ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

謁見、国王様

 宮殿の中庭。


 踏み固められた土の上で、リーンはゲンリとともに、片膝立ちの姿勢で控えていた。
 中庭は高い壁で囲まれていて、その四隅には常緑樹が植えられている。
 巨大な要塞のようなエヴァーハル宮殿は、小さな町が一つはいってしまうほどの敷地があった。
 ゲンリの案内がなければ、リーンは迷子になっていただろう。


「まだかよー、国王のおっちゃん」
「リーン、間違っても国王の前でおっちゃんとか言っちゃだめですよ?」
「おうっ、そのくらいの礼儀はわきまえてるぜ!」


 といってキリッとした目つきでゲンリを見据えるリーン。
 やる気まんまんのようだ。


「なんだか私、胸騒ぎが止まりません……」


 と言って、魔術師はため息をつく。
 心配で仕方がないようだ。


 リーンの目の前には、鉄の棒きれのような剣が置いてある。
 切れ味といったものはまるで無く、酷く重たい。
 これが、勇者試験を受ける者に唯一許された武器だ。


 不意に、中庭の隅に生えている樹から、数羽の小鳥が飛び立った。
 それと同時に、宮殿の奥へとつづく回廊が、にわかに騒がしくなった。


「来られました。リーン、頭を下げてください」


 二人は片手片膝を付いた状態で、頭を下げた。
 数人の足音が徐々に近づいてきて、二人からやや離れた場所で止まった。
 声がかかった。


「ふぉっふぉっふぉ、そなたがリーンであるか。顔を上げよ」


 思いのほか太い声だった。
 威厳に満ちた声である。


 ゲンリが頭を下げたままリーンに目配せしてきた。
 教えられた通りにこう言わなければならない。


――はい、国王陛下。グリムリール村より参りました、リーンと申します。お目にかかかれて光栄の極みでございます。


 しかしリーンを見る魔術師の表情は暗かった。
 そして何か吹っ切れたように、フッと息をもらしたのだった。


「ああ、俺がリーンだ、国王のおっちゃん!」


 そう叫ぶように言ってリーンは立ち上がった。
 そして、親指を己の胸に突きつけながら言い放った。


「勇者になりにきてやったぜ!」


 リーンの前には、豊かな白髭をたくわえた国王と、茶髭禿頭の宰相、そして甲冑に身を包んだ二人の兵士がいた。
 国王だけはまったく顔色を変えず涼しげな表情でいたが、宰相と兵士は目を剥いて驚いていた。


「無礼者!」


 当然のように、宰相が怒鳴った。


「国王の御前でなんたる振る舞い! 試験を受ける資格すらない! お前達、この者を摘みだせぇ!」


 慌てて前に出る兵士達。
 だが国王はそれを手で制した。


「ふぉっふぉっふぉ、よいよい。元気なおなごであるのう。出身はどこじゃ?」
「グリムリールだ。森と、動物と、可愛い女の子が沢山いる村なんだ」
「ふむ、遠くからよう来た。勇者たるもの、これくらいの威勢があっても良いものじゃ。近頃は妙にかしこまった志願者が多くての。少し退屈しておったぐらいじゃわい。ふぉっふぉっふぉ」


 上機嫌な国王の様子を見て、宰相は一歩身を引いた。


「威勢だけじゃないところを、これから見せてやる! さっさと試験とやらを始めようぜ!」
「楽しみじゃのう。では、始めるとするか。バルザー、ジュア、前にでよ」
「はっ!」
「ははぁっ!」


 威勢の良い返事とともに、甲冑に身を包んだ二人の兵士が前に出た。
 そして腰から剣を抜く。
 刃を落としてある、訓練用の長剣だ。
 それでもまともに食らえば、かなりの大怪我を負うことになるだろう。


「そなたも剣を取るがよい」
「ああ、やってるやるぜ!」


 と言ってリーンは、地面においてあった鉄の棒剣を持ち上げた。


「ぃよっこらせっと!」


 腰を入れて踏ん張らないと、まともに構えることも出来ないほど鈍重な剣。
 この剣でもって、精鋭中の精鋭である、国王直属の近衛兵と戦わなければならない。


「合否の判定はいたって簡単。勝てば合格、負ければ不合格じゃ」


 国王が話している間にも、リーンはこれから戦う二人の様子を探った。


 一人は逞しい肉体を持つ長身の男だった。
 分厚い鎧の上からでも、その筋肉の躍動がわかるほどだ。
 鉄兜の奥に光る眼差しは、一分の隙もなくリーンを見据えている。


 もう一人は女性だった。
 兜の下に、長い金色の髪がなびいている。
 体の線が明瞭に出る薄い作りの甲冑を纏い、見るからに俊敏そうな印象だ。


「ゲンリよ、案内ごくろうじゃった。下がってよいぞ」
「はっ……国王さま」


 魔術師は一礼する。
 そして身を引く前に、一言リーンに忠告を残す。


「どちらも貴方より実力は上です」


 リーンはこくりと頷いた。


「では始めるぞよ。双方、構えい!」
「ちょっとまったー!」


 と、いきなり大声を張り上げたリーンに、その場にいる者は再び驚愕した。


「この期に及んでなにごとか!」


 宰相が顔を真っ赤にして叫ぶ。


「一度ならず二度までも! 国王様に失礼な振る舞いを!」


 だがそれでも国王は表情を崩さなかった。


「どうしたのじゃな? リーンよ。用でも足したくなったのか?」
「いんや、そっちは大丈夫だ。国王様に提案したいことがあって言ったんだ」
「ほう、提案とな?」
「ああ。もし俺が、こいつらの攻撃を一度も食らわずに倒したら、その時はアルメダ姫に会わせて欲しいんだ」
「なんと? 一撃も受けずに倒すと?」
「そうだ。その代わり、俺がこいつらに負けたら、その時は国王のおっちゃん、俺のこと好きにしてくれてかまわねえぜ」
「ふむ……」


 すると国王は流石に困惑したようで、長い白髭をいじりながら考え込んだ。


「国王はお前のような小娘なぞ相手にはせん! 差し出がましいことを申すな!」


 宰相はもはや、頭の血管から血が吹き出す勢いだった。


「えー? そんなことないだろうー。これでもグリムリールで一番の美少女なんだぜ? しかもこう見てて生娘だ!」
「ほほうっ、生娘とな」
「おっ、やっぱ国王様も男だなー。気になるか!」
「ふぉっふぉっふぉ。まことに面白いおなごじゃ。アルメダとただ会うだけで良いのか? それは、そなたの純潔と引き換えにするほどの価値があるのかのう?」
「ああ、俺は何が何でもあのお姫様に一目会いたいんだ」
「うむ、それほどまで我が娘を慕っておるのか。うむうむ、その意気やよし。そなたが一度の攻撃も受けずに、この兵達を撃破した際には、アルメダとの面会を許そう」
「おお、流石は国王さまだぜ。顔が広い!」
「それを言うなら、腹が太いじゃ。ふぉふぉふぉ、では双方、構えい!」


 口をポカーンとあけて呆然としていた二人の兵士は、その号令で一気に真剣な表情になった。
 リーンも改めて腰を据え、重たい棒剣を正眼に構えた。


「はじめよ!」
「うおおおおおお!」


 国王の号令と同時に、リーンの赤髪が、まさに燃えるように逆立った。


「せええええぃ!」
「でやああああ!」


 それに呼応するようにして、二人の兵士が猛然と突進してくる。


 戦いの火蓋が、切って落とされた。













「ガチ百合ハーレム戦記」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く