ガチ百合ハーレム戦記
女勇者、飛び立つ
翌朝。
天の頂で静かな光を放っていた月が、その明るさを僅かに強めた。
朝の景色にはうっすらと霧がたちこめていた。
丸太小屋の入り口が、何の前触れもなくパタリと開く。
そこからリーンとカテリーナが、まるで結婚したての夫婦のように寄り添いながら歩み出てきた。
「おはようございます。お二人とも、その様子だとよく休めたようですね」
先に起きて出発の準備を終えていたゲンリが声をかけた。
「ああ。もうやり残したことはなんにもねえって感じだぜ!」
全身にみなぎる精気を見せつけるように、リーンは胸の前で強く拳を握ってみせた。
隣のカテリーナが、より一層ツヤを増したその頬を赤らめ、恥ずかしそうに手でおさえた。
「生涯忘れえぬ一夜でしたわ……!」
* * *
リーン達は手早く旅支度をすませると、東に向かって歩き始めた。
カテリーナは行けるところまで見送ると言って、二人についてきた。
村の景色が、霧に隠れて見えなくなる前に、リーンはその足を止めた。
「さあカテリーナ。ここまでだ」
「ええ、リーン。私もう泣かないわ」
と言ってカテリーナは表情を引き締める。
「立派な勇者になって、魔王を倒して帰ってきてね!」
「おう、必ずな!」
二人は、最後にもう一度抱きしめ合った。
別れを惜しむように何度も互いの頬に口付けしあう。
「それじゃあ、あのこと頼んだぞ」
「まかせておいてリーン。お代はちゃんとつけておくからね」
「おう、あとで三倍にて返してやるからな!」
二人のやりとりを横で見ていた魔術師が、頃合を見計らって切り出す。
「それでは参りましょうか。リーン様」
「ああ」
「そして大変お世話になりました、カテリーナ嬢、お体にお気をつけて」
「魔術師さまも、どうかお元気で! リーンを宜しくお願いします!」
そして二人はカテリーナと別れた。
娘はいつまでも、二人に向かって手を振っていた。
「リーン! がんばってねー!」
その声は、彼女の姿が霧で見えなくなってもまだ、二人に向かって響き続けていた。
* * *
やがて天の円盤がその輝きを強めて、朝の太陽へと姿を変えた。
ゲンリがリーンに尋ねてきた。
「ところで、カテリーナ嬢に何かを頼まれたのです?」
「あのオヤジの斧のことを、ちょっとな」
「斧? ああ、剣で叩き切ってしまった斧のことですね」
「そうだ。その代わりをな、今度木を売りに来た時にでも渡してやってくれって頼んだんだ」
「なるほど。斧は大事な仕事道具ですからね。リーン様は律儀な方です」
「あとな、俺があのオヤジの娘だってこと、出来るだけ沢山の人に教えてやってくれって」
「ほほお」
「何かが変わるきっかけになれば……と思うんだけど。どうかなあ」
「少なくとも、お父上に対する、村の人たちの反応は随分と変わるでしょう。良いことだと思います」
そんなことを話しつつ、二人は東の転移陣を目指して歩き続ける。
転移陣とは、長距離転移魔法を使うための特別な施設のことだ。
魔力が集中しやすい場所に建造された大規模の魔法陣で、専任の魔術師達によって管理されている。
原理上、大陸中のあらゆる転移陣に向かって飛んでいけるが、その代わりに莫大な料金を取られる。
かつては諸国の王によって個別に管理されていたが、大陸中央のエヴァーハル王国によって全土が統一された後は、一括して管理されるようになった。
「それで、その転移陣とやらには、どんだけ金をむしり取られるんだ?」
「はい、えーとですね。エヴァーハルまでの距離と二人分の体重を勘案し、魔術師割引をきかせて……ざっとこんなものです」
ゲンリは魔法で空中投影したそろばんを弾いて見せる。
「げえっ! 7万ルコピー!? 家が建っちまうぜ!」
飴玉の詰め合わせが一袋5ルコピー。
鉄の小剣が一振り800ルコピー。
7万ルコピーともなれば、もはや日常的な感覚から離れた額だ。
「庶民にはそうそう手を出せない金額ですね」
「そんなの誰が使うんだよっ!」
「王侯貴族や位の高いお役人、実業家、街の有力者、あとは宝石商などが使いますか」
「魔術師は? いちおう割引が利くんだろ?」
