ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

死闘、紅蓮の剣

 リーンはスプレンディアの鞘に巻かれた鎖をじゃらじゃらと外し始めた。
 そして目の前にそそり立つ、竜の巨体を見上げる。


 どうやって戦う?


 瞬時に思考をめぐらせる。
 身体強化の魔法を使って、最大跳躍をすれば、なんとか竜の頭に届くかもしれない。
 だが、空を飛ばれたらおしまいだ。
 リーンは飛翔魔法を使えない。


「おいお前!」


 リーンはドラゴンに向かって叫んだ。


「もちろん正々堂々勝負してくれるんだよな!?」


――ルオオオーン!


 竜は答えた。
 もちろん、全力の勝負であると。


「へっ、そうかよ。結局なんでもアリってことだな!」


 鎖を外したスプレンディアを腰に吊るすと、リーンは身体強化の魔法を唱えた。


『エンデ・イン・エクスパー!』
 -爆ぜよ、内なる炎-


 リーンの全身が燃え上がる。
 強く地を蹴って飛ぶように走る。
 一瞬にして竜の足元に辿り着き、股をくぐって背中に回った。


――ギャアアーン!


 竜はその太い尾を縦に振って、何度も石畳の地面に叩き付けた。
 地響きが走り、砕けた破片が舞い上がる。
 リーンはよろけながらもその尾をかわし、高く跳躍して竜の背中に組み付いた。


「ドラゴン乗りだ!」


――グギャアアアー!


 すると竜は、その漆黒の翼をバサバサとはためかせ、地上から飛び立った。


「うひょー!」


 そのままグルグルときりもみ状に飛行し、竜は背中に乗った異物を振り落とそうとする。
 巨大な翼が空を切り、竜の咆哮がリーンの胸を振るわせる。


「負けねーぞちくしょー!」


 リーンは今すぐにもスプレンディアを抜きたい気持ちだった。
 だが、はやる気持ちを抑えて竜の背中にしがみついた。
 この剣の一撃は最後の一撃。
 放てばあとは死を待つのみの、命がけの一撃なのだ。


「ぐわっ!」


 突如、竜が急上昇を始めた。
 恐ろしい加速力がリーンの体に加えられ、しがみつく腕がもぎとれそうになる。


「うおおお!」


――ギャオーン!


 そして今度は一転、急降下。
 全身の血液が置いてけぼりを食ったような感覚がリーンを襲う。
 激しい眩暈とともに気を失いそうになる。


「ぐぎぎぎっ……!」


 歯を食いしばって耐え、猛烈な勢いで迫る地面を睨む。


『エンデ・バルスト!』
 -大爆炎-


 最大出力で放たれた爆炎が、竜の背中で盛大に爆ぜる。
 その勢いで竜とリーンの体は切り離され、竜は地に、リーンは空中に、それぞれ吹き飛んでいく。


――グワッシャーン!


 竜が、衝突すれすれの急制動をかけると、その巨体と地表の間に凄まじい風圧が生じた。
 その風圧は付近の建物を粉々に破壊し、瓦礫の波となって周囲に飛び散った。


「うおおおおお!」


 空中で姿勢を整えたリーンは、迫り来る瓦礫の波を防ぐべく、剣を鞘ごと盾のように構える。
 直後、夥しい瓦礫の飛礫がリーンを襲った。


「っ!?」


 服がボロボロになり、体の至る箇所が負傷する。
 リーンはそのまま墜落して行った。
 建物の屋根に叩きつけられ、弾むようにして街路に転がり落ちる。


「う、ううう……」


 奇跡的に意識を保っていたリーンは、剣を杖にして身を起すが、そこにさらに、竜の巨大な尾が飛んできた。
 地面をえぐるようにして周囲の建物を破壊し、一直線にリーンのもとに飛んでくる。


「くっそおおおお!」


 最後の気力を振り絞って、リーンは可能な限り高く跳躍した。
 そのつま先のすれすれを、竜の尾が通り過ぎていく。
 遅れて到来した風圧が、リーンの体を木の葉のように舞い上がらせる。


――流石に強ええ。


 スノーフルの空をひらひらと舞いながら、竜に比べてあまりに矮小な姿のリーンはそう思った。
 このままでは絶対に勝てない。
 スプレンディアを抜いたとしても無理だろう。
 そもそも、剣の射程にすら入れない。


「リーン!」


 その時、リーンの体にくるくると鋼線が巻きついた。
 そしてそのまま、引き寄せられる。
 その先にはメイリーと、手に何かをかかえたロレンの姿があった。


「こっちよ!」
「メイリー!」


 両手を広げて待つメイリーの懐に、リーンは思いっきり突っ込んだ。


『アクア・フラッタ!』
 -水の障壁-


 メイリーの背後に水流の壁が現れて、二人の体のクッションになった。


「ぷはっ!」
「しっかり、リーン!」


 口に入った水を吐き出しつつ、リーンはメイリーと、その隣にいたロレンを見た。


「だめだ、オレでもどうにもならねえ!」
「私達も打つ手なしよ!」
「最悪の事態じゃリーン、あれは竜屠る者を屠る竜、ドラゴン・スレイヤー・スレイヤー・ドラゴンだったのだ!」


 竜屠る者を屠る竜。
 それは、自らを倒しうる相手を求めて流離う、竜の中の竜。


「なんだよそれ……」


 リーンは驚きに目を見張る。


「なんだよその……ハンバーグをステーキで挟んだような名前は!」
「そこをつっこむかリーンよ!」
「当然だろ!」
「すごく食べにくそう……」


――ズドーン!


