ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

返魂、金色の少年

 防壁の外に走り出たエルレンとバルザー。
 その目に飛び込んできたのは、強烈な閃光と爆発音だった。


「うわっ!」


 少年は思わず目を覆う。
 閃光が過ぎ去った後、その先の天空を見上げれば、そこには口から紫電を撒き散らしている竜の姿があった。


「リーン!」


 少年の位置からは見えないが、明らかに竜の口に何かが入り込んでいた。
 それは、間違いなくリーンだった。


――フグオオオオー!


 中途半端に栓をされた状態の竜の口から、バリバリと音を立てて紫電が放出される。
 リーンが、その全身に纏ったオーラで、竜のサンダーブレスを押し込めているのだ。


 だが。


「正気か! 押し勝てるわけがない!」


 言うと同時に、バルザーは剣を引き抜いた。
 空中では、リーンを咥え込んだ竜が、首を激しく振って暴れ始めた。
 その口端には、紫電に混ざって紅蓮の炎が渦巻いているのが見える。 


 炎と紫電。
 二つのエネルギーが、竜の口の中で激しくせめぎあっている。
 そしてとうとう限界に達した。
 竜の太い喉が、一瞬、大きく膨れ上がった。


――ギャアアアアアーン!


 竜の口から、爆発するように紫電が噴き出した。 


「いかん!」


 バルザーは咄嗟に剣を頭上に掲げる。
 周囲に数名いた魔術師も、慌てて防御結界の魔法を詠唱するが、バルザーの方が早かった。


『レジェン・スルード!』
 -避雷針-


 竜の口からぶちまけられた雷撃が、激しく地表を打ち付ける。
 その一部はエルレン達のいる場所にも飛んで来た。


「うおおおおおお!」


 だが、その雷は全て、バルザーの掲げる剣に吸い込まれ、そのまま地表へと逃げていった。


「バルザーさん!」
「大丈夫だ!」


 剣士の全身から白煙が吹き上がっていた。
 金属の焼ける匂いが、周囲に立ち込める。


「あいつはどうなった!」


 見上げた先には竜がいた。
 首をがっくりともたれて、幾分しぼんだように見える。


「なんだか、ふらふらしてます……」


 竜はそのままヨロヨロと、力なく地表に降りていく。
 その途中で、どす黒い血のようなものを吐いた。


――ぐちゃらぁ


 ドロドロとしたものに混ざって、確かにリーンの姿が見えた。
 赤い髪、くすぶる炎。
 そして、むき出しになったスプレンディアの刀身。


「リーン!」


 エルレンは咄嗟に走り出していた。


「だめだ! まて!」


 バルザーが制するのも聞かず、少年はまさに一心不乱だった。


「ええい……!」


 剣士もまた、その後を追った。
 ドラゴンはいまだ、リーンが吐き出された近くをうろついているのだ。


――オゴゴゴゴゴ……


 竜はしきりに首を振っている。
 そして、口の中に溢れる血を吐き出している。
 リーンの一撃は、確実に竜を痛めつけたのだ。


――ウルオーーン!


 エルレンがリーンの近くまで来たその時、竜がその翼を羽ばたかせた。


「うわっ!」
「エルレン!」


 その風圧に飛ばされた少年の体を、剣士が受け止める。
 竜はそのまま空に舞い上がると、けたたましい悲鳴を上げながら、地の果てへと向かって飛び去っていった。


――ギャオーン! ギャオオオーン!