「それはですね。魔術師がいると転移に必要な力が少なくて済むからなんです。長距離転移は、魔方陣の中に溜め込んだ自然の魔力を消費して行うものなので、あまり頻繁に利用されると困るんです」
「それでメチャクチャ高いのか」
「まあ他にも理由はありますが……」
「税金とか?」
「ええ、税金とか」
「汚職とか?」
「ええ、汚職とか」
「世知辛いぜ……」
「はい、まったくです。しかしなんと! 我々は一度だけ、この転移陣をタダで利用できるのです!」
と言ってゲンリは、懐から巻物を取り出した。
「これは『仮勇者通行免状』と呼ばれるものです!」
「仮勇者?」
「そうです! 宮廷魔術師によって勇者の素質ありと認められた者が、エヴァーハル王宮に登用試験を受けに行く、その時にだけ使える免状! これがあれば、一度だけタダで転移陣を利用できます! すばらしいでしょう?」
「うーん……つうことはよ、その免状売っぱらえば7万ルコピーに……」
「リーン様ぁ……」
魔術師は酷く落胆した表情を浮かべた。
ただでさえ青白い顔の上にすだれがかかる。
「そんな悲しいことー、言わなーいでくださーい……」
「わ、悪い……、冗談だよ、冗談」
「わたくし、ここまで歩いてきたんですよ……? 大変でした……ええ、つらかった……」
「わかった……わかったから落ち着け。帰りはびゅーんって飛んで帰ろうなっ? な!」
なんとかして宥めるも、結局リーンは、その後ずっとゲンリの苦労話を利かされることになった。
* * *
グリムリールの東にある転移陣は、広い草原の上に建っていた。
巨大な四本の柱が立ち、その中にある大きな石の台に、魔力を貯蔵するための魔方陣が描かれている。
四本の柱のそれぞれに、濃紺のローブを着た中位の魔術師が張り付いて、魔法の流れを制御している。
「私はエヴァーハル宮廷魔術師のゲンリ。位は灰色。ここに仮勇者通行免状を示す!」
重厚な鎧に身を包んだ兵士が、免状を確認した後に敬礼を返してくる。
リーンとゲンリは、そのまま魔方陣の中央へと進んだ。
「さあリーン様、いよいよでございます」
「ああ、なんだかワクワクしてきたぜ」
リーンは石の台の中央から、吹き抜けるような青空を見上げた。
天の円盤はすでに、真昼の輝きを放っている。
「ところでおっちゃん。ずっと言いそびれてたんだけど、俺のことはリーンでいいぜ」
「そうですか?」
「ああ。だって俺が勇者になったら、おっちゃんが専属の魔術師になってくれるんだろ?」
「ええ、勇者さまに拒否されない限り、大抵は誘った魔術師が専属になります」
「俺は拒否しないぞ。あんたが良い。なんたって俺をオヤジの腹から取り出してくれた恩人なんだからな」
「ふふふ、運命を感じますね?」
「おお、バリバリだぜ!」
「それではリーン、私のこともゲンリとお呼びください。『おっちゃん』はつけなくても大丈夫ですので」
と言ってゲンリは人差し指を振った。
「……もしかして、気にしてたのか?」
「私はまだ32です!」
「もうおっちゃんでいいだろ!」
「いいえ! まだお兄さんで通りますぞ!」
そうしている内に準備が整ったようだ。
柱に張り付いていた四人の魔術師が、魔方陣の中央に向けて手をかざす。
「では始めましょう。詠唱は私が行います。みなさん宜しく!」
四方の魔術師が、手の平をゆっくりと八の字に動かし始めた。
それにあわせて、魔方陣に蓄えられていた魔力が、つむじを巻きながら湧き上がってくる。
『エーリオ・エリアー・リベストク・アウラル・ルシアー・アーラムラル……』
魔力を増幅するための、長い詠唱が続く。
光の渦がより密度を増し、その力を受けて石の台がピシピシと音をたてる。
『アリアー・エリアー・アーサリアー・エッサラーム・ホッサラーム……はあぁ!』
“エッサ・ホッサ・ホイサッサ!”
突然、妙な掛け声が四方から沸き起こった。
「なんだ?」
リーンは驚いて回りを見渡した。
すると魔術師だけでなく警備の兵士達までもが、魔方陣を取り囲んで掛け声を上げていた。
「魔力増幅の掛け声です、リーンもご一緒に!」
「えええ!?」
“エッサ・ホッサ・ホイサッサ!”
