魔法学園の料理当番
6
「ホームシック、治っただろ?」
「え……?」
あ! 言われてみれば……。
俺は自分の胸に手をあてる。
「本当だ、気持ちが楽になってる……」
リリアの話を聞いていたら、俺の境遇なんか恵まれすぎてバチが当たるくらいに思えてきたのだ。
もしかするとリリアはこれを狙って……俺のことを励まそうとしてくれたのか?
「正確には、魔法能力者初期症候群というのだがな。魔法を使えるようになって間もない人間が、しばしば罹患する心病のことだ」
「リリア……」
「感謝ならせずとも良い。お前さんの心を試したいという気持ちもあったのだ。やはりお前は私の思った通りの人間だった。根っからのお人よしで、でも素直じゃなくて、時々妙に熱くなったりして、本当は気が弱いくせに無理して強がって……」
「ひうっ!?」
リリアの指先が、俺の頬をなぞるように撫でていった。
思わず背筋がビクッとなる。
「つまるところお前さんは、絵に描いたようなツンデレなのだ」
つ、ツンデレ……だと!?
「なあ五日よ、昨日、私と初めて会った時のことを覚えているか?」
忘れるわけもない。
というか、一生忘れえぬ思い出だ。
「こ、公衆の面前でいきなり女の尻に敷かれたんだ……忘れようがないだろう」
「ふふふ、そうだな。私と出会う直前、お前さんは妹のことを考えていただろう。いや、妹さんのことだけではない。天晴寮で暮す全ての寮生達のことを考えていた。主に食生活のことをな」
「確かにそうだけど、それが何か――うっ!」
「……ふふふふ」
ついにリリアは、完全に俺に密着してきたた。
Tシャツごしにスクール水着の感触と、その奥に秘められた柔らかさが伝わってくる。
やばい、これはドキドキするなという方が無理な話だ。
「自分のことで精一杯になっていても、気付けば人の心配をしている。一人でも多くの人に、愛情のこもった美味しいご飯を食べて欲しいと願っている。そんなお前の心を発見した時、私はもう、たまらなくなってしまったのだ……」
「り……リリア!?」
声がひっくり返ってしまった。
リリアは俺の背中に手を回すと、そのままギュッと抱き寄せてきたのだ。
「五日よ、私はお前が欲しい」
「っ!?」
時が静止した。
あまりの衝撃に頭が真っ白になった。
続いて押し寄せてきたのが疑問だった。
なぜ……俺?
多少メシを上手く作れるだけの、平凡なこの男のどこに、そこまでの価値が?
「え……あ……えと、その……リリア……さん?」
「敬称はつけてくれるな、五日」
「う……ごくり」
息がつかえて上手く声が出ない。
心拍数だけがアホみたいに上昇していく。
俺は告白されたのか?
俺は今、リリアに告白されたのか!?
「余計なことは考えるでない。少し……ジッとしていろ」
そう言うとリリアは、俺の横顔に唇を近づけてきた。
両目をうっすらと閉じて、水色のルージュが塗られたその唇をすぼめて。
その距離はあっと言う間に縮まり、吐息も触れ合わんという距離に――。
――チュッ。
そして夢のように柔らかなものが俺の頬に触れていった。
離れ際、熱い吐息が微かにかかる。
そこから不思議な感動が、じんわりと全身に広がっていった。
「……………!!??」
こうして俺は、完全に息の根を止められたのだった。
「くくっ、相変わらずいい反応だな、五日よ」
魂が半分ほど抜けていた俺の横で、突然リリアがくすくすと笑い始めた。
俺はありったけの意志の力を動員して魂を引き戻し、そしてリリアの方を見た。
「お、お前……」
やっぱり目は笑っていなかった。
どこまでも人を見透かしたような二つの瞳が、闇の中で爛々と光り輝いていた。
「私の二つ名をわすれたか、五日よ」
「……心奪者」
「私は今、お前の心を丸ごと頂いた。これでお前は、私のことを思わずにはいられなくなる」
「……はっ!」
「つまり、恋に落ちたのだ」
自分の胸に手を当てる。
まだドキドキ言っている。
愛しくて狂おしいこの感情は……恋なのか!?
「ふふふ、そうだとも、今日からお前は、私のことを思って眠れぬ夜を過ごすのだ!」
そんなこと、そんなことって……。
「リリア……お前は始めから俺の心を奪うために……」
そして自分の魔力に変えるために。
「ふふふ、悪く思うなよ」
「思うわ!」
俺は精一杯の気力を振り絞ると、リリアの腕を払いのけて立ち上がった。
「お、俺の安眠をかえせよ!」
こんな……こんなのは卑怯だろ!
