ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

復活、癒しの美少年

 何もない、まっ暗闇の空間に、リーンは一人浮かんでいた。
 一糸纏わぬ姿で、鍛えられたその体を弓なりに反らして、瞳を固く閉じている。


 胸には一本の太い管が突き刺さっている。
 そしてどす黒い血を、リーンの体内にドクドクと送り続けている。
 その黒い血に支配された時、リーンの人間としての活動は完全に停止し、その魂は大いなる循環のもとに回帰するのだ。


 これが死。
 なんとあっけないものか。
 ああ勇者よ、死んでしまうとは情けない。
 そんな思いが、リーン脳裏をよぎる。


 だが。


「……まてコラ」


 リーンは何もない空間に悪態をついた。


「俺はまだ生きているぜ」


 そして、胸に突き刺さった管を両手で掴む。


「なんだこんなもの。俺はまだ、こんなもんに囚われる気はねーぞ!」


 と言ってクワッと両目を見開き、一気に引き抜いた。


――ブシュウウウ


 管はズルリと胸から抜け落ち、ポッカリ開いたその穴から熱い血潮が吹き出した。


 そしてリーンの全身を、赤く、暖かく、染めていった。




 * * *




「すごい……眼を覚ましました!」


 見知らぬ少年の声。


「お姉さま!」


 聞き馴染んだ少女の声。


「しっかりするガル!」


 そしてリバ族の戦士の声。


「う、ううーん……」


 リーンは瞳を開き、そしてゆっくりと首を動かして、周囲の状況を確認する。


「ここは……?」
「医法院の病室です、お姉さま! よかったです……本当によかったです」


 そう言うヨアシュの目には涙が滲んでいた。


「ごめんなさいお姉さま。ヨアシュが……ヨアシュが無理に連れてきてしまったせいで」


 そう言って自分を責める少女。
 そんなことないぞと伝えるため、リーンはその頭を撫でてやろうと手に力を入れるが。


「う……ん?」


 首から下がまったく動かせなかった。
 全身が包帯でぐるぐる巻きになっていた。


「体を動かせなくなる魔法をかけてあります。動くと傷口がひらいてしまいますので」


 水色のローブを身に纏った少年が、リーンに声をかけてきた。
 声変わりをする前の、綺麗なボーイソプラノ。
 リーンは眼の動きだけで、少年の姿を確認する。
 水色のローブは、位の認定を受けていない医法師、いわばひよっ子医法師であることを意味している。


「お前が……オレを助けてくれたのか?」


 リーンはまさかとは思いつつも、そう少年に尋ねた。


「はい。僕はご覧の通り水色なのですが、急を要する事態でしたので」
「くすん。お姉さま、この方がお話していた天才医法師、エルレン君なのです」
「ガル。もしエルレンどのがあの場所にいなければ、リーンは助からなかったんだガル」


 いまだ意識がぼんやりしているリーンは、水色のローブに天才医法師という組み合わせをうまく飲み込めなかった。
 だが、彼がとてつもない美少年であることだけは、しっかりと認識した。


 無数の星を潜めたエメラルドの瞳。
 磁器のように白く透き通った素肌。
 まるで少女のような、華奢な首筋。 
 元気よく跳ねた金色の髪だけが、少年らしい雰囲気を醸している。


「一体どうなっちまったんだ? オレは」
「ええ、それはもう大変なことに……」


 そしてリーンは、少年から事の詳細を聞いた。


 リーンは医法院の入り口で、突然、血まみれになって倒れた。
 出血はあっと言う間に致死的な量に達した。
 だが、その血が完全に流れ落ちる前に、エルレンが血戻しの魔法をかけたので、命だけは取り留めるとこが出来たのだった。
 その後すぐに医法院に担ぎ込まれ、魔法と薬を大量投入し、ボロボロの肉体を寄せ集めるようにして元に戻したのだ。


