ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

告白、少女と戦士

「ヨアシュが買ってきますから、二人はここに座って待っててくださいっ」


 照明用の油を買った三人は、近くの時計塔広場に来ていた。
 はじめはリーンのおごりで、という話だったのだが、ヨアシュが頑なに断ってきた。


「本当にいいのか?」
「はい、大丈夫です、ケイヒで落ちますから!」


 と言ってヨアシュは、リーンとランを石のベンチに押し付けるようにして座らせ、そしてアイス屋の屋台へと小走りで行ってしまった。


「経費でおちる……ねえ」
「ヨアシュはしっかり者なんだガル」
「だな」


 広場にはくまなく石畳が敷かれていて、所々にハトがいる。
 杖をついた老紳士が足をやすめていたり、裕福そうな服を着た子供達が駆け回って遊んでいたりする。
 時計塔の周りには四人の警備兵がいて、厳しい目で四方を見張っている。


「ふんふんふーん」


 リーンは腕を組み、何か考え事をするように、足を石畳の上でトントンとやった。


「ここの人達は、きっと魔物なんて気にしてないんだろうな」
「ガル。現れることは滅多にないガル」
「その割には、ずいぶんと警備が厳重なんだな」
「時として人間は、魔物以上に危険な存在なんだガル」
「ま、確かにな」


 魔物がいなくなっても平和になるわけではない。
 人間の世界には、人間の世界特有の問題がある。


「それに、まったく魔物がいないわけでもないんだガル」
「そうなのか?」
「ガル。昔、この街に、人間に化けた魔物が現れたことがあるガル」


 と言ってランは、屋台の前で買い物をしているヨアシュの姿を見つめた。
 リーンは、ランが何か重要なことを言おうとしているのだと感じて、表情を引き締めた。


「その魔物は、とても巧妙に化けていたガル。人の良さそうな青年の姿をしていたんだガル」
「ふむ」
「そして青年の姿をしたその魔物は、とある宿屋の娘に恋をして、足しげく通って口説こうとしてきたんだガル」
「そりゃまた風流な魔物だな」
「そうガルね。でも大変な問題があったガル。その宿屋の娘は、その時まだ、たった7歳だったガル」
「ロリコンだったのかよ!」
「その辺は良くわからないガル。魔物の趣味なんて人間には理解できないガルからね。もちろん、宿屋のみんなで丁重ていちょうにお断りしたんだガル」
「まあそうだよな」
「でもその時、宿屋の娘は、男に不審なものを感じたんだガル」
「趣向以外の点で?」
「ガル。そして、その娘はこう言ったんだガル」


――パパ、ママ、あの方の影には、なぜ尻尾が付いているのですか?


 リーンはそのランの口調でわかってしまった。
 ヨアシュの喋り方そのものだったのだ。


「ガル」
「そんなことがあったのか」
「ラン達は、王都警備団に届け出て、その男について調べてもらったガル。すぐに正体は割れたガル」
「すげーなヨアシュ。何で尻尾が見えたんだ?」
「子供特有の勘だったのかもしれないガル。ヨアシュは昔から、人を本性を良く見抜く子だったガル。この人はいい人だとヨアシュが言ったお客さんに、問題があったことは一度もないんだガル。その逆もしかりだガル」
「俺にもあっさり懐いてくれちゃったからな」
「はなはだ不本意ガルが、リーンが信用できる人間だと認めざるを得ないガル」
「やっとわかってくれたか、俺の心の清らかさを」
「一点の曇りも無い桃色なんだガル。ヨコシマすぎて、かえって清らかに見えるんだガル」
「ちょっ、おい!」
「話を戻すガル。ヨアシュが魔物を見つけた時の報奨金で、満月亭は照明を数を増やすことが出来たんだガル。そこまでは良かったガル……でもガル」


