命なんだって、あの時からわかっていたんです!」
「………まさか、お前!?」
少年は静かに頷くと、ギリアムに向かって告げた。
「ギリアム医法師長。僕は…………僕は、リーンの魂を見ました!」
「…………!?」
医法師長の双眸が、これ以上ないというほどに見開かれた。
「僕は……返魂術をつかいました。そして、リーンの魂の形を、その輝きを、この全身で感じ取りまし……」
「黙れ、エルレン!」
ギリアムが怒鳴る。
「それ以上の発言は許さん!」
これまでの落ち着き払った医法師長の態度からは、 信じられないような言葉の荒さだった。
ギリアムは顔面蒼白な上に、肩で息をしていた。
リーンは悟った。
それほどに、この老人はエルレンのことを買っていたのかと。
「私は何も聞いておらん……みな、今日はもう帰ってくれ!」
「医法師長さま!」
だが、エルレンは引き下がらない。
「もし、医法師長さまがリーンに協力してくれないと言うのなら、僕はこのことを国王様に告白します」
「ふざけたこのを申すでない! そうなれば、もはや私とてお前を庇い立てすることはできん!」
「覚悟の上です!」
「……なんと!?」
今度は老人がよろけて引き下がる番だった。
よろよろと力なく椅子に腰を下ろす。
頭を抱えて、がっくりとうな垂れる。
「うむぅ……よもや反魂術など……その歳で……」
そしてぶつぶつとぼやき始めた。
「申し訳ありません、医法師長さま。リーンは剣の呪いで、一度完全に死んでしまったのです。助けるには、反魂術を使うしかありませんでした」
「……どうして使うことが出来たのだ、一体どういう教育をしておった……」
その問いはエルレンの父に対するものだった。
彼もまた息子の発言に驚愕し、言葉がないようだった。
「僕が勝手に覚えたのです。読んではならないと言われていた本を、こっそり読んで」
「……読んだだけで覚えたのか」
「……はい」
「なんということだ……」
ギリアムは両手を広げて天を仰いだ。
「この少年は天の使いか……!?」
よもや弱冠10歳の少年が返魂術を使うなどとは、ギリアムにも想像できなかったようだ。
「はあ……」
そして弱弱しくため息をついた。
エルレンは言った。
「あの時、リーンの魂は、まるで僕の心を突き動かすように話しかけてきたのです。信じている……と。とても神々しくて、力強い輝きでした。きっと、リーンの魂だったからこそ、僕はあの反魂術を成功させることが出来んです。僕に、特別な力があったわけではないのです」
「うむう……」
「死してなおその魂が人を導くなんて途轍もないことです。リーンは本当に特別な何かを持っています。上手く言葉には出来ませんが、僕にはそう感じられてならないのです。だから……」
エルレンは胸元で拳を握った。
「僕は何より、その魂が生み出す意志を信じたいのです、医法師長さま」
「…………」
「天の使いは僕などではなく、むしろ……!」
「それ以上は言わんでよい!」
そう怒鳴りつけてエルレンを黙らせると、ギリアムは眉間を指を強く押して、沈鬱な様子で黙考を始めた。
エルレンは『魂』という言葉を何度も使った。
生命の働きに干渉する魔術こそが医法術。
その使い手は、熟練するほどに、その『魂』という領域に近づいていく。
本来であれば、未熟な医法師が口に出してよい概念ではない。
だがエルレンの言っている『魂』は、確かに、十分に熟練した医法師の言葉だった。
本当に少年は、生命の神秘、その最奥に触れたのだ。
「……なぜ、返魂術が禁じられているかを言ってみなさい、エルレン」
ギリアムは静かに問う。
「はい、返魂術に失敗した場合、その人の魂が壊れてしまうからです」
「そうだ、壊れた魂を持って蘇生した人間は、それはそれは悲惨な最期を遂げる。身も心も腐り果て、周囲の者の魂をも汚染してゆき、やがて日に当たって干からびた魔物のような姿になって息絶える。そしてその魂は、死後も永遠に苦しみ続けるのだ」
「はい……」
「知っててやったのかね、エルレン」
「はい……その恐ろしさを知ってなお、僕はためらうことすら出来ませんでした」
「そうか……なるほど……そうか」
そう言ってギリアムは何度も頷いた。
「……どういうことだぜ?」
リーンには、二人の医法師の間で交わされているやりとりが、さっぱり理解できなかった。
彼らは、どこか常人の到達し得ない、聖域のような場所で語らっているかのようだった。
* * *
リーンはヨアシュと二人、とぼとぼと宿に向かって歩いていた。
その後ギリアムは一切口をつぐんでしまい、何も語ることはなかったのだ。
そして、もともと用事のあったエルレンとその父までをも追い出して、一人、執務室の中に閉じこもってしまった。
「エルレンが返魂術を使ったのが、そんなにショックだったのか?」
ギリアムがエルレンに目をかけて、大切に育てようとしていたことは明らかだった。
そのエルレンが、よりにもよって最大の禁忌である返魂術を使っていたのだから、その衝撃はひとしおだっただろう。
だが、ギリアムの様子にはそれを超えた何かがあった。
「ヨアシュは、お姉さまが一度死んで生き返ったという話を聞いただけで、とんでもなくショックだったのです。なんだか夢見たいなお話です……」
「まあ、それもそうかぁ」
「本当にお姉さまは、もうどこも悪くないのですか? 実は気分がよくないのに、無理して隠したりしてませんか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。全然すっきりさっぱりなんだぜ」
「そうですか……」
ヨアシュは、神妙な顔つきで言った。
「もしかしたら……それが逆にショックだったのかもしれません……医法師長さまは」
その意外な意見に、リーンはきょとんとする。
「俺がピンピンしてることが逆にショックだって?」
「はい……。一度死んだ人がなんともなく生き返るなんて、そんなのは……」
だがヨアシュは途中まで言いかけて首を振った。
「いいえ……お姉さまはお姉さまですっ」
と言って、リーンの手をギュッと握ってきた。
「生きててくれて本当に良かったのですっ」
「あ、ああ……」
何故ヨアシュが言いよどんだのか。
それは何となくわかった。
ヨアシュは一瞬、リーンが本当にただの人間なのかと疑ってしまったのだろう。
一度死んだにもかかわらず、なんともなく蘇ってしまう人間。
そんなのは普通ではない、と。
「なにもかもエルレンのおかげさ」
リーンはヨアシュと繋いだ手に意識を注ぐ。
少しヒンヤリとした、小さくて可愛い手。
一度繋いだら、けして離したくないと思わせるような手だ。
そして繋いでない方の手をジッと見つめる。
閉じたり開いたりして、それが間違いなく自分の手であることを確かめる。
炎の意思を宿した、何でも掴もうとする野蛮な手だ。
エルレンに生き返らせてもらったからこそ、自分は今こうしてヨアシュと手をつなぐことが出来る――。
そう考えて、ふとリーンはその考えを改める。
「いや……」
生き返らせて“もらった”のではないのだ。
きっと。
「……生き返らせ“させた”のか」
返魂術を使うことを、ためらうことさえ出来なかった。
そのエルレンの告白が意味するものは、きっとそういいうことだ。
「えっ?」
リーンの独り言にヨアシュが振り向く。
その瞳の先には、目の前で手を握って難しい顔をしている、リーンの横顔があった。
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