魔法学園の料理当番

ナガハシ

 今日の重力系の授業は体育館で行われるようだ。
 全員ジャージに着替えて体育館に行く。


「はーいみんなー、今日はお待ちかねの、飛行魔法だよー?」


 紺色ジャージ姿の真知子先生は朗らかにそう言った。
 なんだかこの先生の授業を受けていると、幼稚園児くらいに戻った気分になるな。
 三角座りになった俺たちを前に、先生はごく普通の竹箒を取り出した。


「ここに取り出したるは、みんなご存知、魔法の箒です!」


 いいえ先生、それはただの竹箒……。


「今日はこの箒をつかって、ちょちょいっと空を飛んじゃったりしようと思いまーす」


 と言って先生は、満面の笑みを浮かべながら竹箒をステッキでテンッと叩き、そして手を離した。
 すると不思議なことに、その竹箒はふわふわと宙に浮かび始めたのだ。


「先生は今、五次元方向へのねじれを発生させて、竹箒の重力係数を0にしました。グラビトンの影響を受けなくなったから、こうしてフワフワと宙に浮いています。そこでクイズ! この魔法の箒を使って空を飛ぶことは可能でしょうか? はい五日君、答えてみて!」


 え、俺? 転校初日でまだ予習すら済んでいないのに。


「予備知識が無いことはわかっているわ。直感で答えてみて」
「え、えーと。たぶん……無理なんじゃないかと」
「どうしてかな?」
「浮力もかかってないように見えるので」


 そう、ただ空中に停止しているだけなのだ。


「よくできました! 五日君にはあとで花丸をあげましょう!」
「は、はあ……」


 本当に、ノリが幼稚園か小学校だ。


「この箒にまたがっても、地面にペシャンといって終わりです、なので……」


 そして先生はさらに竹箒をテンッとやる。
 すると。


――バビュン!


 竹箒は凄い勢いで飛び上がり、体育館の天井にくっついてしまった。


「今度は箒の重力指数をマイナス3に下げました。これであの箒はマイナスのグラビトン効果を受けて、地球の重力から離れていく方向に飛んでいくようになりました」


 さっきから、さりげなくとんでもないことを言っているな。
 宇宙の物理が大変なことになっている。


「ちょっと取って来るわね」


 と言って真知子先生は、自分のバレーシューズをテテンッと叩く。


――おお!


 みんなが軽くどよめいた。
 俺も口をポカーンとあけて見上げてしまった。
 先生はそのままふわふわと体育館の天井まで飛んでいってしまったのだ。そうして竹箒を回収して戻ってくる。なんというか、靴の底を見えない手で支えられているような挙動だった。


「じゃあ、五日君。この竹箒にまたがってみて」


 呆然としつつも、俺は言われたとおりその竹箒にまたがる。
 浮き上がろうとする力をありありと感じる。
 磁力のような力で押し上げられているような感覚だ。


「その竹箒の重さは丁度3kgあります。失礼だけど、五日君の体重を聞いていい?」
「60kgくらいですけど」
「ということは、その竹箒の重力指数を60割る3、つまりマイナス20にすれば五日君の体重と吊り合うはずよね?」


 まあそうですね……。


「じゃあ……ちょっと飛んでみようか? 五日君」
「え? ちょっと、まだ心の準備が……!」


 まったく魔法使いというのは誰も彼も、人の都合をきにしないのだろうか。
 俺の言葉をまるで無視して、先生は俺がまたがっている竹箒をステッキで叩いた。


「――ぐおっ!?」


 その瞬間、股間に強烈な圧力が加えられた。
 これはまさに……鉄棒の上にまたがってるのと同じ状態!


 俺は即座に男としての危機を感じ、大事な部分を守るため、竹箒を握る手にありったけの力を込めた。
 すると今度は、その握りの部分を軸とした横ぶれに襲われた。


「うっ、うわ! うわわわ……! アーッ!」


 完全にバランスを崩した俺は、竹箒を軸にして180度回転。
 一瞬にして天地が逆さまになり、そのまま体育館の床に転がり落ちた。


「イデッ!」


 視界に星が飛んだ。
 ゴチンと鈍い音が体育館に響き、続いて宙に飛び上がった竹箒が、ビターンと天井に叩きつけられる音が聞こえた。


「い、いきなり酷いじゃないですかー!」
「うふふふ、箒を使って空を飛ぶことは、このように大変難しいのですよ?」


 教材にされた!?


「なので、やっぱりみんなには、この重りを手足に巻いて飛んでもらいます!」


 と言って先生は、足元においてあった大きな袋を引っ張り上げた。


「よいしょ!」


 その弾みに袋の口が開き、中から大量のリストウェイトが飛び出してきた。
 その全てに重力を消す魔法がかけられているようだ。
 一個2kgはありそうなウェートは、いつまでもフワフワと宙を漂い続けていた。




 * * *




 みんなで体育館の中をフワフワと漂っているうちに、あっと言う間に時は流れていった。
 そして次の光子系の授業を受けるために、理科室へと移動する。


「よーし、みんな始めるぞー」


 理科室の中にツカツカと入ってきた白衣姿のリリアを見て、俺は椅子からずり落ちた。


「七月君、何をいきなりズッコケてるのかね? 先生はまだボケていないぞっ」


 と言ってリリアはピンク色の伊達メガネをクイッとやる。
 ボケるつもりだったのかと聞きたい……。 


「な、なんで先生やってるんだよ?」


 高校の教職員免許って、大学出ないと取れないんじゃなかったか?