「どうしてそうなった!?」


 リーンは思わず叫んでしまった。
 その瞬間、頬の傷がピシッと開いた。


「ああっ、いけない!」


 あわててエルレンがその傷に手をかざす。


『プテ・キューア』
- 穏便なる癒し -


 すると、傷口に滲んだ血がゼリー状に凝固した。
 リーンの体には、既に飽和量の回復術が注がれているので、これ以上強い魔法をかけられない。


「無理はしないでください。生きているのが不思議なくらいの傷なんですから」
「あ、ああ……」


 少年らしからぬ落ち着いた口調で窘められる。
 リーンは言われたとおり大人しくした。


「原因は、恐らくその剣でしょうね……」


 と言ってエルレンは、リーンの手にくっついたままの宝剣スプレンディアに眼をやった。
 宝剣は、ベッドの横に置かれた机に載せられていた。


「これは本当に、『立派に呪われた』剣です……」


 と言ってエルレンは、困惑の表情で手と剣がくっついている箇所を見つめた。
 ヨアシュとランも、同じく剣をまじまじと見る。


「立派に呪われた剣なんだガル」
「立派に呪われた剣です……」
「ぐぬぬ……」


 リーンは激しく眉をしかめた。


「せめて『呪われた立派な』剣って言ってくれ! げほぉ!?」


 そして吹き出すように血を吐いた。


「お姉さま!」
「だから大人しくしてるガル!」




 * * *




 なにはともあれ、リーンはしばらく入院することになった。
 エルレンが言うには、リーン自身の回復力と、アルメダ姫にもらった回復ベール、そのどちらが欠けていても助からなかったということだ。
 それほどまでに際どい大怪我だったのだ。


「なぜ国王は、こんな剣をリーンさんに授けたのでしょう」


 リーンの包帯を取り替えていたエルレンが言う。


「まったく、なんでだろうな」


 リーンの怪我は、間違いなく宝剣スプレンディアの呪いによるものだった。
 どういうわけか、国王から贈られた剣には、致死の呪いがかけられていた。
 つまり、国王はリーンを殺そうとしたのだ。


(宿のみんなが心配だぜ……)


 そしてその事実を、ヨアシュとランが知ってしまった。
 二人は既に宿屋満月亭に戻っている。
 今頃は、日暮れに訪ねてくる予定だったゲンリと会って、今日あったことについて話しているはずだ。


「国王のおっちゃん、人の良さそうな顔してずいぶんと腹黒いみたいだな。エルレンにも迷惑をかけちまうかもしれない。明日にはここを出てくよ」
「いけません、まだ当分は安静にしていただかないと」
「でもな……」
「大丈夫です。王さまだって医法院はそう簡単に手を出せませんよ。それに、何があっても患者さまの治療を行うことが、僕達、医法師の責務ですから」


 とエルレンは、大人顔負けの意見を述べる。
 そして巻き終えた包帯を切って端を結ぶ。


「それにしてもすごい回復力です。もう殆どの傷口が塞がってしまいました」
「まあな。人とはちょっと体の造りが違うんだ」


 エルレンは立ち上がると、医療道具の入った箱を抱えて立ち上がった。


「だからといって、無理なことはなさらないでくださいね。僕は隣の部屋にいますから、何かあったらすぐにそこの鈴を鳴らして呼んで下さい」


 と言ってエルレンは、ペコリとお辞儀をして病室を後にした。
 リーンのいる病室は当直室の隣、重篤な患者を治療するための部屋だった。


「ありがとな、エルレン」


 リーンは軽く手を振って少年を見送る。
 そして、その細いうなじをまじまじと見つめた。


「うーん……なんて可愛いんだ!」


 本当に男の子なのだろうか?
 そんな疑問がむくむくと、リーンの胸中に育っていく。


「気になるぜ……!」


 やるなら夜だ。
 そうリーンは、呪い剣のことなどすっぽりと忘れて思うのだった。















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