勇者の名産地

ナガハシ

報酬

 激闘を終えたカトリ達は、10歳にしてはいささか体重の重い宿屋の息子を背負って、大きな剣の街に戻った。


「おお! 我が息子よ!」


 宿屋の主人とその奥さんが、咽び泣きながら駆け寄ってきた。
「ああ! 親切な旅人さん! このご恩は一生わすれません!」
「ええ……いや……まあ、それは良いんですけど」


 まさに五体投地の様相でカトリに礼を述べてくる宿屋の主人。どうみても、報酬の一件をうやむやにする気だ。


「忘れてませんよね……?」
「ギクッ! まさかそんなはずないじゃないですか! この街で一番の宝物をお譲りいたしますよ!」
「えっ? この街で一番ですか?」


 そこまでしなくても……。
 というか、そんなもの主人の一存で決めてしまってよいのだろうか。


「はい! この街で一番の宝物! それは、あの『大きな剣』でございます!」


 と言って主人は、宿屋の隣りにそびえ立つ、身の丈を越える大きさの剣を示してきた。


「ええええー!?」


 確かに、あの剣はこの街のシンボルとも言えようものだろう。
 カトリは困った顔で、ひとまず三姉妹の様子を伺ってみた。三人とも以前から剣を欲しがっていた。


「「「でかすぎるだろ!」」」


 だが、三姉妹の絶叫が完璧なハーモニーを奏でた。


「「「どうやって持ってくんだよ!」」」
「まあそうだよな……」


 カトリは宿屋の主人に向き直る。


「と、言うことなので、もう少し手ごろなものでお願いします」
「あいや、お待ちください! 親切な上に商売上手な旅人さん! あんな大きな剣なんですよ! 武器屋に売れば相当な金額になりますよ!」
「いや、でも……。持ち運べないんじゃ……」
「わかりました! それでは馬を一頭お貸し致しましょう! それで近場の街まで持って行けるでしょう? ちなみにどちらに向かわれているのですか!?」
「る、ルジーナですけど……」
「おお! 素晴らしいじゃないですか! ルジーナと言えば加工貿易のメッカ。鉄の需要はいくらだってございますよ!」


 主人のゴマすりがいつもの三倍の速度に達しつつあった。


「ルジーナまでなら、歩いて三日というところです。ではその馬を一週間タダでお貸しします。それでどうでしょう! 私どもの街は、見ての通りサービス業が中心なんです。だから形あるものをお贈りするとなると、もうあの大きな剣くらいしかないのでございます!」
「う、ううーん……」


 サービス業と言っても、詐欺に近いことばかりのようだが。


「もうそれでいいや……」


 さっさとこの町を離れたかった。
 カトリはその一念で、主人の申し出を受け入れた。


 * * *


「では、こちらに拇印をお願いします」


 カトリは宿屋の主人の部屋で、馬の契約書を作っていた。
 あとで馬を返しに来なければならないが、正直ひどく気が重い。出来れば二度と関わりたくない街だからだ。
 しかしあの大きな剣を売れば、確かにかなりの金になるだろう。そうすれば、三姉妹が渇望していた剣だって買ってやれる。お金になることなら何だってやらねばと思うのだった。


「ところで、主人」
「なんでしょう、妙に青臭い旅人さん」
「息子さんはどうやら魔王を食べてああなったみたいなんですよ」


 カトリがそう告げると、宿屋の主人は深くため息をついた。


「まったく、あれほど魔王を食べてはいけないと言ってありましたのに、息子ときたら」
「魔王の手先はどんどん増えているようです。主人は、この街で勇者を栽培する気はありませんか? 糖化症に良く効くんです」


 ここぞとばかりに、カトリは営業を始める。


「勇者……ですと!」


 すると宿屋の主人は、みるみる顔を青くした。


「私は身の毛もよだつほどアレが嫌いなのです! とんでもない!」
「いや……お気持ちはわかりますけど、ここは一つ薬だと思って……。栽培適地も一箇所見つけたんです。あの洞窟の近くの土地なら、きっと立派な勇者が育ちます」
「いいえ! ごめんこうむります! 私がここで宿屋を開いてから5年間、私は首尾一貫して勇者を食す、もしくは食したことのある者たち粛清してまいりました。それくらい勇者が嫌いなんです!」
「あんたが元凶だったのか!?」


 いくらなんでも、この街の人々の勇者嫌いは異常だと思っていた。
 その原因は、この宿屋の主人にあったのだ。


「じゃあ、主人が勇者嫌いを克服できれば、この街にも勇者が根付く希望があるんですね」


 そう言ってカトリは立ち上がると、リュックの中から勇者を取り出した。


「むわっ! それを私に近づけないでください!」
「殆どの人はただの食わず嫌いなんです! 一口齧ればその価値がわかるはずです!」


 カトリは主人の胸倉を掴むと、その口元にぐいぐいと勇者を押し付けた。


「むおー! お断りですぞー!」


 二人がしばらく揉み合っていると、外で待っていた三姉妹がやってきた。


「へへへ」「話は」「聞かせてもらった」


 三人はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべつつ、宿屋の主人を取り囲んだ。


「な、何をするんです!? 暴力はいけませんよ!?」


 オロオロと目を泳がせる主人。その両腕を、ミツカとミッタが掴む。


――むにゅっ。


 そして、わざと胸を押し付けた。


「むほっ!」


 一気に緩んだ顔になる宿屋の主人。これは暴力ではない、エロスだ。


「ようはこいつに」
「あたしらの勇者を」
「食わせれば良いんだな?」


 そこに胸の谷間に勇者を挟んだミーナが、正面から近づいていった。


「お、お前らまさか……」


 どうやら三人は、勇者を広めるために人肌脱いでくれるらしい。
 カトリはその一部始終を、固唾を飲んで見守った。


「これはご褒美ですか!? それとも罰ですか!?」
「もちろん」「罰に」「決まってんだろ?」
「うひひー!?」


 三姉妹に凄まれて、冷や汗をたらす主人。


「あんた、あたしらの風呂を覗いただろ」
「これはその罰だぜ!」
「早く食べないと奥さん呼んじゃうぞ?」
「ひいいいー! それだけはご勘弁をー!」


 傍から見れば、若い娘といちゃついているようにしか見えない。
 家庭崩壊は必死だった。


「ほらほら」「くえよ」「うまいぜー」
「ぎゃあああああー!」


 宿屋の主人の絶叫が、街中にこだまする。
 カトリはひとまず、勇者の種だけ渡していくことにした。
 その気になった時には、いつでも栽培を始められるようにと。









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