「魔法実習のみ、特例で任されているのだ。魔法業界は人手不足だからな。魔法指導教官の資格だって持っているのだ」


 そういやそんな話をテレビでやっていた記憶がある。本当にハイスペックな女だな。


 そして教室に大人が一人もいない状態で授業が始められる。
 いままで味わったこのない奇妙な雰囲気が、理科室に満たされていた。


「今日は魔法の電磁気で気体を操る練習をするぞー」


 と言ってリリアは、理科室の机の上に、円柱状の大きなガラス管を置いた。


「では雛田君、なぜ電磁気を操る魔法が光子系に含まれるのか、説明してみてくれ」
「はい先生、それは電磁気が光子の媒介を受ける現象だからでーす」


 ヒロミ君はやけに嬉々として答えた。遊び半分な感覚だな。


「そうだー。光子は電磁場を量子化したものであり、あらゆる電磁相互作用を媒介するゲージ粒子だ。故に光子を操ることで、殆どの電気的磁気的現象を引き起こすことができるのだー」


 のだーってお前……それはたぶん大学とかでやる内容だろ。


「まあ平たく言えば……こういうことだな」


 と言ってリリア先生は手の平を上に向けた。
 すると。


――カッ!


「うおっ!」


 直後、その手の平の上が激しく発光した。思わず目をつぶってしまう。
 そしてその光と入れ替わるようにして、今度はつむじ風が巻き起こった。さらにつむじ風のエネルギーがリリアの手から拡散されて、理科室全体の空気をかき回していく。
 みんなの髪の毛が、そよそよと風に靡いた。


「いま先生は、気体に電荷を加えてイオン化し、さらに磁場を発生させてかき回したのだ」


 リリア先生はしれっと言ってのける。
 そして得意げに胸を張る。


「もっともこれは、複数の光子系操作を同時に行うものであるから、非常に難しい。そこでみんなにはまず、このガラス管の中に封入されたガスを使ってやってもらうことにする」


 その後、ガラス管の仕組みについてあれこれと説明があった。
 どうやら両端についている電極を用いて、中の気体を帯電させる装置らしい。
 気体が帯電しているのだから、あとは魔法で磁場を作ってやれば、フレミングの法則に基づき、つむじ風を巻かせてやれるという寸法だ。
 ちなみにガラス管の中には、空気の動きを可視化するための羽が入っている。


 だが、結論から言えば俺には出来なかった。


「ほれっ、もっと気合をいれろ。全然腹に力がはいってないではないか」
「……腹筋で磁場を作りだせと?」
「磁場なんぞ、下敷き一枚あれば作り出せる。それをお前の両手でやれば良いだけだ」
「んなこと言われたって……」


 俺の手は下敷きとは違うんだ。


「なんだ情けない、高校男児であれば一日三回は発電可能であろうに……」


 リリア先生が何を言っているのか、俺にはさっぱりわからなーい。


 しかし不思議なもので、出来る人には出来るのだ。
 両手をガラス管にかざしてなにやらぶつぶつと念じながら、ヒロミ君はいとも簡単にガラス管の中の気体を引っ掻き回してしまった。


「まっ、分子の気持ちになって考えてみるこったな」


 一生かかってもわかる気がしなかった……。
 気付くとリリアは、別のグループに加わっていた。そしてそのグループには……。


「どうだい小石君、出来そうかい?」


 あの小石ノアさんがいる。そして、まるでプロの占い師のような手つきで、ガラス管に念力を送っていた。
 すごく真剣な表情をして、そわりそわりと、ガラス管の周りの空気を撫でている。今にもハトが飛び出してきそうだ。
 小石さんはどんな能力の持ち主なのだろう。リリアはこの間、自分以上の能力の持ち主だと言っていたが……一体。


「……………むり」


 だが小石さんはポツリそう呟いて、ゆっくり首を振る。
 あれ……?


「そうか。まあ無理はするな。魔法の感覚は、ある日突然やってくるものだからな」


 そう労いの言葉をかけてグループを後にするリリア。
 俺の時とはまるで態度が違うぞ……。


 ともあれ、小石さんには光子系の能力はないようだ。
 さっきの重力の授業でも、浮力のついた重りにぶらさがって飛んでいただけだったしな。
 となると、元素か生成のエキスパートってことか?


 そんなことを考えていると、ヒロミが俺の肩に手を置いてきた。


「そうか五日……そんなに小石ちゃんのことが気になるのか……」


 と言ってグッドサインを送ってくる。
 違う! そんなんじゃないぞ!


「普段はシリアスの雰囲気を身にまとっていて……ミステリアスで……。でもたまに見せる天然ボケが、なんともツボにはまる……そうなんだろう? 五日」


 妙に具体的でちょっと引くよヒロミ君!


「そ、そんなんじゃないって……どんな能力使えるのかなって気になっただけで……」
「おおい、やっぱ気にしてんじゃねーか! この! この! お前の趣味がわかっちまったぞ!」


 何がわかった!?


「だからー!」
「こら君たち! 私語は慎みたまえ!」


 いつのまにか背後にきていたリリア先生に、俺達は出欠簿でバシッとやられる。
 いかん、先生がこんなんだからつい気が緩んでしまって――


――バチッ!


「あがっ!?」


 背中に電流が走った。


「あんまり先生を舐めてはいかんぞ?」


 体罰反対……!
 電気まで流すことないだろう。
 俺は恨めしげな視線をリリアにくれる。
 するとリリアは、まったくしょうもない奴だとでも言うように、ため息をついた。


「ふう……まったく。そんなに気になるなら、本人に直接聞いてみればよかろうに」


 そうだ、この人、他人の心を読めるんだった。
 つまり俺が、小石さんの能力がなんなのか気にしていることは、すでに筒抜けなのだ。


「ただし、授業が終わってから……な」


 それだけ言い残して教壇に戻っていくリリア。


「ん……?」


 その後姿には、気のせいだろうか?
 いつもの輝き立つような覇気が感じられなかった。









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