魔法なんか使って……!
確かにお前のこと好きになっちまってる……でもこれは恋じゃない。
俺はこれを恋とは認めない!
「ふむ、我が恋の呪縛に抵抗する気力がまだあるというのか」
と言ってリリアもまた立ち上がると、俺の唇に指を当ててきた。
「やはり、こちらに口付けるべきだったか?」
「うっ……!?」
その言葉に、再度俺の心拍数は跳ね上がる。
この女は一体どこまで……!
「だが今夜はもう遅い、続きはまた今度だな、五日よ」
「あ、あうう……」
「ふふ、そんな悲しそうな顔をするな。定期的に可愛がってやる。なにせお前は、私のお気に入りなのだからな」
と言ってリリアは黒マントを翻すと、そのまま女子棟へと歩き去っていった。
俺はしばし、口付けされた頬を手で押さえながら、胸のうずきが静まるのを待った。
「く、くそ……!」
そして、なんともいえない脱力感とともに自室に戻ったのだった。
* * *
「くかー、スピー」
「ヒロミ君……」
とても寝相の悪いヒロミ君の布団を再び直してあげてから、俺は自分のベッドに潜り込んだ。
リリアのこと、小石さんのこと、そしてこれからの学園生活のこと。
様々な不安が脳裏を飛び交って、やはり俺は寝付けなかった。
でもそれは、リリアのことを思って悶々としていたからではない。
俺が一番気になってしかたなかったこと。それは小石さんの心についてなのだ。
小石さんが魔法を使えなくなってしまった理由は、結局聞けずじまいだったけど、それでも過去に保護研という場所で、あれこれと不愉快な事件があってそうなったんだってことは、さっきのリリアの話からも推測できることだった。
小石さんは魔法が使えない。
そして魔法を使うためには、リリアが言うところの“心”とやらが必要になる。
それってつまり、小石さんには『心が無い』っていうことにならないか?
それともう一つ、話を聞く限り、リリアは昔から心奪いではなかったようだ。
昔はただ人の心を読めるだけだった。
一体いつの間に心奪いの能力を得たのだ?
「う、うーん……」
俺はその夜一晩、気になって眠れなかった。
翌日の俺がどんな状態で授業を受けることになったかは、想像に難くないだろう。
「え……?」
あ! 言われてみれば……。
俺は自分の胸に手をあてる。
「本当だ、気持ちが楽になってる……」
リリアの話を聞いていたら、俺の境遇なんか恵まれすぎてバチが当たるくらいに思えてきたのだ。
もしかするとリリアはこれを狙って……俺のことを励まそうとしてくれたのか?
「正確には、魔法能力者初期症候群というのだがな。魔法を使えるようになって間もない人間が、しばしば罹患する心病のことだ」
「リリア……」
「感謝ならせずとも良い。お前さんの心を試したいという気持ちもあったのだ。やはりお前は私の思った通りの人間だった。根っからのお人よしで、でも素直じゃなくて、時々妙に熱くなったりして、本当は気が弱いくせに無理して強がって……」
「ひうっ!?」
リリアの指先が、俺の頬をなぞるように撫でていった。
思わず背筋がビクッとなる。
「つまるところお前さんは、絵に描いたようなツンデレなのだ」
つ、ツンデレ……だと!?
「なあ五日よ、昨日、私と初めて会った時のことを覚えているか?」
忘れるわけもない。
というか、一生忘れえぬ思い出だ。
「こ、公衆の面前でいきなり女の尻に敷かれたんだ……忘れようがないだろう」
「ふふふ、そうだな。私と出会う直前、お前さんは妹のことを考えていただろう。いや、妹さんのことだけではない。天晴寮で暮す全ての寮生達のことを考えていた。主に食生活のことをな」
「確かにそうだけど、それが何か――うっ!」
「……ふふふふ」
ついにリリアは、完全に俺に密着してきたた。
Tシャツごしにスクール水着の感触と、その奥に秘められた柔らかさが伝わってくる。
やばい、これはドキドキするなという方が無理な話だ。
「自分のことで精一杯になっていても、気付けば人の心配をしている。一人でも多くの人に、愛情のこもった美味しいご飯を食べて欲しいと願っている。そんなお前の心を発見した時、私はもう、たまらなくなってしまったのだ……」
「り……リリア!?」
声がひっくり返ってしまった。
リリアは俺の背中に手を回すと、そのままギュッと抱き寄せてきたのだ。
「五日よ、私はお前が欲しい」
「っ!?」
時が静止した。
あまりの衝撃に頭が真っ白になった。
続いて押し寄せてきたのが疑問だった。
なぜ……俺?
