勇者の名産地

ナガハシ

旅立ち

 そして翌朝。
 旅の支度を整えたカトリ達は、旅立ちの挨拶をするために、村長の家の前に来ていた。
 カトリは、採れたての勇者を満載した大きなリュックを背負い、鉄のスコップを剣のように腰にぶら下げている。スコップは武器にも農具にもなる便利な装備だ。彼の荷物はかなりの重量があるが、普段から体を鍛えているからどうということはない。例の擦り切れた神官教本も、読めない箇所を書き足して使えるようにしてあった。


「棍棒!」「グローブ!」「ひのき棒!」


 三姉妹はそれぞれの武器を掲げて気勢を上げた。
 白いウールのワンピースに、薄汚れたマント。
 皮の胸当てや、篭手、具足などを村人達から巻き上げて、それなりに良い装備になっている。
 貧弱なのは武器だけだが、彼女達なら自らの腕力で何とかするだろう。


「ではカトリよ、この勇者の種をお前に渡そう」


 と言って村長は、まるで世界の希望を託すかのように、勇者の種(小豆に良く似ている)の入った小袋をカトリに手渡してきて。


「気をつけるんだよカトリ。お父さんに会ったら、たまには戻ってくるよう言っておくれ」


 母が涙ぐみながら息子に別れを告げてくる。その母親の影で、妹のコノハがツーンとすました顔でそっぽを向いていた。


「これコノハ、お兄ちゃん行っちゃうよ? 何か言ってあげなさい?」
「……べっつにぃー」


 コノハはそう言って唇を尖らせた。
 だがカトリは、その妹の態度を見て顔をほころばせた。


「な、なによ! 気持ち悪いわね!」
「いや、なんでもないぞ、コノハ」


 もう二度と戻ってくるな、とでも言われるかと思って覚悟していたが、それほどでも無かったようだ。その事実を確認できただけでも、兄は十分に嬉しかった。


「別に心配なんかしてないんだからっ! さっさと仕事済ませて帰って来なさいよね!」
「ああ、頑張ってくるよ、コノハ。村のことは頼んだぞ」
「言われるまでもないわ! お姉ちゃん達も気をつけていってきてね!」


 どことなく顔を赤くしながら、コノハは三姉妹に向かって言った。


「おうよ! あたしらがばっちしカトリを守ってやるからな!」
「大船に乗せたつもりでいてくれよな!」
「どんな魔物が出てきてもひねり潰してやるさ!」


 と言って三人娘は、なにやら互いに顔を見合わせてニヤーと笑った。
 この妹、さっき『お姉ちゃん達"も"』って言った。


「ニヤニヤ」「ニヤニヤ」「ニヤニヤ」
「な、なによお姉ちゃん達まで! 本当に心配なんかしてないんだからー!」


 居心地が悪くなったらしい妹は、そのままどこかに走り去っていった。


「本当に」「コノハちゃんは」「かわいいなー」


 その後姿を見送りつつ、三姉妹はしばし気持ち悪い顔でにやけていた。
 俺の妹なんだから当たり前だろうとカトリは思った。


「では村長、まずはルジーナまで行って、様子を見てきます。コノハがまた魔王を食べたりしないよう、よくよう注意してやってください」
「うむ、任せておきなさい」
「じゃあ母さん、行ってくる」
「気をつけてね。ミーナちゃん、ミツカちゃん、ミッタちゃん。カトリをよろしくね」
「「「あいさいさー」」」


 一行は手を振りながらその場を後にした。峠を越える道に向かって、四人で並んで歩いていく。川のほとりの段々畑で作業をしていた村人達が、手を振って見送ってきた。トンガスの滝は、いつもと変わらずザーザーと音を立てて流れ落ち、午前の日差しを受けて小さな虹を作っていた。


 * * *


 歳の離れた妹とは、やはり可愛いものだ。
 峠道を行きながら、カトリはそんなことを考えていた。
 妹のコノハは12歳で、カトリとは5つ違いである。だから彼は、妹が生まれた日のことを今でも鮮明に覚えている。健気な産声をあげている生まれたばかりの妹を見た時、この命を守り抜くことが自分の使命なのだと、幼心にカトリは思ったものだ。
 家の中をハイハイする妹を見守り、手をとって立ち上がる手助けをし、自らその背に背負って外を散歩させたりもした。それはそれは仲の良い兄妹であると村中の評判だった。
 父が勇者を広める旅に出てからというもの、カトリの妹に対する情熱はさらに増して行った。畑に行く時も、川で洗濯をする時も、いつも二人は一緒だった。兄はかいがいしく妹の面倒を見て、妹はまるで恋人のように兄について回った。
 ただし、一つだけうまくいかないことがあった。妹はいくつになっても勇者を食べることが出来なかったのだ。乳離れと同時に勇者をかじり始めた兄とは大違いだった。カトリは妹の健康を思って、何度もコノハに勇者を食べさせようとした。自らの手で畑を耕し、妹のために珠玉の勇者を育てようと努力した。
 だが、それがかえって良くなかった。良い勇者ほど苦くて青臭いのである。そして妹は、ますます勇者嫌いになっていった。
 10を過ぎた頃、妹は自然と兄から距離を置くようになった。一緒に風呂に入ることもなくなり、着替えの時は部屋から出て行くよう、カトリに言ってくるようになった。
 さらには何か変な匂いがするという理由で、兄の部屋に近づくことすらなくなった。そしてやがて、歳の近い友達と一緒に、こっそりと甘いものを手に入れて食べるようになったのである。
 妹の健康を思う兄は不安で仕方がなかった。だがそれでも、甘いものを食べている時の妹の幸せそうな顔を見ると何も言えなくなってしまうのだった。
 カトリは今、その当時の己の甘さを悔いている。もっときちんと妹を見ていれば、嫌われることを覚悟でもっと厳しく言いつけていれば、妹は魔王に手をだすことはなかったかもしれないと。もしもの話をしても仕方が無いことはわかっている。しかし兄は、ついついそう考えずにはいられないのだった。


「はあ……」


 カトリがふとため息をつくと、彼の前を歩いていた三姉妹が振り向いてきた。


「なんだ、もうホームシックかー?」
「妹と離れ離れになるのがそんなに寂しいのか!」
「正直、気持ち悪いぞ!」
「べ、別にコノハのことなんて考えてないぞ……!? 今のため息はだな……先が思いやられる的なため息だ!」


 慌てて取り繕うカトリ。
 それを聞いて三姉妹は、その日焼けした顔にむっとした表情を浮かべた。


「なんだとぉ? あたしらが付いてるってのに!」
「一体何を心配する必要があるってんだ!」
「いざとなったら強盗でもなんでもやってやるぞ!」
「それが心配なんだってば!」


 少しでも気を緩めれば、このパーティーはただの盗賊団になってしまうかもしれない。
 カトリの頭痛は止むことがなかった。


「どこぞの塔を占拠して」
「近くの村からハンサムどもを誘拐して」
「ウハウハのハーレム生活を送ってやるぞ!」
「お前ら女じゃねえ! いや、人ですらねえ!」


 どこぞの塔ってどこの塔だ! カトリはつっこみが追いつかない。


「「「本気にするなって、冗談だよ」」」
「冗談に聞こえないから怖いんだよ! つうか、いちいちハモるな!」


 気が重いのは、背中の荷物が重いからではない。そう感じるカトリだった。









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