ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

密談、ナイトクラブ

 夜。
 宮殿の裏手にある鉄窓がガタリと開く。
 そこから、淑女なドレスに着替えたリーンが、一人で出てきた。


「よっこらせっと」


 窓から這い出して、音を立てないように鉄窓をしめる。
 周囲は真っ暗で、見張りの兵士もいない。
 リーンはそこから素早く抜け出して、何食わぬ顔で通りの雑踏に紛れ込んだ。


 時刻は丁度、夜遊びの盛りだった。
 リーンが潜伏している住宅街の近くに、高級キャバレーが建ち並ぶ通りがある。
 目も眩むような照明と、むせ返るような香水の匂いに満ちたその通りは、着飾った紳士淑女達で賑わっていた。


 リーンは、メイリーとの待ち合わせ先であるナイトクラブに入った。
 重厚な扉の向こうから、ブラスバンドの演奏が聞こえてきた。


「リーという方と待ち合わせしてざますの」


 リーンは慣れない淑女口調でドアマンにそう告げる。
 そして奥のブース席へと案内された。
 途中、アルメダ姫の巨大な写真の前を通り過ぎる。


「おまたせしたかしら? リー」
「いいや、いま来た所だよフランソワ」


 リーンがブースの中の革張りの椅子に腰掛けたのを確認すると、ドアマンは去っていった。
 メイリーは男装していた。


「おつかれ、リーン、随分とお楽しみだったようね」
「うっ、わかるか?」
「まあ、そんなに顔をテカテカにしてたらね」


 リーンは顔どころか、爪の先までツヤツヤになっていた。


「魔物のねーちゃんの中に、理容に詳しいのがいたんだ」
「ふぅーん、一足先にハーレム体験してきたわけね。そんなに綺麗になっちゃって、羨ましいったらないわっ」
「エイダなんて、毎日してもらってるんだぜ? 魔界式デトックスとかなんとかいってペロペロと……。どうりで美人になるわけだぜ」
「魔物達にも、お洒落の概念があるのね…………ふう」


 と言ってメイリーは、ため息をついた。


「ん? 顔色が良くないな、メイリー。やっぱり疲れてるのか?」
「まあね、このところ殆ど寝てないから」
「結局、メイリーに一番厄介かけちまってるな」
「気にしないで、エイダを助けるためだもの。ここが頑張りどころよ」


 メイリーは隈のできた目をしばしばさせながら言う。


「何か頼みましょう。気付けになりそうなものを」




 * * *




 リーンとメイリーは、グラスに注がれた緑色の液体を口にして同時に顔をしかめる。


「にがっ! まずっ!」
「これは凄いわっ」


 強烈な苦味をともなう清涼感。
 まさに目が覚めるような味だった。


「さっそくだけど、ハーレムの反応はどうだったの?」
「ばっちりだ。みんなやる気満々だったぜ」


 そしてリーンは、ハーレムの女達のレベルをメイリーに伝えた。


「宮殿の中に常駐している近衛兵は、レベル40から60クラスが100人程度と聞いているわ。厳しい勝負になりそうね」
「やっぱり、味方に引き込むのは難しそうか」
「ええ、近衛兵団は、国王への忠義が硬い人ばかりが選ばれているから。根回しの糸口さえ掴めない状況だそうよ」
「そうか、頼みの綱はゲンリが言ってた通り、医法師組合になったな」


 医法師組合の長、ギリアム。
 エルレンに対して、厳しい試験を与えたあの男こそが、作戦の命運を握っていた。


「聞いた話じゃ、ずいぶんな堅物みたいだな」
「でもその分、国王の意志に左右されにくいとも言えるわ。医法師達は基本的に職務に忠実。つまり、人の命を救うことを、最高の使命と考えているから」
「国王につくより、俺たちの味方をした方がより多くの人命を救える。そう理解させることが出来れば、こっちになびく可能性は高いってこったな」


