勇者の名産地

ナガハシ

装備を整えよう

 サウス・ノーカスランは一応中核都市なので、武器防具類もそこそこ揃う。
 武器屋のカウンターの奥に光る剣は、北大陸の鉱山都市ノイジールより産出される水晶鉄を使った、鏡のように美しいものだった。


「うヴぁー」「ヴォえー」「おヴぉー」


 娘どもは一様に、下品な感嘆の声を漏らした。
 価格は15万ヤンであり、当然買うことは出来ない。カウンター手前に並べられているお手頃のサーベルでも一振り300ヤン。カトリがもしものためにと預かってきた所持金が50ヤンなので、こちらも買うことは出来ない。


「おやじ! まけてくれ!」
「あたいらの美貌に免じて」
「50ヤンにまけてくれ!」


 店主は、若い娘三人に言い寄られてまんざらでもない様子だったが、流石に300を50にまけるのは無い。


「スコップなら50ヤンで売れるけど……」


 と言って、武器として売られている鉄のスコップを勧めてきた。


「「「ちぇー」」」


 すると娘どもはさっさと武器屋のオヤジに見切りをつけてしまった。
 カトリは「すんません……」と頭を下げながら武器屋を後にした。


 その武器屋の隣りにあるのが防具屋だった。もうすっかり日も暮れて、そろそろ店じまいのはずだが、三姉妹はかまわずズカズカと入り込んでいく。


「うおおっ、可愛い服が一杯あるぞ!」
「流石はノーカスラン!」
「トンガスとはわけが違うぜ!」


 三人は目の色を変えて、防具ではなく衣服を漁り始めた。トンガス村には防具屋も服屋もない。三人ともすでに剣のことは忘れていた。


「すみません……」
「ふぉふぉふぉ、賑やかな娘さん達ですなあ」


 とてもオットリとした店主に向かって、カトリはペコペコと頭を下げた。すっかり三姉妹の保護者だった。
 サウス・ノーカスランは牧羊が盛んな町なので、羊毛を使った洋服は安く大量に手に入る。それを買って満足してくれるならまあ良いかと考えつつ、カトリはリュックに入れて持ってきた勇者を店主に勧めた。


「よかったら、お一つどうぞ」
「おお、これはありがたい……むおっ、青臭!」


 勇者はウリ科の植物で、大人の腕の先ほどの大きさに育つ野菜である。むせ返るような青臭さが特徴で、剣の刀身のようなひし形をしており、切れ味するどい食感を持つ。
 お世辞にも美味とは言いがたいが、薬だと思えば何とかなる水準だ。そして実際、極めて体に良いのだった。


「景気はどうですか?」
「ぼちぼちですなあ」


 カトリが店主と世間話をしているうちに、三姉妹が似たような服を抱えてカウンターに駆け込んできた。鎧の下に着込むためのワンピースで、主に防寒着として利用されるものだ。それとついでに毛糸のパンツ。全て合計すると200ヤンを超えていた。


「オヤジ! まけてくれ!」
「あたしらの美貌に免じて」
「100ヤンにまけてくれ!」
「あと50ヤンどうするんだよ!?」
「「「出世払いだ!」」」
「随分けち臭い出世払いだな!」


 またもや無理な注文をしてくる娘どもにカトリは頭を抱える。だが防具屋の店主はとても機嫌が良いようだった。鼻の下が随分と伸びている。なんと、快く100ヤンで全て売ってくれた。


「「「愛してるぜオヤジー!」」」


 ミーナとミツカとミッタは、三人同時に店主に抱きついた。
 店主は天にも昇るような笑顔を浮かべていた。
 女というのは色々得だなとカトリは思うのだった。
 いつかきっと、残り50ヤンを払いに来よう。


 * * *


「棍棒!」「グローブ!」「ヒノキ棒!」


 町外れの空き地で、三姉妹は勇ましく己の武器を掲げていた。
 三人とも薄茶色に汚れた村人の服から、先ほど買った白ウールのワンピースに着替えていた。


「これで夜も寒くないな、お前ら」


 焚き火に木をくべながらカトリは皮肉っぽく言った。青年は、相変わらず赤茶けた村人服のままだった。


「いい買い物をしたぜ!」


 セミロングの髪をかき上げながらミーナが言う。


「流石はノーカスラン・ウール。肌触りが抜群だ!」


 服に頬擦りしながらミツカが言う。


「このヒノキ棒も、良く見りゃいい形してんじゃねーか」


 と陽気な様子でミッタが言う。


「満足そうで何よりだよ……はあ」


 三姉妹はひとしきり自分達の新装備を満喫すると、どこからか拾ってきた布切れでマントを作り始めた。


「そんなもん、どこから見つけて来たんだよ」
「馬小屋の裏の」「大きな箱の中に」「捨ててあったのだ」
「それはしまってあったんだと思うよ!?」


 つまり勝手に拝借してきたと言うことだ。


「返してこいよ!」
「大丈夫大丈夫」
「昔の勇者様は」
「よくやっていたことだ」


 と言って三人は、その布切れをハサミでチョキチョキと刻み始めた。


「それは勇者だから許されてたんだよ!?」


 魔王を倒すと言う名目で、勇者は村人達の所持品をある程度自由に強奪できた。
 そんな時代がかつてあった。しかしカトリ達は勇者ではない。


「カトリはその勇者を育てている農民なんだろう?」
「だったら勇者みたいなものじゃないか」
「だったら大丈夫だ問題ないっ!」
「いつの間にか責任転化されてるー!?」


 もう何を言っても無駄だとカトリは諦めた。人のものをちゃっかり拝借する三人の癖は、今に始まったことではない。
 青年は、焚き火の前で膝を抱えてうずくまった。


「せっかくの可愛い服が」
「マントもなしじゃ」
「汚れちゃうからねー」


 娘どもは鼻歌まじりで裁縫仕事を続ける。こういうところだけは女の子らしかった。
 そしてカトリは、冷たい地べたの上で眠れぬ一夜を過ごしたのだった。









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