掛け声にあわせて、みな高く掲げた両手を右へ左へ動かしている。
何かのお祭りのような雰囲気に、リーンは目をパチクリさせる。
「なんか恥ずかしいんだぜ!」
「すぐに楽しくなりますよ! ご一緒に!」
「お、おうう……エッサ、ホッサ……」
言われて仕方なく真似をする。
確かにどんどん魔力が強くなってきているようだ。
魔方陣のの上に渦巻く光の風は、もはや竜巻と言っていいほど強大なものになっている。
髪の毛が巻き上げられ、衣服がはためく。
今にも天高く吹き飛ばされてしまいそうだ。
“エッサ・ホッサ・ホイサッサ!”
「あっ、何だか本当に楽しくなってきたぞ!」
「もう一息です!」
“エッサ・ホッサ・ホイサッサ!”
「きたきたきたぁー!」
「まいりますぞ!」
最後にゲンリは、目的地の方向めがけて、強く杖を突き出した。
『ホイル・ホイット・ホイッサー!!』
それと同時に、全ての魔力が二人の足元に収束する。
そして―――――
「うおおおおおおおおお!」
バビュウウウウン!
形容しがたい轟音を撒き散らして、二人の体は大砲のように飛び上がった。
「飛んだあああー!」
高い。
これまでに経験した、どんな場所よりも高い場所にリーンはいた。
この世の全てを見下ろせるような高みに、一瞬にして到達したのだ。
世界の果てが見えた。
その先に広がる深遠が見えた。
陸が、海が、川が、山が、
街が、村が、城が、道が、
人々の生きる世界、その全てが目に映った。
「なんて……なんて広いんだ……この世界は」
「しかと目に焼き付けてください。こんな眺めは、滅多に経験できません!」
「ああ。これが俺の救う世界なんだな!」
二人の体は魔力の光に包まれて、
恐ろしい速度で風を切って飛んでいく。
あっと言う間に最高点に到達すると、今度は急な角度で下降を始める。
「やってやるぜ!」
目まぐるしく変わる景色に向かってリーンは叫んだ。
そして勇者は一筋の流星となって、新たな冒険の舞台へと舞い降りて行った。
天の頂で静かな光を放っていた月が、その明るさを僅かに強めた。
朝の景色にはうっすらと霧がたちこめていた。
丸太小屋の入り口が、何の前触れもなくパタリと開く。
そこからリーンとカテリーナが、まるで結婚したての夫婦のように寄り添いながら歩み出てきた。
「おはようございます。お二人とも、その様子だとよく休めたようですね」
先に起きて出発の準備を終えていたゲンリが声をかけた。
「ああ。もうやり残したことはなんにもねえって感じだぜ!」
全身にみなぎる精気を見せつけるように、リーンは胸の前で強く拳を握ってみせた。
隣のカテリーナが、より一層ツヤを増したその頬を赤らめ、恥ずかしそうに手でおさえた。
「生涯忘れえぬ一夜でしたわ……!」
* * *
リーン達は手早く旅支度をすませると、東に向かって歩き始めた。
カテリーナは行けるところまで見送ると言って、二人についてきた。
村の景色が、霧に隠れて見えなくなる前に、リーンはその足を止めた。
「さあカテリーナ。ここまでだ」
「ええ、リーン。私もう泣かないわ」
と言ってカテリーナは表情を引き締める。
「立派な勇者になって、魔王を倒して帰ってきてね!」
「おう、必ずな!」
二人は、最後にもう一度抱きしめ合った。
別れを惜しむように何度も互いの頬に口付けしあう。
「それじゃあ、あのこと頼んだぞ」
「まかせておいてリーン。お代はちゃんとつけておくからね」
「おう、あとで三倍にて返してやるからな!」
二人のやりとりを横で見ていた魔術師が、頃合を見計らって切り出す。
「それでは参りましょうか。リーン様」
「ああ」
「そして大変お世話になりました、カテリーナ嬢、お体にお気をつけて」
「魔術師さまも、どうかお元気で! リーンを宜しくお願いします!」
そして二人はカテリーナと別れた。
娘はいつまでも、二人に向かって手を振っていた。
「リーン! がんばってねー!」
その声は、彼女の姿が霧で見えなくなってもまだ、二人に向かって響き続けていた。
* * *
やがて天の円盤がその輝きを強めて、朝の太陽へと姿を変えた。
