魔法学園の料理当番

ナガハシ

 とは言われたものの……。


 転校初日に、クラスで特定の女の子に声をかけるというのは、やっぱりハードルが高いわけで。
 何となくタイミングを探りつつも、ホームルーム、清掃活動と時は経過し、結局俺は小石さんに話しかけられずじまいだった。


「じゃ、五日、がんばれよー」


 みんな次々と教室を後にしていく。
 転入したての俺は、遅れを取り戻すための補習をしばらく受けることになっている。
 廊下側の一番後ろの席に目をやると、小石さんが帰り支度をしていた。


「……ん?」
「ふごがっ」


 目が合ってしまった。俺は慌てて視線をそらす。
 どうしようか。
 たぶん、今話しかけなかったら明日までその機会はないだろうな。
 話しかけるとして、どう切り出したら良いものか。


 この間、後をつけられてた時のことを聞くべきだろうか。
 いや、それはなんだか穏やかではないな。
 まさに問い詰める感じになってしまう。今俺が気になっているのは小石さんの能力のことなのだ。


 しかしながら、いきなり能力のことを聞き出すというのもなんだか不躾だ。
 魔法使いの中には、自分の能力についてコンプレックスを抱いている人も多いのだから。
 さてはて、一体どうしたものか……。


「…………はっ」


 俺があれこれと迷っているうちに、小石さんが席から立ち上がってしまった。
 いかん、迷っている暇はない。早く呼び止めねば。


「こ、小石さんっ」
「……ん?」


 教室から出ようとしていた小石さんは、俺の呼びかけに反応して立ち止まった。
 そして、ゆっくりとこちらをふり向いてくる。


「……なに?」
「あ、あの……えーと」


 呼び止めはしたものの、何から話したら良いかはわからない。
 とりあえず、小石さんはとても眠そうだった。
 先日俺の後をつけていたときの、猫科の猛獣を思わせるような眼光は微塵も感じられない。
 ホームルーム中もうつらうつらと船を漕いでいたみたいだし。


「じー………」


 どこまでも反応の鈍い小石さんは、入力を待つ電子機器のような待機モードだった。


「あっ! そうだ。お、俺これから魔法法律の補習を受けるんだけど、先生ってどんな人なのかな……って」


 とっさに上手い切り出し方を思いついた。これから補習を受けるのだから、その補習のことを聞けば良いのだ。
 実際、気になってはいたことだし。


「…………ん?」


 小石さんは眠そうな表情はそのままに、軽く首を傾げてきた。
 俺の発した質問の内容を読み取って、処理して、分析して……。
 今度はなんだか、処理速度の遅いパソコンを前にしているような気持ちになる。
 困っているわけでもなく、驚いているわけでもなく、ましてや笑っているわけでもなく。
 ただ、頭の回転がゆっくりなのだ。


「…………お髭の人」


 やっとこ返事がかえってきた。
 そうかぁ、ヒゲ生やしてるのかぁ。


「き、厳しい先生だったりする?」
「…………う?」


 そしてまたもや処理落ちしたパソコンみたいな挙動で考え込む。
 しばらくして、小石さんは何も言わずにゆっくりと首を横に振った。
 怖くは無いよ、怖くは。
 そう噛んで含めるような首の振り方で。


「……そ、そうなのか……眠かったんだよね? ごめん、引き止めちゃって……」


 小石さんは、どういたしまてとでも言うように、ゆるゆると首を振る。


「……あとは?」


 おっと、まだ質問を続けても良いのか? すごく眠そうなのに。


「う、ううーんと……」


 チャンスかもしれない。
 でも補習の質問から、いきになり魔法の質問に飛ぶのも変な気がする。
 しかし、その間にはさむべき質問など特に思いつかず、結局のところどうして良いかわからない。


「……もう一度、いい?」


 すると、意外なことに小石さんの方から話しかけてきた。


「え?」
「……あの炎の能力を」
「え?」
「能力…………あなたの」


 どうやら俺の炎をもう一度見たいらしい。
 理由はわからないが、小石さんは小石さんなりに興味を持っているのだろう。
 じゃなかったら、休日に人の尾行なんかしないと思うし。


「別に、大したもんでもないんだが……」


 と言って俺は指先から炎を出す。


「ほおぉ」
「これの、何がそんなに……」
「……す、すごい」


 心なしか、小石さんの瞳が輝いた気がした。
 なんだか感心されてしまったが、ライター代わりにしかならないこの能力は、実はとんでもない能力なのか?
 いや、そんなことはない。ただの社交辞令だろう……っておっと、これは大チャンスじゃないか!


