アシアセラフィカ ―内なる獣―
言令(ベルビス)
《いったーい! もうマジ勘弁よ!》
どこからともなく、若い女の声が響いてきた。
《お肌が荒れちゃうじゃない!》
「ごめんね神駆! 後でちゃんと磨いたげるから!」
いま喋ったのは他でもない、アデハ達が乗り込んでいる浮遊戦車である。
神駆と呼ばれた彼女は、古より受け継がれし修繕不要の知性機械だ。その知性がどこから来ているのか、なぜ自然治癒力をもつのか、そもそも動力機関は何なのか、その一切がわかっていない。
まさにこの時代の人々にとっては『神器』としか言いようない存在だ。
《さっさと一発ブチ込んで終わらせちゃいなさいよ! こんなところでケダモノの餌食になるなんて、わたし絶対に嫌なんだからね!》
チカチカとした光を、機体のあちこちに走らせながら、戦車はアデハに訴えてきた。
アウラ砲は、指示があればいつでも発射できる状態にある。だが装填されている弾丸は、職人に半年がかりでこしらえさせた特別品で、その弾数は現在たった六発しかない。おいそれと無駄弾を使う訳にはいかなかった。
「ちょっと待って、いま足を止めてみるから!」
と言ってアデハは神駆の上に立ち、腕輪をはめた右腕を巨獣に向かって突き出す。そして――詠唱。
「フィオー・アドミニストラートル・エゴ・トゥイ……」
その呪文のような言葉に反応して、腕輪から一筋の光線が飛び出した。
獣は着地の衝撃から立ち直り、追走の構えを見せているところだった。
アデハはさらに続ける。
「ディディーカ! デクステラ・マヌス!」
いつの時代のものかもわからぬ古代言語。
それに反応して、腕輪から伸びていた光線が、獣の左前足に吸い寄せられていった。
獣はその光線を目にも止めずに、再び凄まじい勢いで突進を始めるが。
「サブシステ!」
その詠唱と同時に、獣は右前足を硬直させた。
突然の出来事に虚を突かれた獣は、そのまま大きく姿勢を崩す。
そして金属質の輝きを放つたてがみを揺さぶりながら、なだれるように倒れていった。
再び盛大な土砂が舞いあがる。
「よし! 効いたわ!」
それは『言令』と呼ばれる技だった。古の言語を適切な順序で言い放つことにより、機化生命体の神経系に干渉する。
アデハが身に着けている白い腕輪は、その言令をより効果的に使用するための、ある種の補助器具なのだ。
《出来るならさっさよやりなさいよ!》
「分析に手こずってたの!」
一人と一機が言い争っているうちにも、砂煙はどんどん離れていく。
この分だと神駆の主砲を使わなくても良いかもしれない。
そう一同は、胸を撫で下ろそうとしたのだが。
「残念ながら、まだのようです」
従者グライトは冷静にそう告げると、再び操縦桿を押し込んで機体を加速させた。その直後、砂煙の根元から、黒くて長い影が飛び出してきた。
「えええ!」
《蛇!?》
同時に上がる二つの叫び。
その影は石獣の尾としてついていた、四匹の大蛇だった。本体から切り離され、それぞれが独立した動きで迫ってきたのだ。
一匹一匹の頭が、ヒトの全身を一口で飲み込めてしまう程の大きさがある。そしてその動きは本体の石獣に勝るとも劣らない程に速い。
地表に散らばる瓦礫を打ち砕きながら、その身を激しく波打たせて、飛び跳ねるようにして進んでくる。
「アデハ様、伏せていてください」
グライトはそう言うと、座席の下から大口径の猟銃を取り出した。
「神駆、回避行動たのむ」
《言われなくても避けるわよ、あんな気持ち悪いの!》
グライトは機体に腰を押し付けるようにして身を固定すると、その隆起した肩口にがっちりと猟銃を構えた。
そして後方に向かって狙撃を始めた。
一発撃つごとに大砲のような音が周囲に轟く。並みの人間であればその反動だけで吹き飛ばされてしまうだろう。途轍もない火力の弾丸が、次々と大蛇の頭部に打ち込まれ、辺り一面が蛇の体液で真っ黒になる。
あっと言う間に全弾打ち尽くす。蛇は何度か身を痙攣させた後、ぴたりとも動かなくなった。すかさずグライトは身を伏せて、弾丸の再装填を始める。神駆はS字状に飛行して、可能な限りの回避行動を続ける。だが、ついに蛇の一匹が回転翼に食いついてきた。
