勇者の名産地
治療
案の定、ドラゴンは半アワワも経たないうちに戻ってきた。
――フウウー……。
どこか憔悴したような、それでいてスッキリしたような、なんとも微妙な表情を浮かべたドラゴンが、のっしのっしと歩いてきた。
「終わった……」「終わったな」「終わっちゃった」
「もう終わりだ!」
四人とも、特に意味もなく地面の上に正座していた。そこへドラゴンの巨大な影がヌーっと差し掛かる。
「青年よ、娘どもよ」
厳かに放たれる声。カトリはギュッと目をつぶった。
「まずは礼を言おう」
「へっ?」
カトリがキョトンとした表情で見上げると、ドラゴンは軽くカトリ達に向かって会釈をしてきた。礼儀正しいドラゴンだ。
「何故、我がひどい便秘に苦しんでいるとわかった」
「ええっ!?」
そうだったんだ! カトリは胸の内でひっそり叫ぶ。
「え、ええと! 何となくお通じが良くなさそうに見えたんで! 俺、神官なんで!」
口からでまかせに言ってみる。
「ふむ、そうか……。こんなにスッキリとした気持ちになるのは数年ぶりよ」
「それは何よりっす!」
思わず声が裏返る。これは予想だにしなかった展開だ。
「このスッキリ感に免じて、青年よ、お前のことは殺さないでおいてやろう。だが、そこの娘どもにはやはり死んでもらう」
そしてギロリと三姉妹をにらむ。三人とも、ヘビににらまれたカエルのように、ダクダクと冷や汗を流し始めた。
「ま、まってくれ! こいつらが一体何をしたって言うんだ! 俺達は何かの弾みでここに飛ばされてしまって、それから何とか力をあわせて生きているんだ! あなたに殺されるようなことは何もしてないはずだ!」
ドラゴンには知性がある。だから話せばわかるはずだ。祈る思いでカトリは訴える。
「おのれ等が我にした仕打ち、忘れたというのか?」
そう言うとドラゴンは、後ろを向いてその背中を見せてきた。
「そなたらの塗った毒によって、我の背中はこのように焼け爛れてしまった。この恨み、100年経っても忘れはせん!」
カトリはそれとなく三姉妹の様子を伺う。三人とも、口をポカーンと開けていた。
「あっ! 思い出した!」
「子供の頃の記憶にあったぜ!」
「お父さん達が何か塗ってたよ!」
そして口を揃えて言う。
「「「ドラゴンの背中に何か塗ってたよ!」」」
その声を聞き届けたドラゴンは、ゆっくりとこちらに向き直ってきた。
「……思い出したようだな、娘どもよ。そなたらの親どもは、薬だと嘘をついて、我の背中に毒を塗っていたのだ。そしてこのように爛れさせ、傷跡にできたかさぶたを引き千切って、自分達の薬にしていたのだ」
ついにドラゴンの口から告げられた真実。四人はしばし言葉を失う。
「あたしらのオヤジ達が……」
「そんなひどい事を……」
「していたなんて……」
愕然とした表情を浮かべる三姉妹。
「「「そら滅ぶわ!」」」
そして声を揃えてそう叫んだ。
「あたしら全員!」
「あんたに食べられても!」
「文句は言えないよ!」
萎れた花のようにシュンとなる。
カトリは流石に気の毒になってきた。
「まてまてまて! 待ってくれドラゴンさん!」
そして立ち上がると、ドラゴンの前に歩み出た。
「こいつらはその時、まだ小さな子供だったんだろう!? 許してやってくれよ!」
「「「か、カトリ……!」」」
三姉妹が潤んだ目でカトリを見上げてくる。
ドラゴンもまた、何か物を思うような様子で佇んでいた。
「だったら治してやる! 俺がその背中の傷を治してやる! だから許してやってくれ!」
「む、なんだと?」
カトリがそう言うと、ドラゴンの顔色が変った。
「その言葉、まことか?」
「ああ、本当だ! もし嘘だったら、俺のことを好きにしてくれていい!」
「むうう……」
ドラゴンはしばし首を傾げて考え込む。
「ならばやってみよ」
そして厳かな声で言い放つ。
「もし我の傷が治らなかったら、その時は生きたまま時間をかけて踊り食いにしてくれる」
「ああ! それで構わねえ!」
カトリは自信満々に言い返した。
その瞳には、間違いなく勇者の意思が宿っていたのだった。
* * *
すぐにカトリは、三姉妹とともに地下の勇者畑に向かった。
「よし……やるぞ!」
太陽の光を求めて、どこまでも高く支柱を昇っていく勇者の蔓。
その鬱蒼と生い茂ったジャングルのような光景を前に、カトリは腕まくりをした。
「こいつを全部すりおろすんだ!」
「「「よしきた!」」」
カトリの指示の下、次々と勇者が摩り下ろされていく。
ミーナも、ミツカも、ミッタも、勇者臭いのを我慢して、溝の入った鉄の板でゴシゴシと勇者の実を摩り下ろす。
「むわー! こいつはたまらないな!」
「あたしらしばらく勇者臭いぞ!」
「腕がだるくなってきたー!」
「お前ら頑張れ! 死にたくなかったら死ぬ気で頑張れ!」
実だけではなく蔓や葉っぱ、はては根っこまで摩り下ろす。勇者のおろし汁は、皮膚病にも効果覿面なのだ。
摩り下ろしたら水瓶に入れて、公には口にすることがはばかられる黄金色の液体と合わせてさらに混ぜる。トンガス村に代々伝わる塗り薬だ。
「よしっ、できたー!」
水瓶に一杯の皮膚病の薬を、カトリ達は慎重に外に運び出した。
――フウウー……。
