勇者の名産地

ナガハシ

昔の話

 それから、何軒か武器屋と工房を訪ねてまわった。
 だが結果は同じだった。みな口を揃えて「鉄は買い取れない」と答えてきたのだ。
 現在ルジーナでは、鉄が余りまくっているらしい。勝手にその辺に捨てていく輩も多いので、最近では罰金まで設定されているとのことだった。


「……はあ」


 重い足取りで宿屋に戻る。ハナちゃんを厩に繋ぎ、大きな剣を引き摺りおろす。剣はガランゴロンと音をたてて地面に落ちた。放っておいても、盗む者などいないだろう。
 この剣はただの鉄の塊。剣とすら認識されないものなのだ。


「……ふう」


 ハナちゃんの隣りに三角座りをする。ため息が止まらない。一応、手持ちの金で処分できるが、それにしても酷すぎる。


――カタカタ、カタカタ。


「ん?」


 その時、カトリの水筒が振動した。
 手にとって蓋を開ける。すると、蓋の隙間から湖の精霊が滑り出てきた。


「元気をだしてカトリさん。あなたにはまだ、その金のスコップがあるじゃないですか」
「……アーリヤさん」


 そう言われると、少し元気が出た。カトリは今、確かに金目のものを持っているのだ。


「きっと凄いお金になりますよ!」
「そうですね、アーリヤさん」


 だがカトリは、アーリヤの顔を見ながら、はにかむように笑った。


「もしかして、売らないのですか?」
「ええ、ちょっと、迷っているんです」


 カトリは、先日魔王の手先と戦った時のことを思い出していた。
 この金玉の棒……もとい、金のスコップは、魔法を打ち消す力を秘めている。
 そのような武器はなかなか無いのだ。


「なんだか、これは持っていた方が良いような気がするんです」
「そうですの……?」


 アーリヤは少し残念そうな顔をする。


「せっかくのボーナスアイテムですのに……」


 そして意味深な言葉を漏らした。


「え?」
「いいえ、何でもないわ。それよりもカトリさんっ、私、見たい景色があるんです!」
「そう言えばそうでしたね。何処に行きたいんです?」
「うんとねっ」


 湖の精霊は、満面の笑みとともに目的の場所を告げた。


 * * *


「うひょー!」


 ルジーナを離れたカトリは、ハナちゃんにまたがって草原を駆けていた。
 荷物も少なく、軽快なギャロップで飛ぶように進んでいく。
 アーリヤが見たいと言った景色は、ルジーナの海岸から見えるレーゲ島のことだった。
 海岸線までは歩くと1アワワほどだが、馬の足だとすぐだった。
 まもなく、潮の香りが漂ってきた。


「すげえ、海だ……」


 浜辺まで来たところでカトリは馬を止めた。海を見るのは初めてだった。
 その海の青さに、カトリはふと妹のコノハのことを思い出した。妹の髪色が、この海の青に良く似ているのだ。
 馬を下りて浜辺に立ち、水筒の蓋をゆるめる。
 蓋の隙間から湖の精霊が滑り出てくる。


「ああ、あの時と殆ど変ってないわ……」


 アーリヤは海の向こうに浮かぶ二つの島を見てため息をついた。胸の前で両手をあわせ、どこか物憂げな様子だ。
 島の一つはレーゲ島、もう一つはルーン島という。どちらもかつて、クリアラという国の領土だった。しかし今となっては当時の面影はなく、島全体が黒く染まってしまっている。
 もはや島全体が毒沼なのだ。あそこでは通常の植物は育たず、もちろん人が住むことも出来ない。話には聞いていたが、これほど酷いものとは思わなかった。


「そういえば……」


 魔王の手先が言っていた。レーゲ島では飛びきり甘い魔王である、甘魔王が採れると。
 あんな魔界みたいな場所でとれる果物ならば、確かに体に悪いだろう。


「前にも見たことがあるんですか? アーリヤさん」


 カトリは呆然と海景色に見入っている湖の精霊に声をかけた。


「はい、見たというか、住んでいました」
「え!?」


 カトリは自分の耳を疑った。あの島は、もうかれこれ50年以上もあの状態なのだ。
 かつて実の兄を想うあまり、魔王と化してしまったクリアラの王女。彼女が三月十日にわたって降らせ続けた毒の雨が、レーゲ島とルーン島を魔界に変えてしまった。
 魔王は、勇者マルクスによって討伐されるまで、10年近くにわたって世界を恐怖のどん底に陥れた。
 そんな場所に、住んでいたことのある精霊とはいったい何なのか。
 本当に、このアーリヤという精霊は、ただの湖の精霊なのだろうか。


「あなたは、一体……」
「私はアーリヤ。かつてあの島国の王女だったものです」
「……!?」


 カトリは絶句した。ただの偶然の一致と思っていたのだが。


「姫魔王……アーリヤ……。まさかあなたが!」
「そう呼ばれていた時代が、かつてありました。でも今は湖の精霊です。水の魔法が得意だった私の魂魄は、死んだ後、停滞する水へと引き寄せられていったのです」
「な、なるほど……」


 カトリは最大限の努力でアーリヤの言葉を飲み込んだ。


「あれから40年が経ちました。でも、あの島はまだあんな姿のままなのですね」
「そ、それを確認したかったんですか……?」
「そうなのです。私があんな姿に変えてしまった島が、少しは良くなってはいないかと」


 レーゲ島の姿はまさに魔界だった。奇妙にひしゃげた樹が所々に生えているだけの不毛の大地だ。


「……どうして毒の雨なんか降らせたんですか?」


 カトリは恐る恐る聞いてみた。


「私はあの島を、私だけの楽園にしたかったのです。だから私は、あの島に沢山の花の種を撒きました。そして、いつか庭師のお爺さんが言っていたことを思い出して、液肥というものを撒いてみたのです」


 液肥……だと。
 カトリはゴクリと生唾を飲み込んだ。嫌な予感しかしなかった。
 液肥とは、即効性のある液状の肥料のことである。カトリはあまり好んでは使わない。
 その液肥と毒の雨が、カトリの頭の中で重なっていく。


「液肥を沢山まいたのに、全然花が咲かないんです。だから私、きっと量が足りないのだと思って、ありったけの魔力を使って、撒きまくったんです。そしたら……」
「おお、ガイアよ! 大地の女神よ!」


 カトリはその場につっぷした。そして泣き咽ぶ声とともに、大地に謝罪した。


「許したまえ! 無垢なる少女の想いに免じて、どうか許したまえ!」


 そしてしばし、肩を震わせて泣いた。
 マジ泣きした。


「うっ……ううっ……」


 これでは庭師のお爺さんも浮かばれない。
 素人が良くやりがちな家庭菜園の失敗トップ3、肥料のやりすぎ。
 それをこのアーリヤという女は、かつてない規模でやらかしてしまったのだ。


「私、愚かな女だったわ……」
「やってしまったものは仕方ないです……ううっ」


 この先200年は、レーゲ島とルーン島はあのままだろうとカトリは思った。


「いや、でも……」


 甘魔王は産出されているのだろう? カトリはふとそのことに気づく。
 と言うか、誰かがそれを収穫しにレーゲ島まで行っているのだ。もしかすると、部分的には回復してきているのかもしれない。


「うむむ……」


 カトリは立ち上がると、アーリヤに向き直った。


「信じましょう……大地の力を!」
「カトリさん……」


 そう伝えると、アーリヤの表情が少しだけ和らいだ。











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