永久なるサヴァナ
戦慄の瞬間(とき)
これは後々のVTR解析によって判明した、獅子とオオカミの決戦、その一部始終である。
圧倒的な戦力差のある相手に対し、ロンは唯一勝っていると思われる『獣化速度』を生かして攻め込んだ。
ジョーが前足による初撃を繰り出すと同時に、一度人間形態へと移行、的を高くしてそこを狙わせ、インパクトの瞬間に再びオオカミ形態に変化した。
そして前足と地面の間にできたわずか20cmの隙間を潜り抜けて、獅子の腹の下に飛び込む。この間、わずか0.4秒。
ジョーは、視界から消えたロンの動きを気配だけで察知し、軽く飛び跳ね、後ろ足と尻尾による迎撃を開始する。
ロンはジョーの下腹部に届くほどに飛び上がり、その後ろ足の攻撃を回避。それと同時に獣人形態に移行、獅子の腹の毛を掴んで軌道を変え、巨大な鞭のように迫ってきた尻尾を、さらにオオカミ形態に変化することで回避した。
この間0.6秒。
完全に後方に回ったロンは、オオカミ形態のままジョーの後ろ足に飛び乗り、そこから一気に尻の部分まで駆け上がる。
するとジョーは驚異的な機動力で、一瞬にしてロンの方を振り向いてきた。
その動きは、傍目からは蜃気楼のようなものが突然爆発したようにしか見えなかった。ジョーはその旋回力でもって、背中をよじ登ろうとしてくるロンを振り払おうとしたのだ。
だが、その時すでにロンは獣人形態に移行し、鋭い爪が生えた指先でしっかりと獅子の体毛を掴んでいた。そのままぐるりと一回転したところでロンは掴んでいた体毛を離して宙に踊る。
振り向きざまに放たれたジョーの前足を、またもや獣化によって回避。
しかも回避するだけでなく足で蹴り、その内側に巻き込む力を利用してジョーの顔面に向かって飛んだ。
獣闘評論家の説明によれば、この獣化速度と獣化解除速度は脅威と言う他にないという。
人から獣に移行することは比較的容易く、瞬時に行える者は僅かにいるが、その逆、獣化解除に至っては滅多にあるものではない。
ロンという獣闘士の頭の中には、灼熱の炎と絶対零度の鉄が同居している。
多くの専門家達が口々にそう評した。
ロンは完全に獅子の顔面を射程に捉えていた。そして最後は獣人形態。五指に生えた鋭い爪を、すべてジョーの右眼に向けて突き出した。
その瞬間のロンは、石のように無表情だった。
彼の二つの瞳はどこも見てはいなかった。
肉体と精神、そのすべてを宇宙の理と一体化させた、まさしく“龍”の如き姿がそこにはあった。
勝負は間違いなく決していたであろう。相手があのジョー以外の者であれば。
全存在を賭けた一撃が虚しく空を切ったとき、ロンの心中にどのような感情が巻き起こったのかは定かではない。
背と腹に無数の見えない打撃を受けた後に突き落とされ、その両足を地に置いた時、彼は一瞬だけ右の目蓋を引きつらせた。
そして振り向いた時ににはすでに、目の前に獅子の巨大な前足が迫っていた。
決定的瞬間にジョーは獣化を解除した。
ロンの持つそれに匹敵するほどの早さで。
そして考える暇も与えぬ速度で再獣化、止めの一撃を放ってきたのである。
試合後も寡黙にして、悉くインタビューを避け続けたオオカミは、ただの一度だけこの瞬間の心境を語っている。
ライオン野郎の肉球が見えた。意外とぷにぷに、柔らかそうだった――。
と。
* * *
カプラは見ていられなかった。
およそ人間の体が耐えられるとは思えない衝撃音。それと同時に顔を手で覆った。その眼から流れているのはまぎれもない、本物の涙であった。
