ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

絶世、画中の姫

「んで、勝ったらどうなるんだ?」


 リーンは三人前の炙り肉を食べ終えて言った。
 勇者認定試験に合格するためには、国王の選んだ精鋭近衛兵二名に勝たなければならない。
 だが、未だかつて勝利した者はいない。


「前例がないのでなんとも言えませんが、恐らくは強力な武器防具が与えられ、転移陣も格安で利用できるようになるのしょう……ですが」
「国王の話を聞く限りだと、勝ってもロクなことがないって可能性もあるな」
「はい。国王様の腹の底は私にもさっぱり読めません」


 リーンは腕を組んでなにやら考え始めた。
 隣のヨアシュは、お行儀良く座ってリーンの様子を見守っている。


「勝っちまってもいいか? ゲンリ」


 その大胆な発言に、ヨアシュが「わぁ」声を出す。


「自信がおありですか? リーン」
「おう、やるからにはやっぱり勝ちたいぜ」
「ふふふ、リーンならそう言うと思いました。そして私も、できることならリーンに勝ってみて欲しいのです」
「だろ?」
「ええ。ですが、王宮の力は絶大です。もしかすると、リーンにとってよくない状況が発生するかもしれません」
「問題ないぜ。俺にまかせとけ!」


 勇ましく断言するリーンを見て、ゲンリはにこりと微笑んだ。


「頼もしい限りです、リーン。では、ひとつ頑張ってみましょうか」
「おうよ!」




 * * *




 店の前でゲンリと別れたリーンは、ヨアシュとともに宿屋「満月亭」に戻った。
 二人が宿のロビーに入ると、カウンターの方から騒がしい声が聞こえてきた。


「申し訳ありませんが、当店は質素で家庭的な雰囲気を売りとしていますので、そのような華美なお写真は……」


 カウンターの前に、豪華な鎧に身を纏った兵士が二人立っていた。
 赤い外套を身に付け、兜には羽飾りが付いている。
 一般兵ではないようだ。
 ヨアシュの母のマーリナ、雇われ店員のメイリー、そしてリバ族の娘ランの三人が、その対応に当たっている。


「アルメダ様のお写真を、そのようなとは何事か!」
「お写真は街のいたるところに貼られておる! 貴店の内装を高めることこそあれ、貶めることなどあるはずもない!」


 兵士達が持っているのは、エヴァーハル王国の王女、アルメダ姫のポスターだった。 


「このお写真をその殺風景な壁に貼るだけで、貴店は王家への忠義を示せるのだ」
「一年間貼り続けた暁には、アルメダ様の御心たる、50ルコピーの報酬を賜ることも出来るのであるぞ。一体どこに不満がある」


 ヨアシュの母マーリナは、豊かな栗色の髪を三つ編みに束ね、厚手のカーディガンを羽織った姿だった。時おり口元に手をやってコホコホと咳をする。あまり丈夫そうには見えない女性だ。
 目じりの垂れた、その柔和な素顔は、交渉ごとにはまず向かないであろう人相で、兵士二人の気迫に押されて、すっかり参っている。


「ああ、またあの人達……」


 ヨアシュは重い口調でそう言った。


「なんなんだ、あいつら」
「店に、王女様のポスターを貼らせるためにやって来るのです。以前はパパが追い払ってくれたのですけど……」
「ふむふむ、そうか」


 そう言ってリーンは、すたすたとカウンターに向かって歩いていった。


「おい、あんたら」


 二人の兵士がリーンの方を振り返る。


「嫌がってるじゃねーか。その辺にしといてやれよ」
「なんだ貴様は」
「我ら国王様直属の広報武官に歯向かうか!」


 兵士の一人が剣の握りに手をかけた。
 対してリーンは丸腰である。


「まあまあ、そう息巻くなよ、おっちゃん」


 と言ってリーンは、なれなれしく兵士の一人の肩を叩いた。
 虚をつかれた兵士は、何をどう抗議したものかと、口をぱくつかせる。


「むっ……なにを!?」
「ちょっと見せてくれないか? そのポスター」


 兵士が戸惑っているうちに、リーンはそのポスターをかすめ取ってしまった。


「あっ! こら!」
「おおー、こりゃすげー美人だ!」
「か、返せ! この小娘!」


 ポスターは魔法紙で作られていた。
 植物から作った紙と動物の皮を足して割ったような、独特の手触りのある丈夫な紙だ。
 二人がかりで奪い返そうとしてくる兵士を軽々とかわしながら、リーンはポスターに大きく写ったアルメダ姫の姿に、まじまじと見入った。


「この世のものとは思えないな!」


 真っ先に目に飛び込んでくるのが、ボリュームのあるふわふわのブロンドヘアーだ。
 純金であってもここまでは輝かないであろうと思わせるほどに、きらびやかな光を放っている。
 その黄金の輝きに包まれた顔の輪郭は、まるで測って作られたかのような端整さだ。
 青水晶のような大きな瞳が、長い睫毛に飾られて爛々としている。
 淡い紅色に塗られた小さな口唇には、幼げな魅力と高貴な気品が、見事に同居している。
 薄いベールを幾重にも重ねたドレスは真珠のような七色に光り、その向こう側に、気が遠くなるほどに儚い四肢の輪郭が透けていた。


 その圧倒的な可憐さは神の領域に達しており、もはや存在そのものが観察者への罰と言えた。


「うーん、すげえ……」


 ただ一枚の魔法紙に写された姿であってもこれほどである。
 実際に目にすれば、魂ごとその美しさに焼き払われてしまうかもしれない。
 それほどまでに、アルメダ姫の姿が放つ美の光彩は、圧倒的なものだった。