多少メシを上手く作れるだけの、平凡なこの男のどこに、そこまでの価値が?
「え……あ……えと、その……リリア……さん?」
「敬称はつけてくれるな、五日」
「う……ごくり」
息がつかえて上手く声が出ない。
心拍数だけがアホみたいに上昇していく。
俺は告白されたのか?
俺は今、リリアに告白されたのか!?
「余計なことは考えるでない。少し……ジッとしていろ」
そう言うとリリアは、俺の横顔に唇を近づけてきた。
両目をうっすらと閉じて、水色のルージュが塗られたその唇をすぼめて。
その距離はあっと言う間に縮まり、吐息も触れ合わんという距離に――。
――チュッ。
そして夢のように柔らかなものが俺の頬に触れていった。
離れ際、熱い吐息が微かにかかる。
そこから不思議な感動が、じんわりと全身に広がっていった。
「……………!!??」
こうして俺は、完全に息の根を止められたのだった。
「くくっ、相変わらずいい反応だな、五日よ」
魂が半分ほど抜けていた俺の横で、突然リリアがくすくすと笑い始めた。
俺はありったけの意志の力を動員して魂を引き戻し、そしてリリアの方を見た。
「お、お前……」
やっぱり目は笑っていなかった。
どこまでも人を見透かしたような二つの瞳が、闇の中で爛々と光り輝いていた。
「私の二つ名をわすれたか、五日よ」
「……心奪者」
「私は今、お前の心を丸ごと頂いた。これでお前は、私のことを思わずにはいられなくなる」
「……はっ!」
「つまり、恋に落ちたのだ」
自分の胸に手を当てる。
まだドキドキ言っている。
愛しくて狂おしいこの感情は……恋なのか!?
「ふふふ、そうだとも、今日からお前は、私のことを思って眠れぬ夜を過ごすのだ!」
そんなこと、そんなことって……。
「リリア……お前は始めから俺の心を奪うために……」
そして自分の魔力に変えるために。
「ふふふ、悪く思うなよ」
「思うわ!」
俺は精一杯の気力を振り絞ると、リリアの腕を払いのけて立ち上がった。
「お、俺の安眠をかえせよ!」
こんな……こんなのは卑怯だろ!
魔法なんか使って……!
確かにお前のこと好きになっちまってる……でもこれは恋じゃない。
俺はこれを恋とは認めない!
「ふむ、我が恋の呪縛に抵抗する気力がまだあるというのか」
と言ってリリアもまた立ち上がると、俺の唇に指を当ててきた。
「やはり、こちらに口付けるべきだったか?」
「うっ……!?」
その言葉に、再度俺の心拍数は跳ね上がる。
この女は一体どこまで……!
「だが今夜はもう遅い、続きはまた今度だな、五日よ」
「あ、あうう……」
「ふふ、そんな悲しそうな顔をするな。定期的に可愛がってやる。なにせお前は、私のお気に入りなのだからな」
と言ってリリアは黒マントを翻すと、そのまま女子棟へと歩き去っていった。
俺はしばし、口付けされた頬を手で押さえながら、胸のうずきが静まるのを待った。
「く、くそ……!」
そして、なんともいえない脱力感とともに自室に戻ったのだった。
* * *
「くかー、スピー」
「ヒロミ君……」
とても寝相の悪いヒロミ君の布団を再び直してあげてから、俺は自分のベッドに潜り込んだ。
リリアのこと、小石さんのこと、そしてこれからの学園生活のこと。
様々な不安が脳裏を飛び交って、やはり俺は寝付けなかった。
でもそれは、リリアのことを思って悶々としていたからではない。
俺が一番気になってしかたなかったこと。それは小石さんの心についてなのだ。
小石さんが魔法を使えなくなってしまった理由は、結局聞けずじまいだったけど、それでも過去に保護研という場所で、あれこれと不愉快な事件があってそうなったんだってことは、さっきのリリアの話からも推測できることだった。
小石さんは魔法が使えない。
そして魔法を使うためには、リリアが言うところの“心”とやらが必要になる。
それってつまり、小石さんには『心が無い』っていうことにならないか?
それともう一つ、話を聞く限り、リリアは昔から心奪いではなかったようだ。
昔はただ人の心を読めるだけだった。
一体いつの間に心奪いの能力を得たのだ?
「う、うーん……」
俺はその夜一晩、気になって眠れなかった。
翌日の俺がどんな状態で授業を受けることになったかは、想像に難くないだろう。
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