ジョーに本心を見抜かれていることは知っていた。
それを公然のものにされたことにも、とりわけの感慨はなかった。
ただ、それをロンと戦う理由とされたことに、かつて経験したこともないほどの心痛を感じたのだ。
自分は関わった男を全て破滅させてしまう。ずっと世界を憎み続け、生きることそのものが復讐だった自分は、そんなどうしようもない性質を得るに至ってしまった。
そして、生まれて初めて心の底から愛することの出来た相手を、今またその魔性のために破滅させてしまうのだと。
最後の最後でカプラは己自身を呪った。そして早く戦いが終わって欲しいと切に願った。
ロンに無事でいて欲しかった。自分とはまったく無縁の世界で、彼らしく生き続けて欲しかった。
「ロン…………」
カプラは祈る思いで顔を上げる。瞳に飛び込んでくるまばゆい光。
フィールドを囲む壁の一角が砕け散り、その瓦礫の下に横たわるなにが、その双眸に映り込んでくる。
* * *
「にゃあああ……」
「ロンー!」
一階席、マスターとミーヤが愕然とした表情でフィールド上の惨状を目にしている。
完璧に崩れ落ちた壁。その瓦礫に埋まっているオオカミ面。
獅子の攻撃をまともに食らったロンは、砲弾のように壁に激突。凄まじい衝突音とともにその壁に埋まった。
――おい! あれを見ろ!
どよめき立つ場内、観衆が次々と指差した先には、人間の形態に戻ったジョーの姿。その表情には若干の苦悶が見られる。
ロンを攻撃するのに使った左手を庇うように押さえ、険しい眼で壁に突き刺さったロンを睨んでいる。
傷めた手をゆすってみる。
どうやら手首から先を動かせないようだ。
「破壊技(sunder)だ……」
マスターが呟く。
「サンダー?」
「うん、ロンの親父さん、レオナルドの得意技……だった」
明らかな過去形。
「相手の攻撃に肘を合わせるだけなんだけど、決まると凄く痛いし、下手すると後遺症になったりする。レオナルドはあの技で一時期名を上げたんだけど……」
再度、屍のようになったロンの姿を見て固唾を飲む。
「すぐに対策されちゃって……。そう難しいことじゃないんだ。ただ、少しだけ慎重に攻撃をしかければ、それで……」
ミーヤが見た先、ジョーはロンに向かって足を踏み出しつつ、傷めた左手を早くも握ったり開いたりしていた。
「そして獅子長さんは、あれでも全力じゃなかったんだ」
「……そ、そんにゃあ」
ミーヤの猫面の奥が、うるうると潤んでいく。
* * *
「まったく、とんだ隠し球だな」
ジョーがロンのすぐ側まで来る。
まだ痺れの残る左手を振りながらしゃがみこみ、ぐったりと横たわるロンの足を引っ張ってその反応を確かめる。
かすかにピクリと動くロンの足。
「……死んではいないな?」
当然だろうという様子で、獅子は微笑を浮かべた。
きちんと力の加減をしていたのだ。
しかしその手加減がなければ、この手首のダメージはより深刻になっていたかもしれない。そう思うと、少しだけ肝が冷えたが。
あのタイミングで、ロンはさらに一歩踏み込んで、ジョーの手首を破壊しにきた。考えてやったこととは思えない。
恐らくはその体か、もしくは獣面の奥にでも染み付いていた技なのだろう。
サヴァナは狭いようで広い。開闢以来数十万年という時の重みを、ジョーは改めて感じた。
今度こそ本当に祭りの終わりだ。
あとはカプセルの中で己の全てをまっさらにして泣いている山羊を、キングタワーに連れ帰って抱くだけだ。
