永久なるサヴァナ

ナガハシ

決着

 カプラの声を聞いたオスカーが仲間を引き連れて走ってきた。
 バッファローの全力疾走は時速50kmを超える。本当にあっという間にやってきた。


「なんじゃこりゃあああー!?」


 ドカドカと蹄を鳴らしながら走ってきたオスカーは、畑の惨状を目の当たりにして叫んだ。


「うおああ! 畑が! あたしらの畑があああー!」


 酷い被害がでていた。畑の一角に巨大な「の」の字状の痕が刻まれていた。
 ハイエナ男がロンと一緒に飛び出してきた。戦いに夢中だった彼は、牛達の来訪にまったく気付いていない。


「助かったぜ!」


 これ幸いとロンは、オスカー達の背後に回りこむ。その表情を暗黒色に歪ませた屈強な牛人達の前に、何も知らないハイエナが踊り出てくる。


「え……?」


 そして直ちに取り囲まれ、ようやく自分が陥っている致命的な事態に気付く。男は青ざめた表情で、だらだらと冷や汗を流し始めた。


「お前が原因か……」
「ヒィッ!?」


 だが、時すでに遅し。怒りに震える重量級が、全身から殺意の波動を放っていた。ミノタウロス形態になっていたオスカーが、男に向かって顎をしゃくった。


「てめえら! やっちまえええ!」
「ゲエエエエー!?」


 その後しばらく、肉をすり潰すような惨たらしい音が響いていた。
 無数の蹄に踏みつけられてクタクタのボロ雑巾にされた男は、牛男の一人に獣面をむしり取られた。


「魚のエサになりな!」


 最後にオスカーが、その立派な角でもって突き飛ばす。
 ポーンと綺麗な放物線を描いて、哀れな面無し男は遥か遠くの湖まで飛んでいった。


「ロン! 無事だったのね!」


 カプラとミーヤが駆け寄ってくる。


「まーな」
「ロンはやれば出来る男にゃ! というわけでラーメン食わせるにゃ」
「気が早えーよ……」


 ひとまずホッと一息つくロン。
 ポケットに手を入れて戦利品のハイエナマスクをにぎにぎする。これを売れば当分金には困らないだろう。ラーメン一杯くらい安いものだ。


「そいじゃ姉さん。畑荒らしも片付いたことだし、俺は仕事に戻るぜ」


 と言って、何食わぬ顔でその場を離れようとするが。


「ちょっと待て」


 その前にオスカーに肩を掴まれてしまった。


「どういうことなのだ?」


 オスカーの刺すような視線を横に感じて、ロンは思わず身震いした。下手をすれば、カプラが金の山羊であることを知られてしまう。
 それでもロンにとっては特に支障はないのだが、どういうわけかカプラの正体を明かす気にはなれなかった。それは何かに負ける行為であるような気がした。


「どうもこうもないぜ。いきなりあの兄ちゃん達が襲ってきたんだ」
「どうしたらハイエナなんぞが畑を荒らしにくるのだ」


 オスカーは納得しない。
 強力な獣面を持っている者は、普通、畑荒らしなどという半端なことはしない。
 もっと大きく稼げる手段を選ぶ。
 それでもあえてここに来たというからには、何か重大な理由があるはずだ。


「いいじゃねーか、細かいことは。畑の被害はその獣面で十分チャラになるだろう?」
「うむ、確かに大収穫ではあるが……。いやしかし、気になるぞ!」


 と言ってオスカーは、ロンの隣でかしこまっているカプラに眼を向けた。


「ふふふ、そうか。さてはその女がらみだな?」


 ロンとカプラは同時にギクリとした。二人とも、それとなくオスカーから視線をそらす。
 だがオスカーはさらにロンに近づき、その肩を力強く抱き寄せてきたのだ。


「なーに隠してるんだ? オオカミくん。一体その女に何がある?」


 言いながらぎゅうぎゅう首を絞めてくる。その腕は農作業による汗でジットリしていた。


「お、俺もよくわからねえよ。あれだけの上玉なんだ。そりゃあ色々あるんだろうさ……」
「では何故、危険を冒してまであの女を助けたのだ。お前にしてはいささか不自然な行為ではないか。まさか……惚れちまってるのか?」


 言われてロンはハッとする。確かにそれは名案だった。
 自分がカプラに一目惚れしたということにすれば、彼女を庇っていることのもっともらしい理由になる。


「いや、それはねえ」


 だが口が裂けても言えなかった。


「じゃあ何なんだ? あたしはこれでも繊細なのだ。これでは夜もぐっすり眠れない」


 繊細ではなく神経質の間違いなんじゃないかとロンは思う。首の周りがオスカーの汗でべたついてきた。そろそろ勘弁して欲しかった。


「頼むから離れてくれよ、暑苦しい」
「むむっ? レディーに向かって暑苦しいとはなんだ」


 そこでロンはオスカーの気をそらすために、あえて危険な言葉を口にしてみた。


「んなこと言ったってよ……ウシ臭えんだよあんたっ」
「な、なぬっ!?」


 ブチッと太い糸が千切れる音。


「ひ、人が気にしていることを……!」


 オスカーの腕がわなわなと震え。全身に黒い熱量がみなぎっていく。


「ふふふ……。せっかくハイエナ面を手に入れて上機嫌だったのだが……。いまのうっかり発言で帳消しになったぞ、ロン」


 突如、肩にまわされていた腕に凶悪な力が生じた。


「ぐえ!?」


 その力に締め付けられ、ロンの顎がはずれそうになる。


「ならばたっぷり味あわせてやろうではないか……! このジューシーな肉体をな!」


 足をかけられ、腕をまわされ、あっという間にコブラツイストをかけられる。


「うおおおおー!? ギブッ! ギブギブ!」


 たまらずタップするが聞き入れてもらえない。
 ロンはそのまましばらく、オスカーのアマゾネスな肉体にいたぶられ続けた。


「ロン! ファイトにゃー!」
「がんばって!」


 いつの間にかカプラとミーヤが観戦に加わっていた。


「ちょ!? てめえら……うげえええ!?」
「どこ向いてんだオラア!」


 ロンの悲鳴は、その後しばらく農園地帯に響き続けた。









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