ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

女勇者、逃げ出す

「リーンの馬鹿! この女ったらし! アンタなんか暗黒トカゲにはらわた食いちぎられて死んじゃえばいいんだわ! バカッ! バカー!」


 田舎じみた朱色のチュニックを着た村娘が、涙を拭いながら走っていく。
 その姿を見送りながら、燃えるような赤髪の少女はため息をついた。


「しかたないじゃないか……、俺はこれから世界を救いに行くんだぞ?」


 自分のことを「俺」と呼ぶ少女は、その精悍な素顔を曇らせた。
 クセのある髪をかきあげながら、やれやれと首を振る。


 少女は女性としては背が高めで、旅の装備を着込んだその姿は青年のように凛々しい。
 皮の胸当てに胴の篭手こて
 靴は膝の下までしっかりと覆われた、冒険者向けの革靴。
 腰には道具袋と鉄の小剣を吊るしてある。


 男であればさぞもてただろう。
 実際、女であってももてるのだ。
 むしろ、女であるからこそもてるのだ。
 旅の支度を整えていざ出発となったが、一歩進むごとに村の娘に捕まっている。


「本当に人気者ですね。リーン様は」


 その隣で一部始終を見守っていた長身の男が彼女に話しかける。
 灰色のローブに身を包んだ、高位の魔術師だ。


「まあな。村の若い娘は、みんな手をつけちまった」
「手をつけた……だけなのですか?」
「ああ。俺はこれでも女だからな。奪いたくても奪えないんだよ。魔術師のおっちゃん」


 リーンはそう言うと、ひとつ大きく伸びをした。
 引き締まったしなやかな肉体が柔らかく伸び、皮の胸当てに包まれた確かなふくらみがグイと押し出される。
 次いでコリをほぐすようして肩をまわし、首をひねって骨を鳴らす。
 そうして一息つくと、紫色に光るその眼差しを、隣にいる男、宮廷魔術師のゲンリに向けた。


「悪いな。面倒ごとに巻き込んじまって」
「いえいえ。それより、あと何人くらいおられるのです? 先ほどの娘で6人目ですが」
「あー、そうだな……」


 二人は村の目抜き通りへと視線を延ばした。
 建物の裏や植え込みの影に、ハンカチを口に咥えて恨めしそうな表情を浮かべた村娘が、両手でも数え切れないほどいた。


「まだまだ先は長そうだぜー」
「村を出るまでに日が暮れてしまいそうです」
「よしっ、走って逃げるぞ」
「良いのですか? 故郷に禍根を残したまま出立するのはいかがなものかと思いますが」
「なあに、すぐに魔王をぶっ倒して戻ってくればいいだけのことさ。行くぜ!」


 そしてリーンは走り出した。
 少し遅れてゲンリが続く。
 赤い髪と灰色のローブが、風を切ってなびく。


「あっ! 逃げる気よ!」
「なんて男……じゃない、女なの!」
「村中の娘をキズモノにしておいて! 許せませんわ!」
「リーンさま! せめて最後にもう一度、わたくしを抱いて!」


 二人の逃走を見るや否や、村中から娘達が湧き出てきた。


「うわっ、きた!」
「なんと恐ろしき光景か……!」


 二人の後を追いかける娘達は、誰もが精いっぱいに着飾っている。
 色とりどりの衣装に包まれた娘の群が、罵声と嬌声を撒き散らしながら押し寄せてくる。


「リーンのために一晩かけて着飾ったのよ!」
「せめて話くらい聞いていきなさい!」
「そのほっぺたを、真っ赤になるまで引っぱたくつもりだったのに!」
「わたしなんか、このお尻が真っ赤になるまで、叩いてもらうつもりでしたのに!」


「「「まちなさーい! リーン!」」」


 無数の愛憎悲哀が、次々と浴びせかけられる。
 さらに、村の出口からも娘達が湧き出してきた。


「げげえ!」
「こんなこともあろうかと、待ち伏せていたのよ!」


 退路を立たれたリーンは、その場に立ち止まる。


「くそっ、囲まれた!」


 リーンとゲンリを完全に包囲した娘達は、その瞳を愛と憎しみと欲情にギラつかせなが詰め寄ってきた。


――今日こそ女の責任を……果たして頂きますことよ……!


「女の責任ってなんだー!!」


 リーンは頭を抱えて叫んだ。
 それを見ていたゲンリが提案をする。


「リーンさま。飛翔魔法を使いましょう。私めも、この状況には生命の危機を感じます」
「ああ、頼む。最初からそうしておけば良かったな」


 ゲンリは小さく頷き、リーンの肩に手を回す。
 そして素早く呪文を唱えた。


『エーリア・ルッサ・リベストック・エイリリージア・アラブラム!!』
  ――風よ、光よ、精霊よ。我らを引きて、天へいざなえ!――


 直後。
 夥しい光と風が、リーン達の体を包み込んだ。


「うっひょー!」


 リーンの歓声を残しながら、二つの体が天高く飛び上がる。


「「「ああああーーー!」」」


 地上で巻き起こる落胆の叫び。
 その叫びに向かって、リーンはありったけの大声で言い放った。


「ありがとよー!! お前らいい女だったぜー! 良い婿むこさんもらえよーー!!」


 ぎゃあああああ……! いやああああ……! いかないでええええ……!


 それでも地上から響いてくる怨念の声は消えることがない。
 だが、リーンの瞳に迷いはなかった。




 都会に行けば、もっと綺麗で可愛い娘達がわんさかといる……!


 勇者になって活躍すればもっとモテモテになれる……!!


 魔王を倒せば人間界で最高の美女である王女様だって嫁に出来る……!!!


 たった一度のこの人生、いけるとこまで行ってやる……!!!!




 世界を救うは我のため。
 それが女勇者リーンの、旅立ちの決意だった。




「あーばーよーーー!!!」




 一際大きな別れの声を残して、リーンの姿は村の空から消えた。
 意気消沈した村の娘達が次々とその場にくずおれ、悔し涙を流し始める。
 だがその涙は、けっして怒りや憎しみだけのものではなかった。


 娘の一人がそっと呟く。


 「でもあれでこそ、わたし達の愛したリーン……」


 と。











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