そう思いつつ、ジョーは踵を返してその場から立ち去ろうとする。
――パラッ……。
だがその時、瓦礫が崩れる音がした。背後に動く気配がある。
振り返るとそこには、オオカミ面の奥に、生きた光を宿したロンの姿があった。
* * *
「立たないでロン!」
カプラの声が聞こえた。
んなこたわかってるよ。ロンは胸の内で毒づく。
体中がバラバラに分解されたみたいに痛い。
獅子の攻撃に合わせた右腕の骨は、冗談抜きに砕け散っていて、熱くぼやけたような感覚があるだけだ。
それでも心臓はまだ動いている。肺は空気を取り込んでくれている。
俺の獣面はまだ死んでない――。
「やめたまえ、ロン」
ジョーが静かに告げてくる。
「もうボロボロではないか」
「ああ、ボロボロだよ……強すぎるぜあんた……」
左手で瓦礫をどかす。妙な感覚のする腹に力を入れて、鉛と化した上体を起こす。左手を地に付き、膝を立て、立ち上がりきれずに横に倒れる。
「お願い! もうやめて!」
会場中が静まり返るなか、カプラの高い声だけが響いてくる。
だが、少し黙っててくれよとロンは思う。
これは男と男の戦いだ。そして絶対に負けてはならない戦いなのだ。
「これ以上、どう戦うというのだ。風が吹いただけで倒れそうではないか」
「……あるんだな、これが」
全身をぷるぷると震わせながら、それでもロンは立ち上がった。
砕けた右腕をダラリと下げて、吐いた血で汚れた獣面の奥に、獣の眼光を滾らせる。
「最後の切り札だ……。本気でかかってこいよ……じゃなきゃ」
よろり、一歩踏み出す。生きている左手を上段に構える。
「あんた……本当に死ぬぜ?」
どんなブラフだ――?
獅子でなくともそう思うだろう。どこからどうみても瀕死の重傷人だ。
その体のどこをとっても、ネズミを屠るほどの力も残されていない。
「この期に及んで悪あがきかね?」
「いいや……違うね……これから本番だ。正真正銘の……一撃必殺……秘奥義だ」
言いながらゼエゼエとむせる。喉に血が詰まっているのだ。
このままだと、そう遠くないうちに気絶して倒れる。
その時――。
「む……?」
獅子の背筋に、ザワザワと鳥肌が走りだしたのだ。
圧倒的な戦力差のある相手に対し、ロンは唯一勝っていると思われる『獣化速度』を生かして攻め込んだ。
ジョーが前足による初撃を繰り出すと同時に、一度人間形態へと移行、的を高くしてそこを狙わせ、インパクトの瞬間に再びオオカミ形態に変化した。
そして前足と地面の間にできたわずか20cmの隙間を潜り抜けて、獅子の腹の下に飛び込む。この間、わずか0.4秒。
ジョーは、視界から消えたロンの動きを気配だけで察知し、軽く飛び跳ね、後ろ足と尻尾による迎撃を開始する。
ロンはジョーの下腹部に届くほどに飛び上がり、その後ろ足の攻撃を回避。それと同時に獣人形態に移行、獅子の腹の毛を掴んで軌道を変え、巨大な鞭のように迫ってきた尻尾を、さらにオオカミ形態に変化することで回避した。
この間0.6秒。
完全に後方に回ったロンは、オオカミ形態のままジョーの後ろ足に飛び乗り、そこから一気に尻の部分まで駆け上がる。
するとジョーは驚異的な機動力で、一瞬にしてロンの方を振り向いてきた。
その動きは、傍目からは蜃気楼のようなものが突然爆発したようにしか見えなかった。ジョーはその旋回力でもって、背中をよじ登ろうとしてくるロンを振り払おうとしたのだ。