どこか憔悴したような、それでいてスッキリしたような、なんとも微妙な表情を浮かべたドラゴンが、のっしのっしと歩いてきた。
「終わった……」「終わったな」「終わっちゃった」
「もう終わりだ!」
四人とも、特に意味もなく地面の上に正座していた。そこへドラゴンの巨大な影がヌーっと差し掛かる。
「青年よ、娘どもよ」
厳かに放たれる声。カトリはギュッと目をつぶった。
「まずは礼を言おう」
「へっ?」
カトリがキョトンとした表情で見上げると、ドラゴンは軽くカトリ達に向かって会釈をしてきた。礼儀正しいドラゴンだ。
「何故、我がひどい便秘に苦しんでいるとわかった」
「ええっ!?」
そうだったんだ! カトリは胸の内でひっそり叫ぶ。
「え、ええと! 何となくお通じが良くなさそうに見えたんで! 俺、神官なんで!」
口からでまかせに言ってみる。
「ふむ、そうか……。こんなにスッキリとした気持ちになるのは数年ぶりよ」
「それは何よりっす!」
思わず声が裏返る。これは予想だにしなかった展開だ。
「このスッキリ感に免じて、青年よ、お前のことは殺さないでおいてやろう。だが、そこの娘どもにはやはり死んでもらう」
そしてギロリと三姉妹をにらむ。三人とも、ヘビににらまれたカエルのように、ダクダクと冷や汗を流し始めた。
「ま、まってくれ! こいつらが一体何をしたって言うんだ! 俺達は何かの弾みでここに飛ばされてしまって、それから何とか力をあわせて生きているんだ! あなたに殺されるようなことは何もしてないはずだ!」
ドラゴンには知性がある。だから話せばわかるはずだ。祈る思いでカトリは訴える。
「おのれ等が我にした仕打ち、忘れたというのか?」
そう言うとドラゴンは、後ろを向いてその背中を見せてきた。
「そなたらの塗った毒によって、我の背中はこのように焼け爛れてしまった。この恨み、100年経っても忘れはせん!」
カトリはそれとなく三姉妹の様子を伺う。三人とも、口をポカーンと開けていた。
「あっ! 思い出した!」
「子供の頃の記憶にあったぜ!」
「お父さん達が何か塗ってたよ!」
そして口を揃えて言う。
「「「ドラゴンの背中に何か塗ってたよ!」」」
その声を聞き届けたドラゴンは、ゆっくりとこちらに向き直ってきた。
「……思い出したようだな、娘どもよ。そなたらの親どもは、薬だと嘘をついて、我の背中に毒を塗っていたのだ。そしてこのように爛れさせ、傷跡にできたかさぶたを引き千切って、自分達の薬にしていたのだ」
ついにドラゴンの口から告げられた真実。四人はしばし言葉を失う。
「あたしらのオヤジ達が……」
「そんなひどい事を……」
「していたなんて……」
愕然とした表情を浮かべる三姉妹。
「「「そら滅ぶわ!」」」
そして声を揃えてそう叫んだ。
「あたしら全員!」
「あんたに食べられても!」
「文句は言えないよ!」
萎れた花のようにシュンとなる。
カトリは流石に気の毒になってきた。
「まてまてまて! 待ってくれドラゴンさん!」
そして立ち上がると、ドラゴンの前に歩み出た。
「こいつらはその時、まだ小さな子供だったんだろう!? 許してやってくれよ!」
「「「か、カトリ……!」」」
三姉妹が潤んだ目でカトリを見上げてくる。
ドラゴンもまた、何か物を思うような様子で佇んでいた。
「だったら治してやる! 俺がその背中の傷を治してやる! だから許してやってくれ!」
「む、なんだと?」
カトリがそう言うと、ドラゴンの顔色が変った。
「その言葉、まことか?」
「ああ、本当だ! もし嘘だったら、俺のことを好きにしてくれていい!」
「むうう……」
ドラゴンはしばし首を傾げて考え込む。
「ならばやってみよ」
そして厳かな声で言い放つ。
「もし我の傷が治らなかったら、その時は生きたまま時間をかけて踊り食いにしてくれる」
「ああ! それで構わねえ!」
カトリは自信満々に言い返した。
その瞳には、間違いなく勇者の意思が宿っていたのだった。
* * *
すぐにカトリは、三姉妹とともに地下の勇者畑に向かった。
「よし……やるぞ!」
太陽の光を求めて、どこまでも高く支柱を昇っていく勇者の蔓。
その鬱蒼と生い茂ったジャングルのような光景を前に、カトリは腕まくりをした。
「こいつを全部すりおろすんだ!」
「「「よしきた!」」」
カトリの指示の下、次々と勇者が摩り下ろされていく。
ミーナも、ミツカも、ミッタも、勇者臭いのを我慢して、溝の入った鉄の板でゴシゴシと勇者の実を摩り下ろす。
「むわー! こいつはたまらないな!」
「あたしらしばらく勇者臭いぞ!」
「腕がだるくなってきたー!」
「お前ら頑張れ! 死にたくなかったら死ぬ気で頑張れ!」
実だけではなく蔓や葉っぱ、はては根っこまで摩り下ろす。勇者のおろし汁は、皮膚病にも効果覿面なのだ。
摩り下ろしたら水瓶に入れて、公には口にすることがはばかられる黄金色の液体と合わせてさらに混ぜる。トンガス村に代々伝わる塗り薬だ。
「よしっ、できたー!」
水瓶に一杯の皮膚病の薬を、カトリ達は慎重に外に運び出した。
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