ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

激励、ため息の少年

 医法院の一室。
 机とベッドと本棚だけが置いてあるその狭い部屋は、エルレンの私室だった。


「ふう……」


 少年は日当たりの良い窓辺に向かってため息をつく。
 その手には水差し。
 窓際には、一輪の白い花が植えられた植木鉢が置かれている。
 少年はその花にそっと水を注ぐ。


「はあ……」


 そしてまたため息。
 医法院には今日も多くの患者が詰め掛けているが、少年は水色のローブさえ身にまとっていない。
 仕事場にも出ていないのだ。


――コンコン


 ドアがノックされる。


「あ、はいっ」


 少年は水差しを机に置いて、ノックされたドアを開いた。


「やあエルレン。元気にしてたか?」
「リーンさん!」


 そこには握ったままの剣を腰に下げているリーンと、その後ろで控えめに立っているヨアシュの姿があった。


「は、はい! お蔭様で元気でした」
「そっか、そりゃ良かったぜ」
「はい。えと、今日はどうされたんですか? もしかしてどこか具合が悪かったり?」
「いや、俺は全然なんともないぜ。今日はマーリナさんの薬をもらいにきたんだ」
「はいなのです。エルレン君」


 ヨアシュが手に持った紙袋をエルレンに見せる。
 少年はどこかほっとしたような表情をした。


「そうだったんですか……」
「ああ。それで、お前の姿が見えなかったから、どうしてるのかと思ってさ」
「は、はい」
「昇格試験はもう受けたんだろ? どうだった?」
「……!」


 そのリーンの質問に、少年は固まってしまった。
 そして申し訳なさそうに目を泳がせる。


「それが、その……」


 リーンは、モジモジとして目を合わせようとしない少年を、自信に満ちた瞳で見つめ続けている。


「お恥ずかしながら、落ちてしまいました……エヘヘ」


 エルレンは顔をあげて、精いっぱいの笑顔を浮かべる。
 だがリーンは、その造り笑顔の奥に秘められた苦悩を、しっかりと見抜いていた。


「そっか。そりゃあ残念だったな」
「まだまだ勉強が足りなかったようです」
「まあ気にすんな。また次頑張ればいいんだ」
「そうですよエルレン君、なんたってエルレン君は天才なのですからっ」
「はい……」


 リーンは少年の部屋の窓際に置いてある植木鉢に目をやった。
 そして再びエルレンを見る。


「実は、お前に頼みたいことがあるんだ。ちょっといいか?」
「え? あ、はい! 狭い部屋ですがどうぞ」


 と言って少年は二人を部屋に招きいれる。


「すみません、椅子が一つしかないので、ベッドを使ってください」
「おお、わるいな」
「失礼しますね、エルレン君」


 リーンとヨアシュがベットに腰掛け、エルレンはその前に向かい合って座る。
 エルレンは緊張を隠せない様子だった。
 もし治療に関する頼みごとだったらどうしようかと。


「ええと、どのようなことなのでしょうか」
「ああ、実はな俺、一度死んでみようと思ってるんだ」
「はあなるほど……って、えええ!!」
「えええ!?」


 エルレンとヨアシュは同時に飛び跳ねた。




 * * *




「そんなに驚くことないだろ?」
「いえいえいえ!」
「突然何を言い出すのですお姉さま!?」
「まあ落ち着けって二人とも。これはあくまでも『例え話』だ」
「はあ」
「ビックリしたのです……」


 リーンはひとまず二人を座らせる。


「まあ、つまりコレの話なんだよ」


 と言って呪われた剣、スプレンディアを二人に見せる。


「この剣にだな、一度俺が死んだと思わせたいんだ」
「ああっ、なるほど」
「??」


 エルレンは早くもリーンの言っていることを理解したようだ。
 だがヨアシュは首を傾げている。


「リーンを仮死状態にするということですね?」
「そうなんだ、流石だなエルレン」
「???」


 まったく話についていけないヨアシュを置いて、二人はどんどん話を進めていく。


「そこで、お前に相談しに来たってわけなんだ」
「そうでしたか……」


 少年はばつが悪そうに指で頬をかく。


「この世で一番俺の体のことを知っているのはお前だからな。この件は絶対にエルレンにお願いしたいんだ」
「え、ええと……」
「もちろん受けてくれるよな?」


 リーンに懇願される度に、エルレンは萎縮していく。
 知らないふりをしているが、本当はリーンはわかって言ってる。
 そうしておかないと、ゲンリがエルレンとの約束を破ったことになってしまうからだ。
 医法術が使えなくなったことを、リーンには伝えないで欲しいという約束を。


「ごめんなさい!」


 エルレンはついに観念して、リーンに対して深く頭を下げてきた。


「実は僕は今……術を使えないんです!」


 少年は頭を下げたまま、その小さな肩をプルプルと震わせていた。
 リーンはしばし何も言わず、その震える肩を見守っていた。


「え、えと……リーン?」


 リーンの反応がないことを不思議に思った少年は、恐る恐る顔をあげてきた。
 その頃合を見計らってリーンは。


「大丈夫だ!」
「……え!」


 少年の小さな体を、思いっきり抱きしめた。


「わ、うわわっ」
「お前はいつか世界一の医法師になるんだ。そして俺の、勇者専属の医法師になって、一緒に魔王を倒しに行くんだ」


 さらにきつく抱きしめる。
 少年の顔が、リーンの胸に埋まる。


「だから、こんなところで落ちこぼれるわけがないんだぜ」


 そしてリーンはエルレンから離れる。
 少年の頬はほんのりと赤らんでいる。


「え、え、えーと……リーン?」
「大丈夫だ。自分を信じろ!」
「はうっ!」


――自分を信じろ!


 その、いかにもありふれた励ましは、どういうわけか、ひどく少年の魂を揺さぶった。


「は、はい……!」


 少年の目に光りが宿る。


「リーンにそう言われると……なんだか本当に大丈夫な気がしてきました!」
「だろ?」
「はいっ、本当に、訳も無く自信が湧いてきました!」


 エルレンは立ち上がると、勇ましくポーズをきめた。


「す、すごいです、お姉さま……」
「うんうん、俺は昔から人をおだてるが得意なんだ。それでエルレン、どうして術が使えなくなっちまったんだ?」
「はい、それがその……」
「きっと、その植木鉢の花と関係があるんだろう?」
「どうしてわかったんですか!?」


 少年は目を白黒させる。


「まあな。どうにもそういう『置き方』だったからな」
「すごいです、さすがリーンです」
「へへへ、この紫の瞳に見抜けないものはないんだぜ」


 リーンは調子が良さそうにそう言った。
 そして火花が散るようなウィンクを少年に向けて飛ばした。


「実は僕、試験の時にとんでもない失敗をしてしまったんです」


 すっかり気力を取り戻した少年は、術を使えなくなってしまった理由について話し始めた。











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