ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

戦慄、国王の実力

「エルグァ族には天人の血が流れていると言われているの」


 ジュアは杯にワインを注ぎつつ言った。


「天人?」
「そう。天の円盤の上に住まうとされる、世界の番人。その昔、一人の天人が地上におりてきて、人の娘と許されざる恋に落ちた。そうして生れ落ちたのがエルグァ族の始祖であると言われているの」
「へえー、天人なんて本当にいるのかよ」
「さあ、それはわからないわね。まだ誰も行ったことが無いもの。エルグァ族が見る天への道は、本当に薄っすらとした光の筋で、見えたからって、昇っていけるようなものではないし」
「そうなのか。なんだか残念だな」
「この言い伝えのせいで、エルグァ族のものは縁起物のように思われてしまっていて、あちこちの権力者が私達を側に置いておきたがるの」
「ふむふむ、それで近衛兵なんかにもなれちまったってわけか」
「まあ、そんなところね。特に宰相ゴーンは、エルグァ族に強い執着を持っているから。ところで逆に聞くのだけれど」


 突然、ジュアの目つきが鋭くなる。


「リーン。あなたこそ本当に、ただの人間なの?」
「ああ?」


 突然の質問に、リーンは少々うろたえた。


「いきなり何だよ。魔物か何かって疑ってるのか?」
「魔物ねぇ……その可能性もあったか。いや、何でもないわ。ただちょっと聞いてみたかっただけ。だってあんなにあっさり私達を倒してしまったんだもの」


 ジュアはそう言いつつ、ワインをごくりと飲む。


「俺は人間だぜ」


 リーンはいたって真面目な表情でそう言う。
 もし自分が人間とは違う生物なのだとしたら、それは自分の親のどちらかが人間ではないということだ。
 そんな風には思いたくなかった。


「まあでもなぁ……」


 そう言えば、俺はオヤジの腹から生まれたんだっけか。
 そのことをふと思い起こし、リーンはまたもや考え込んでしまう。


「どうしたのかしら。さっきから全然お酒が進んでないみたいだけど」
「む? いや、そんなことないぞっ」


 リーンは思い出したように麦酒を飲み干し、そしてマスターに追加を注文する。


「まあ、ともかく俺は人間だ。魔物だったら心の中に飼ってるぜ」




 * * *




「見張りの仕事って楽しいのか?」


 話題は兵士達の仕事のことになっていた。


「楽しいわけないじゃない。ただ湖の近くを馬にのってうろついて、怪しい人がいないか見張るだけだもの」
「ああ、あそこで見張ってるのか」


 リーンはエヴァーハルに来てすぐの時のことを思い出す。


「確かにつまんなそーだな。近衛兵の時はどうしてたんだ? やっぱ、あの宮殿の中でぬくぬくしてたのか?」
「その話はしてはならない決まりになっているの」
「別にいいじゃないか、普段の生活のことくらい」
「……あなた、何か危ないことを考えてるわよね? 消されるわよ?」


 さっくりとお見通しだった。
 リーンはジュア達に揺すりをかけて、少しでも城の内部事情を聞きだそうとしていたのだ。
 バルザーも、そのことを警戒してか、先ほどから一言も口を聞かない。


「おおう、流石エリート様だな」
「あのねえ、これは親切で言ってあげることなんだけど、あんまり国王を甘く見ない方がいいわ。実はああ見えて、すごく強いの」
「あのおっちゃんが?」


 リーンがそう聞き返すと、突然バルザーが口を開いた。


「国王は、現在アルデシア唯一の白銀魔術師だ。お前だって国王さまの前じゃ、一匹のアリと同じさ……うむ」


 そして、どこか青い顔をした。


「そう言えばバルザー、あなたは国王の本気を知っているんだっけ」
「ああ……思い出しただけでも震えが止まらなくなるぜ」


 と言って、2,3粒続けてコショウを口に放り込む。


「アレは、俺がまだ精鋭騎士団にいたときの話だったな……」
「おいおい、一体なにがあったんだよ。そんな青い顔をして」
「言いたくねえ……」
「いきなり喋ったかと思ったらそれかよー? 気になるじゃねーか!」


