勇者の名産地

ナガハシ

効果抜群

 体の奥底から、マグマのような熱量がこみ上げてくる。
 やる気がみなぎって仕方がない感じだ。


「ま、まさか……おまえ!」


 そこでカトリも気付いた。この感覚はただ事じゃない。


「ごめんなカトリ……手に入れたら試さずにはいられなくて……うううーっ」


 と言ってミッタは、股間を手で押さえてモジモジした。
 そして、潤んだ瞳をドラゴンのかさぶたが入っている袋に向ける。


「そいつを紅茶に入れたのかー!?」


 どうりで鉄臭い味がすると思った。しかしもはや遅かった。ドラゴンのかさぶたは、滋養強壮・精力増進・夫婦円満の妙薬でもあったのだ。


「ハアハア……! カトリ……! どうしよう……!? こんなに効き目があるなんて!」
「ああまったくだよ! 流石に情熱をもてあますよ!」


 心臓がバクバクと脈打ち、体中がゾワゾワして、すこぶる良い感じだ。
 二人ともどんどん呼吸が荒くなる。


「か、カトリぃ……あたし……あたしもう……げんかいっ!」
「わっー!?」


 ミッタが机ごとカトリを押し倒してきた。紅茶の入った素焼きのポットが床に落ちて、ガシャンと音を立てて砕け散った。


「ま、まて! ミッタ! 落ち着け!」
「ハアハアハア! ごめん姉者! あたしが一番乗りだー!」
「うおおおー! 鎮まれ! 鎮まれーい!」


 ミッタよ、俺の勇者よ、お願いだから鎮まりたまえ!
 カトリは心の中で呪文を唱えつつ、決死の覚悟で逃げ出した。


「ああー! カトリー!」
「うおおおおー!」


 すがりついてくるミッタを跳ね除け、遺跡の小路をだばだばと音を立てて爆走する。
 全身がマグマ溜まりになってしまったように熱い。走っても走っても、ほとばしる情熱が冷めない。
 砂漠の太陽が照りつける中、カトリは全身汗だくになって走り続けた。
 そしてハナちゃんの馬小屋に行き着いて、そこで力尽きて倒れた。


「う、うおおお……!」


 喉がカラカラに渇いていた。腰に吊るしてあった水筒を取り出し、その水を飲もうとして慌てて取りやめる。


「あ、あぶねえ……」


 アーリヤさんを飲んでしまうところだった。慌てて蓋をしめ、代わりにハナちゃん用の水瓶に顔を突っ込んで、馬のようにガブガブと水を飲んだ。


「ブルルルッ?」


 その様子をハナちゃんが興味深そうに眺めていた。


「ちくしょう! どうにもならないよハナちゃん!」


 ハナちゃんの顔を見て気を紛らわそうとするカトリ。しかし。


「はうっ!」


 ハナちゃんが牝馬だということを思い出して、カトリは再び顔を赤くした。


「ぬおおおー! 俺ってやつは! 俺ってやつはー!」


 カトリはハナちゃんに背を向けると、今度は物凄い勢いでスクワットを始めた。


「鎮まりたまえ! 鎮まりたまえー!」


 もう少しでハナちゃんにまで欲情してしまうところだった。カトリは自分の頬をひっぱたきながら、太ももの感覚が無くなるまでスクワットを続けた。


「ブルッ、ブルルッ」


 ハナちゃんがその動きにあわせて、首を上げ下げしていた。
 とても人懐っこい馬なのだ。


 * * *


「いやー、まいった……」


 ようやくほとぼりが冷めたカトリは、遺跡の外れの日陰になっている場所で、一人膝を抱えて座っていた。


「効果が抜群すぎるぜ……」


 あんなに動き回ったのに、もう体力が回復している。むしろ汗をかいたことで全身がスッキリしていた。実は腹具合も良くなかったのだが、今は全然なんともない。
 流石はドラゴンのかさぶた、すごい威力だ。