《わたしを食べても美味しくないってばあ!》
飛行速度が一気に落ちる。なにしろ機体重量を遥かに上回るものに食いつかれたのだ。それでもまだ飛び続けていられるのは、単に惰性が働いているからにすぎない。早く次の手を打たなければならない。
神駆に食いついている大蛇は、強靭なレアニムの回転翼に巻き込まれて、その口をぼろぼろにしていくが、それでも神駆を離そうとしない。
やむなくアデハは石獣本体への言令を解除して、現在食いついている大蛇の中枢機能へとその支配権を移した。そして言令。
「リラクサー!」
大蛇の頭がぶるりと震え、その全身から一切の力が抜け落ちた。
神駆はすぐに回転翼を振りまわして蛇をふるい落とす。しかしまだ残りの二匹が追撃してきている。そして先ほど支配権を放棄した石獣本体が、その本来の動きを取り戻しつつあった。
「まずいですね」
グライトは言いつつ、再装填を終えた銃を構えた。隣でアデハが叫ぶ。
「神駆! 自分の判断で砲弾を使ってかまわないわ! 何としても迎撃して!」
《もう! 止まっているうちにブチかましちゃえば良かったのにぃ!》
叫びつつ神駆は、再び背後に噴煙をあげて迫ってきた石獣本体に、その砲身を向けた。
その時、蛇の一匹が砲の照準範囲を外れた角度から突っ込んできた。
「炸薬を使います」
グライトが叫ぶ。アデハはすかさず外套で頭を覆う。
グライトは蛇が食い掛ってきた所を見計らって、その口の中に手榴弾を放りこんだ。
爆発――大蛇の顎が吹き飛ぶ。
しかしそれでも蛇は一向に怯むことがない。抉り取られた傷跡の、どす黒い血肉をさらしながら、さらなる追撃をしかけてくる。
今度は、機体の下部装甲に別の一匹が食いついてきた。その重みで機体が大きく傾ぐ。それにより、主砲の狙いがつけられなくなった。
グライトはその蛇を銃で迎撃しようとするが間に合わない。上顎を吹き飛ばされた方の蛇が追いついてきたのだ。蛇は真っ黒な体液を振りまきながら、アデハめがけて飛び込んでくる。言令――
「サブシステ!」
大蛇の体がビクリと震えて硬直した。だがその勢いまでは殺せず、蛇はそのままの勢いで神駆の上に飛び込んできた。
グライトは銃を放り出すと、その大蛇に素手で掴みかかった。
「おおおおおおおお!」
気合一哮。グライトの上衣が引き裂かれ、その中から黒鋼のごとき筋肉が飛び出した。彼は上半身の大部分が『石化』している。そしてそこにアウラを込めることで、人並み外れた力を発揮することが出来るのだ。
彼は両腕にあまるほどの大蛇をがっしりと抱えこむと、その常人ならざる膂力でもって捻り上げた。
そのまま神駆の主砲の先に、蛇の頭部を押し付ける。
「いまだ!」
グライトがそう指示を出した瞬間、神駆の砲身に稲妻が走った。
蛇の頭が黒い血飛沫を撒き散らして爆散する。光のような砲弾の一線が、空の彼方へと吸い込まれていく。完全に活動を停止させた蛇を、グライトは渾身の力で投げ捨てた。
しかしなおも大蛇の一匹が機体下部に食いついている。神駆の飛行は、そのために殆ど止まってしまっていた。
さらに蛇は、とぐろを巻くようにして神駆に絡み付いてきた。そして右後方からは、先ほどいったんは振りほどいたはずの一匹が。そしてさらにその後方からは、あの獅子のたてがみをなびかせた巨体が、猛烈な勢いで迫りつつあった。
下の一匹に足を止められた状態での、二体による同時襲撃。
まさに絶対絶命の危機。だがそれでもアデハは神駆の上に立って、その状況に対応する姿勢を見せていた。
より輝きを増したその瞳の奥で、この危機的状況を切り抜けるための戦術が、着々と組み上げられていく。
この状況を打破するためには、神駆の主砲をもって石獣本体の急所を確実に打ち抜かなければならない。まず、下の蛇を処理して浮遊戦車の動きを自由にする必要がある。さらに後方に迫る蛇の攻撃にも対応しなければならない。
迅速な処理が求められる状況ではあるが、使える手札はごく僅か。そんな中で、アデハが下した決断は。
「あのデカイの後回し!」
背後に迫る、あの山のような石獣を一番最後に処理するというものだった。
