勇者の名産地
転移魔法
「ううーん……、勇者……、勇者食べたい……むにゃ」
カトリは厩で三角座りをして眠っていた。ハナちゃんを相手にあれこれ心配事を口にしていたら、いつの間にか眠ってしまったのだ。
――あらあら、カトリさんったら。
カトリの水筒がカタカタと鳴る。こんな所で眠って風邪でもひいたら大変だ。
アーリヤは何とかカトリを起こそうとするも、水筒の蓋はきっちり閉められていて、外に出られなかった。
「ううーん……、コノハ……」
カトリは故郷の夢を見ていた。手塩にかけて育てた勇者、可愛い妹、少し困った仲間達。
大して娯楽もない場所だけど、水は奇麗で野菜は美味しく、山の幸やら獣の肉やらはいくらでも手に入る。
居心地の良い故郷を思い出して、カトリは夢の中でホームシックになっていた。
――カトリさん、カトリさん。こんな所で寝てはダメですよ? 馬臭くなりますよ?
「う、ううーん……うふふふ、こらあ、そんなところ掴むなぁ……」
水筒の中からアーリヤが呼びかけるが、カトリは現実逃避な夢を見ているようだった。
――困ったわねえ……。
と、そこに。三つの影が歩いてきた。
――あら、帰ってきたわ。
それは三姉妹だった。
月明かりの中にぼうっと浮かび上がる三つの影。
きっと彼女達がカトリを起こしてくれるだろうと、アーリヤはホッとする。
だが。
「馬と」「男と」「大きな剣」
どうにも三人の様子がおかしかった。虚ろな目をして、カトリとハナちゃんと、地べたに転がっている大きな剣を見る。
――え、ええーっと……。
何か声をかけようと思ったアーリヤだったが、水筒の中にいてはどうにもならない。
――カトリさん起きてー! 何か変よー!
カタカタと小刻みに振動する水筒。だが三姉妹は気にも留めずに、それぞれカトリと、馬と、大きな剣に手をかける。
「これらを」「土産に」「持って帰ろう」
瞬間、三姉妹の体が爆発するような閃光を放った。
宵闇に沈むルジーナの街が、一瞬、明るく照らし出される。
――カトリさーん!
「ん、んん……?」
そこで流石にカトリが目を覚ました。
「な、なんだあ!?」
そして直ちに驚愕する。自分とハナちゃんを取り囲むようにして、光り輝く三姉妹が立っていたのだ。彼女達はまるで、全身が魔力の塊になってしまったようだった。
「う、うわー!」
カトリはただアタフタとうろたえるのみだった。逃げようにも退路はなく、その肩をしっかりとミーナに取り押さえられている。
「さあ帰ろう」「懐かしの故郷」「火の神殿へ」
「お、お前らー!?」
三姉妹を取り囲むようにして、光の渦が巻き起こった。
常軌を逸した魔力に導かれて、渦の中にある全てのものが天高く巻き上げられていく。
「ヒヒーン!」
「なんじゃこりゃー!」
「カトリさーん!」
厩の一角を木っ端微塵に破壊して、カトリ達は何処へとも無く吹き飛んでいった。
* * *
そのころ。
「……はっ」
トンガス村のカトリの生家。
一階にある部屋で眠っていたコノハが、何の前触れもなく目をさました。
「ううん……」
目をこすりながら起き上がる。時間は真夜中で、月明かりが窓から差し込んできていた。
コノハはベッドから出ると、その窓辺に立って月を見上げた。
何か、不吉な予感がしていた。
「……お兄ちゃん?」
もしや兄の身になにか? 妹はその小さな胸の前で手を握る。
カトリが旅に出てからというもの、何となくコノハは寂しいのだった。
いなくなって清々するかと思ったのだが、むしろ頼れる人がいなくなったような不安を感じていた。
「べ、別に心配なんかしてないんだから……」
素直になれないお年頃である。兄に勇者汁をぶっかけられたことは、今でも恨んでいる。しかし、ぶっかけてもらわなければ、自分は今こうして息をしていないことも理解している。自分はどうして砂糖菓子になってしまったのだろう。
