勇者の名産地
初戦
「んー、なんか退屈だなー」
ミーナはあくびをしつつ、背筋を伸ばした。
「ぼちぼち魔物でも出てこいってんだ」
皮のグローブでビュンビュンと空を切り裂くミツカ。
「あたしのヒノキ棒が火を噴きたがってるぜ」
と言って棒を振り回すミッタ。
「あー、一応確認しておくが……」
カトリは無駄だと知りつつも、魔物に出くわした時の戦略を確認する。
「ミーナとミツカが前にでて、俺とミッタが後ろからサポートするんだぞ?」
「おうよ!」「わかってるぜ!」「ぶーぶー」
魔法使いのミッタだけが不満そうな表情を浮かべていた。
いつも三人一緒に行動していた娘達だから、こうして役割を分けられてしまうことには不満を感じてしまうのだ。
「んで、金がたまったら、まずはミーナの盾を買うからな」
「「「ええー!」」」
今度は三人そろって不満を訴えてきた。
「「「剣だろ剣!」」」
「血の気が多すぎだろお前ら! 魔物退治の旅じゃないんだから、まずは防具を良くするのは常識だろ?」
戦士であるミーナは、戦闘で最前線に立つと同時に、逃走の際はしんがりを勤めなければならない。積極的に戦闘をするような旅ではないので、まずは戦士の守備力を強化するのが定石だ。
「攻撃は最大の防御と言うぞ!」
「いや、火力ならミッタの魔法を鍛えた方が早いし……」
「どうせあたしの装備は中盤までこのグローブなんだろう?」
「お金を節約するのが武道家の使命だからな……って、中盤ってなんだ……!?」
「魔法使いなんて柄じゃないぜー!」
「くじ引きでそう決まったんだから仕方ないだろ!?」
疲れる……。この三人の相手は本当に疲れる。
正直カトリは、このパーティーを制御する自信がまるでなかった。
――パラパラ……。
「むっ?」
その時だった。
岩山の上の方から小石が転がり落ちてきた。
「ほほう」「噂をすれば」「影ですな」
三姉妹の瞳がキラリと光る。
岩山を見上げると、その先に全身毛むくじゃらの巨大な猿がいた。
「げええ!? あれは!?」」
――ムキキー!
それは、大山猿と呼ばれ恐れられている魔物だった。農作物を狙って村を襲ってくる、農民達の天敵である。大山猿は、村中総出で駆除にあたらなければならない程の難敵だ。初戦の相手としては厳しすぎる。
「逃げるぞ、お前ら!」
カトリの判断は極めて常識的だった。今、あの大山猿の相手をする必要はまったくない。
しかしカトリの意に反して、娘どもは武器を構えて戦闘態勢をとった。
「「「ヒャッハー! 魔物だー!」」」
「お前らー!?」
そう叫ぶ三人の方が、よほど魔物じみているとカトリは思った。
岩山の上から大山猿が飛び降りてきた。近くで見ると驚くほど大きい。両足で立ち上がると、カトリの背よりも大きいのだ。引っ掻かれたり噛み付かれたりすれば、かなりの大怪我を負うことになるだろう。
――ムキキー!