「と、ところで! こ、小石さんはどんな能力を使えるの……かなあ? リリアからは自分よりすごい能力者だって聞いているけど、ハハハ……」
「…………ふむ」


 小石さんの表情が急に硬くなった。
 ややうつむき加減で、考え込んではいるのだが、見た感じは立ったまま寝そうになっている人みたいだった。
 やはりセンシティブな質問だったのだろうか。そして小石さんは、どうしてこんなにも反応が鈍いのか。


「…………使えない」


 やがて小石さんは、ぽつりそれだけ口を開いた。
 表情その他諸々にまったく動きがないので、いつ何を言い出すのか、まったく予測がつかなかった。


「…………小石さんは魔法を使えないの?」
「そう」


 俺がそう聞き返すと、小石さんはゆっくりと頷いた。


「あとは……?」
「いや……今のところは……特に」


 もう、早く帰してお昼寝をさせてあげたい気が勝った俺は、そう言って話を打ち切った。
 すると小石さんは振り向き際、腰の辺りでひらひらと手を振ってバイバイをしてきた。


「じゃ、じゃあね……」


 俺も手を振って返す。
 そして、よろよろと覚束ない足取りで廊下を歩いていく後姿を見送った。 


 魔法を使えない? 小石さんは確かにそう言った。
 つまり、リリアは俺に嘘をついたのだろうか? 
 それに、魔法を使えない人がなぜ魔法学園に?
 いくら考えても答えなどでるはずもなかった。




 * * *




 魔法法律の先生は、一言で言うとフライドチキンのおじさんだった。とても親切な人で、魔法に関連する法律のことを、ニュービーの俺にもよくわかるよう、懇切丁寧に教えてくれた。
 魔法は絶対に悪用しちゃいけない。最悪、研究所に送られて実験材料にされてしまう。
 そんな恐ろしいことを、穏やかな笑みを浮かべながら言うのはどうかと思ったが。


 補習を終えて寮に戻った俺は、まっすぐ自室に向かった。


「ただいまー……おわぁ!」


 魔法使いの少年と少女が踊っていた。
 部屋の中には優雅なワルツのメロディが流れている。


「おっかえりぃー」
「な、何やってるの!?」
「おうー、人造人間ちゃんを直したから、ちょっと動作テストしてたんだ」


 ああ、良く見れば魔法少女の方はのっぺらぼうだった。
 かつらを被せてあったからわからなかった。
 そしてヒロミ君はといえば、当然のようにマジカ君のコスプレをしていた。
 つまり、ミニスカで生足だった。


「それで五日、首尾はどうだったんだよ?」


 補習のことかな?