だが、その時すでにロンは獣人形態に移行し、鋭い爪が生えた指先でしっかりと獅子の体毛を掴んでいた。そのままぐるりと一回転したところでロンは掴んでいた体毛を離して宙に踊る。
振り向きざまに放たれたジョーの前足を、またもや獣化によって回避。
しかも回避するだけでなく足で蹴り、その内側に巻き込む力を利用してジョーの顔面に向かって飛んだ。
獣闘評論家の説明によれば、この獣化速度と獣化解除速度は脅威と言う他にないという。
人から獣に移行することは比較的容易く、瞬時に行える者は僅かにいるが、その逆、獣化解除に至っては滅多にあるものではない。
ロンという獣闘士の頭の中には、灼熱の炎と絶対零度の鉄が同居している。
多くの専門家達が口々にそう評した。
ロンは完全に獅子の顔面を射程に捉えていた。そして最後は獣人形態。五指に生えた鋭い爪を、すべてジョーの右眼に向けて突き出した。
その瞬間のロンは、石のように無表情だった。
彼の二つの瞳はどこも見てはいなかった。
肉体と精神、そのすべてを宇宙の理と一体化させた、まさしく“龍”の如き姿がそこにはあった。
勝負は間違いなく決していたであろう。相手があのジョー以外の者であれば。
全存在を賭けた一撃が虚しく空を切ったとき、ロンの心中にどのような感情が巻き起こったのかは定かではない。
背と腹に無数の見えない打撃を受けた後に突き落とされ、その両足を地に置いた時、彼は一瞬だけ右の目蓋を引きつらせた。
そして振り向いた時ににはすでに、目の前に獅子の巨大な前足が迫っていた。
決定的瞬間にジョーは獣化を解除した。
ロンの持つそれに匹敵するほどの早さで。
そして考える暇も与えぬ速度で再獣化、止めの一撃を放ってきたのである。
試合後も寡黙にして、悉くインタビューを避け続けたオオカミは、ただの一度だけこの瞬間の心境を語っている。
ライオン野郎の肉球が見えた。意外とぷにぷに、柔らかそうだった――。
と。
* * *
カプラは見ていられなかった。
およそ人間の体が耐えられるとは思えない衝撃音。それと同時に顔を手で覆った。その眼から流れているのはまぎれもない、本物の涙であった。
ジョーに本心を見抜かれていることは知っていた。
それを公然のものにされたことにも、とりわけの感慨はなかった。
ただ、それをロンと戦う理由とされたことに、かつて経験したこともないほどの心痛を感じたのだ。
自分は関わった男を全て破滅させてしまう。ずっと世界を憎み続け、生きることそのものが復讐だった自分は、そんなどうしようもない性質を得るに至ってしまった。
そして、生まれて初めて心の底から愛することの出来た相手を、今またその魔性のために破滅させてしまうのだと。
最後の最後でカプラは己自身を呪った。そして早く戦いが終わって欲しいと切に願った。
ロンに無事でいて欲しかった。自分とはまったく無縁の世界で、彼らしく生き続けて欲しかった。
「ロン…………」
カプラは祈る思いで顔を上げる。瞳に飛び込んでくるまばゆい光。
フィールドを囲む壁の一角が砕け散り、その瓦礫の下に横たわるなにが、その双眸に映り込んでくる。
* * *
「にゃあああ……」
「ロンー!」
一階席、マスターとミーヤが愕然とした表情でフィールド上の惨状を目にしている。
完璧に崩れ落ちた壁。その瓦礫に埋まっているオオカミ面。
獅子の攻撃をまともに食らったロンは、砲弾のように壁に激突。凄まじい衝突音とともにその壁に埋まった。
――おい! あれを見ろ!