みんなは魔王を食べたせいだと言うけど、たった一つ食べただけでそんなことになるのだろうか。お姉ちゃん達はもっと沢山ムシャムシャ食べているのに。
「さっさと仕事すませて戻ってきなさいよ……」
なんだか家の中がスースーするから。
コノハはかすかに頬を赤らめ、兄への気持ちを誤魔化すように頬をプクリと膨らませた。
そしてすぐに、ベッドに戻って行った。
* * *
月の夜空を凄まじい速度で突き抜けていく光の渦。
三姉妹を三角形の頂点とし、その内側でカトリとハナちゃんと大きな剣が激しく攪拌されている。
「うわあああーー!」
カトリはひたすら叫んでいた。先ほどまで生ぬるい夢の中にいたのに、一瞬にして悪夢のような状況だ。ハナちゃんはすでに抵抗を諦め、荒れ狂う魔力の渦に身を任せていた。
――これはもしや、転移魔法。
そんな中、一人冷静に状況を分析していたのがアーリヤだった。
アーリヤの入った水筒はカトリの腰に吊るされていて、カトリと同じく激しく攪拌されているのだが、液体の中にいる彼女の姿勢はわりと安定しているのだ。
――あの娘さん達の体に、何か仕掛けてあったのかしら。
転移魔法は途方も無い魔力を必要とする魔法である。魔王だったころアーリヤでさえ、一度使うとしばらく足が立たなくなるほどだった。だからアーリヤにはわかる。あの三姉妹がどんなに魔力を振り絞ろうと、こんな強力な転移魔法は使えないのだと。
「うわあああーー! アハァッ!」
ついにカトリが気を失った。その時に一瞬だけ恍惚の表情を浮かべた。恐らく心がねじ切れてしまったのだろう。
カトリ達を巻き込んだ光の渦は、あっという間にレーゲ島の上空を通過してしまった。どうやら西大陸から南大陸に向けて飛んでいるようだ。
――一体どこへ行こうというのかしら。
水筒の中のアーリヤは、こんな状況にも関わらずウキウキしていた。
カトリは厩で三角座りをして眠っていた。ハナちゃんを相手にあれこれ心配事を口にしていたら、いつの間にか眠ってしまったのだ。
――あらあら、カトリさんったら。
カトリの水筒がカタカタと鳴る。こんな所で眠って風邪でもひいたら大変だ。
アーリヤは何とかカトリを起こそうとするも、水筒の蓋はきっちり閉められていて、外に出られなかった。
「ううーん……、コノハ……」
カトリは故郷の夢を見ていた。手塩にかけて育てた勇者、可愛い妹、少し困った仲間達。
大して娯楽もない場所だけど、水は奇麗で野菜は美味しく、山の幸やら獣の肉やらはいくらでも手に入る。
居心地の良い故郷を思い出して、カトリは夢の中でホームシックになっていた。
――カトリさん、カトリさん。こんな所で寝てはダメですよ? 馬臭くなりますよ?
「う、ううーん……うふふふ、こらあ、そんなところ掴むなぁ……」
水筒の中からアーリヤが呼びかけるが、カトリは現実逃避な夢を見ているようだった。
――困ったわねえ……。
と、そこに。三つの影が歩いてきた。
――あら、帰ってきたわ。
それは三姉妹だった。
月明かりの中にぼうっと浮かび上がる三つの影。
きっと彼女達がカトリを起こしてくれるだろうと、アーリヤはホッとする。
だが。
「馬と」「男と」「大きな剣」
どうにも三人の様子がおかしかった。虚ろな目をして、カトリとハナちゃんと、地べたに転がっている大きな剣を見る。
――え、ええーっと……。
何か声をかけようと思ったアーリヤだったが、水筒の中にいてはどうにもならない。
――カトリさん起きてー! 何か変よー!
カタカタと小刻みに振動する水筒。だが三姉妹は気にも留めずに、それぞれカトリと、馬と、大きな剣に手をかける。
「これらを」「土産に」「持って帰ろう」
瞬間、三姉妹の体が爆発するような閃光を放った。
宵闇に沈むルジーナの街が、一瞬、明るく照らし出される。
――カトリさーん!