それはつまり、石獣本体の攻撃を受けるより先に、二匹のヘビを倒せと言うことだ。
「むむ……」
《マジで!》
流石のグライトも顔を強張らせた。
神駆は表情こそないものの、機体の動きを硬直させた。だが両者とも、アデハがそう判断したのなら従うまでと腹をくくり、即座に行動を始める。
「下は神駆! 一匹はグライト!」
アデハは矢継ぎ早に指示を出すと、背後に迫る二体の石獣に目を向けた。
そして腕輪をかざして言令を唱える。それと同時にトラの頭が雄叫びを上げた。骨身を貫き、魂までも打ち砕かんばかりの咆哮が、天地の狭間を激しく揺るがす。
アデハの膝が微かに震えた。失敗すれば全滅は免れない。今まさに、一行の運命は彼女の双肩に預けられていた。
《離れなさい!》
神駆は回転翼を逆転させて、馬蹄状の覆いを全て開放した。そして食いついてきている蛇に押し当てた。
飛行のための推進装置が、敵を引き裂くための凶器へと変貌する。ゴリゴリと嫌な音をたてながら、蛇の骨肉がそぎ落とされていく。
続いて右後方から、最後の蛇が飛び込んできた。
アデハをかばう様にして、グライトがその身を乗り出す。
「……こい!」
大蛇が猛烈な勢いで突っ込んできた。そしてそのままグライトの体を咥えこみ、機体の上からさらって行く。
巨大の牙が、グライトの鋼の皮膚をも食い破る。黒い肌が鮮血の赤に染まっていく。さらに大蛇はぐるぐるととぐろを巻いて、彼の体を締め上げていく。
アデハはその蛇に向けて言令を放った。
「リラクサー!」
直ちに無力化する蛇の体。グライトはその口腔から脱け出すと、腰に留めてあった手榴弾を放り込んだ。
そして素早く転進して離脱――爆発。
しかしまだ致命傷には至っていない。蛇は激しく身を痙攣させて、思うように動かなくなった体を何とかしようともがき狂う。
まだ言令を解くことは出来ない。そうしているうちに石獣の本体が、とうとうアデハ達の姿を、その射程に捉えた。
夥しい風圧が押し寄せる。
あたり一面に砂嵐が荒れ狂う。
どこからともなく、若い女の声が響いてきた。
《お肌が荒れちゃうじゃない!》
「ごめんね神駆! 後でちゃんと磨いたげるから!」
いま喋ったのは他でもない、アデハ達が乗り込んでいる浮遊戦車である。
神駆と呼ばれた彼女は、古より受け継がれし修繕不要の知性機械だ。その知性がどこから来ているのか、なぜ自然治癒力をもつのか、そもそも動力機関は何なのか、その一切がわかっていない。
まさにこの時代の人々にとっては『神器』としか言いようない存在だ。
《さっさと一発ブチ込んで終わらせちゃいなさいよ! こんなところでケダモノの餌食になるなんて、わたし絶対に嫌なんだからね!》
チカチカとした光を、機体のあちこちに走らせながら、戦車はアデハに訴えてきた。
アウラ砲は、指示があればいつでも発射できる状態にある。だが装填されている弾丸は、職人に半年がかりでこしらえさせた特別品で、その弾数は現在たった六発しかない。おいそれと無駄弾を使う訳にはいかなかった。
「ちょっと待って、いま足を止めてみるから!」
と言ってアデハは神駆の上に立ち、腕輪をはめた右腕を巨獣に向かって突き出す。そして――詠唱。
「フィオー・アドミニストラートル・エゴ・トゥイ……」
その呪文のような言葉に反応して、腕輪から一筋の光線が飛び出した。
獣は着地の衝撃から立ち直り、追走の構えを見せているところだった。
アデハはさらに続ける。
「ディディーカ! デクステラ・マヌス!」
いつの時代のものかもわからぬ古代言語。
それに反応して、腕輪から伸びていた光線が、獣の左前足に吸い寄せられていった。
獣はその光線を目にも止めずに、再び凄まじい勢いで突進を始めるが。
「サブシステ!」
その詠唱と同時に、獣は右前足を硬直させた。
突然の出来事に虚を突かれた獣は、そのまま大きく姿勢を崩す。
そして金属質の輝きを放つたてがみを揺さぶりながら、なだれるように倒れていった。
再び盛大な土砂が舞いあがる。
「よし! 効いたわ!」
それは『言令』と呼ばれる技だった。古の言語を適切な順序で言い放つことにより、機化生命体の神経系に干渉する。