「カトリさんっ、カトリさんっ」


 気付けば頭上に水の精霊アーリヤが浮かんでいた。


「危ない所でしたねっ」
「まったくですよ……」


 呆けた瞳で砂漠の風景を見るカトリ。一皮剥けて悟りを啓いたような面持ちだった。


「くすくすっ、カトリさんを見ていると本当に暇しないわ! ねえねえ、ミッタさんを一人で置いてきちゃって良かったの?」
「う、ううん……」


 あちらは今ごろどんなことになっているのか。心配ではあるが、会いに行ったら確実に事故が起きてしまうだろう。可哀想だが放っておくしかない。


「俺はあいつらと、こ、子作りをする気なんかないんだっ!」


 ぶんぶんと首を振る。


「俺は絶対にトンガス村に帰るんだ……」


 といって、陽炎がゆらゆらとゆえる、途方も無く広大な砂漠を見渡す。
 ありえないほどに白い空。カラカラに干上がった砂と瓦礫の大地。
 恋しき故郷は、計りようがないほど遠い彼方だった。


「そんなに帰りたいですか?」
「そりゃそうですよ……」
「でもきっと、すっごく遠いですよ?」
「キャラバンさえ来ればなんとかなります……!」


 と言って見上げた先には、どこまでも不毛な大地が広がっている。


「なんとか……なるんです……」


 片手で砂をぎゅっと握り締める。悔しい思いで歯をかみ締めながら、カトリはドンと地面を叩いた。日が経つほどに望みは薄くなっていくのだ。


「カトリさん……」


 そんなカトリを、アーリヤは心配そうな目で見つめる。


「そんなに妹さんのことが……」
「え?」


 しかし何か勘違いしている様子だ。


「いや、コノハにも会いたいけど、それが全てってわけじゃ……」


 母さんや村長、そして村のみんなもきっと心配している。
 けして妹が全てではない。
 比率は高いが、全てではない。


「カトリさんは、やっぱり妹さんに会いたいんですねっ」
「え? あの、ちょっと……アーリヤさん?」
「このままここで、あの可愛い三人とイチャイチャハーレムするより、故郷に戻って妹さんとしっぽりイチャイチャしたいんですねっ!」


 そう言いながらアーリヤは、赤らんだ頬を両手で押さえた。


「自家受粉したいんですね!」
「ななな! 何を言っているんです!?」


 今朝教えた自家受粉という言葉を、アーリヤは完全に間違って理解していた。
 それは植物のことであって、人間には関係ない。


「お、おおお、俺はコノハに、そんな不埒な思いを抱いたことは一度も……んぐっ、無いですよ!?」


 そして、しどろもどろ。


「あるんですねっ!」
「ありません!」
「あ・る・ん・で・す・ね・っ!」
「ないってばー!」


 むきになって否定するカトリ。だってコノハは実の妹であり、歳だってまだ12歳だ。
 そんな幼い妹に、そんなことやあんなこと、変質者以外のなんでもないではないか。


「いいじゃないですか、カトリさん。私、そういうのって素敵だと思います!」
「いや……あの……その……」


 とことんこだわってくるアーリヤ。カトリは返す言葉もない。


「私知ってるんです、カトリさんが、夢の中で、そういうことを妹さんに求めたことっ」
「えー!?」


 カトリの脳天に稲妻が走る。
 何故そのことを……!? 信じられない気持ちで一杯になる。


「私がカトリさんの夢の中に入っていったこと、お忘れですか?」


「は、はうっ!?」


 誰かの夢の中に入っていける。それはつまり、その人の夢を盗み見ることも出来るということだ。カトリはすっかり狼狽してしまった。
 彼は以前『二人目の妹が出来たと思ったら、それは自分とコノハの間に生まれた子供だった』という夢を見たことがあったのだ。


「穴があったら埋まりてえ!」


 カトリは両手で顔を覆い、砂の上につっぷした。


「いいんですよカトリさん! 私、そんなカトリさんが大好きなんです!」


 何故か感極まっているアーリヤが、カトリの震える背中に抱きついてきた。カトリはただひたすら恥ずかしかった。








 

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