 言いつつリーンは、緑色の液体を一口飲む。


「……うえっ」


 そして顔をしかめる。


「問題はその方法よね。なんとかして医法師長のギリアム氏と接触したいのだけど、その人、滅多に宮殿から出てこないんですって。医法師組合は権威指向が強いから、トップを説得しないかぎり全体は動かない」
「接触できたとして、誰が説得するかってのも重要だよな。言うことを信じてもらえなかったらそれまでだ」
「それにはたぶん、リーンが適任なんだと思う。あなたは一度、剣の呪いで殺されかけている。そのことをギリアム氏に伝えられれば……」
「医法師長のおっちゃんは、国王のおっちゃんを疑わざるを得なくなるな。でも一つ大変な問題があるぜ」
「なにかしら?」


 リーンは自信に満ち満ちた表情で言った。


「俺は力ずくの説得しかできねぇ!」
「……言うと思ったわ」


 もっと、人の心をきちんと動かせる説得役が必要だと二人は思う。


「うーん……」
「うーん……」


 そこで、二人の脳裏にパッとある人物の姿が閃いた。
 リーンが剣の呪いで殺されかけたことを証明できて、なおかつ医法師組合への出入りがきく人物。
 そして恐らくは、人望もある人物。


「でもな……」
「ちょっとね……」


 だが、二人とも口をつぐんでしまった。
 天才医法師エルレン。
 彼はまだ、齢10歳の少年なのだ。 


「アルメダに頼めないかな?」
「そうね、あのお姫様なら、医法師長とも自然に接触できるかも」


 リーンはさっそくブローチを取り出した。
 人の目がないことを確認してから、指でこすって息を吹きかける。


「アルメダ、俺だ」
『ええ、リーン。聞いておりました』


 店に飾られている写真を通して、アルメダはリーン達の会話を聞いていたのだ。


「じゃあ、単刀直入に聞くぞ。できるか?」


 だが、アルメダは首を横に振った。


『理由なく、国の要人と面会すれば、確実にお父様に疑われます』
「そうなのか」
「アルメダ様、例えば病気になったふりをして診てもらうことなどは出来ませんか?」
『ごめんなさい、メイリーさん。私自身が医法師でもあるのです。それに、私の身の回りのことは、すべて侍女達が行う決まりになっていますから』
「そうですか……」


 リーンとメイリーは肩を落とす。


「すまねえ、アルメダ。無理言って」
『いいえ。ですがリーン、力になれることがあるかもしれません。要は、ギリアムさんとそちらの誰かが、密かに接触する機会をもてれば良いのですね?』
「ああ、そうだ」
『でしたら、私のこの力を使って、ギリアムさんの動きを探ってみましょう。もしかすると、良い機会を見つけられるかもしれません』


 アルメダの力。
 それは、アルデシア中に配られたアルメダ姫の写真から、人々の思考や行動などの情報を集める能力だ。


「そうか、医法師長のおっちゃんが一人になるような時を見つけて、こっちから押しかければ良いのか」
『はい、あとは交渉次第です』
「やってみる価値はあるな」
「ええ、活路が見えてきたわ。ありがとうございます、アルメダ様」
『いいえ、私の方こそ、みなさんにばかり苦労させてしまって。では、そろそろ切ります……』


 アルメダとの通信が切れる。
 それから少しして、店員が追加の注文を聞きにきた。
 アルメダには、そのタイミングが完璧にわかっていたのだ。


「いいえ、おかわりは結構だぜ……んじゃなくて、ですわ!」
「それよりも少し踊りたいなあ、ねえフランソワ」
「そうですわね、リー」


 男装の麗人となったメイリーは、立ち上がってリーンに手を差し伸べた。
 すっかりしとやか淑女となったリーンは、その手を取って立ち上がる。


 二人は店員の案内を受けて、軽快なリズムの鳴り響くダンスフロアへと歩いていった。















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