「リーン!」
「おい! しっかりしろ!」


 真っ黒なヘドロ状の血のなかから、バルザーはリーンの体を抱き起こす。
 服はボロボロに破れ、無数の切り傷が全身に走っている。
 まさに、彼女は満身創痍だった。


「う、うう……」
「剣を抜いたのですか!? リーン!」
「ああ……へへへ、舌の先ちょんぎってやった。あれは痛いぜ……ごふっ!」


 言いながら血を吐く。
 全身に走った傷からも、みるみる血が溢れてくる。


「喋らないで! すぐに治療しますから!」
「だめだぜ……」


 リーンは右手に握ったスプレンディアを見せる。


「まだ……取れてねえ」
「そんなことを言っている場合か!」
「死んでしまいますよ!」


 だが、リーンは首を振る。


「たぶん……次はねえ……ここで解けなきゃ、それで終わりだ……ぜ」
「う……」


 満面の笑みを浮かべて言う。


「信じてるぜ、エルレン」


 そして、リーンは意識を失った。


「リーン……? リーン!」


 少年はすぐにリーンの胸元を開き、心臓の音を聞く。
 その音は徐々に弱まっていく。


「け……剣は」
「だめだ、まだ取れん」
「このままじゃ……このままじゃ!」


 呼吸が停止した。
 全身からはとめどなく血が流れ続け、すこぶる血色の良かったその肌が、土のような色になっていく。


「はやく……はやくとれて!」


 心臓が完全に停止した。
 リーンの瞳から完全に光りが消えうせた。


「まだとれん! どうなっているんだ!」


 バルザーも懸命に剣を引っ張ってみるが、まったく取れる様子は無い。
 持ち主を完全に殺しきるという、呪いの執念さえ感じられるほどだ。


「ああ……」


 エルレンの診たてでは、もはやリーンは息絶えていた。
 その魂が、霧となって周囲に発散していく様が、少年の目にはありありと見えるようだった。


「!? 取れたぞ!」


 そして、何の前ぶれもなく、するりと剣が手から抜けた。


「エルレン!」
「もう……だめです……」


 少年の目には大粒の涙がたまっていた。
 医法師として出来ることは、もはや何もないのだった。


――信じているぜ、エルレン。


「……はっ!」


 だがその時、少年の心に直接響いてくる声があった。
 エルレンは思わず周囲を見回してしまう。


 そこにはまだ、リーンの魂が残されているようだった。


「ああ……!」


 少年の頭の中に詰め込まれた書物のページが、恐るべき速度でめくられていった。
 物心ついたときから、ずっと医法書に囲まれて育ってきた。
 ある日、親の目を盗んで読んだ、とある禁書の一項目。
 その記憶がいま、少年の脳裏にまざまざと蘇った。


 次の瞬間には、少年は水色のローブを脱ぎ捨てていた。


「む!?」


 バルザーが驚いているのも気にせず、エルレンは次々とその衣服を脱ぎ捨てていく。
 そしてついに、一糸纏わぬ姿になった。


「リーン、僕は絶対にあなたを助けます!」


 少年の体は黄金色に輝いていた。
 そのままリーンの体に馬乗りになり、大きく両手を広げて天を仰ぐ。


 詠唱。


『アニャーミ・スルチヤ・エルセルクト・フルーレン』
 -天土の狭間に彷徨いし汝が魂の欠片よ-


 少年の頭上に漂っていた見えない霧が、少年の両腕の中に集まってくる。


『ナ・アムート・エガ・ストバンチス』
 -今ここに集いて我の内の顕ぜよ-


 黄金色に輝く両手を、少年はリーンの頭を静かに添える。


『リバーシア!』
 -返魂ー


 少年の手の平の中で、金色に光るリーンの素顔。
 それはどこまでも安らかだった。
 エルレンの裸体が放つ輝きは、辺り一帯を神々しい色に染め上げていた。


「おお、これは返魂術!」
「……はっ」


 少年の姿に見とれていたバルザーが、声がした方を振り返った。
 そこにはロレンとメイリーがいた。


「エルレン君、こんなことまで出来たの……!」
「反魂術は、少なくとも金色以上の格の者が使う術。しかも公には使うことも教えることも禁じられておる術じゃ」


 その場に居た多くの者が、呆けたようにその光景を目にしていた。
 水色のローブを脱ぎ捨てた少年は、まぎれもなく金色だったのだ。


「まさに天才よ」


 巨大な金の光柱は、そのまま真っ直ぐに天を貫いた。















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