勇者の名産地

ナガハシ

異変

 ルジーナ王との意外な謁見を終えた後、カトリは一人宿に戻った。


「ブルルルンッ」
「よしよし、ハナちゃん元気だな」


 辺りは既に真っ暗だったが、ハナちゃんはカトリを見るとすぐに、鼻を鳴らして喜びを表してきた。カトリはブラシでハナちゃんの体を磨き始める。


「全然先が見えないよ、ハナちゃん」


 話しかけながら、カトリはふうとため息をついた。


「ああ、勇者が食べたいなあ。ハナちゃんも食べたいだろう?」
「ブルルルッ」


 同意かどうかはわからないが、ハナちゃんは激しく首を縦に振って答えてきた。
 先ほどまで国王と勇者の話をしていたから、カトリはひどく故郷の勇者畑が恋しかった。


 * * *


 カトリはまず、自分がいかに妹を大切に思っているかということから話し始めた。
 そこを話さないと、夢で精霊のお告げを聞いたことや、コノハに勇者汁をぶっかけたことの経緯に真実味が出ないからだ。
 だからカトリは、コノハが生まれた時のことから順に話していった。
 人の話を聞くのが好きなルジーナ王は、最初のうちは葡萄酒をあおりながら、何か面白い物語でも楽しむようにして聞いていたが、葡萄酒が一本開く頃にはいい加減うんざりしていたようだった。
 だがカトリは、昔コノハに絵本を読み聞かせていた時の経験を如何なく発揮し、最後まで飽きさせずに話しきることに成功した。
 そしてついに本題。カトリは妹に勇者汁をぶっかけたことを国王に打ち明けた。


「随分と思い切ったことをしたものよ!」


 その話を聞いたルジーナ王は、膝をパンッと手で打ち、垂れ気味の瞳を輝かせた。


「ううーむ、その話が本当のことだとすると、これはちと大変なことになるぞ」


 酒に酔っているとは思えないほど真剣な表情で言う国王を見て、カトリはゴクリと固唾を飲んだ。飲み食いに飽きたらしい三姉妹は、ずっと国王の肩やら腕やら背中やらをマッサージしていた。


「へへへー」
「旦那ー」
「いい体してまんなー」
「むふふ、苦しゅうない」


 国王の顔が赤いのは、酒のためだけでは無いようだった。
 そんなにあの三人を気に入ってくれたのか?
 だったらいっそ、召抱えてやってください。
 喉元まで出かけたその言葉を、カトリはグッと飲み込んだ。


「実はのう、ワシのお父上、つまり先代のルジーナ王は、砂糖菓子になって死んだのだ」
「ええ!? そうだったんですか!?」


 きっと甘魔王を食べてしまったのだ。先代まで魔王にやられてしまっていたなんて、この国は本当に大丈夫なのか。カトリは不安でならなかった。
「うむ。一応、お父上の遺体は……というか、砂糖菓子なのだが……城の地下にしまってあるのだ。それに勇者汁をぶっかけて復活するのであれば、これは由々しき事態じゃ」
「ええっ? ダメなんですか?」
「うむ。復活した先代が、そのまま大人しく隠居してくれれば良いが……。そうでなければ、ちとワシは困ったことになる」
「う、うーん……」
「ワシと先代、二つの王の派閥に分裂して、宮廷の中がゴタゴタになりかねん、それだけは避けたい。一度死んだと思われていた人間が蘇るというは、カトリ。そちが思っている以上に大変なことなのだ」
「ああ……」


 カトリは何も言えなくなってしまった。
 魔王にやられて砂糖菓子になってしまった人間は、普通、死んだものとみなされる。
 それが実は生きていたとなると、困る人や悲しむ人も出てくるだろう。
 もう既に処分されてしまった砂糖菓子の人も多いだろうし、アリに食われて酷いことになっている砂糖菓子の人もいるだろう。
 さらに国王はこうも付け加えた。
「勇者の需要が一気に跳ね上がる。そうなれば、そなたの故郷がただでは済むまい」
「うう……!?」


 確かに、価値のあがった勇者を狙って、盗賊団がやってくるかもしれない。
 国王の話を聞いたカトリは、ただ震え上がるのみだった。


「カトリよ、この話はワシとそなたらの間の秘密としよう。ひとまず、そなたらの出来る範囲で勇者を広めるのだ。ワシの方でも、何か良い方法がないか考えておく」


 そうしてカトリは国王との謁見を終え、一人気を落として宿に戻ったのだった。


 * * *




 一方、三姉妹は――。


「あたしら」「もうすぐ」「16歳か」


 国王とわかれ、酔いを醒ますため広場に来ていた、三人並んでベンチに腰掛け、月を見上げる。深夜の12時まであと僅かだった。
 日付が変れば、三人は晴れて16歳となる。


「思えば」「いろいろ」「あったなー」


 そして珍しく、ため息をついた。
 三人がトンガス滝の洞窟に現れたのが今から11年前。自分たちの年齢と誕生日以外の記憶は一切無く、どうやってトンガスまでやってきたのかすらわからなかった。
 ただ、生きなければならないという意思だけがあった。自分達は、何か大きな使命を与えられてここまでやってきた。そんなおぼろげな感覚が胸の中にあるだけだった。
 すぐにトンガス村の人々に見つかって保護され、平和な村で優しい人々に囲まれて育った。一つ年上のカトリは、良いもてあそび相手だった。
 そして三人はいつしか、自分達の出自について考えるのをやめた。
 考えても仕方のないことだからだ。
 しかし、先ほどルジーナ王と豪遊し、南大陸とそこに住む火の部族の話を聞いて、どうにも人事ではないような気がしてきた。


「あたしらって案外、その火の部族だったりしてな」


 と、ミーナが冗談まじりに言う。


「だとしたら、どうやってトンガス村に来たんだろう」


 と、ミツカが遠い目をして言う。


「砂嵐にでも飛ばされたんじゃないかー?」


 と、おどけた態度でミッタが言う。
 三人とも、本気で言っているわけではなかった。しかし、今こうして16歳の誕生日を間近に控えて、三人並んで月を見上げている様子は、どことなく神秘的なのだった。
 そして、広場の真ん中に立っている時計の針が、誰に知られることもないまま、静かに午前0時を指した。


「「「そろそろ帰ろうか……」」」


 夢遊病者のようにフラリと立ち上がる三姉妹。


「「「フオオオオ……!」」」


 三人の瞳が、不気味なエメラルド色に輝いている。









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