 リーンは立ち上がると、バルザーの幅広の肩に手を回す。


「なんだ、くっつくな」
「いいから話せー!」


 そしてバルザーの二の腕に、自らの胸を押し当てた。
 酔いが回って頬が赤く、目つきも怪しくなっていた。


「お、おい!」
「言わねーと、このままセクハラで訴えるぞ?」
「むちゃくちゃだ!」
「いいから言え! 脱ぐぞ! 踊るぞ!」


 と言ってリーンはパチパチと胸のボタンを外していく。


「ぐぬ!? なんて恥ずかしい女なんだ! おいジュア、お前からも何とか言ってやれよ」
「うーん……」


 ジュアは困ったように視線を泳がせると。


「まあ話してあげたら? この子、放っといたら、本当に国王のところに殴りこんじゃいそう」
「ちっ……仕方ねえな。あんまり思い出したくない話なんだぞ」


 そう言いつつ、バルザーはしぶしぶと昔のことを話し始めた。




 * * *




 エヴァーハルから東に5エルデンの場所に、アイオン高原という場所がある。
 今から5年前、そこで大規模な軍事演習が行われた。


「総員、対雷撃魔法陣形!」


 号令とともに、太鼓の音が鳴り響く。
 その指示を受けた、総勢5000人の重装甲兵が、魔方陣を模した円形の隊列に、その並びを変化させた。


「防御結界、全力展開!」


 ラッパの音が高らかに吹き鳴らされる。
 それと同時に、隊列の要所に配置されていた魔術師達が、一斉に詠唱を開始した。


『リーメル・リーメル・エーラリアー・リア・サーラムハー・イル・エー・セーエイオー……』


 数十名の高位の魔術師達の魔力が、隊列を組んだ兵士達の体を通して陣全体に伝えられていく。
 アイオン高原は、ただならぬ雰囲気で満たされた。


 魔法陣形防御結界。


 これは、敵の魔法攻撃をしのぎながら、大部隊を敵陣へと送り込むための戦法であり、魔術師団の猛攻にさらされる攻城戦などで必須となる。
 この結界によってどれだけの攻撃に耐えられるかということは、国家の戦力を図る上での重要な指標になるのだ。


 魔法結界が増強され、何重もの青白い層となって兵士団を包み込んでいく。
 そしてついに、アイオン高原全体を覆い尽くすほどになった。


 標高の高い場所にあるアイオン高原は、遠くの国からでも観察できる場所だ。
 この地で大規模な軍事演習をすることには、反攻の機をねらってその目を光らせている、アルデシア各地の有力者を牽制する意味があった。


 そして実際、高地全体が魔法結界に包まれるのを見て、多くの者がこう思った。
 こんな部隊を相手にして、一体どこの国に勝ち目があるだろうと。
 5000名の兵達が放つ波動は、そのまま20エルデンの彼方まで届いた。


「ふぉふぉふぉふぉ、そろそろ余の出番かのう」


 そこに現れたのが、現エヴァーハル国王、ジニアス・エルムス・エヴァーハル2世だった。


「ではちょいと試してみるとするか」


 と言って国王は、その白髭の奥で、もにょもにょと呪文を唱え始めた。
 そしてそのまま空中に浮かび上がり、高原の上に描かれた、5000人に兵士による魔方陣を見て、満足そうに微笑んだ。


「よろしい、完璧な陣形である。では参るぞ皆のもの! キエエエエエイ!」


 国王は杖を振りかざす。
 すると、曇天模様だった上空が、さらに分厚い暗雲で覆われた。


 その時バルザーは、陣の中央付近にいた。
 国王の魔法詠唱が、真っ暗な空に響きわたるのを、戦々恐々として聞いていた。
 隣の兵士と肩を組み、その足でしっかりと地面を踏みしめていた。
 土属性の魔法を使えるバルザーは、国王の放つ雷撃魔法を地面に逃すという役割を担っていたのだ。


『ランド・パトス!』
 -大地の血脈-


 魔法で己と大地を一体化させる。
 しくじれば、彼の周囲にいる多くの兵士が、国王の雷撃に焼かれて消し炭になってしまう。
 バルザーの額には汗が滲んでいた。


「ふぉっふぉっふぉ! ではまいるぞー!」


 国王の振り上げた杖に、真っ白なエネルギーの塊が生じる。
 天の暗雲がとぐろを巻き、そこから飛び出した稲光が、竜のように雲の間を暴れまわる。
 そしてついに、国王の大魔法が放たれた。


『ディバン・ベルスト・オー・ハリヤー!!』
 -神殺しの大雷-


 バルザーの視界が真っ白になった。
 夥しい稲妻のシャワーが降り注ぎ、上も下もわからなくなる。
 地面が砕け、飛び上がった岩石が全身を叩く。
 魔方陣の結合だけは死守すべく、兵士達は組んだ肩に、ありったけの力を込めた。


――ウオオオオオオオ!
――ヌワアアアアアア!


 巨大な鞭で叩きつけるような衝撃が、防御結界を打ち砕いていく。
 陣の一角が崩壊し、数十名の兵士を巻き添えにして大爆発を起した。
 結界のバランスが崩れ、さらに強力な雷撃が、兵士達の体に降り注いできた。
 その電撃が集中する位置に立っていたバルザーは、もはや身も世も無い思いで、ただひたすら大地との結合に意識を集中し続けた。


 国王の放った雷撃は、アルデシアの全ての国で確認された。
 通常の雷の数百本分のエネルギーが一気に放出され、その衝撃は地響きとなって全土をくまなく揺るがした。
 そのすさまじい衝撃は、大地の辺縁にいた魔物達の目さえ眩ませた。
 その後数日の間、地の果てから魔物が這い上がってくることはなかった。


 国王の大魔力は、人間の世界を通り越して、魔物の世界までをも震撼させたのだ。




 * * *




「と、言うことだ」


 一通り話し終えると、バルザーはグイっと麦酒をあおった。
 流石のリーンも開いた口が塞がらない。


「バケモンだぜ!」
「国王は、恐らく今でも、お一人で一国をを支配できる」
「ふざけてるな!」
「悪いことはいわん。国王さまに盾突こうと思うな」
「ふーむ確かにな、流石の俺も勝てる気がしないぜ。まいったな」















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