魔法学園の料理当番

ナガハシ

 彼は東洋的なデザインの黒い上着を着て、白い短めの外套をその背に羽織っていた。


「おお……」


 妹に続いて俺も嘆息する。本気で一瞬女と見間違えたほどの女顔。
 柳の葉のような細い眉毛と、愛嬌のある糸目が、なんとも印象的な人だ。
 彼はスポーツバッグを肩に担いだまま、しばらくボーっと、お茶を飲んで団欒している俺たちを眺めていた。


「おっ、お邪魔してました!」


 俺はそう言って立ち上がる。
 俺の部屋でもあるのだから、お邪魔してましたとか言うのも変な話だが。


「おあっ。もしかして、今日入寮するって言ってた人?」


 するとその先住者の人は、気さくに返事をしてきてくれた。


「はい、七月五日っていいます。きみが雛田くん?」
「ああ、俺が『人形使い(ドールマスター)』こと、雛田広見だ。みんなヒロミとかヒナちゃんとか呼んでくる。まあ、好きな呼び方で呼んでくれよ」
「それじゃあ、ヒロミ君って呼ばせてもらうよ。俺のことは五日でいいよ」
「おうっ、それじゃあ五日、これからよろしくな!」


 と言って雛田広見くんは、俺に手を差し伸べてきた。


「こちらこそ」


 俺はその手を握り返す。
 なんだ、朗らかそうな良い人じゃないか。
 服装は結構奇抜だけど、魔法使いなんだからこのくらいは仕方ないんだよな。
 良かった、なんだかホっとした。


 あ、そうだ、妹も紹介しておかないと。


「こっちは俺の妹で、七日っていいます」
「おじゃましてまーす!」


 我が妹は、元気よく手を上げて返事をした。


「いらしゃーい、七日ちゃん。兄貴が五日で妹が七日か、なんか面白いなー」
「うふふー、誕生日も名前の通りなんですよっ」
「マジか!?」
「マジだ! うふふふっ」


 そう言ってニコニコと微笑む七日。
 そしてそのまま二人は、何故か見詰め合った。


 マジか?と聞いてマジだ!と返すのは、魔法少年マジカ君定番の受け答えだ。
 なんだなんだ? 同じアニメ好き同士、いきなり意気投合しちゃってるのか?
 おい。


「げふん! げふふん!」


 咳払いをする。
 いかんぞ、妙齢の男女がそんなに見つめ合っては。


「あのさヒロミ君、人形とか片付けさせてもらったんだけど、大丈夫だった?」


 ヒロミ君はフィギュアが満載の自分の机と、スッキリ片付いている俺の机を見比べて言った。


「ああー、わりぃ、今日来るって話は聞いてたんだけどさ、掃除していく暇なかったんだわー。あとクローゼットも一杯になってて、置き場所なかっただろー? すまねーなー」
「いや、いいんだよ。俺の服はそんなに無いから。壁にでもかけておくよ。それにしても、凄いねあの服の量」


 クローゼットの方を見ながら言うと、ヒロミ君はさも満足げな笑みを浮かべた。


「俺のコスプレコレクションさー。だいぶ投資したんだぜー?」
「へえー、まさか外で来て歩いたり」
「んー? お出かけ用にもするぞ?」


 一瞬、マジか!と言ってしまいそうになった。


「一発で魔法使いってわかる格好だからな」
「そ、そうだけど……」


 さすがに俺は、ミニスカートをはいて街を歩く勇気はないな。


「確かに注目浴びるけど、慣れればどうってことないぜ。スカートはいて外歩けるなんて、魔法少年の特権みたいなもんだしな」


 随分と自信に満ち溢れた様子だ。
 魔法使いも長くやってると開き直っちゃうのかな。


「お兄ちゃんも人のこと言えないでしょ? なにあのコテコテの黒マント」


 といって七日は壁掛けに吊るしてあるマントとトンガリ帽を指差した。


「は!? もしかしてあれ着てここまで来たのか!?」
「う、ううん……」


 バスと電車を乗り継いで約5時間。
 俺は衆目の大注目を受けながらここまできたのだ。


「ま、マジか……やるなあ! いきなりこの格好はレベルたけーわ……」
「いや、それほどでも……」
「完璧な法令順守だけど……流石に恥ずかしかっただろうな」
「ま、まあね」


 ヒロミ君が称えるようにして背中を叩いてきたが、居たたまれない気持ちに変化はなかった。


「ところで二人とも夕飯食った?」
「いや、これからどうしようかなって話してたところなんだけど」
「そかそか、じゃあさ、もし良かったらこれ食わねえ?」


 と言うと雛田君は、担いでいたスポーツバックを床に下ろした。


「ジャーン、ヤキヤキ弁当ー」


 バッグから取り出したのは、どうやらインスタント焼きそばのようだった。
 しかもぎっしり詰まっている。


「北海道限定なんだぜこれ。寮のみんなにお土産とか頼まれててな。余分に買っておいたんだわ」


 俺はヤキヤキ弁当とやらの容器を受け取った。


「よかったねお兄ちゃん、夕食代浮いたじゃん!」
「ああ、そうだな。ありがとうヒロミ君!」


 うむ、たまにはインスタント麺で済ませるのも良いか。
 せっかくのお土産だしな。


「七日ちゃんも食ってきなよ。余分に買ってきてあるからさ」
「いいんですか!?」
「おうよ、みんな食った方がうまいしなー」
「うんと、じゃあ私、あっちの寮に連絡してきますね、夕食食べてから帰るって」