アデハが身に着けている白い腕輪は、その言令をより効果的に使用するための、ある種の補助器具なのだ。
《出来るならさっさよやりなさいよ!》
「分析に手こずってたの!」
一人と一機が言い争っているうちにも、砂煙はどんどん離れていく。
この分だと神駆の主砲を使わなくても良いかもしれない。
そう一同は、胸を撫で下ろそうとしたのだが。
「残念ながら、まだのようです」
従者グライトは冷静にそう告げると、再び操縦桿を押し込んで機体を加速させた。その直後、砂煙の根元から、黒くて長い影が飛び出してきた。
「えええ!」
《蛇!?》
同時に上がる二つの叫び。
その影は石獣の尾としてついていた、四匹の大蛇だった。本体から切り離され、それぞれが独立した動きで迫ってきたのだ。
一匹一匹の頭が、ヒトの全身を一口で飲み込めてしまう程の大きさがある。そしてその動きは本体の石獣に勝るとも劣らない程に速い。
地表に散らばる瓦礫を打ち砕きながら、その身を激しく波打たせて、飛び跳ねるようにして進んでくる。
「アデハ様、伏せていてください」
グライトはそう言うと、座席の下から大口径の猟銃を取り出した。
「神駆、回避行動たのむ」
《言われなくても避けるわよ、あんな気持ち悪いの!》
グライトは機体に腰を押し付けるようにして身を固定すると、その隆起した肩口にがっちりと猟銃を構えた。
そして後方に向かって狙撃を始めた。
一発撃つごとに大砲のような音が周囲に轟く。並みの人間であればその反動だけで吹き飛ばされてしまうだろう。途轍もない火力の弾丸が、次々と大蛇の頭部に打ち込まれ、辺り一面が蛇の体液で真っ黒になる。
あっと言う間に全弾打ち尽くす。蛇は何度か身を痙攣させた後、ぴたりとも動かなくなった。すかさずグライトは身を伏せて、弾丸の再装填を始める。神駆はS字状に飛行して、可能な限りの回避行動を続ける。だが、ついに蛇の一匹が回転翼に食いついてきた。
《わたしを食べても美味しくないってばあ!》
飛行速度が一気に落ちる。なにしろ機体重量を遥かに上回るものに食いつかれたのだ。それでもまだ飛び続けていられるのは、単に惰性が働いているからにすぎない。早く次の手を打たなければならない。
神駆に食いついている大蛇は、強靭なレアニムの回転翼に巻き込まれて、その口をぼろぼろにしていくが、それでも神駆を離そうとしない。
やむなくアデハは石獣本体への言令を解除して、現在食いついている大蛇の中枢機能へとその支配権を移した。そして言令。
「リラクサー!」
大蛇の頭がぶるりと震え、その全身から一切の力が抜け落ちた。
神駆はすぐに回転翼を振りまわして蛇をふるい落とす。しかしまだ残りの二匹が追撃してきている。そして先ほど支配権を放棄した石獣本体が、その本来の動きを取り戻しつつあった。
「まずいですね」
グライトは言いつつ、再装填を終えた銃を構えた。隣でアデハが叫ぶ。
「神駆! 自分の判断で砲弾を使ってかまわないわ! 何としても迎撃して!」
《もう! 止まっているうちにブチかましちゃえば良かったのにぃ!》
叫びつつ神駆は、再び背後に噴煙をあげて迫ってきた石獣本体に、その砲身を向けた。
その時、蛇の一匹が砲の照準範囲を外れた角度から突っ込んできた。
「炸薬を使います」
グライトが叫ぶ。アデハはすかさず外套で頭を覆う。
グライトは蛇が食い掛ってきた所を見計らって、その口の中に手榴弾を放りこんだ。
爆発――大蛇の顎が吹き飛ぶ。
しかしそれでも蛇は一向に怯むことがない。抉り取られた傷跡の、どす黒い血肉をさらしながら、さらなる追撃をしかけてくる。
今度は、機体の下部装甲に別の一匹が食いついてきた。その重みで機体が大きく傾ぐ。それにより、主砲の狙いがつけられなくなった。
グライトはその蛇を銃で迎撃しようとするが間に合わない。上顎を吹き飛ばされた方の蛇が追いついてきたのだ。蛇は真っ黒な体液を振りまきながら、アデハめがけて飛び込んでくる。言令――
「サブシステ!」
大蛇の体がビクリと震えて硬直した。だがその勢いまでは殺せず、蛇はそのままの勢いで神駆の上に飛び込んできた。