ゲンリがリーンに尋ねてきた。
「ところで、カテリーナ嬢に何かを頼まれたのです?」
「あのオヤジの斧のことを、ちょっとな」
「斧? ああ、剣で叩き切ってしまった斧のことですね」
「そうだ。その代わりをな、今度木を売りに来た時にでも渡してやってくれって頼んだんだ」
「なるほど。斧は大事な仕事道具ですからね。リーン様は律儀な方です」
「あとな、俺があのオヤジの娘だってこと、出来るだけ沢山の人に教えてやってくれって」
「ほほお」
「何かが変わるきっかけになれば……と思うんだけど。どうかなあ」
「少なくとも、お父上に対する、村の人たちの反応は随分と変わるでしょう。良いことだと思います」
そんなことを話しつつ、二人は東の転移陣を目指して歩き続ける。
転移陣とは、長距離転移魔法を使うための特別な施設のことだ。
魔力が集中しやすい場所に建造された大規模の魔法陣で、専任の魔術師達によって管理されている。
原理上、大陸中のあらゆる転移陣に向かって飛んでいけるが、その代わりに莫大な料金を取られる。
かつては諸国の王によって個別に管理されていたが、大陸中央のエヴァーハル王国によって全土が統一された後は、一括して管理されるようになった。
「それで、その転移陣とやらには、どんだけ金をむしり取られるんだ?」
「はい、えーとですね。エヴァーハルまでの距離と二人分の体重を勘案し、魔術師割引をきかせて……ざっとこんなものです」
ゲンリは魔法で空中投影したそろばんを弾いて見せる。
「げえっ! 7万ルコピー!? 家が建っちまうぜ!」
飴玉の詰め合わせが一袋5ルコピー。
鉄の小剣が一振り800ルコピー。
7万ルコピーともなれば、もはや日常的な感覚から離れた額だ。
「庶民にはそうそう手を出せない金額ですね」
「そんなの誰が使うんだよっ!」
「王侯貴族や位の高いお役人、実業家、街の有力者、あとは宝石商などが使いますか」
「魔術師は? いちおう割引が利くんだろ?」
「それはですね。魔術師がいると転移に必要な力が少なくて済むからなんです。長距離転移は、魔方陣の中に溜め込んだ自然の魔力を消費して行うものなので、あまり頻繁に利用されると困るんです」
「それでメチャクチャ高いのか」
「まあ他にも理由はありますが……」
「税金とか?」
「ええ、税金とか」
「汚職とか?」
「ええ、汚職とか」
「世知辛いぜ……」
「はい、まったくです。しかしなんと! 我々は一度だけ、この転移陣をタダで利用できるのです!」
と言ってゲンリは、懐から巻物を取り出した。
「これは『仮勇者通行免状』と呼ばれるものです!」
「仮勇者?」
「そうです! 宮廷魔術師によって勇者の素質ありと認められた者が、エヴァーハル王宮に登用試験を受けに行く、その時にだけ使える免状! これがあれば、一度だけタダで転移陣を利用できます! すばらしいでしょう?」
「うーん……つうことはよ、その免状売っぱらえば7万ルコピーに……」
「リーン様ぁ……」
魔術師は酷く落胆した表情を浮かべた。
ただでさえ青白い顔の上にすだれがかかる。
「そんな悲しいことー、言わなーいでくださーい……」
「わ、悪い……、冗談だよ、冗談」
「わたくし、ここまで歩いてきたんですよ……? 大変でした……ええ、つらかった……」
「わかった……わかったから落ち着け。帰りはびゅーんって飛んで帰ろうなっ? な!」
なんとかして宥めるも、結局リーンは、その後ずっとゲンリの苦労話を利かされることになった。
* * *
グリムリールの東にある転移陣は、広い草原の上に建っていた。
巨大な四本の柱が立ち、その中にある大きな石の台に、魔力を貯蔵するための魔方陣が描かれている。
四本の柱のそれぞれに、濃紺のローブを着た中位の魔術師が張り付いて、魔法の流れを制御している。
「私はエヴァーハル宮廷魔術師のゲンリ。位は灰色。ここに仮勇者通行免状を示す!」
重厚な鎧に身を包んだ兵士が、免状を確認した後に敬礼を返してくる。
リーンとゲンリは、そのまま魔方陣の中央へと進んだ。
「さあリーン様、いよいよでございます」
「ああ、なんだかワクワクしてきたぜ」