 七日はペコリと頭を下げると、そのままバタバタと走っていってしまった。


「妹さんは中学生なのか、ふむふむ」


 と言って雛田君は、どういうわけか深呼吸をした。


「うーん、いいねー、乙女のスメール」
「!?」


 ちょ! 妹の残り香をかぐな!




 * * *




 その後すぐにヒロミ君はお土産を配りに行き、七日が入れ替わるようにして戻ってきた。
 そして俺がヤキヤキ弁当を作る準備を始めていると、いつの間にかその女はそこに居た。


「……なんでお前がここにいるんだ」
「つれないことを言うでない。この麗しの魔法美少女、ハートキャプチャー・リリアがわざわざ訪ねてきてやったのだぞ」


 とか言いつつリリアは、ヤキヤキ弁当を俺の目の前でグルグルとやる。
 メシたかりに来たんじゃねえか。


「失敬な、これはヒナくんに頼んでおいた分なのだ。というわけでホイ、作ってくれるのだろう?」


 そして俺にヤキヤキ弁当を渡してくる。
 まあ、そうなんだけどな。


「お兄ちゃん、カップ麺つくるの上手なんですよー、リリア先輩」


 ちなみに今のリリアは、紫色のダサジャージを着て髪の色も黒なので、ただのものぐさ女子にしか見えなかった。


「カップ麺なぞ、誰が作っても同じではないのか?」
「うふふー、それがですねー、違うんですよー」


 そんな二人のやりとりをよそ目に、俺は片手鍋に汲んできた水をIHヒーターにかける。
 カップ麺の包みを一つ開け、紙の上蓋を指定の位置まではがし、中から調味スープとかやく、中華スープと青のりの袋を取り出す。
 そして中を覗き込み、麺の状態を観察する。


「ほう、早くもプロの目つきだな」
「お兄ちゃんってば、料理に関してはとにかく妥協がないんです」


 二人がブツブツ言っているが、気にせず観察を続ける。
 太過ぎず細すぎず、中庸といった感じの縮れ麺。
 適度に空気を含む、ふんわりとした麺だ。


 次に調味液の袋を観察する。
 カップ焼きそばのソースとしてはさらっとしている。
 そのぶん麺に良く染み込むのだろうけど、湯切りをしっかりしないとベタベタになってしまう恐れがあるな。
 そしてその戻し湯を使って作るのがこの中華スープ。
 一つ封を切って味見をしてみる。


「うむ……」


 戻し湯で作った時に最高の味になるよう調整されている。
 ややスパイシー。塩気も結構あるので、全部使い切るのは考え物だな。
 マグカップのサイズに合わせて、加減しなければ。


「じーっ」
「じいいー」


 二人が珍しい動物でも見るような目つきで俺を見ていた。


「な、なんだよ。気が散るじゃないか」
「お兄ちゃんマダー?」
「お兄ちゃんハヤクー」


 なんだリリアまで……。


「はいはい、すぐ作るから、ヒロミ君のお人形さんでも見せてもらってなさい」


 間もなくお土産を配り終えたヒロミ君が戻ってきた。
 そして七日達とともに、クローゼットの辺りで雑談を始めた。
 これで落ち着いて調理に専念できるぞ。


 俺は四人分のヤキヤキ弁当の封を開け、湯切りにかかる時間を考慮し、タイミングをずらしてお湯を注いでいった。


「このマネキンになりそこねたような物体、なんなんですかー?」
「ああ、これはね。人造人間ちゃん一号」


 さっき俺が死体と間違えそうになったやつか。


「じ、人造人間!?」
「そそ。全身に導電性ゲルを充填してあって、電気の力で動かせるんだ。そいでもって、俺の魔法でちょちょいとやるとだな……」


 ヒロミ君は人造人間さんに向かって手をかざし、なにやらムニャムニャと唱えた。
 すると、今まさに復活せんとするゾンビのように、人形がビクビクと動き始めたではないか。


「うわっ! えー!」
「あっれー? おかしいな、立ち上がらないや」


 立ち上がるのかよ……。
 横で見ていたリリアが首を傾げる。


「ふむ。頭部に格納してある電子チップを媒体として、人形の動きを制御しているのだな。だが、どうやら壊れているようだぞ?」
「うほーい、さっすがリリアちゃん。さては俺の思考を読んだな?」
「まあな」
「話が早すぎて助かるぜ! 確かに制御チップがダメになっちまったみたいだ」


 制御チップがダメに……?
 それってもしや?


