勇者の名産地

ナガハシ

勇者のふるさと

 この世界には三つの大陸が存在し、それぞれ、西大陸、北大陸、南大陸と呼ばれている。
 その西大陸の北西部に位置するのがノーカスラン王国。そしてアイオリ山脈を挟んだ南西側に位置するのがルジーナ王国である。
 農業と林業が盛んなノーカスランと、加工貿易で栄えているルジーナは、長きに渡り良好な関係を築いてきた。


 サウス・ノーカスランからアイオリ山脈を越えてルジーナへと到る道はホイホイ峠と呼ばれ、両国の国家事業として万全に整備されている。
 そのホイホイ峠の中ほどにある、こじんまりとした山村が、カトリの生まれ故郷のトンガス村だ。


「あー、疲れたー……」


 昨夜、あまり眠れなかったカトリは目の下にクマを作っていた。平地を歩くこと5アワワ、そして通称「馬殺し」と呼ばれる、曲がりくねった長い山道を登ること1アワワ、ようやくトンガス村が見えてきた。
 ザーザーと滝の流れる音が聞こえてくる。トンガスの滝として名高い、この村唯一の観光名所だ。高原の方から流れてくる清流であり、その下流は優れた勇者栽培の土地として、知る人ぞ知る場所になっている。


 どこからともなく漂ってくる水の気配を感じてか、三姉妹がスンスンと鼻を鳴らした。


「滝の近くって、独特の匂いがするよなー」
「この匂いを嗅ぐと帰ってきたって感じがするぜ」
「懐かしの我が家だー」


 魔物に出会うこともなく、ここまで順調に歩いてきた。流石の三人娘も旅疲れが出ているようだ。早くねぐらに帰って一休みしたい所だろう。
 トンガスの滝の裏には、馬車がすれ違えるほどの広さの道が通っている。
 その滝の裏にちょっとした洞窟があり、三姉妹はその洞窟に住み着いているのだった。


「じゃあ、俺はちょっと畑見てから帰るから」


 滝の裏で、カトリは三人と別れる。


「通行人から食料をせびったりするなよ?」
「「「あいさー」」」


 今ひとつ信用の置けない返事を聞き届けて、カトリは一人『勇者畑』に向かった。


 * * *


 川沿いのだんだん畑に、様々な農作物が植えられている。
 カトリは滝の下に広がる森に入っていった。そこにはカトリが自らの手で一から開墾した勇者畑がある。
 勇者は極めて滋養に富んだ青臭い野菜だが、その栽培は困難である。まず何より土を選ぶ。清んだ水と、清らかなる地の精霊の営みによって醸成された、穢れ無き土壌を必要とするのだ。
 勇者はその青臭さゆえに、子供が嫌う野菜の筆頭に上げられる。野菜嫌いの子供達に何とか食べさせようと付けられた名前が「勇者」だという説もある。カトリはその勇者を物心付く前から食べてきた。乳離れをした瞬間から勇者を齧っていたというのが、彼の母親の言うところだ。
 それほどまでに勇者に魅せられた人間は他には居ない。そんなこともあってか、カトリは17歳という若さで、既に勇者栽培の名人なのだった。


「よしよし、みんな元気そうだな」


 カトリは子供に話しかけるように言いながら、こじんまりとした畑の一角にしゃがみこんだ。そして勇者の蔓の下に手を入れて、土をすくって匂いを嗅いだ。ふんわりと、仄かにハーブのような香りがする。土が良い状態にある証だ。
 勇者は植えられた部分から親ヅルが伸び、そこからさらに小ヅルが伸びて、その小ヅルの葉と葉の間に実を生らし、一株あたり大体15個~30個ほど収穫できる。
 この畑に植えられている勇者は、全部で24株。トンガス村全体で、年間3000個ほどの勇者を生産している。
 勇者は行商人によって大陸各地に売られていくが、けして美味しいものではないので多くは売れない。その昔、凶悪な魔王が猛威を振るっていた頃は、解毒剤の代用として大陸各地で大量に生産されていた。しかし平和になって久しい今日、農作物としての勇者は、ここトンガス村でのみ、細々と生産されているのだった。


「おお、お前はちょうど食べごろだな。よしよし……」


 カトリは食べごろの実を収穫し、蔓の手入れをし、土に肥料を入れていく。
 高く売れるわけでもなく、好んで食べる者も少ない農作物だが、青年の勇者栽培にかける情熱は人一倍なのだった。









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