「これは……やばすぎるぜ!」


 リーンはアルメダ姫の微笑みが写されたポスターを最大限に開くと、二人の兵士に向かって突き出した。


「う、うおおお!」
「ああ、姫さま!」 


 すると突きつけられた女神を前に、二人の兵士はぴたりと動けなくなってしまった。


「やっぱりな。お前らこの姫さまに心を奪われているんだろ?」
「お、おのれ、姫さまを盾にとるとは……!」
「罰当たりな小娘が!」


 だが神罰など一度も恐れたことのないリーンは、アルメダ姫の美貌に畏怖することもなかった。


「こんな可愛い姫さまの罰なら是非とも受けてみたいぜ。一つ聞くけどな、お前達が大好きなお姫様の写真を、質素な宿屋の壁に貼り付けるってのは、本当にお前達が望むことなのか?」
「む、むぐ!」
「そ、それは!」


 明らかに狼狽する兵士達を前に、リーンは不適な笑みを浮かべる。
 予想通りだった。
 明らかに腐敗している組織の中で、それでも強い意欲を持って仕事に望むためには、それ相応の動悸が必要になる。
 この二人の兵士の場合、それはアルメダ姫への心酔であった訳だ。


「本当は立派な建物の中に、額縁にでも入れて飾っておくべきだと思っているんじゃないのか?」
「く……だが、このポスターの普及は姫君の望むところでもあるのだ……」
「人心を一つに纏めるため、御姿をご披露されておられるのだ!」
「そうか、よーくわかったぜ!」


 リーンはそう言うと、どういうわけかポスターを自分の背にかけた。
 柔らかい魔法紙は、まるで外套のようにリーンの背中にまとわりつく。


「この宿はな、本当はもう少し調度品を飾ったっていいくらいの宿なんだ。けどそうはしてない。その分宿賃が高くなっちまうからな。金のない冒険者でも気軽に泊まれるようにって考えで、この宿のロビーはこんなに質素なんだ。だからな、こんな豪華な写真なんか貼ったらひどく浮いてしまう。それはお前らにだってわかってるんだろ?」
「うむう……だが我々には姫君から仰せつかった任務がある」
「目立つところに貼るようにとのお達しなのだ」
「要は来る客みんなの目に付けばいいんだろーが!」


 リーンはそう言うと、兵士達に背を向けた。
 そしてアルメダ姫の姿が描かれたポスターをまざまざと見せ付けた。


「俺が背中にしょって立っててやる。それでいいだろ?」


 その言葉に二人の兵士は絶句した。
 しばしあんぐりと口をあけ、そしてお互いに顔を見合わせる。


 何を考えてるんだこの女は?


「はははははは!」
「はははははは!」


 そして盛大な嘲笑を浴びせてきた。


「面白い! この先ずっとここに立っているというのだな! ならば良かろう!」
「わかっていると思うが、我々はお写真が飾られているかどうか、抜き打ちで調べに来る。もしその時ここに立っていなかったら、お前は王女様に嘘を付いた罰を受けて、処刑されるのだ!」
「せいぜいそうならないよう頑張るが良い!」
「一年ずっと立っていることが出来たなら、報奨金の50ルコピーは貴様にくれてやろう!」


――はははははは!


 そうして兵士達は、笑い声を撒き散らしながら去っていった。


「お、お姉さま……!」


 ヨアシュが青い顔をして近寄ってくる。
 カウンターの中の三人も呆然とした表情だ。


「ああ、なんということででしょう……」


 病弱そうな顔のマーリナがふらりとよろける。


「奥様、お気を確かに」
「しっかりするガル」


 その両脇をメイリーとランが支える。


「どど、どうなさるのですか?! お姉さま!」
「大丈夫さヨアシュ。なんたって俺は勇者になる女だぜ? 勇者になればこのくらいの無茶、このお姫様が許してくれるさ」


 リーンはアルメダ姫のポスターを見せながら言った。


「で、でも!」
「まあ、今日明日くらいはここに立ってなきゃマズイよな! つーわけでみんな、よろしく頼むぜ」 


 その場にいた全員が、一様に複雑な表情を浮かべる中で、リーンだけが嬉々としていた。
 全てはリーンの計算の内だったのだ。
 もとよりリーンは自室で大人しくしている気などなかった。
 いかに迅速に宿屋の娘達を口説くかで頭の中が一杯だったのだ。
 つまり、こうしてカウンターに張り付いていたほうが都合が良い訳だ。


「仕方ありません奥様、ここは一つ腹をくくって、この方の手助けをしましょう」


 メイリーが婦人に向かって切り出す。


「そうですね……私達の代わりに、兵士達の難癖をかぶってくれたのですから……」
「よ、ヨアシュはお姉さまの座る椅子を持ってきます!」
「では私は、宿の玄関に細工をしてきます。兵士達か来た時すぐにわかるように。奥様は事務所に休める場所を作ってください。夜には流石にやってこないでしょうが……念のため」
「わかったわ、メイリーさん」
「ランは暇つぶしを用意してくるガル。リバ族に代々伝わるすごろくを持ってくるガル」


 四人はそれぞれの役割を果たすために散っていった。
 考えようによっては大迷惑をかけているリーンだが、相変わらず堂々と構えているのだった。


「みんな良い人だなー、この宿に決めて本当によかったぜ」


 と言ってその背に背負ったポスターを見る。


 実はリーンは、アルメダ姫の姿を見た瞬間に確信していたのだ。
 どんなことがあろうと、この姫さまが自分に罰を与えるようなことはない、と。


「ふっふっふ」


 この宝石のようなお姫様は、自分が将来、本当に背負って歩くことになる人だ。
 その確信とともに、リーンは口元に不敵な笑みを浮かべた。











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