どよめき立つ場内、観衆が次々と指差した先には、人間の形態に戻ったジョーの姿。その表情には若干の苦悶が見られる。
ロンを攻撃するのに使った左手を庇うように押さえ、険しい眼で壁に突き刺さったロンを睨んでいる。
傷めた手をゆすってみる。
どうやら手首から先を動かせないようだ。
「破壊技(sunder)だ……」
マスターが呟く。
「サンダー?」
「うん、ロンの親父さん、レオナルドの得意技……だった」
明らかな過去形。
「相手の攻撃に肘を合わせるだけなんだけど、決まると凄く痛いし、下手すると後遺症になったりする。レオナルドはあの技で一時期名を上げたんだけど……」
再度、屍のようになったロンの姿を見て固唾を飲む。
「すぐに対策されちゃって……。そう難しいことじゃないんだ。ただ、少しだけ慎重に攻撃をしかければ、それで……」
ミーヤが見た先、ジョーはロンに向かって足を踏み出しつつ、傷めた左手を早くも握ったり開いたりしていた。
「そして獅子長さんは、あれでも全力じゃなかったんだ」
「……そ、そんにゃあ」
ミーヤの猫面の奥が、うるうると潤んでいく。
* * *
「まったく、とんだ隠し球だな」
ジョーがロンのすぐ側まで来る。
まだ痺れの残る左手を振りながらしゃがみこみ、ぐったりと横たわるロンの足を引っ張ってその反応を確かめる。
かすかにピクリと動くロンの足。
「……死んではいないな?」
当然だろうという様子で、獅子は微笑を浮かべた。
きちんと力の加減をしていたのだ。
しかしその手加減がなければ、この手首のダメージはより深刻になっていたかもしれない。そう思うと、少しだけ肝が冷えたが。
あのタイミングで、ロンはさらに一歩踏み込んで、ジョーの手首を破壊しにきた。考えてやったこととは思えない。
恐らくはその体か、もしくは獣面の奥にでも染み付いていた技なのだろう。
サヴァナは狭いようで広い。開闢以来数十万年という時の重みを、ジョーは改めて感じた。
今度こそ本当に祭りの終わりだ。
あとはカプセルの中で己の全てをまっさらにして泣いている山羊を、キングタワーに連れ帰って抱くだけだ。
そう思いつつ、ジョーは踵を返してその場から立ち去ろうとする。
――パラッ……。
だがその時、瓦礫が崩れる音がした。背後に動く気配がある。
振り返るとそこには、オオカミ面の奥に、生きた光を宿したロンの姿があった。
* * *
「立たないでロン!」
カプラの声が聞こえた。
んなこたわかってるよ。ロンは胸の内で毒づく。
体中がバラバラに分解されたみたいに痛い。
獅子の攻撃に合わせた右腕の骨は、冗談抜きに砕け散っていて、熱くぼやけたような感覚があるだけだ。
それでも心臓はまだ動いている。肺は空気を取り込んでくれている。
俺の獣面はまだ死んでない――。
「やめたまえ、ロン」
ジョーが静かに告げてくる。
「もうボロボロではないか」
「ああ、ボロボロだよ……強すぎるぜあんた……」
左手で瓦礫をどかす。妙な感覚のする腹に力を入れて、鉛と化した上体を起こす。左手を地に付き、膝を立て、立ち上がりきれずに横に倒れる。
「お願い! もうやめて!」
会場中が静まり返るなか、カプラの高い声だけが響いてくる。
だが、少し黙っててくれよとロンは思う。
これは男と男の戦いだ。そして絶対に負けてはならない戦いなのだ。
「これ以上、どう戦うというのだ。風が吹いただけで倒れそうではないか」
「……あるんだな、これが」
全身をぷるぷると震わせながら、それでもロンは立ち上がった。
砕けた右腕をダラリと下げて、吐いた血で汚れた獣面の奥に、獣の眼光を滾らせる。
「最後の切り札だ……。本気でかかってこいよ……じゃなきゃ」
よろり、一歩踏み出す。生きている左手を上段に構える。
「あんた……本当に死ぬぜ?」
どんなブラフだ――?
獅子でなくともそう思うだろう。どこからどうみても瀕死の重傷人だ。
その体のどこをとっても、ネズミを屠るほどの力も残されていない。
「この期に及んで悪あがきかね?」
「いいや……違うね……これから本番だ。正真正銘の……一撃必殺……秘奥義だ」
言いながらゼエゼエとむせる。喉に血が詰まっているのだ。
このままだと、そう遠くないうちに気絶して倒れる。
その時――。
「む……?」
獅子の背筋に、ザワザワと鳥肌が走りだしたのだ。
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