ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

勧誘、旅の仲間

「と、いうわけなんです」
「なるほどなー」
「くすん……ワンちゃんがかわいそうです……」


 エルレンが医法術を使えなくなった経緯を話し終えた頃には、ヨアシュの顔はぐしゃぐしゃになっていた。
 リーンもベッドの上にあぐらをかき、口をへの字に曲げていた。


「お城の人って……お城の人って」


 ヨアシュが珍しく険しい表情を浮かべる。


「……どうしてそんな簡単に、酷いことをできるのでしょう」
「うーん」
「ヨアシュにはわかりませんっ」


 リーンは、ランから聞いたヨアシュの過去を思い出していた。
 ヨアシュはかつて、人間に化けた魔物に想いをよせられ、その魔物が城の警備兵に捕まって市中を引きずり回されるところを目撃している。
 城の人間に対して良くない印象を持っていたとしても不思議ではなかった。


 リーンはヨアシュの様子をしばし見守った後、エルレンに聞いた。


「その子犬はいまどこにいるんだ?」
「はい、実はここに」


 と言ってエルレンは、机の下から木の檻を取り出した。


「ええっ」


 ヨアシュが驚いて声を上げる。
 檻の中には、口枷をはめられた子犬が入っていた。


「グルルッ」


 低く身を伏せて、警戒するような瞳をリーンに向けている。
 そして鼻で唸っている。


「咆えるといけないので、結局、口枷はそのままです。ここは医法院ですから」
「うーん、ずっとこのままってわけにはいかないな」
「はい、その点についても僕は愚かでした。自分で飼えるわけでもないのに、飼うといってしまったのです。早くこの子の里親を見つけてあげなければなりません」
「そうだな、見つけられそうか?」


 少年は黙って首を振る。


「この城下街で動物を飼うのは大変なことですから。そう簡単には見つからないと思います」
「それは困ったな、満月亭で飼うわけにもいかないか」


 その質問に対しては、ヨアシュが首を振る。


「食べ物を扱っているので、駄目なのです……ごめんなさい」


 と言って、苦虫を噛んだような顔をする。


「そうかー、じゃあ、どこか別の村に持っていくしかねえんだな」


 そしてリーンは、自分の故郷であるグリムリールに持って行ってはどうかと考えた。
 しばしば魔物が出るので、番犬として犬を欲しがる家は多い。


「うーん……」


 だがリーンが戻ったとなれば、村中大騒ぎになるだろう。
 娘達が大挙して押し寄せてくるに違いない。
 リーンは青い顔をする。


「だめかー」
「??」
「お姉さま?」


 リーンは首を振る。


「いや、なんでもねえぜ。とにかくその犬っころ、早く何とかしてやらないと可愛そうだ。それに……」


 エルレンが医法術を使えるようになるための鍵は、この子犬にあるとリーンは見た。


「もしかしたら、一石二鳥かもしれないな」
「え?」
「よし、決めたぜ。エルレン、明日俺たちと一緒にスノーフルに行こう」
「えええ!?」
「スノーフルって、メイリーさんの故郷ですかお姉さま!? とてもとても遠い所なのですよ!?」
「ああ、でも俺なら大丈夫だ。なんたって勇者だからな。転移陣を使ってひとっ飛びだ」


 ヨアシュとエルレンは、不安げに顔を見合わせる。
 リーンは呪われた剣を持ち上げて言う。


「この剣の呪いを解くには、どのみちエルレンを連れてスノーフルに行かなきゃならねえ。スノーフルみたいな辺境の町なら、番犬なんて何頭でも欲しいだろう。それでその子犬の里親が見つかれば、エルレンだって安心して術を使えるようになるさ。そうしたら俺の剣の呪いだって解くことが出来る。それでバッチリだ。うん、流石だな俺、完璧だぜ!」


 ヨアシュもエルレンも何も言えない。
 「そんなに上手く行きますか?」と、その顔に書いてあった。


「大丈夫だ、出来る。というか、やるんだ!」


 リーンがあまりにも勇ましく言いきるものだから、二人はもう納得せざるを得なかった。




 * * *




「じゃあ、明日の朝また来るからな。準備しておいてくれよ!」
「はいっ」


 独自の交渉術でエルレンの両親をも説得したリーンは、医法院の入り口でエルレンとわかれた。
 ただし、きちんとした護衛をつけるというのが、エルレンを連れ出すための条件になった。


「というわけでヨアシュ。もう一件付き合ってくれ」
「はいです。でも早く帰らないとランちゃんにタンポポの綿毛の祟りをかけられてしまいます、お姉さま」
「おお、そうだったな。じゃあ急いで済ませよう」


 そう言うとリーンは、ヨアシュの体を持ち上げて肩に担いだ。


「うわわっ、えっ! お姉さま!?」
「ちゃんと掴まってろよ!」
「えええ!?」


 リーンはヨアシュを担いだまま姿勢を低くすると、身体を強化する魔法と唱えた。


『エンデ・イン・エクスパー!』 
 -爆ぜよ、内なる炎-


 リーンの体が燃えるように熱くなる。
 体内物質の反応を極大化させたリーンは、石畳の地面を砕けるほど強く蹴って、凄まじい速度で走り出した。
 通りに突然の突風が吹き抜ける。
 通行人の帽子が飛ぶ。
 女性のスカートがめくれ上がる。