「あ、あ、あ……」


 七日が青い顔をする。


「わ、私のせいだ……。私、機械音痴だから……」
「ふむ。だが確か、触らなければ壊れないのではなかったか?」
「たまに、触らなくても壊しちゃうことがあります……」


 七日は、近づいただけで電子機器を壊してしまうこともある。
 発生頻度は低いんだけど。


「いやあ、でもその可能性はないんじゃないかな? 七日ちゃん。魔法ってのは基本的に、使用者の意識の及ぶ範囲にしか効果を現さないんだ」
「そうだな。七日君がこの人形の中のチップを意識できた道理はない。本来、電気の力で動くはずの電子回路を、魔法でむりやり作動させているのだ。いつ壊れたって不思議は無いさ」
「は、はいぃ……」


 七日は先輩二人にフォローされて恐縮していた。
 なんだ、意外と良い所あるじゃないかリリア……っておっと、思考を読まれる。


「……フフフッ」


 リリアは俺の方を向いて口元だけで笑ってきた。
 目元に感情が無いって、なんか怖えぇ……、。




 * * *




 最初のヤキヤキ弁当にお湯を注いでから二分が経過した。
 俺は手早く湯切り口を開き、中華スープの素が入ったマグカップに戻し湯を注いでいく。
 そして余ったお湯を片手鍋に捨て、最後の一滴までしっかりと切る。
 四人分全てのお湯を捨て切ってから紙蓋をはがし、それぞれを軽くかき混ぜる。
 キャベツと謎の肉が底に沈まないよう、丁寧にやる。


 そして調味液を万遍なく回し入れ、全体によくいきわたるようにかき混ぜる。
 別にどうということはない、普通のインスタント焼きそばの作り方だ。
 最後に青ノリと乾燥紅しょうがをパラパラとふりかけて完成。


「さ、出来たぞ」


 四人で小さな机を囲む。
 狭いかと思ったが、案外丁度良いな。
 本来は四人部屋なんだから、当然といえば当然か。
 さて、あとは食うだけだ。


「そいじゃ食うかー、いただきまーす!」


 ヒロミがズルズルといい音をたてて麺をかき込む。
 リリアと七日は中華スープからいくようだ。
 俺はと言うと、この中華スープに焼きそばの麺を浸して食ったら美味いんじゃないかーと画策していたりする。
 つけ麺ならぬ、つけ焼そばだ。
 そんなことを俺が考えていると――。


「う、うおおおおおおおお!! なんだこりゃああーーー!?」


 ヒロミ君が絶叫した。


「これです! これがお兄ちゃんの味ですよ!」
「……これはもはや、魔法の関与を疑わねばならないレベルだ!」


 三人とも、小躍りを始めるんじゃないかという勢いで、その場に半立ちになった。
 お行儀がわるいぞ!


「即席麺の香ばしさとソースのコクが、それぞれの個性を際立たせつつ絡み合うこの感覚はなんだ!? 青のりと紅しょうが味覚を刺激して、否応なく食欲が掻き立てられる!」
「この中華スープも、とても即席のものとは思えん。絶妙な湯加減、塩加減。全ての味のパラメーターが宝石のように口のなかで輝き立つ……! まさに奇跡だ!」


 ヒロミ君とリリアは、まるでグルメ漫画のワンシーンのように、味の解説を始めた。


「……そんな大げさな」
「いやこれ! まじウメーよ! カップ麺ってこんなに美味く作れるもんなのか!?」
「一体どんな魔法を使った!?」


 ヒロミ君とリリアが俺に詰め寄ってくる。
 七日に至ってはマグカップを手にしたまま恍惚とした表情を浮かべてしまっている。
 おーい、帰ってこーい。


「ただ丁寧に作っただけだぞ?」


 魔法なんか使ってないし。


「そ、そもそも人様の口に入るものなんだし……そんな半端なことは出来ないじゃないか。食いもんってのは、その人の身体を作るものであって……しいてはその人の心の素になるものであって……。つまり料理ってのは、どんな簡単なものでも、いや簡単なものだからこそ気持ちを込める必要があるんだって、そう俺は思っているだけで……」


 みんなに真剣な目で見つめられたものだから、なんとなく流れで語ってしまった。
 ちょっと恥ずかしい。


「ふむ……ふむ……」


 するとリリアが、感心したように頷いてきた。


「よし! お前の二つ名が決まったぞ」


 二つ名?
 そういや大抵の魔法使いにはつけられているみたいだけど、一体なんなんだ?


「おお、ついにNHK会長の二つ名指定がきたか!」


 どうしてそこで放送局の名前が出てくる?


「日本(N)二つ名(H)協会(K)、リリアちゃんはその会長なのさ!」


 なんだよその胡散臭い組織!?
 てか、会長すげえな!


「七月五日よ、お前は今日から――」


 七日と、ヒロミ君と、そして俺、全員がリリアに注目する。


料理当番クッキングヒーターと名乗るが良い!」


 一瞬の沈黙、そして。


「「「く、料理当番クッキングヒーター!!」」」


 三人の声が、それは見事にハモりましたとさ。









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