リーンは石の台の中央から、吹き抜けるような青空を見上げた。
天の円盤はすでに、真昼の輝きを放っている。
「ところでおっちゃん。ずっと言いそびれてたんだけど、俺のことはリーンでいいぜ」
「そうですか?」
「ああ。だって俺が勇者になったら、おっちゃんが専属の魔術師になってくれるんだろ?」
「ええ、勇者さまに拒否されない限り、大抵は誘った魔術師が専属になります」
「俺は拒否しないぞ。あんたが良い。なんたって俺をオヤジの腹から取り出してくれた恩人なんだからな」
「ふふふ、運命を感じますね?」
「おお、バリバリだぜ!」
「それではリーン、私のこともゲンリとお呼びください。『おっちゃん』はつけなくても大丈夫ですので」
と言ってゲンリは人差し指を振った。
「……もしかして、気にしてたのか?」
「私はまだ32です!」
「もうおっちゃんでいいだろ!」
「いいえ! まだお兄さんで通りますぞ!」
そうしている内に準備が整ったようだ。
柱に張り付いていた四人の魔術師が、魔方陣の中央に向けて手をかざす。
「では始めましょう。詠唱は私が行います。みなさん宜しく!」
四方の魔術師が、手の平をゆっくりと八の字に動かし始めた。
それにあわせて、魔方陣に蓄えられていた魔力が、つむじを巻きながら湧き上がってくる。
『エーリオ・エリアー・リベストク・アウラル・ルシアー・アーラムラル……』
魔力を増幅するための、長い詠唱が続く。
光の渦がより密度を増し、その力を受けて石の台がピシピシと音をたてる。
『アリアー・エリアー・アーサリアー・エッサラーム・ホッサラーム……はあぁ!』
“エッサ・ホッサ・ホイサッサ!”
突然、妙な掛け声が四方から沸き起こった。
「なんだ?」
リーンは驚いて回りを見渡した。
すると魔術師だけでなく警備の兵士達までもが、魔方陣を取り囲んで掛け声を上げていた。
「魔力増幅の掛け声です、リーンもご一緒に!」
「えええ!?」
“エッサ・ホッサ・ホイサッサ!”
掛け声にあわせて、みな高く掲げた両手を右へ左へ動かしている。
何かのお祭りのような雰囲気に、リーンは目をパチクリさせる。
「なんか恥ずかしいんだぜ!」
「すぐに楽しくなりますよ! ご一緒に!」
「お、おうう……エッサ、ホッサ……」
言われて仕方なく真似をする。
確かにどんどん魔力が強くなってきているようだ。
魔方陣のの上に渦巻く光の風は、もはや竜巻と言っていいほど強大なものになっている。
髪の毛が巻き上げられ、衣服がはためく。
今にも天高く吹き飛ばされてしまいそうだ。
“エッサ・ホッサ・ホイサッサ!”
「あっ、何だか本当に楽しくなってきたぞ!」
「もう一息です!」
“エッサ・ホッサ・ホイサッサ!”
「きたきたきたぁー!」
「まいりますぞ!」
最後にゲンリは、目的地の方向めがけて、強く杖を突き出した。
『ホイル・ホイット・ホイッサー!!』
それと同時に、全ての魔力が二人の足元に収束する。
そして―――――
「うおおおおおおおおお!」
バビュウウウウン!
形容しがたい轟音を撒き散らして、二人の体は大砲のように飛び上がった。
「飛んだあああー!」
高い。
これまでに経験した、どんな場所よりも高い場所にリーンはいた。
この世の全てを見下ろせるような高みに、一瞬にして到達したのだ。
世界の果てが見えた。
その先に広がる深遠が見えた。
陸が、海が、川が、山が、
街が、村が、城が、道が、
人々の生きる世界、その全てが目に映った。
「なんて……なんて広いんだ……この世界は」
「しかと目に焼き付けてください。こんな眺めは、滅多に経験できません!」
「ああ。これが俺の救う世界なんだな!」
二人の体は魔力の光に包まれて、
恐ろしい速度で風を切って飛んでいく。
あっと言う間に最高点に到達すると、今度は急な角度で下降を始める。
「やってやるぜ!」
目まぐるしく変わる景色に向かってリーンは叫んだ。
そして勇者は一筋の流星となって、新たな冒険の舞台へと舞い降りて行った。
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