大山猿は鋭い叫び声とともに、両手を振り上げて襲いかかってきた。
事前に決めておいた戦略は一切の意味をもっていなかった。
三姉妹はそれぞれの武器を手に、真っ向から大山猿に立ち向かっていったのだ。
「ミッタ! お前はせめて魔法で戦え!」
仕方なくカトリは、一人後ろで回復魔法の準備をした。
具体的には、ボロボロに擦り切れた神官教本を開いて意識を集中した。
「「「うおらああああ!!」」」
娘達と猿が激突する。乱れ舞う猿の体毛。ボカスカとえげつない音が響いてくる。
なんとミーナではなく、武道家のミツカが最前線に立っている。彼女は大体いつも真ん中に立っているから、必然的にそうなってしまうのだ。ミーナではなくミツカが戦士向きだったかと、カトリは今さらながらに後悔した。
ミツカは腰を低く落とし、上半身を8の字に回転させて大山猿の攻撃を掻い潜っていた。
「おおミツカ! それはデンプシなんとか!」
「回避タンクとは、やるじゃないか姉者!」
両脇からミーナとミッタが、棍棒とヒノキ棒で大山猿を殴る。
たまにヒノキ棒の先から炎が出る。一応魔法を使っているようだ。
「もう好きにやれよ!」
カトリは完全に匙を投げた。
* * *
倒した大山猿は、牙を引っこ抜いてから道の脇によけておく。
この牙を役所に持っていくと、お金に換えてもらえるのだ。
「「「やったぜー!」」」
大山猿なら30ヤンと言ったところである。
あちこち傷だらけになっている三姉妹に近づくと、カトリは範囲回復の魔法を唱えた。
「ナオナオ・ナオール!」
少し唱えるのが恥ずかしい呪文だった。カトリは顔を赤くしながら、両手を天に突き上げた。キラキラと輝く光のベールが、三姉妹を包み込んでいく。
「「「ふざけてんのか?」」」
「回復魔法だよ!」
確かに、傍から見ればふざけているようにも見えるが、カトリは至って本気だった。
回復魔法の呪文は、主に『前・古代ルジーナ精霊語』によって書かれている。
ちなみに単体回復魔法が「ナオナオ」だ。「傷よ癒えよ」という意味らしい。
「……ふうっ」
無駄に魔法力を使ってしまった。早いところホイホイ峠を下って、安全な場所を見つけて一休みしたいところだ。
娘達の傷も癒えたようなので、一行は再び歩き出す。大山猿の屍は、そのうち誰かが回収していくだろう。毛皮や爪などが、生活資材として利用されるのだ。
――そう言えば。
カトリはふと思い出す。昨夜、夢の中に出てきた女神様が言っていた。峠を下った場所に一人の男が暮らしていると。
――それはたぶん、タケシタさんのことだな……。
トンガス村の近くに住んでいる人なので、カトリはもちろん知っていた。そしてタケシタさんの所有する森の中に、小さな沼があることも知っている。
あの夢の中の女神様は、その沼のことを湖って言っていたのだろうか? どう贔屓目に見ても、湖って言うほど奇麗な場所じゃないのだけど。
「ふーむ……」
とりあえずカトリは、タケシタの家に寄ってみることにした。
ミーナはあくびをしつつ、背筋を伸ばした。
「ぼちぼち魔物でも出てこいってんだ」
皮のグローブでビュンビュンと空を切り裂くミツカ。
「あたしのヒノキ棒が火を噴きたがってるぜ」
と言って棒を振り回すミッタ。
「あー、一応確認しておくが……」
カトリは無駄だと知りつつも、魔物に出くわした時の戦略を確認する。
「ミーナとミツカが前にでて、俺とミッタが後ろからサポートするんだぞ?」
「おうよ!」「わかってるぜ!」「ぶーぶー」
魔法使いのミッタだけが不満そうな表情を浮かべていた。
いつも三人一緒に行動していた娘達だから、こうして役割を分けられてしまうことには不満を感じてしまうのだ。
「んで、金がたまったら、まずはミーナの盾を買うからな」
「「「ええー!」」」
今度は三人そろって不満を訴えてきた。
「「「剣だろ剣!」」」
「血の気が多すぎだろお前ら! 魔物退治の旅じゃないんだから、まずは防具を良くするのは常識だろ?」
戦士であるミーナは、戦闘で最前線に立つと同時に、逃走の際はしんがりを勤めなければならない。積極的に戦闘をするような旅ではないので、まずは戦士の守備力を強化するのが定石だ。
「攻撃は最大の防御と言うぞ!」
「いや、火力ならミッタの魔法を鍛えた方が早いし……」
「どうせあたしの装備は中盤までこのグローブなんだろう?」
「お金を節約するのが武道家の使命だからな……って、中盤ってなんだ……!?」
「魔法使いなんて柄じゃないぜー!」
「くじ引きでそう決まったんだから仕方ないだろ!?」
疲れる……。この三人の相手は本当に疲れる。
正直カトリは、このパーティーを制御する自信がまるでなかった。
――パラパラ……。
「むっ?」
その時だった。
岩山の上の方から小石が転がり落ちてきた。
「ほほう」「噂をすれば」「影ですな」
三姉妹の瞳がキラリと光る。
岩山を見上げると、その先に全身毛むくじゃらの巨大な猿がいた。
「げええ!? あれは!?」」
――ムキキー!
