勇者の名産地
魔王の手先
朝食のパンは、見た目はボリュームがあって美味しそうだったが、中身は雲のようにスカスカで、いくら食べても腹がふくれなかった。
しかも別料金だった。
「もう二度と来ねえ……」
カトリが愚痴をこぼしながら荷造りをしていると、ふと部屋の中に甘ったるい匂いが漂いはじめた。振り返ると、三姉妹が魔王を食べていた。
「あっ、お前らいつの間に!」
「さっき、知らないお兄さんがタダでくれたんだ」
「全身黒ずくめの、いかにも変な男だったぜ」
「体中から甘い匂いがプンプンしてたな」
と言って、三人してムシャムシャと魔王をかじる。
「それ魔王の手先だろ! つうか、外で食ってくれ! 俺は匂いを嗅ぐのも嫌なんだ!」
三人を部屋から追い出したカトリは、さっさと荷造りを済ませて部屋を出た。
一階に降りてカウンターに行くと、そこで宿の主人が困った顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「おお! 旅人さん! 旅人さんは親切な旅人さんですね!?」
「いきなりなんですか?」
主人はカトリの顔を見るなり、何かを懇願するように目を輝かせてきた。
「うちの息子が、昨日の夜から帰らないんです!」
「え? マジですか!?」
それは心配なことだとカトリは思う。
「おお、一体何処に行ってしまったのでしょう! 旅人さんも心配して下さいますよね?」
「ええ、まあ、そりゃあ……。役所には連絡しましたか?」
「この街に役所なんてありませんよ旅人さん!」
しまったそうだった。カトリは思わずおでこを打つ。
「じゃあどうするんですか、仕事なんかしてる場合じゃないでしょう?」
「何を言っているんですか旅人さん! 仕事をしなれけば食ってはいけない。子供だって育てられなくなりますよ!」
「つまり息子さんより仕事を優先すると?」
「仕方ないじゃないですか! カモはいつやってくるかわからないんです! でも私だって心配なんです。何とかして息子を探さなきゃいけないんですよ! 旅人さん!」
「ええ、まあ、そうでしょうね……」
宿の主人はさっきからずっと懇願するような視線をカトリに向けてきている。
なんとなく察しがついてきた。というか、カモって言いやがった。
「何事もなければ良いですね……じゃあ」
「ああ! まってください親切な旅人さん! 私の息子が行方不明なんです!」
「いや、でも……俺はただの通りすがりで……」
この街には縁もゆかりもない人間なのだ。
「もうっ! さては旅人さんはドSですね!? 私をじらしていじめて楽しんでらっしゃるんですね! この人でなし!」
「いやいやいや……」
何て酷いことを言うのだろう。どう見たって俺はドMだろう。というか、そんなに旅人の手を借りたいのか。
「俺達に探せって言うんですか?」
「他に何があるんですか察しの悪い旅人さん! いいから早く私の息子を探してこい!」
「ひらきなおった!?」
カトリは開いた口が塞がらなかった。こんなに欲の皮がつっ張った人は見たことがない。
「じゃ、じゃあ……。 発見したら何かお礼をいただけますかね……?」
ただではやらぬと、カトリは意地を張って言ってみる。
「人の足元見るなんて、親切な旅人さんはとんだゲス野郎でございますね!」
「それが人にものを頼む時の態度か! もう良いです! 知りません!」
もう関わりたくないと、カトリはさっさと見切りをつけた。というか、このタイミングで息子が行方不明とか、出来すぎだろう。何か裏があるに違いない。
ここが罠みたいな街であることはすでにわかっているのだ。
「てやんでー! 鬼ー! 悪魔ー! ふんころがしー!」
カトリに向かって、後ろから主人が罵声を浴びせてくるが気にしない。
そのまま一目散に宿を後にする。
「お前のかあちゃん出べそー! ついでに妹も出べそー!」
「!?」
だが、その言葉を聞いた瞬間、カトリの脳裏に火花が弾けた。
妹の悪口を言われたのだ。甚だしく聞き捨てならなかった。
「おい! あんた今なんつった!」
カトリの頭髪が怒りに逆立つ。鬼のような形相で取って返し、主人の胸倉をつかむ。
「おおー!」「ついにカトリが」「ぶち切れたぞ!」
外でムシャムシャと魔王を齧っていた三姉妹が、その場で軽くジャンプした。
「ひいいい!? どうしちゃったんですか!?」
「撤回しろ! 事実だが撤回しろ! 俺の妹は出べそじゃねえ!」
「事実だったんです!?」
「うるせえ! ケツ穴にスコップ捻じ込まれてえか、このブタ野郎!」
カトリのあまりの豹変ぶりに、宿の主人はブルブルと震え上がっていた。
昔からカトリは、妹のことを悪く言われると、こうしてぶち切れてしまうのである。