 ランの表情が一気に暗くなる。


「その青年に化けていた魔物は、その姿のまま、馬で引きずり回されてしまったんだガル」
「…………」


 リーンは何も言えなくなってしまった。
 その時の惨状が、ありありと頭の中に思い描けてしまった。


「他にも同じようにして、隠れている魔物がいるかもしれなったガル。だから、その魔物達を怖がらせて街から追い払うために、そんなことをしたガルよ」
「そして、ヨアシュもそれを見ちまったんだな?」
「ガル……」


 そうしてランは、ガックリとうなだれてしまった。


「さぞかしショックだったろうな」


 と言いつつ、リーンはランの肩にそっと手を置く。


「ヨアシュはそれからしばらく、まともに食事が取れなかったガル。毎日毎日、自分を責め続けたガル。だからランは、そのことを思い出させるようなことは、言っちゃいけなかったんだガル」


 リーンは何も言わずにランの背中をさすった。


「ランはご主人様を傷つけてしまったガル。リバ族の戦士失格だガル」
「そんなことないさ、気を落とすなよ……って、え?」


 リーンはふと大変なことに気付いてしまった。


「どうしたガルか?」
「お前いま、ヨアシュのことをご主人様って言ったのか?」
「それがどうしたガルか? ランはヨアシュが生まれた時に、満月亭に拾われたんだガル」
「ということはお前、ヨアシュの守り手だったんだな……!」


 リーンは、自分が大変な思い込みをしていたことに気がついた。
 予備知識としては知っていたはずなのだが、ランの外見があまりに幼いことから、すっかり勘違いをしてしまっていたのだ。


 三つ子四つ子が当たり前のリバ族の里では、子の数が増えすぎないよう、長子以外の者は6歳になった時点で旅に出る決まりになっている。
 そして人間の街を巡り歩いて、そこで自分の終生の主を見つけ出すのだ。


「そうガル。リバ族の戦士は、子供のお守役として拾われることが多いんだガル」
「何歳の時に拾われたんだ?」


 リーンは恐る恐るそう聞いた。


「10歳の時ガル。だから今は21歳ガル。リーンより全然年上なんガルよ?」


 そしてさらに重要な事実があった。
 リバ族の者は、平均して25年しか生きられない。
 長命な者でも30を超えて生きることは稀なのだ。


「ランはもう、お婆ちゃんガル」
「ああ、そうなるよな」


 そう言えば、とリーンは思う。
 ランは時々、妙に年寄りめいたことを言うと。


「てっきり、ヨアシュと同じくらいかと思っていたぜ!」
「ししし、残念だったガルね。ランを口説いても意味がないガルよ?」
「むむー!? そんなことは無いんだぜ!」
「……相変わらず節操のない娘ガル」
「お前は自分が思っている以上に若々しい、いい女なんだぞ!? メイリーの次はお前って決めてたんだぜ! この……この!」


 と言ってリーンは、ランのうなじの毛をモフモフとやった。


「むにょ!? やめるガル! そんなところまさぐっちゃダメガル! ムズムズするガル!」
「宿に戻ったらムズムズどころじゃ済まさねえんだぜ!」
「や、やー! 首はダメガル! ふにゃふにゃになるガル! やめるガルー!」


 そんなことを言い合っているうちに、いつの間にかヨアシュが戻ってきていた。
 木の容器に盛られた三人分のアイスが、買い物かごの中に入っている。


「わあ、なんだか楽しそうです!」
「ハア……ハア……、リーンにセイテキな嫌がらせを受けていたガル……ヨアシュ、このままだとランは奪われてしまうガル……」
「ええーっ、それはだめですー! お姉さまといえども、ランちゃんだけは渡せませんっ」


 と言ってヨアシュはランに抱きつくと、その頬っぺたをプンッと膨らませた。


「いやぁ……ううん……」


 奪われるという言葉の意味を、まったく理解していないヨアシュを前に、リーンは何と言い返して良いやらと、珍しく考えあぐねてしまった。













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