「ん、んん……?」
そこで流石にカトリが目を覚ました。
「な、なんだあ!?」
そして直ちに驚愕する。自分とハナちゃんを取り囲むようにして、光り輝く三姉妹が立っていたのだ。彼女達はまるで、全身が魔力の塊になってしまったようだった。
「う、うわー!」
カトリはただアタフタとうろたえるのみだった。逃げようにも退路はなく、その肩をしっかりとミーナに取り押さえられている。
「さあ帰ろう」「懐かしの故郷」「火の神殿へ」
「お、お前らー!?」
三姉妹を取り囲むようにして、光の渦が巻き起こった。
常軌を逸した魔力に導かれて、渦の中にある全てのものが天高く巻き上げられていく。
「ヒヒーン!」
「なんじゃこりゃー!」
「カトリさーん!」
厩の一角を木っ端微塵に破壊して、カトリ達は何処へとも無く吹き飛んでいった。
* * *
そのころ。
「……はっ」
トンガス村のカトリの生家。
一階にある部屋で眠っていたコノハが、何の前触れもなく目をさました。
「ううん……」
目をこすりながら起き上がる。時間は真夜中で、月明かりが窓から差し込んできていた。
コノハはベッドから出ると、その窓辺に立って月を見上げた。
何か、不吉な予感がしていた。
「……お兄ちゃん?」
もしや兄の身になにか? 妹はその小さな胸の前で手を握る。
カトリが旅に出てからというもの、何となくコノハは寂しいのだった。
いなくなって清々するかと思ったのだが、むしろ頼れる人がいなくなったような不安を感じていた。
「べ、別に心配なんかしてないんだから……」
素直になれないお年頃である。兄に勇者汁をぶっかけられたことは、今でも恨んでいる。しかし、ぶっかけてもらわなければ、自分は今こうして息をしていないことも理解している。自分はどうして砂糖菓子になってしまったのだろう。
みんなは魔王を食べたせいだと言うけど、たった一つ食べただけでそんなことになるのだろうか。お姉ちゃん達はもっと沢山ムシャムシャ食べているのに。
「さっさと仕事すませて戻ってきなさいよ……」
なんだか家の中がスースーするから。
コノハはかすかに頬を赤らめ、兄への気持ちを誤魔化すように頬をプクリと膨らませた。
そしてすぐに、ベッドに戻って行った。
* * *
月の夜空を凄まじい速度で突き抜けていく光の渦。
三姉妹を三角形の頂点とし、その内側でカトリとハナちゃんと大きな剣が激しく攪拌されている。
「うわあああーー!」
カトリはひたすら叫んでいた。先ほどまで生ぬるい夢の中にいたのに、一瞬にして悪夢のような状況だ。ハナちゃんはすでに抵抗を諦め、荒れ狂う魔力の渦に身を任せていた。
――これはもしや、転移魔法。
そんな中、一人冷静に状況を分析していたのがアーリヤだった。
アーリヤの入った水筒はカトリの腰に吊るされていて、カトリと同じく激しく攪拌されているのだが、液体の中にいる彼女の姿勢はわりと安定しているのだ。
――あの娘さん達の体に、何か仕掛けてあったのかしら。
転移魔法は途方も無い魔力を必要とする魔法である。魔王だったころアーリヤでさえ、一度使うとしばらく足が立たなくなるほどだった。だからアーリヤにはわかる。あの三姉妹がどんなに魔力を振り絞ろうと、こんな強力な転移魔法は使えないのだと。
「うわあああーー! アハァッ!」
ついにカトリが気を失った。その時に一瞬だけ恍惚の表情を浮かべた。恐らく心がねじ切れてしまったのだろう。
カトリ達を巻き込んだ光の渦は、あっという間にレーゲ島の上空を通過してしまった。どうやら西大陸から南大陸に向けて飛んでいるようだ。
――一体どこへ行こうというのかしら。
水筒の中のアーリヤは、こんな状況にも関わらずウキウキしていた。
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