「うひいいい! ごめんなさい! ごめんなさい! 撤回します! どうかお許し下さい! ついでに私の息子を探してきてください。嘘でもなんでも無いんです! 旅人さんにご満足いただけるようなお礼をさせていただきますから、どうかお願い致します!」
宿の主人は、先ほどとはうって代わって、腰を低くして頼み込んできた。
「ふんっ! 最初がそう言いやがれ! 次におかしなこと抜かしたら、てめえの鼻の穴に勇者を植えつけてやるぞ!」
宿の主人を突き放すと、カトリは大股歩きで外にでた。
「というわけで、ミーナ、ミツカ、ミッタ。人探しをしようと思うのだけど」
「お、おおう……」
「礼がもらえるなら」
「やぶさかでもないぞっ」
怒り狂ったカトリを見ると、流石の三姉妹も大人しくなるのだった。
* * *
その頃、村はずれの洞窟では――。
「くっくっく、坊やも強情だねえ……」
「ううう……絶対に食べるもんか……!」
10歳くらいの少年が、椅子に縛り付けられていた。
片腕だけ自由に動かせるようになっていて、椅子の前のテーブルに魔王が置かれている
「そんなことを言って、本当は食べたくて仕方ないんだろう?」
少年の側に立っているのは、全身黒尽くめの怪しげな男だ。彼こそが、宿屋の息子を拉致した張本人だった。
「だって……それ食べたらおしっこが甘くなっちゃうんだよ?」
「ふふふ、一個くらい食べたってどうということはないさ。君のお父さんやお母さんも、君に隠れてこっそり食べているんだよ?」
男は言葉巧みに少年の心理を誘導する。
魔王の食べすぎによる糖化症が社会問題になっているため、最近では子供に魔王を食べさせない家庭が多いのだ。
男の目的は、この村の子供達を魔王中毒にすることにあった。
理由などない。彼自身がすでに魔王中毒であり、精神を犯されてるのだ。
「あまーい、あまーい、魔王の果実。胸もお腹も幸せいっぱい、ウフフフ」
「う、ううう……」
やがて少年は、その甘い果実の誘惑に負けて、その手を伸ばした。
「ごくり……」
口元によせて匂いを嗅ぎ、そしてついに、初めての一口を頬張った。
「は、はぐっ……!?」
「くくく、甘いだろう?」
「……ふ、フオオオ!」
すると突如、少年が喉元を押さえて苦しみだした。
蝋燭の明かりに照らし出された少年の影が、見る見る大きくなっていく――。
しかも別料金だった。
「もう二度と来ねえ……」
カトリが愚痴をこぼしながら荷造りをしていると、ふと部屋の中に甘ったるい匂いが漂いはじめた。振り返ると、三姉妹が魔王を食べていた。
「あっ、お前らいつの間に!」
「さっき、知らないお兄さんがタダでくれたんだ」
「全身黒ずくめの、いかにも変な男だったぜ」
「体中から甘い匂いがプンプンしてたな」
と言って、三人してムシャムシャと魔王をかじる。
「それ魔王の手先だろ! つうか、外で食ってくれ! 俺は匂いを嗅ぐのも嫌なんだ!」
三人を部屋から追い出したカトリは、さっさと荷造りを済ませて部屋を出た。
一階に降りてカウンターに行くと、そこで宿の主人が困った顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「おお! 旅人さん! 旅人さんは親切な旅人さんですね!?」
「いきなりなんですか?」
主人はカトリの顔を見るなり、何かを懇願するように目を輝かせてきた。
「うちの息子が、昨日の夜から帰らないんです!」
「え? マジですか!?」
それは心配なことだとカトリは思う。
「おお、一体何処に行ってしまったのでしょう! 旅人さんも心配して下さいますよね?」
「ええ、まあ、そりゃあ……。役所には連絡しましたか?」
「この街に役所なんてありませんよ旅人さん!」
しまったそうだった。カトリは思わずおでこを打つ。
「じゃあどうするんですか、仕事なんかしてる場合じゃないでしょう?」
「何を言っているんですか旅人さん! 仕事をしなれけば食ってはいけない。子供だって育てられなくなりますよ!」
「つまり息子さんより仕事を優先すると?」
「仕方ないじゃないですか! カモはいつやってくるかわからないんです! でも私だって心配なんです。何とかして息子を探さなきゃいけないんですよ! 旅人さん!」
「ええ、まあ、そうでしょうね……」
宿の主人はさっきからずっと懇願するような視線をカトリに向けてきている。
なんとなく察しがついてきた。というか、カモって言いやがった。
「何事もなければ良いですね……じゃあ」
「ああ! まってください親切な旅人さん! 私の息子が行方不明なんです!」
「いや、でも……俺はただの通りすがりで……」
この街には縁もゆかりもない人間なのだ。