「うん、すごくわかりやすかったよ。それはもう、手取り足取りって感じでさ」
「んなあ!?」


 ヒロミ君は人造人間ちゃんを抱きかかえたまま硬直した。
 この世の終わりみたいな顔をしながら。


「ど、どうしたの……?」
「手取り足取りってお前……いったいどんな大魔法使いなんだ?」
「はい?」


 続いて、ワルツを踊るようにクルクルと回転しながら、俺の目の前にやってきた。
 ヒロミ君自身と、人造人間ののっぺらぼうな顔が、目と鼻の先だ。


「あの終日スリープ状態の小石ちゃんが、そんなべたべたになるなんて……一体どんな手練手管を……」


 やっぱり勘違いしていたのか。


「ちがうちがうちがう! 補習の話だよ。小石さんからは魔法が使えないってことだけ聞けただけだよ……」
「なーんだ」


 ヒロミ君は力なくクローゼットまで歩いていくと、二人三脚のようにつきそっていた人造人間ちゃんをその中に押し込んだ。


「なーんだはないよヒロミ君、俺としてはずいぶん驚いたんだけど……」
「魔法学園に魔法が使えない女の子……か。確かに、違和感あるかもな」


 相方をしまって身軽になったヒロミ君は、つま先で床をトントンやりながら何やら考え込んだ。
 あるかもっていうか、ありありだよ。


「昔は使えたとか、そんな感じなのかな?」
「んー、まあー、そういうことなんだろうけどなあー」


 なんだか歯切れが悪いな。
 俺としては、そこまで詮索する気もないのだけど。


「あんまり、首を突っ込まない方が良い?」
「うんにゃ、リリアちゃんも聞いてみろって言ってたし、小石さんも自分から言ったんだろ? じゃあ、まあ……あながち部外者もねえか」


 何かを納得したような顔をして、ヒロミ君は言う。


「なあ五日、保護研って言葉を聞いたことくらいはあるよな?」


 そして、どこか嬉しそうに俺の顔を見つめてきた。
 その視線だけで、俺は何となく察した。


「もしかして……」
「まあ色々あるのさ、あの二人にはな」


 夕食の時間を知らせるチャイムが鳴ったのは、ちょうどその時だった。




 * * *




 リノリウム貼りの真新しい建物の中が、明るいLEDライトで照らされている。
 だだっ広い食堂ホールに、寮生達の話し声が反響する。


 俺はヒロミとともに男子のグループに混ざって食べたのだけど、ヒロミ君はマジカ君の衣装のままだった。着替えるのが面倒だったらしい。
 向かいの山中君もあいかわらず柔道着が私服だし、女子のグループに目をやれば、井口さんの影響(布教?)をうけたと思しき、黒ワンピースと大きなリボンの女子がざっと四、五人……。
 みんな、意外と魔法使いライフを満喫してんのな。


 そして俺はと言えば、制服の上着を脱いだだけという、あんまり人のこと言えない格好だった。
 ぼんやりと考え事をしながら食事を口に運んでいると、紫のダサジャージ姿のリリアが遅れてやってきた。
 寮監室の前で真知子先生と何か話してたみたいだけど、たぶん、授業のことか何かなんだろう。
 リリアは夕食がのせられたトレーを配膳口で受け取ると、そのまままっすぐ小石さんの前まで歩いていく。
 そして、さりとて会話をするわけでもなく、並んでもくもくと食べ始める。


 小石さんは相変わらず眠そうにしていた。
 ほとんど他の女子と話さないけど、特に仲間はずれにされているわけでもなく、グループのすみの席でお行儀良く箸を運んでいる。
 どうにもリリアと小石さんの間には、もはや会話すら必要としない程の親密さがあるようだ。


 保護研――。
 ヒロミ君によれば、二人はそう呼ばれている施設の出身であるらしい。
 正式名称は『若年魔法能力者保護育成研究施設』。
 ごく幼い時期に魔法に目覚めてしまった人を保護するための場所――だった。


 魔法能力者が現れ始めた当時は、特に幼い能力者をどう育てたらよいか、まったくノウハウがなかったのだ。その研究も兼ねるという意味で、研究施設などという、重苦しい名称がつけられたわけだ。
 12歳未満の能力者は、全てこの保護研に収容され、親族などのごく限られた人を除いて、外界との接触を一切絶たれてしまっていたらしい。
 魔法少女ものが流行らなくなってしまったのも頷ける。
 いまでこそ、そのよううな非人道的なことは行われていないが、かつては施設の全ての職員が、防護服を着て子供達の管理をしていたことまであったという。


 魔法という現象が未解明で、不安要素が無数にあった時代の話だから、ある意味仕方の無いことなのかもしれないけど、物心付くか付かないかの子供達にとっては、ひどく過酷な状況だったことに違いないだろう。
 リリアと小石さんは、そんな閉鎖的な環境でともに育った仲なのだ。


「うーん……」


 白米を噛みしめながらリリア達の姿を見る。
 そこには平穏そのものな食事風景が広がっているのだけれども……。


 何かが胸につっかえた。
 おかずの焼き魚の小骨は、綺麗に取り除いてあるにも関わらず。









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