それは、大山猿と呼ばれ恐れられている魔物だった。農作物を狙って村を襲ってくる、農民達の天敵である。大山猿は、村中総出で駆除にあたらなければならない程の難敵だ。初戦の相手としては厳しすぎる。
「逃げるぞ、お前ら!」
カトリの判断は極めて常識的だった。今、あの大山猿の相手をする必要はまったくない。
しかしカトリの意に反して、娘どもは武器を構えて戦闘態勢をとった。
「「「ヒャッハー! 魔物だー!」」」
「お前らー!?」
そう叫ぶ三人の方が、よほど魔物じみているとカトリは思った。
岩山の上から大山猿が飛び降りてきた。近くで見ると驚くほど大きい。両足で立ち上がると、カトリの背よりも大きいのだ。引っ掻かれたり噛み付かれたりすれば、かなりの大怪我を負うことになるだろう。
――ムキキー!
大山猿は鋭い叫び声とともに、両手を振り上げて襲いかかってきた。
事前に決めておいた戦略は一切の意味をもっていなかった。
三姉妹はそれぞれの武器を手に、真っ向から大山猿に立ち向かっていったのだ。
「ミッタ! お前はせめて魔法で戦え!」
仕方なくカトリは、一人後ろで回復魔法の準備をした。
具体的には、ボロボロに擦り切れた神官教本を開いて意識を集中した。
「「「うおらああああ!!」」」
娘達と猿が激突する。乱れ舞う猿の体毛。ボカスカとえげつない音が響いてくる。
なんとミーナではなく、武道家のミツカが最前線に立っている。彼女は大体いつも真ん中に立っているから、必然的にそうなってしまうのだ。ミーナではなくミツカが戦士向きだったかと、カトリは今さらながらに後悔した。
ミツカは腰を低く落とし、上半身を8の字に回転させて大山猿の攻撃を掻い潜っていた。
「おおミツカ! それはデンプシなんとか!」
「回避タンクとは、やるじゃないか姉者!」
両脇からミーナとミッタが、棍棒とヒノキ棒で大山猿を殴る。
たまにヒノキ棒の先から炎が出る。一応魔法を使っているようだ。
「もう好きにやれよ!」
カトリは完全に匙を投げた。
* * *
倒した大山猿は、牙を引っこ抜いてから道の脇によけておく。
この牙を役所に持っていくと、お金に換えてもらえるのだ。
「「「やったぜー!」」」
大山猿なら30ヤンと言ったところである。
あちこち傷だらけになっている三姉妹に近づくと、カトリは範囲回復の魔法を唱えた。
「ナオナオ・ナオール!」
少し唱えるのが恥ずかしい呪文だった。カトリは顔を赤くしながら、両手を天に突き上げた。キラキラと輝く光のベールが、三姉妹を包み込んでいく。
「「「ふざけてんのか?」」」
「回復魔法だよ!」
確かに、傍から見ればふざけているようにも見えるが、カトリは至って本気だった。
回復魔法の呪文は、主に『前・古代ルジーナ精霊語』によって書かれている。
ちなみに単体回復魔法が「ナオナオ」だ。「傷よ癒えよ」という意味らしい。
「……ふうっ」
無駄に魔法力を使ってしまった。早いところホイホイ峠を下って、安全な場所を見つけて一休みしたいところだ。
娘達の傷も癒えたようなので、一行は再び歩き出す。大山猿の屍は、そのうち誰かが回収していくだろう。毛皮や爪などが、生活資材として利用されるのだ。
――そう言えば。
カトリはふと思い出す。昨夜、夢の中に出てきた女神様が言っていた。峠を下った場所に一人の男が暮らしていると。
――それはたぶん、タケシタさんのことだな……。
トンガス村の近くに住んでいる人なので、カトリはもちろん知っていた。そしてタケシタさんの所有する森の中に、小さな沼があることも知っている。
あの夢の中の女神様は、その沼のことを湖って言っていたのだろうか? どう贔屓目に見ても、湖って言うほど奇麗な場所じゃないのだけど。
「ふーむ……」
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