ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

伝承、神罰の民

 エルグァ族。
 それは今から数千年の昔、天より舞い降りてきた天人の男と、地上の娘の間に生まれた子の末裔といわれている。


 エルグァ族は、エヴァーハルより北西に50エルデンの場所にある、深い森の中に暮している。
 族長を中心とした階層的な社会を築き上げており、みな高い魔力をもっている。
 そして、彼らを側に置くことで、天の加護を得られると多くの者に信じられているため、しばしば彼らを「狩ろう」とする者が現れる。
 故にエルグァの民は、深い森の奥に身を潜めて、めったに人界には出てこないのだ。


「厄介な身の上なんだな、あの姉ちゃん」


 リーンは、洞窟の中を歩きながら、アルメダとエルグァ族について話したことを反芻していた。


「天人の血を引くエルグァ族には、国王のおっちゃんもうかつに手を出せない……か」


 ぶつぶつ言いながら歩いていると、地面のでっぱりにつまずいてリーンは転びそうになった。


「うわっと!」


 慌てて体勢を立て直す。


「だめだな、考え事してちゃ」


 気を取り直して再び足を進める。


 エルグァの民には、ある重大な呪いがかけられている。
 彼らは、一族同士では子供を作ることが出来ないのだ。
 つまり子孫を残すためには、人間界から人を招いてこなければならない。


 伝承では、それは地上人と天人が愛し合ったことに対する、神の罰であるとされている。
 本来地上にあってはならない天人の血を薄めるために、神はエルグァ族同士の婚姻を禁じたのだと。
 実際、世代を重ねるごとに、エルグァの民の魔力は弱まる傾向にある。
 いずれ、通常の人間と代わらない程度になり、自然とエルグァ族はアルデシアから消滅するだろう。


 ジュアの出自たるエルグァ族には、そんな事情があるのだった。


――ジュアは、間違いなく自らの意思で動いています。


 それが、アルメダの意見だった。


――私と宰相の間を行ったり来たりして、お父様でさえ手玉に取ろうとしているようなのです。


 そんなジュアが、実はエルグァ族の中心人物だった。
 これはやはり看過できない事実なのだ。


「うーん……」


 リーンは気付けばまた考え事をしてしまっていた。
 アルメダの言葉を思い起こす。


――王宮は、エルグァ族の力が落ちないよう、高い魔力を持つ人材をエルグァ族の伴侶として送りこんでいます。その代わりに、エルグァ族の中でも特に優秀な者を、城に仕えさせているのです。それが、エルグァ族とエヴァーハル王国との間で交わされている契約。宰相ゴーンは、それをさらに強化しようとしているようなのです。


 エルグァ族の中心人物たるジュアと、宰相ゴーンが結託している。
 そして、湖の生贄になって天に昇ったとされるエリィシェンの子孫であるエリィの拉致。
 これらの事実から導き出される推論は。


――お父様と宰相ゴーンは、エルグァ族と協力して天への道を解明しようとしているのかもしれません。もし、エルグァ族の力を永続的なものに出来れば、王宮に対する恩恵は計り知れません。エルグァ族の中には、このまま地上人に還るべしとする一派と、可能な限り天人の血を維持すべしとする一派があります。そして恐らくジュアは、宰相ゴーンと結託している以上、血を維持しようとする勢力の者であると推測されます。


 ジュアは、一族の力を守るために宰相らに与している。
 そして、その目的を果たすために、エリィを拉致したと考えられる。
 では、なぜリーンは生かされているのか?
 ジュアがリーンを始末することは、そう難しいことではなかったはずだ。


「泳がされているのか? オレは」


 リーンは思い出していた。
 酒場で一緒に飲み明かしたあの夜、ジュアが自分を見て怪しく微笑んできたことを。


 それは丁度、天への道の話を切り出した時のことだった。
 あの時ジュアは、リーンの中にある何かを、確実に見抜いたのだ。
 それが何なのかは、わからないが。


「ふむぅ……」


 首を捻れるだけ捻ってみるも、リーンには見当もつかなかった。


 そうこうしているうちに、洞窟の出口が見えてきた。




 * * *




「ここは……」


 洞窟の突き当たりに、辛うじて人が通れるくらいの四角い穴が開いている。
 リーンはそこから顔を出す。


「うほっ!」


 そこはエヴァーハル転移陣の警備兵宿舎だった。
 建物の基礎に開けられた空気穴の一つが、洞窟に繋がっていたのだ。


「なるほど、これなら外からはわからねえ」


 納得するリーン。
 しかし、警備兵に見つからずに外に出るには、夜が更けるのを待たなければならないようだ。
 それに。


「いま出て行っても仕方ないんだよな」


 外に出られたとしても、行くあてがない。
 せめて、メイリー達と連絡を取れれば良いのだが。


「ハト、来るかな?」


 リーン達が使っている鳩は、魔法によるすりこみを行った鳩だ。
 リーンとメイリーの間を往復し続ける習性を与えられているので、待っていればここまで来てくれるかもしれない。


「しばらくここで辛抱するか」


 と言ってリーンは、洞窟の中にしゃがみ込んだ。


「暇だぜ……」


 そして早くも我慢の限界に達した。


「そうだ、さっそく使ってみるか」


 アルメダからもらったブローチを取り出す。
 指で軽く擦ってから、息を吹きかける。


『まあ、もう寂しくなってしまったのですか?』


 するとリーンの目の前に魔法映写が飛び出してきた。


「うーん、まあな。やっぱり一人は寂しいや」
『うふふふ。お仲間さんと連絡が取れないことにはどうにもなりませんね』
「そうなんだ。ハトが来るまで待ってみようと思うんだけど、どうにも一人でジッとしているのは苦手でさ」
『それでしたら、リーン。鳩はそう遠くないうちに飛んでくると思います』
「わかるのか?」
『ええ。宿屋満月亭……でしたね。そこにはいま、私の写真が飾られています』


 つまり、リーンの居ない間に、あの広報武官達がまたやってきて飾らせたということだ。


「あいつら……! オレのいないうちに!」
『宿のみなさんは意気消沈していて、断る気力がなかったようです』
「ヨアシュとマーリナさんは、オレが死んだと思ってるからな」
『はい。ですが、ある意味これは幸運なことでした』
「そうだな、お陰でアルメダを通して宿の様子を見ることができる。メイリー達は何かやっているのか?」
『鳩に持たせる手紙を書いているようです。もうすぐ放たれるでしょう。あの鳩はリーンの魔力を嗅ぎつけて飛んできます。何でもよいので、少しずつ魔力を出し続けると良いでしょう』
「わかった、やってみる」


 リーンはアルメダとの通信を切ると、人差し指を立てて詠唱した。


『エンデ』
 -炎よ-


 薄暗い洞窟に、仄かな明かりが灯る。















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