「ひやああああああ!」


 その後に、ヨアシュの悲鳴が長い弧を引いた。






 * * *




「ふぇ……ひぃ……お姉さま、ひどいですぅ……」
「ははは、ちょっと頑張りすぎたぜ」
「はうぅ……でもちょっと楽しかったです」


 リーンはいつぞやの酒場の前に来ていた。
 ヨアシュと一緒に中に入る。
 すると、この間と同じ席にあの男がいた。


「よお、今日は一人で飲んでるのか? 寂しい野郎だな」
「む、ここは子どもの来る場所じゃないぞ」


 それは、リーンが勇者登用試験のときに戦った相手、バルザーだった。
 相変わらず昼間から飲んだくれている。
 鎧の類は身につけておらず、腰に一振りの剣を吊るしただけの普段着だった。


「じろり」
「ひゃうっ!」


 その屈強な男に睨まれて、ヨアシュはビクンと飛び跳ねた。
 少女は、こんな場所にはいままで来たことがなかった。


「おいおい、俺の可愛いヨアシュに眼をきかせないでくれよ、バルザー。今日はあんたに依頼があってきたんだ」
「依頼だと?」


 バルザーはジョッキを置いてリーンの顔を見上げる。


「ああ、無職なんだろ?」
「誰のせいだと思ってる」
「だからこうして仕事をもってきてやったんじゃないか。酒ばっかり飲んでるのも、そろそろ飽きてきたんじゃないかと思ってさ」
「…………」


 否定は出来ない。
 そうバルザーの表情には書いてあった。


「あ、あの。私からもお願いしますです。お姉さまの剣の呪いを解くためなんです! とてもお強い剣士さまと聞いています!」


 ヨアシュが一歩踏み出て頭を下げる。


「おいおい……」


 思わぬ少女の行動に、バルザーは僅かにたじろいだ。
 眠っていた騎士精神と庇護本能がくすぐられ、無下に断ることが出来なくなった。


「お前……こんなことをさせるために、その子供をつれてきたのか」
「いいや、ヨアシュは俺の見張りなんだ」
「はあ?」
「俺が一人でふらふら、どっか行ってしまわないようにってな。いやでも意外だぜ、あんた子供には弱いんだな」
「なっ!」


 うわばみのバルザーの顔に朱が差す。


「むむむっ、そんなことはどうでもいい! それよりどうやって呪いを解くんだ。その剣にかけられている呪いは相当なもののはずだぞ」
「ああ。だけど解くんだ。ちょっと強引な方法だけどな」
「ふん……、それで俺に何をしろと?」
「スノーフルに行くまで間を、護衛をしてもらいたい。若い医法師も一緒なんでね」
「スノーフルだと!?」


 バルザーは思わず身を乗り出す。


「どんだけ遠くだ……馬を使っても3月はかかるぞ!」
「転移陣でいくから大丈夫だ。首尾よく行けば一日で終わるぜ?」
「…………」


 バルザーは眉をひそめて、しばし思案する。
 スノーフル、何故そんなところに。
 そこにいったいなにが……。


「はっ」


 そして何かに気付いたように、その表情を変えた。


「まさかお前ら……!」
「おっと、それ以上は言わないでくれ。お姫様が見ているからな」


 リーンはチラリと、アルメダ姫のポスターを見る。
 相変わらずその美姫は、写真の中で神々しく光り輝いていた。


「……なるほどな」


 そう言うとバルザーは、ジョッキを手にとってその中身を飲み干した。


「いいだろう」
「おっ、即決かよ」
「ふん。ただし条件がある」
「おおう、報酬か? それなら俺のおっぱいを好きにしてくれてかまわないぜ!」
「いらん!」
「なんだとお! このドーテー野郎! ホモか!」
「……断られたいのか」


 バルザーの肩が怒りに震え、そのこめかみに血管が浮く。


「条件は一つだ。その剣の呪いが解けたら、俺と勝負しろ。それでいい」
「勝負だって?」
「ああ、今度は一対一でな。俺はどうにも、俺がお前に負けたという事実が腑に落ちないんだ。剣の腕なら俺の方が確実に上なのに。いや、魔法でもだ。それなのにお前は……」
「なんだ、そんなことか」
「そんなこととはなんだ。俺には重要なことなんだ」
「負けず嫌いなんだなー」
「いや、それとも違うんだ」
「なんだよ、面倒くさいやつだな」
「俺はな、どうしてお前が俺に勝てたのかを知りたいんだ。それがわかれば、俺はもう勝ち負けなんかは気にしない。俺がお前に一度負けていることは事実だ。それはもうとっくに受け入れている」


 バルザーはギロリとリーンを見る。


「俺が知りたいのは、お前の底知れぬ強さの理由だ」
「やれやれ、素直に俺のこと好きって言えばいいのによー」
「……この場で切り捨てるぞ」


 バルザーは腰の剣に手を伸ばす。


「あわわ、まてまて、冗談だぜ」
「お前の冗談は不愉快だ! 俺にとっては、理解不能な強さなどこの世にあってはならないものなんだ。そんなものがあると、その強さの理由が気になって夜も眠れなくなる。その秘密の見極めて、そして俺の実力の中に取り込みたくなる。それは俺がお前のことをどう思ってるかとか、そういうこととは無関係だ」


 一気にまくし立てられて、流石のリーンも軽口をきけなくなった。
 バルザーはひどく真面目で、そして素直ではない男だった。


「俺の強さの秘密ねぇ……」


 リーンは気だるそうに首をかく。


「そんなの決まってるじゃないか」


 そして剣を振りかざて言う。


「俺が強いのは、俺が勇者だからだ!」
「…………」


 バルザーは白けていた。


「まっ、勝負ごとならいつだって受けてやるさ。どんと来いだぜ」 
「最初からそう言ってくれ……」


 こうしてリーンの旅の仲間にバルザーが加わった。















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