グライトは銃を放り出すと、その大蛇に素手で掴みかかった。
「おおおおおおおお!」
気合一哮。グライトの上衣が引き裂かれ、その中から黒鋼のごとき筋肉が飛び出した。彼は上半身の大部分が『石化』している。そしてそこにアウラを込めることで、人並み外れた力を発揮することが出来るのだ。
彼は両腕にあまるほどの大蛇をがっしりと抱えこむと、その常人ならざる膂力でもって捻り上げた。
そのまま神駆の主砲の先に、蛇の頭部を押し付ける。
「いまだ!」
グライトがそう指示を出した瞬間、神駆の砲身に稲妻が走った。
蛇の頭が黒い血飛沫を撒き散らして爆散する。光のような砲弾の一線が、空の彼方へと吸い込まれていく。完全に活動を停止させた蛇を、グライトは渾身の力で投げ捨てた。
しかしなおも大蛇の一匹が機体下部に食いついている。神駆の飛行は、そのために殆ど止まってしまっていた。
さらに蛇は、とぐろを巻くようにして神駆に絡み付いてきた。そして右後方からは、先ほどいったんは振りほどいたはずの一匹が。そしてさらにその後方からは、あの獅子のたてがみをなびかせた巨体が、猛烈な勢いで迫りつつあった。
下の一匹に足を止められた状態での、二体による同時襲撃。
まさに絶対絶命の危機。だがそれでもアデハは神駆の上に立って、その状況に対応する姿勢を見せていた。
より輝きを増したその瞳の奥で、この危機的状況を切り抜けるための戦術が、着々と組み上げられていく。
この状況を打破するためには、神駆の主砲をもって石獣本体の急所を確実に打ち抜かなければならない。まず、下の蛇を処理して浮遊戦車の動きを自由にする必要がある。さらに後方に迫る蛇の攻撃にも対応しなければならない。
迅速な処理が求められる状況ではあるが、使える手札はごく僅か。そんな中で、アデハが下した決断は。
「あのデカイの後回し!」
背後に迫る、あの山のような石獣を一番最後に処理するというものだった。
それはつまり、石獣本体の攻撃を受けるより先に、二匹のヘビを倒せと言うことだ。
「むむ……」
《マジで!》
流石のグライトも顔を強張らせた。
神駆は表情こそないものの、機体の動きを硬直させた。だが両者とも、アデハがそう判断したのなら従うまでと腹をくくり、即座に行動を始める。
「下は神駆! 一匹はグライト!」
アデハは矢継ぎ早に指示を出すと、背後に迫る二体の石獣に目を向けた。
そして腕輪をかざして言令を唱える。それと同時にトラの頭が雄叫びを上げた。骨身を貫き、魂までも打ち砕かんばかりの咆哮が、天地の狭間を激しく揺るがす。
アデハの膝が微かに震えた。失敗すれば全滅は免れない。今まさに、一行の運命は彼女の双肩に預けられていた。
《離れなさい!》
神駆は回転翼を逆転させて、馬蹄状の覆いを全て開放した。そして食いついてきている蛇に押し当てた。
飛行のための推進装置が、敵を引き裂くための凶器へと変貌する。ゴリゴリと嫌な音をたてながら、蛇の骨肉がそぎ落とされていく。
続いて右後方から、最後の蛇が飛び込んできた。
アデハをかばう様にして、グライトがその身を乗り出す。
「……こい!」
大蛇が猛烈な勢いで突っ込んできた。そしてそのままグライトの体を咥えこみ、機体の上からさらって行く。
巨大の牙が、グライトの鋼の皮膚をも食い破る。黒い肌が鮮血の赤に染まっていく。さらに大蛇はぐるぐるととぐろを巻いて、彼の体を締め上げていく。
アデハはその蛇に向けて言令を放った。
「リラクサー!」
直ちに無力化する蛇の体。グライトはその口腔から脱け出すと、腰に留めてあった手榴弾を放り込んだ。
そして素早く転進して離脱――爆発。
しかしまだ致命傷には至っていない。蛇は激しく身を痙攣させて、思うように動かなくなった体を何とかしようともがき狂う。
まだ言令を解くことは出来ない。そうしているうちに石獣の本体が、とうとうアデハ達の姿を、その射程に捉えた。
夥しい風圧が押し寄せる。
あたり一面に砂嵐が荒れ狂う。
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