――グルオオオーン!


 地響きを立てて竜が走ってくる。
 三人はとっさに振り向いた。


「くだらないこと言ってる場合じゃないわ!」
「おお、そうじゃった。リーンよ、この鎧を使うのだ」


 ロレンが持っていたのは、魔炎の鎧の一部、肩当ての部分だった。


「これは装着者の魔力を消費して、炎の翼を顕現させる力がある。これで空を飛んで、あの竜をどこかに捨ててきてくれまいか」
「あのドラゴンはリーンを狙っているみたいだから」


 リーンは急いでその肩当てを受け取る。
 薄くて透明なその防具は、手に取るとほんのり熱を帯びているようだった。


「空を飛ぶ……だって?」
「翼をイメージするのじゃ。そなたなら出来る」


 リーンはすぐにその肩当てを装備する。
 そして言われたとおり、両肩に装着された魔炎の鎧のパーツに意識を集中する。


――ブワッ!


「おおっ!」


 リーンの背中に、二対の炎翼が現れた。
 急激に浮力が生じ、彼女の体を浮き上がらせる。


「早く! 竜が来てるわ!」
「おうよ!」


 リーンはそのまま全力で飛翔した。
 竜に向かって飛んでゆき、その頭の回りをグルグルと旋回する。


「おおお、ほんとに飛べるぜ!」


 初めての空中飛行。
 だが、その体験を楽しむ間などなかった。
 炎翼による飛翔能力を手に入れたリーンを見て、そのドラゴンは満足そうに哂っていたのだ。


――グルルルル……


 ずっとこの時を待っていた。
 気の遠くなるような年月を、自らを屠りうる相手と出会うために生き続けて来た。
 今、目の前を飛翔する、不思議な光りを身に纏った人間を見て、竜はその胸を躍らせていた。


――ギャオーン!


 竜はその場で飛び跳ねて喜んでいた。


「来いよ! こっちだ! 相手してやる!」


 リーンは街の外に向かって飛び始めた。
 竜もまた、その漆黒の翼をはためかせて、リーンについてきた。


 そして一人と一体はあっという間にスノーフルの防壁を出た。
 街から離れた場所で対峙する。


 吹雪混じりの曇天の下、空中でにらみ合う勇者と竜。
 リーンはゆっくりと、スプレンディアを鞘から抜いていく。


「メイリー達には、捨ててきてくれって言われたけどな」


 そして口端に不敵な笑みを浮かべる。


「それじゃ、やっぱりつまらねえよな」


 リーンの瞳に炎がみなぎる。


「オレとお前は、ここで雌雄を決するんだもんな!」


――ウオオオオーン!


 竜が咆える。


「一世一代の大勝負だ! いくぞ!」


 剣の先まで完全に鞘から抜きさって、リーンは高らかに宣言した。
 華美な装飾が施されたその鞘を、もはや不要だと言わんばかりに投げ捨てる。


『エンデ・ラルダ!』
 -炎よ、出でよ-


 マギクリスタル製の透明な刀身に、紅蓮の炎が巻き起こった。
 天を貫くほどに吹き上がった炎が、曇天の空を真っ赤に染め上げる。


 竜もまたそれに呼応するように、口を大きく開いて、その奥に巨大な光球を出現させた。
 小手先の細工など一切ない、力と力の真っ向勝負だ。


「ぐっ!」


 リーンの頬にピシリと亀裂が走った。
 早くも呪いが効果を表し始めている。


「はあああああっ!」


 だがリーンは、その痛みと恐怖を振り払って、巻き上がった炎を刀身に集結させた。


 灼熱の剣。


 リーンが持つ技の中で、最強最大の奥の手だ。
 これ以外に選択肢はなかった。


 最後にリーンは、ちらりと地表を見る。
 スノーフルの防壁の門から、走り出てくる数人の人影。
 その中に、バルザーとエルレンの姿も混ざっていた。


「後のことは頼んだぜ、みんな」


 そう言い残して、灼熱の切っ先を竜に向ける。
 竜の口の光球は、その巨大な口から溢れ出んばかりに膨れ上がっていた。


「お望み通り屠られてやるぜ!」


 背中の炎翼が噴き上がる。
 リーンの体は、一直線にドラゴンの口に突入していく。


――ウルオオオオーン!!


 解放された光球のエネルギーが、広域に拡散する紫電の濁流となって、地の果てまでをも明るく照らした。


 その中に一閃の炎となったリーンは、怒涛の勢いで飛び込んで行った。











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