「もうっ! さては旅人さんはドSですね!? 私をじらしていじめて楽しんでらっしゃるんですね! この人でなし!」
「いやいやいや……」
何て酷いことを言うのだろう。どう見たって俺はドMだろう。というか、そんなに旅人の手を借りたいのか。
「俺達に探せって言うんですか?」
「他に何があるんですか察しの悪い旅人さん! いいから早く私の息子を探してこい!」
「ひらきなおった!?」
カトリは開いた口が塞がらなかった。こんなに欲の皮がつっ張った人は見たことがない。
「じゃ、じゃあ……。 発見したら何かお礼をいただけますかね……?」
ただではやらぬと、カトリは意地を張って言ってみる。
「人の足元見るなんて、親切な旅人さんはとんだゲス野郎でございますね!」
「それが人にものを頼む時の態度か! もう良いです! 知りません!」
もう関わりたくないと、カトリはさっさと見切りをつけた。というか、このタイミングで息子が行方不明とか、出来すぎだろう。何か裏があるに違いない。
ここが罠みたいな街であることはすでにわかっているのだ。
「てやんでー! 鬼ー! 悪魔ー! ふんころがしー!」
カトリに向かって、後ろから主人が罵声を浴びせてくるが気にしない。
そのまま一目散に宿を後にする。
「お前のかあちゃん出べそー! ついでに妹も出べそー!」
「!?」
だが、その言葉を聞いた瞬間、カトリの脳裏に火花が弾けた。
妹の悪口を言われたのだ。甚だしく聞き捨てならなかった。
「おい! あんた今なんつった!」
カトリの頭髪が怒りに逆立つ。鬼のような形相で取って返し、主人の胸倉をつかむ。
「おおー!」「ついにカトリが」「ぶち切れたぞ!」
外でムシャムシャと魔王を齧っていた三姉妹が、その場で軽くジャンプした。
「ひいいい!? どうしちゃったんですか!?」
「撤回しろ! 事実だが撤回しろ! 俺の妹は出べそじゃねえ!」
「事実だったんです!?」
「うるせえ! ケツ穴にスコップ捻じ込まれてえか、このブタ野郎!」
カトリのあまりの豹変ぶりに、宿の主人はブルブルと震え上がっていた。
昔からカトリは、妹のことを悪く言われると、こうしてぶち切れてしまうのである。
「うひいいい! ごめんなさい! ごめんなさい! 撤回します! どうかお許し下さい! ついでに私の息子を探してきてください。嘘でもなんでも無いんです! 旅人さんにご満足いただけるようなお礼をさせていただきますから、どうかお願い致します!」
宿の主人は、先ほどとはうって代わって、腰を低くして頼み込んできた。
「ふんっ! 最初がそう言いやがれ! 次におかしなこと抜かしたら、てめえの鼻の穴に勇者を植えつけてやるぞ!」
宿の主人を突き放すと、カトリは大股歩きで外にでた。
「というわけで、ミーナ、ミツカ、ミッタ。人探しをしようと思うのだけど」
「お、おおう……」
「礼がもらえるなら」
「やぶさかでもないぞっ」
怒り狂ったカトリを見ると、流石の三姉妹も大人しくなるのだった。
* * *
その頃、村はずれの洞窟では――。
「くっくっく、坊やも強情だねえ……」
「ううう……絶対に食べるもんか……!」
10歳くらいの少年が、椅子に縛り付けられていた。
片腕だけ自由に動かせるようになっていて、椅子の前のテーブルに魔王が置かれている
「そんなことを言って、本当は食べたくて仕方ないんだろう?」
少年の側に立っているのは、全身黒尽くめの怪しげな男だ。彼こそが、宿屋の息子を拉致した張本人だった。
「だって……それ食べたらおしっこが甘くなっちゃうんだよ?」
「ふふふ、一個くらい食べたってどうということはないさ。君のお父さんやお母さんも、君に隠れてこっそり食べているんだよ?」
男は言葉巧みに少年の心理を誘導する。
魔王の食べすぎによる糖化症が社会問題になっているため、最近では子供に魔王を食べさせない家庭が多いのだ。
男の目的は、この村の子供達を魔王中毒にすることにあった。
理由などない。彼自身がすでに魔王中毒であり、精神を犯されてるのだ。
「あまーい、あまーい、魔王の果実。胸もお腹も幸せいっぱい、ウフフフ」
「う、ううう……」
やがて少年は、その甘い果実の誘惑に負けて、その手を伸ばした。
「ごくり……」
口元によせて匂いを嗅ぎ、そしてついに、初めての一口を頬張った。
「は、はぐっ……!?」
「くくく、甘いだろう?」
「……ふ、フオオオ!」
すると突如、少年が喉元を押さえて苦しみだした。
蝋燭の明かりに照らし出された少年の影が、見る見る大きくなっていく――。
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